国王陛下の小人さん ~後編~
まだ運営から返事はないですが、昨日の残りのみ投稿します。
本来、ここまで書いてから投稿するつもりでしたが、テンパってしまって:::
掲載から消されていますが、ブクマしておられる方は読めると思います。
「控えなくとも良い。そのまま、こちらへ」
居並ぶ貴族らに臆しもせず、男爵親子は玉座の前に歩み出る。
その男爵に抱かれた幼子に、周囲の視線は釘付けだった。感嘆と驚愕が入り雑じる視線の集中砲火。
思わず千尋は口元を歪ませる。
パンダやコアラってこんな気分かな?
国王の御前に進み出たドラゴは、その場に千尋を下ろして挨拶をした。
「御尊顔、拝謁賜り恐悦至極に存じます、国王陛下」
堂々と口上を述べる父親に、端くれとは言え貴族なんだなぁと不思議な羨望の眼差しを向け、千尋もカーテシーをとり挨拶する。
「ジョルジェ男爵がむしゅめ、チィヒーロでしゅ、よしなに」
やばっっ、盛大に噛んだっっ!! やらかしたっ!!
大勢の無遠慮な視線にささくれだち、些か緊張してしまったようだ。
怖くて下げた頭を上げられない。
そっとドラゴをチラ見すると、眉を寄せてお髭をフルフルと震わせている。
国王陛下の隣に立つロメールにいたっては、顔を背けて肩だけ震わせ盛大に笑っていた。
こんちくしょう、笑うなら、素直に笑いやがれっ!!
憤慨したせいかスルリと緊張が抜け、何事もなかったかのように千尋は顔を上げた。
だが、彼女が思っていたような嘲笑は起こらず、むしろ感心したような好意的な空気が室内に満たされている。
国王夫妻も軽く瞠目し、千尋を凝視していた。
「いやはや.... これは」
「幼いのに立派な口上。感服致しましたわ」
「うむ。王女らもよく喋るが、このように流暢な言い回しは出来ぬ。良い子であるな、男爵」
「我が家の天使でございます」
ここでも親バカ全開なドラゴである。
しかし....
千尋は国王夫妻を見た。
あれから三ヶ月ほどたつ。この年齢の三ヶ月は大きい。二歳に近かった千尋は、今は三歳に近い。
だからと言って抱き上げた事もある子供を忘れるものなのか?
あんたらがアタシを棄てたんだろ? それをまた拾いたいって、どんな了見だ?
よくもまあ、そんな風に笑っていられるもんだよ。
国王夫妻の笑顔からは、千尋の事を本当に別人の男爵令嬢と思っているようにしか見えない。
廃棄した王女の事なんざ、もうすでに記憶の片隅にもないってか。
沸き上がる怒りに千尋の笑みが深くなる。
それは年相応に無邪気なモノではなく、人生の辛酸を舐めたかように年嵩な笑みだった。
ああ、この人達にとってはアタシなんか記憶に留める価値もないんだな。
それを実感した途端、みるみる怒気が消えていく。そして後には深い哀しみだけが残り、重く心にのしかかった。
何とも表現し難い哀しみは、幼く小さい身体を一杯にする。
そうか。アタシは哀しかったんだ。
身体一杯に駆け巡るそれが、千尋の瞳から溢れだす。ほたほたと涙が零れ、思わず蹲る幼子に周囲が狼狽えた。
「チィヒーロ???」
慌てて抱き上げたドラゴの胸にしがみつき、声もなく千尋はハラハラと泣いた。
暗く薄汚い部屋に入れられて怖かった。御腹も空いて、喉が渇いて、部屋中這い回って、訳が分からない恐怖に心から怯え、すくんだ身体は声も出せず泣き続けた。
怖かった、寂しかった、哀しかった。
成人した千尋だからこそ怒りが先にたったが、それが霧散した今、彼女の中にはかつてファティマと呼ばれていた幼子が感じたであろう絶望的な哀しみだけが残っていた。
涙が止まらない。
「帰る... お父ちゃん」
「ん?」
「お家に帰る.... 帰りたいよぅ」
ここに居たくない。
ファティマの哀しみは、自分の哀しみだ。意味も分からず恐怖の果てに殺された彼女を思うと、心が無惨に引き裂かれる。
「帰りたい、帰りたいよぅ....」
グスグスとすすり泣く千尋を抱き締めて、ドラゴはアワアワと背中をさする。
「分かったっ、すぐに帰ろう。書面もかわしてあるしな、陛下、申し訳ございません、御前失礼いたしますっ」
言うが早いか、ドラゴは足早に謁見の間を出ていった。
呆気にとられる大勢の貴族達。
せめて陛下の御許しを聞いてから行けよ。
ロメールは軽く嘆息した。
無礼千万だろうが、ドラゴには小人さんが最優先。この序列には国王陛下とて割り込めない。
幸いな事に、国王陛下は然して気にしてもいないようで、むしろいきなり泣き出したチィヒーロを心配気にしている。
だが....... 一体、何が起きたんだ? アレが泣き出すなんて。
周りの人々は、大人に囲まれて怖くなったのだろうとか、子供に有りがちな事を話しているが、そんな温い子供ではない事をロメールは熟知している。
本当にどうしたんだ? チィヒーロ。
思案する彼の脳裏に、盛大に噛んだ幼女が浮かんだ。
途端に軽く噴き出し、彼は柔らかく微笑む。その顔は益体もない心配を吹き飛ばしてスッキリとした顔だった。
何が起きたのか知らないが心配はないだろう。何しろ小人さんには誰よりも頼りになる、お父ちゃんがついているのだから。
ロメールが微笑んだ頃、そのお父ちゃんは必死の形相で我が家に向かっていた。
「ナーヤっ、サーシャっ、風呂だっ、あと御菓子っ、御茶.... いや、果実水もっ!!」
扉を文字通り蹴破り、飛び込んできたドラゴに二人は眼を見張る。
そして泣きじゃくる千尋を見て、カッと眼を剥いた。
「何があったのですかっ! 誰が家の御嬢様を泣かせましたか?? 旦那様がついておられて、何故っ??」
すっ飛んでくる二人に千尋が手を伸ばす。
「ナーヤぁ....あ"ーっ、サーシャぁ.... お城嫌いぃぃ」
「まあまあまあ、御嬢様、こんなに泣かれて。サーシャがおりますよ。お風呂で洗いましょうね」
「ナーヤもおりますっ、美味しい御菓子を用意しますからね。泣かないで下さいませ。.....旦那様、お話は後程」
蔑むように剣呑な二対の眼差しに見据えられ、謂われない非難にいたたまれないドラゴだった。
「あ"ー....」
お風呂に入りながらもサーシャの腕にしがみつき、千尋は泣き止まない。
そんな彼女を優しく手拭いで洗いつつ、サーシャはふわりと微笑んだ。
「泣いて良いのですよ。我慢はいけません。ほら」
温かいお湯に浸した手拭いで顔を拭かれ、千尋はポロポロと涙を溢した。
今まで、怒りや憎しみが先にたち、彼女は全く泣かなかった。泣けなかった。
その反動なのか、溢れる涙が止まらない。
濡れた両手で涙を拭う千尋を抱き締めて、サーシャは上半身びしょ濡れである。
それでも構わず、サーシャは歌うように千尋を抱き締めた。
「御嬢様は良い子です。だから泣いても笑っても怒っても良いのです。全て御可愛らしいですわ。サーシャは御嬢様が大好きです」
「う"ーっ、....お城嫌いぃぃ」
「そうなんですね。じゃあ、もう行かないでおきましょうね」
「....ぅあーっ、あ"ーっ」
「大丈夫ですよ。サーシャもナーヤもいます。御嬢様を泣かすモノは許しません」
「....ぁー」
びしょ濡れのサーシャに抱き締められたまま、千尋はコトリと眠りに落ちた。
湯の心地好さも手伝ったのだろう。すぴすぴと眠る小人さんを、サーシャが微笑ましく見つめる。
「お疲れ様でした。御嬢様」
サーシャの労る声に、少しだけ小人さんが微笑んだような気がした。
「あんなに大泣きしているのに、分からないはないでしょう???」
「本当に分からないんだよ、いきなり泣き出したんだ」
サーシャが千尋を寝かして居間に降りると、そこではドラゴがナーヤに詰問を受けている。
二人は降りてきたサーシャに気づき、慌ててソファーから立ち上がった。
「御嬢様はっ?」
「チィヒーロはっ??」
「泣きつかれて御眠りになりました」
はーっと安堵の溜め息を吐く二人。
「だが分からんな。何故あんなに泣き出したんだろう」
訝るドラゴに眼を据わらせて、サーシャがキッパリと言葉を紡いだ。
「お城は嫌いだそうです」
「は?」
「お城は嫌、お城は嫌いと、ずーーーーっと泣いておられました」
愕然とした顔で凍りつくドラゴ。
つまり、アレか? 俺が城に連れていったせいか? え? ひょっとして、俺、チィヒーロに嫌われた??
思わずバッと駆け出すドラゴを、慣れた手つきでナーヤが抑え、サーシャがそれを補佐した。
「離せぇぇっ、チィヒーロに謝らねば嫌われるぅぅっっ!!」
「明日になさいませっ!」
「もう休んでおられますっ、また泣かれたいのですかっ?!」
「うおぉぉぉーっ、チィヒーロぉぉっっ!!」
その夜ジョルジェ男爵家から、獣のような雄叫びが一晩中聞こえていた。
「お父ちゃ.... うっしゃぃ....」
すぴすぴと眠る千尋の夢には、大きな熊が現れて抱っこしてくれる。そのモジャモジャに安心して抱かれ、夢の中でも眠る小人さん。
今の涙目な熊親父は、それを知らない。
早く返事が来ないかなぁ。
垢バンは勘弁してほしい。
もう、しばしお待ちください。