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最後の森と小人さん ~とおっ~


「チィヒーロが消えたっ??」


 荒野の戦いから半月。


 ようやく戻ってきた小人さん一行からの報告がチィヒーロの消失だった。

 

 青を通り越して、真っ白な顔の騎士団。

 

 彼等の話によれば、マルチェロ王子達と共にフラウワーズの森へ行った千尋は、そこで悪魔の右手を使ったらしい。


 主にではなく森に。


 途端、無数の稲妻が幼女の周りを囲うように貫き、次の瞬間、千尋の姿は消えていたのだと言う。


 騒然となる大人達へ、モルトが筆談で説明するには、神々に召喚されたとの話だった。

 何が起きたのかはモルトにも分からないが、戻ってくる時は王宮にだろうとの話で、取るものも取り敢えず、全力で帰還してきたらしい。


「まだ戻っておられませぬか?」


 必死の形相でロメールを見つめるドルフェン。

 それに力なく首を振り、ロメールは天を仰いだ。


 名もなき神々よ。どうか、この手に幼子を御返しください。


 何が起きたのか分からない。これはもはや既に小人さんのデフォだ。

 人知の及ばぬアレコレであっても、しばらく後には結果が判明する。


 彼女の訳の分からない行動や言動には、必ず何か意味があるのだ。


 今回も、きっとそう。きっとすぐにまた、にかっと無邪気な笑顔で戻ってくる。


 まるで何かにすがるかのように、ロメールは頑なに祈り続けた。




《そなた..... どういうつもりか》

『へぁ?』


 何もない真っ白な空間。そこに一人の少年がいた。


 憎悪を隠しもせぬ辛辣な眼差し。


 それを見て、千尋は首を傾げる。


『どういうって。森を閉じるつもりだったけど?』

《ふざけるなっ、そんな事をしたら、金色の魔力が失われるではないかっ! せっかく金色の環が完成したのだから、そこは主を殺すべきであろうっ!》

『はあ? アタシは主らを殺したくないんだよっ、だから蛇口である森をとじようとしたのにっ』


 そうだ、悪魔の右手の話を聞いて、小人さんは思ったのだ。

 根元である森を壊せば、話が早いのではないかと。

 主らを失えば森は枯れる。だから主らを処分させようと、アルカディアの神々や地球の神々は破壊の力を千尋に与えた。


 だが、実は逆なのではないか? ジョーカーの話を聞いて、千尋はそう思ったのだ。


 神々の造りたもうた森が主らを魔物にした。森を通して金色の魔力を受け取り、主らは森を維持してきた。

 つまりは森が神々とのパイプなのだ。森を潰せば、主達は生き延びていけるかもしれない。


 そう考えた小人さんは、金色の環を完成させたあと、森の破壊を試みたのだ。

 供給源である森が無くなれば、主らの金色の魔力もいずれ尽きるだろう。

 金色の魔力が尽きたあと、主達がどうなるのかは分からない。


 だが千尋には不可思議な予感があった。これが正しいのだと、何の根拠もない予感。


 それが無くとも、問答無用で処分されるより、来るべき時を待ち、残りの時間を謳歌する方が万倍マシだろう。


 そう考えて千尋は、主を殺して森を枯らすのではなく、森を破壊して、主らの軛を外す選択をした。


 が、いきなりの稲妻にそれを邪魔される。


 目の前の少年は忌々しげに唇を歪め、千尋の胸ぐらを掴むと、鼻先が触れ合うほどの至近距離から怒鳴り付けた。


《せっかく上手く行きかかっていたのにっ、金色の環が完成した状態で、主らを殺せば、森は枯れずに神々の魔力がアルカディアへ定着したのにっ!》

『はあっ?』


 寝耳に水だ。そんな仕組みだったとは知らなかった。


 惚けた顔の千尋に、少年は嫌らしく口角を歪めた。


『そなたが主と盟約したこと自体が神々の範疇外だったのだよ』


 ニタリと嗤う少年は、神々の意思を知っているようだ。

 顔全面に疑問符を浮かべる幼女に、彼は片手を差し出すと。その掌に光の玉を浮かべる。

 テニスボールほどのその玉は、一瞬で一メートル大の大きさになり、その中に荒涼とした風景が映った。

 

 アルカディアか? いや、違う?


 じっと眼をこらして見ると、そこには朽ち果てた建物のような残骸がいたるところに残っている。

 外郭を失い、まるで墓場に散乱する骨のような無数の鉄骨や鉄塔。

 これは間違いなく近代文明の成の果てだ。

 

 あれだ。某世紀末漫画みたいな。リアル眼にすると、猿の惑星のラストシーンすら御粗末に思えるな。


 本当の滅びを眼にして、千尋はゴクリと喉を鳴らした。


《私の世界だ。....今にも息絶えそうな》

『私のって.... あんた神様なのっ? 何とかならないの? 息絶えそうって事は、まだ生きてるってことでしょ?』

《何とかしようとしたのを邪魔したのは、そなただろうがっ!》


 少年は大きく叫ぶと、小人さんを突き飛ばした。

 すてんっと尻餅をつく小人さんだが、衝撃も痛みもない。

 そんな幼女に、少年は肩で息をしながら、さらに怒鳴り付けた。


《アルカディアからエネルギーを得て、私の世界を救おうと思ったのに....っ、全て、そなたがブチ壊したのだっ!》


 そこまで聞いて、千尋の眼窟に仄かな怒りが灯る。


『エネルギーって.... じゃあ、あんたがアルカディアに賭けを持ち掛けた神かっ!』


 ジョーカーから話は聞いていた。


 賭けを持ち掛けた神は、アルカディアの命全てを奪い、生体エネルギーに変換して己の世界に使うつもりなのだと。


 この悲惨な光景を見れば、その考えも分からなくはない。

 だが、命を糧としか思っていない目の前の少年に、小人さんは言い知れぬ怒りを感じた。


『そんなんなら、顕現して手を貸してやりなよっ、何で、代償を他に求めるのさっ!』

《知らぬから言えるのだ。名を受けた神は下界に降りられぬのだよ》


 嘲るような笑みを作ろうとして失敗したらしい少年は、今にも泣き出しそうに顔を歪める。

 そして、とつとつと神々の理を話した。


 神として生まれた者は世界を創る。そして知的生命体が生まれ、信仰を受け、神として成長していくのだという。

 悠久を生きる神々は、生み出した世界を育て、神の代行者たる御先が生まれると名前を得るのだ。

 名前を得た瞬間から、神は下界へ顕現する事が出来なくなる。

 全てを御先に任せ、ただ見守ることしか出来なくなるのだという。


『んな馬鹿な。アルカディアの神々はたまに顕現してるよ?』

《あれらは、まだ名前をもたぬ》


 言われて思い出した。神々は言っていた。御先が、生まれればと。

 ロメールも創造神様としか呼んでいなかった。

 

《名をもたぬ神は下界に干渉出来る。私のように名を持つと、神託しかできなくなるのだ》


 なるほど。

 

《名を持たぬ神は、何度でも世界を造れる。試行錯誤で。だから、アルカディアが失われても、あやつらは新しく世界を造れるのだ。ならば、後の無い私の世界を救うために犠牲になってくれても良いだろう? 信仰を得て力をつけた今なら、あやつらの次の世界は、アルカディアよりも良い世界になるのだから》


 ああ、そういう。


 小人さんは天を仰いで眼を閉じた。


 目の前の少年は、生き物を生き物と思っていない。

 大切なのは自分の世界だけ。他の世界など、切り分けられて売られるただの食べ物のようなモノ。

 

 でも、まあ、誰だってそんなもんだよね。大事なのは自分のモノだけ。

 それを守るために他を犠牲にするなんて、良くある話だし。


 ただ、それが世界規模レベルで、その犠牲になるのが星一個丸々というスケールの大きさなだけ。


 これを諾とする義理はない。


『あんたが自分の世界だけが大事なように、アタシらもアルカディアが大事なんだよね』


 凪いだ瞳で真っ直ぐ見つめる金色の瞳。


 少年は一瞬たじろいだが、次には小人さんの首根っこを掴む。

 

《黙れっ! 良いから主達を殺せっ! 金色の魔力の源である森に手を出すんじゃないっ、言う通りにしないと、ここで殺すぞ!》

『神は世界の理に手を出しちゃダメなんじゃないのっ?!』


 ここで千尋を殺すというのは、完全にアルカディアの世界への干渉だ。

 

 ってか、何で別の世界に干渉出来るのさっ、アタシを下界から連れ去るとか、絶対おかしいよねっ??


 小人さんの思考を読んだかのように、少年はニタリと眼に弧を描く。


《アルカディアの命は、全て私のモノなのだよ。どのようにしようが自由なのだ》


 元々がヘイズレープの命達。


『何よそれっ、反則ーっ』


 さらには金色の魔力を持つ生き物は神々に連なる者であり、召喚するのも難しくはないという。


《そなたさえ居らねば、あの世界から金色の魔力は消せぬ。悪いな》


 ほくそ笑みながら少年は、小人さんを奈落へ投げ込んだ。

 底には魑魅魍魎が蔓延るという生き地獄。小人さんの命は風前の灯だ。

 しかし、その手が離れる前に、小人さんは少年の服を掴み、投げ出された勢いのまま、少年をも奈落に引きずり込んだ。


《え? うわぁっ!》

『死なば諸ともっつーんだっ!』


 少年の短い悲鳴を残し、真っ白な空間に開いた奈落は閉じる。

 後には何もない静かな空間に、ひっそりと佇むは地球の神々。


《頼むよ、千尋》


 こうなる事はわかっていた。

 ここまでしてしまっては、高次の方々が黙ってはおられまい。

 いずれにしろ、少年神であるレギオンの命運は尽きていた。


《彼は、やりすぎた》


《彼は盲いた》


《世界は滅びる》


 神々のさらに上におわす高次の方々。


 その裁定は幼女に委ねられた。


 奈落へ滑落しながら、小人さんは、しっかりと眼を見開き、希望の光を掴む。


 その一条の光は、真下一面に拡がっていた。


『やっぱりねっ、やっほーっ!』 


 眼下に広がるはジョーカーの網。


 そこへ飛び込み、小人さんは大きくバウンドする。

 レギオンと共に網の上を転がり、すぐに身体を起こすと、レギオンからパっと距離を取った。


 訳が分からず茫然とする少年。


《なん...だ? これは?》


 驚愕に顔を凍らせ、呟く彼の横に何かが落ちる。

 それは人の形をした何かだった。


『え?』


 千尋が驚く間も無く、上空から次々と人の形したモノが降ってきた。

 老若男女、折り重なるように落ちてくるそれらを見て、レギオンが絶叫する。


《うっ...わあぁぁっ! なぜっ?! まだ時間はあったはずだっ!! あああぁっ》


 眼を見開き苦悶に悶えるレギオンの目の前に重なるのはヘイズレープの人々。

 慌てて先程の光の玉を出し、その中を覗き込むレギオン。

 そこに映るのは、大きな地殻変動で沈み行く大陸だった。


《なぜっ? どうしてぇぇーっ!!》


 滅んだのはヘイズレープ。少年神の世界だった。


《高次の方々の怒りを買った》


《そなたは、やりすぎた》


《裁定は下った》


 ジョーカーの網の上に浮かぶ三つの光。

 すうっと現れた光は人の形で、アルカディアの神々に良く似ている。


《さだめを歪めた。代償は大きい》


《我らは回収する。過去と現在と未来の歪みを》


《そなたの世界は終わった。そなたも終わる》


 三つの光はレギオンを取り囲み、それぞれの右手で彼に触れた。

 途端に、パンっと音をたててレギオンの身体が霧散する。


 彼のいた場所に残ったのは小さな光の玉。


 まるで嘆くかのように小さく発光する玉を大事そうに抱え、三つの光は来たとき同様に、すうっと消えてしまった。


『何だったの?』


 立て続けに起きた出来事についてゆけず、小人さんはペタリと網に座り込んだ。


 そこへ見知った顔が現れる。


《まさか、滅ぶのがあちらの世界だったとはねぇ》


 八つの眼で静かに佇むのはジョーカー。


 なんとも言えない複雑な顔で、網に落ちてきた大勢の魂達を見つめていた。

 

『ジョーカーっ、アタシをまた飛ばしてよっ、早く帰らないと、まだやりかけなんだよーっ』


 うわぁぁぁっと飛び付いてきた幼女を、ジョーカーは呆れたような眼差しで、べりっと引き剥がした。


《落ち着きな。そなたの試みは成功したよ》

『え?』


 きょとんとする小人さんに溜め息をつき、ジョーカーは重ねて説明する。


《だから、あんたの右手は金色の環を通して、全ての森のパイプを破壊した。アルカディアに新たな神々の魔力は送られない。いずれ世界から金色の魔力は消えるだろう。賭けはアルカディアの勝利だ。だから、高次の方々の裁定が下ったのだろうね》


 言葉もなく立ち竦んでいた千尋は、盛大な溜め息と共に膝をついた。


『良かったぁぁぁ』


 だがそれは、ある意味、もう一つの世界を滅亡に導いたという事だ。


 千尋は未だに降ってくる魂らを見つめて、切なげに眉を寄せる。


《元々、滅びの決まっていた世界だ。さて、これから大忙しだね。この魂達を浄化して転生させないと》


 千尋の真後ろから聞き覚えのある声がした。

 いつの間に来たのか、そこにはアルカディアの二神。

 穏やかな微笑みを浮かべ、労うように千尋の頭を撫でてくれる。


《お疲れ様。大変なことをやらせてしまったね。あとは任せて》


《何か御礼が出来ると良いのだけど。望みはあるかい?》


 言われて千尋は、はっと顔を上げた。


『フロンティア王都に送ってもらえませんか? 皆が心配してると思うし』


 その言葉に神々は顔を見合わせて、悲しそうに俯いた。


 え? なに?


 ざわざわと背筋を這い上がる悪寒。何とも言えない気持ち悪い空気が、ジョーカーの網の上に漂っていた。




「チィヒーロが帰ってきたっ?!」


 大広間に突然現れた幼女。


 現場は騒然となり、急ぎロメールへと文官が報せにきたのだが。

 何故か、彼の報告の歯切れが悪い。


 とにかく向かおう。


 駆け足に近い早さで廊下を駆け抜け、ロメールは満面の笑顔で大広間へ飛び込んでいく。

 

 そこには見慣れた可愛らしいポンチョの幼子がいた。

 モゾモゾと這い回り、ちょこんと座ったり。

 落ち着かぬ幼女を見つめる周囲の顔は、あからさまな困惑を浮かべている。


 そんな人々を掻き分けて、ロメールは小人さんを抱き上げた。


「お帰り、チィヒーロ」


 だが、喜色満面だったロメールの顔が、一瞬で凍りつく。

 抱き上げた小人さんの瞳は金色ではなく、薄いミルクティー色。

 そして、ロメールへ伸ばした左手の親指の爪からは金色が失われていた。


「メール、ちゃい、ただいま?」


 無邪気に笑う幼女は、チィヒーロであってチィヒーロではなかった。

 

 残るはエピローグ二話です。


 ここまで長々とお付き合いいただき、ありがとうございます。

 

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― 新着の感想 ―
レギオンは、もう少しいい先輩かと思っていました。 最初に彼の言った通り、アルカディアの神様たちにとっても信仰を得るという経験を積み、次回に活かせるという利があるから賭けに引きすり込んだのかと… 思った…
あぁ~~帰ってきたのはファ〇ィマさんかな?(;´∀`)
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