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エピローグ ~神のいない時代・後編~

泣いても笑っても最終回でございます。小人さんの結末、御笑覧ください。


「おや、いらっしゃいませ王弟殿下」


 ロメールがドラゴの屋敷を訪ねると、出迎えてくれたのは黒髪のエキゾチック美女。

 

 チィヒーロを失ってから、憔悴するドラゴの面倒を見ているうちに情が湧いたらしく、サクラはドラゴと結婚した。


 皇女殿下であるサクラを娶るにあたり、一代限りの男爵では不味いと、ドラゴには今までチィヒーロを助けて育ててきた実績を鑑み、伯爵の地位が与えられた。


 気っ風の良いサクラに発破をかけられ、ドラゴもしだいに元気を取り戻す。

 一男一女の可愛らしい子供にも恵まれ、今の二人は、とても良い夫婦だった。


「千尋と千早は元気?」

「元気ですとも。最近、とみにやんちゃになりましてね」


 珍しく苦笑いを浮かべるサクラを不思議そうに見つめ、ロメールは小人さんの本当の名前である千尋と言う言葉を脳裏に思い描いていた。


 あれからロメールは、キルファンの言葉を習い、習得済みである。

 少しでも小人さんに近づきたくて、あのころは理解してあげられなかった事も色々と学んだ。

 神々の魔力の恩恵から脱却したフロンティアは、キルファン人らの協力により、大した混乱もなく新たな時代を迎えつつある。


 何故なら、なんと魔力は失われなかったのだ。

 森による金色の魔力は失われたが、それから派生したという四大元素の魔法は失われなかった。

 これは神々から与えられたモノではなく、アルカディアが生み出し、人々が努力して会得したモノだからだ。

 

 クイーンは、そう言った。


 彼女も金色の魔力は失えど、属性たる風の魔力は失っていなかった。

 主の森も様変わりし、魔物の数は減ったものの、その存在はなくならなかった。

 これからは新たな形で魔法の理が構築されていくのだろう。

 

 もちろん、金色の魔力で満たされていた時のような、規格外な恩恵は期待出来ない。

 現に、フロンティアの大地は徐々に痩せて、収穫量が落ちている。

 これを食い止めるため、キルファンに学び、人々は努力を重ねていかなくてはならないだろう。


 神々の庇護から飛び出し、ようよう世界はあるべき形に戻りつつあった。


 ただ、そこに君だけがいない。


 小さいが、何よりも大切な欠けたピース。


 ロメールは、微かに潤む眼を瞬きで無理やり乾かした。


 そしておもむろに大きな包みを持ち上げ、サクラに渡す。


「これね、キルファンで人気の玩具なんだよ。千尋と千早にね」

「いやっ、ありがとう存じます」


 満面の笑みで受けとるサクラ。


 今日はドラゴ家の双子の誕生日なのだ。

 去年も内輪だけのパーティが開かれ、ロメールも招待された。

 ドラゴ一家と、アドリスとロメール、あとはドルフェン。

 チィヒーロを良く知る人間らが集まり、今はいない小人さんの思い出話で盛り上がる。

 

 そんな他愛もない集まりに、今日も何時もの面子が集まっていた。


「王弟殿下、お久し振りです」


 ロメールを見て、軽く手を振るのはアドリス。あいかわらずピンピンと跳ねたその赤茶色い髪を、小さな子供に掴まれ、身体を傾いでいる。

 掴んでいるのは双子の片割れ、ドラゴの息子の千早。

 ドラゴに良く似た焦茶色い髪と、サクラ譲りの真っ黒な瞳の男の子だ。

 この名前には、荒く猛々しいと言う意味があるそうで、強く育って欲しいと願う親心だろう。


 奥から出てきたドルフェンも、元気一杯な子供に振り回されるアドリスを見て笑っている。

 そしてふいに、ロメールはドラゴの姿が見えないことに気がついた。


「ドラゴは? あと千尋もいないね?」

「ああ、すぐに降りてきますよ」


 したり顔でサクラは二階を見上げる。


 そこでようやくロメールも気がついた。化粧で隠してはいるが、サクラの目尻が赤い事に。

 それを問おうとする前に、ドラゴが二階から降りてくる。

 反射的に振り返った客人の三人は、そこに懐かしいモノを見た。


 シャンパンゴールドのドレスとリンゴのアクセサリー。

 あれはロメールがチィヒーロに贈った、一番最初のプレゼント。


 ドラゴが娘に千尋と名付けた時も驚いたが、さらにあのドレスを着せるか。


 ロメールの眼が切なげに歪められる。


 着せて欲しくはなかったな。それはチィヒーロのモノであって、千尋のモノではない。


 複雑な胸中を隠し、ロメールはドラゴが抱く小さな子供の頭を撫でた。

 子供の成長が嬉しいのか、ドラゴは涙眼で千尋を抱き締めている。

 サクラ譲りの柔らかい黒髪に、ドラゴそっくりな深緑の瞳。


 可愛らしい幼女に微笑んでいたロメールだが、次の瞬間、驚嘆に眼を見張った。

 

 小さな左手の親指に煌めく金色の光。


「やっふぁいっ、ロメールっ!」


 そして快活な笑顔で、にぱーっと笑う幼女。


 部屋の中の時間が止まる。


 それを動かしたのは熊親父の号泣だった。


「うおおおぉぉっ、チィヒーロぉぉっ!」


 びっくり顔で固まる千早。仕方無さげに笑うサクラ。執事とメイドもハンカチで涙を抑え、客人の三人は、ただただ茫然だった。


 プチカオス。


 この場に克己がいたならば、きっとそう呟いた事だろう。




「説明を御願いしても良いかなぁ?」


 久々に見るロメールの腹黒全開な笑顔。


 ああ、王弟殿下だなぁと変な安堵を覚える面々。


「どこから話そうかなぁ」


 困ったように髪を掻き、幼女はうーんと首を傾げる。


「全部」

「全部?」

「そう、君が消えてから全部っ! もう隠し事はなしでたのむよ、本当にっ!」


 テーブルにバンっと手をつき、ロメールは身を乗り出して元小人さんを見据えた。

 はぐらかす事を許さない真摯な瞳に圧され、千尋は、天上界での出来事をつまびらかに説明する。


 呆気に取られていた三人だが、ロメールは話を聞いて、神妙な面持ちをした。


「それで? 何故、千尋の身体に? また憑依って奴なのかい?」

「ううん。今回は最初からアタシだけだよ。ただ、記憶の覚醒に制限をつけてもらったの」


 そう、あの時、千尋は選んだのだ。


 アルカディアに転生したいと。どこでも良いのならば、再びドラゴの娘となり、人生の続きを与えてくれと。


《人生の続き?》


 意味が分からず聞き返す神々に、千尋は宣った。


『そうっ! たった二年で人生終わりなんて、あんまりじゃない? なら、続きを下さいっ、今までの人間関係や知識をそのままにっ』


 それは記憶の継承を正当化する案だった。

 

 人生の続きとなれば、魂を浄化して記憶をリセットする訳にはいかない。上手い手である。

 しかし、赤子であるべき子供が、いきなり喋ったりとかはどうなのか。

 親であるドラゴにも、本来過ごすべき赤子との時代も堪能させてあげるべきだろう。


 なんやかやと協議した結果、千尋の魂を浄化せずに転生させるかわりに、その記憶は二歳まで封印させる事になった。


 まあ、その方が助かるかな。中身アラサーなのに、授乳とか、オムツがえとか、羞恥で死ねる自信あるし。


 期待と不安がないまぜになったような顔の千尋は、神々の視線が変わった事に気がついた。


《そうなると..... そなたは御先となるが、よろしいか?》

『御先?』


 そういや、前にも聞いたな。


 神々の代行役。金色の魔力を持ち、御使いを統べる者。

 神託を得て、世界を見守る神々の意思を人々に伝える者。


 そんな話だったよなと思案する千尋の耳に、コーンっと甲高い音が聞こえた。


 真っ白な空から穿たれた三本の光。


《そなたは金色の魔力を持っておる》


《そなたは御使いとなる僕を持っておる》


《そなたは世界と神の理を知っておる》


『うえっ?!』


 突如現れた三つの光、それは深淵で見た、高次の者の使者達だった。


《おお、やはりな。条件が揃うておるわ。アルカディアに御先が生まれるか。やれ、めでたや》


 然も嬉しげな地球の神々。


『何の話っ? 説明、プリーズっ!!』


 かいつまんだ神々の説明によると、神々から力を与えられた者が転生する際に、御先への選別が行われるという。

 条件を満たしていれば御先となり、生まれ変わった時、永遠を得るのだとか。


『いや、待って?? アタシ、人生の続きを下さいって言ったよね? 永遠なんていらないんですけどっ!』


 わちゃわちゃと叫ぶ幼女に、三つの光は困惑気に瞬いた。


《なれば、次の転生で》


《今回は見送ろう》


《努々、忘れることなかれ》


 そう言うと、三つの光は各々千尋に左手で触れ、その指先が小さな煌めきを放った。

 それを見つめつつ、千尋は訝しげに顔を上げる。


『あなた方って..... ひょっとしてノルン?』


《そのように呼ぶ世界もある》


《我等の名など意味もないこと》


《世界は常に変わるのだから》


 そう言い残し、光は再び天高く消えていった。


 唖然とする小人さんに、アルカディアの神々が、おずおずと声をかける。


《そなたが我が世界の御先ならば、我等に名前を》


《名前を》


『はい?』


 展開についていけないんですけど?


 その千尋の思考に気づいた神々は、慌てて説明した。


《生まれた御先と人間に全てを託す儀式なのだ。名前を受けて、我等は真の神となる》


《下界に降りられなくはなるが、それにより祈りの効果が倍増し、信仰のエネルギーを世界に循環できるのだ》


 ただの神として祈られるより、名前をもって祈られる方が、信仰心が増すらしい。


 神に名をつけられるのは、その世界の者だけ。そして天上まで来られるのは、神々の魔力を譲られた者だけ。

 以前に主らの魂が何度か訪れたらしいが、御先にはなれなかったのだとか。


 ふむ。と顎に手をあて、千尋は名前を考える。

 中身日本人な千尋では、神々の名前というと、どうしても地球の既存の神様が浮かんでしまい、ネーミングセンスに難のある小人さんには荷が重い。


 だが、ふと閃いた。


 たった二年だが、複雑怪奇に紆余曲折して奔走し回った慌ただしい日々。


 アレを言葉にするならば.....


『アビスとカオスってのはどう?』


 途端に、アルカディアの神々が発光する。人型の光だった彼等にくっきりとした輪郭が浮かび、四肢や顔などが立体的に浮かび上がってきた。


 そしてそこに立つのは二人の美丈夫。


《我が名はアビス》


《我が名はカオス》


 金髪金眼の二人は嬉しそうに貰った名前を呟いた。

 名前を受けて、初めて神は形を取れるらしく、今まで人型の光だったのは、まだ神として半人前だったからなのだとか。


 地球の神々も、少年姿だったレギオンも、ちゃんとした姿形だったのはそういう訳か。


 しかし、言葉の意味を知る地球の神々は、とても複雑な顔をしている。小人さんは知らんぷり。


 他に表しようがないもの。ほんと、短くもジェットコースターみたいな人生を、ありがとうございました。


 皮肉を利かせた名前を残し、千尋はアルカディアに再び転生したのである。




「..................」


 絶句して何も言えない大人達。


 千尋の記憶が覚醒し、愛娘の帰還に狂喜乱舞したドラゴ家も、さすがに二の句が継げなかった。


「あ~...... まあ、なんだ。色々と問題は山積みみたいだが、取り敢えず.....」


 厳めしい顔で、こめかみを押さえつつ、ロメールはニヤリと口角を上げた。


「おかえり、チィヒーロ」


 その言葉に、小人さんは眼を輝かせて大きく答える。


「ただいまっ!」


 あとは野となれ山となれ。


 喜色満面な人々に囲まれ、今日も元気な小人さん。彼女の征く道に敵はない。


 様々な困難を乗り越えて、アルカディアに神々のいない時代がはじまる。




 二千二十一年 六月二十一日 脱稿

             

             美袋和仁


 はいっ、御粗末様でございました。

 書きたい勢いにのって、粗筋書きみたいな物語になってしまいましたが、無事に完結でございます。


 今後はカクヨムの方に投稿した物を加筆修正し、さらに書籍用へとクオリティアップをはかる予定です。

 連載中の二ヶ月、皆様からの暖かい励ましに支えられて、小人さんは完成しました。

 読者様と完走出来たことに感無量なワニがいます。


 本当に心からの感謝を。そして皆様の御健勝を御祈りしつつ、さらばでございます。

 いずれ、また何処かで♪


       美袋和仁

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― 新着の感想 ―
ネット漫画から始まり、書籍の漫画を読み、我慢できなくなって探したこちらを読み、、感動です!最高に面白かった~!
前編通して泣けますね!
感動で涙が溢れました。よかったよかった( ; ; )
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