神々の黄昏と小人さん ~ふたつめ~
「一手弱いカード.....」
キルファンの人々の移転も一段落つき、小人さんは後を克己に任せて、今までを振り返っていた。
異世界転移が頻繁に起こっていたアルカディア。それが露見し、今までも感じていた違和感が掴めてきた気がする。
一つは、この世界がとても乾いた過酷な世界だった事。
これはフロンティアの歴史にも記されており、メルダ達から裏付けも取れていた。
それを救ったのが森の主達。
フロンティアを建国した初代金色の王は、その詳細を事細かに書き残していて、それを元に、フロンティアは主の森を大切にしてきた。
結果、今の豊かなフロンティアがある。
しかし、現代人である小人さんは、それを素直に受け入れられない。
魔物がいる。魔法がある。それらに異議はない。そういうモノなのだと思う。
だが、魔力が失われれば大地が荒野に逆戻りするのだ。何故、この恐ろしさがフロンティアには分からないのか。
実際に周辺国が、その憂き目に合っている。だのに、そういう危機感がまるでない。
森を失えば魔力を失う。それは理解しているのだろう。
だけど、森を失わない努力をするだけで、失なった際の備えなどは全くしていないのだ。
ある意味、もっとも脆く危うい国は、フロンティアだった。
二つめは、そんな掴めそうで掴めなかった危うさに小人さんが気づいたのも、キルファンを訪れてから。
条件は同じはずなのに、全く魔力の恩恵を受けていない国が、あそこまで豊かな事に衝撃を受けた。
この世界は魔力ありきの世界だと、小人さんも錯覚していたからだ。
そうではない。魔力も魔法も無くて良い。地球と同じく、この世界だって成長出来る。むしろ神々の魔力が、それを阻害していないか?
歴史に記されていたではないか。神々が与えた恵みだと。人間が努力して獲得したものでも、最初から世界に存在したものでもない。
与えられたものなら、自然の摂理外だ。生み出したのではないのだから、失う事も枯渇する事もありえる。
地球という異世界の概念があるせいだろう。突き詰めると、脆く危なげなアルカディアの世界観。それを唐突に理解してしまう。
漠然とした言い知れない不安が、小人さんの脳裏にこびりついた。
今まで確かだった自分の足下が、あやふやで不可解な汚泥のように感じられる。
何かが変だ。おかしいのは、どこだ?
三つめは、そう思った夜。エイサの意味を思い出して、愕然とした。
これがカードに準えた名前であるなら、不味い。この世界の神々がポーカーを知るはずもなく、となれば、これは地球の神々からのメッセージになる。
転移者か、転生者か。地球の関係者へ宛てたメッセージ。
地球人であれば理解出来るだろうと。
気づいたらいてもたってもいられず、ツェットの元へ駆けつけていた。
否定して欲しい。そう思いつつ、口にした言葉は、無言という肯定で打ち砕かれる。
ジャックじゃなく、ジョーカーか。これ、詰んでるだろう?
小人さんは無意識に天を仰いだ。
これがポーカーに準えたモノであるなら、相手がいるはずだ。
神々の御心は分からないが、カードがジョーカーを含んだロイヤルストレートフラッシュだとしたら、それが劣勢である事を示している。
真っ当な手札だったとしても、そうなるとジョーカーを相手が持つ可能性があり、ファイブカードという、さらに上の手札も予想されるが、こちらの手にジョーカーがあるならば、その手はない。
だが、一手弱いカードに変わりはなく、何が起きているのか知らないが、アルカディアになにがしかの危機が迫っているだろう事は予想出来た。
そしてカードには意味がある。地球人ならば容易く浮かぶ意味が。
「西の森かなぁ。行ってみないと分からないな」
ジョーカー。これの意味は切り札。
つまり西の森にいる主は、地球の神々が隠した切り札の可能性が高い。
地球の神々がアルカディアに協力しているのは間違いなく、これがメッセージであるなら、ジョーカーの意味も変わってくる。
こうしてメッセージに隠すという事は、アルカディアの人々に知られては困るという事だろう。
「ポーカーの相手が、こちらにも干渉してるって事だよねぇ。やだやだ」
恐るべき野生の勘。
田舎育ちの直感のみで生きてきた小人さんの、本領発揮であった。
神々の示した金平糖の欠片を寄せ集め、小人さんは宇宙を構築する。
その先にはブラックボックス。中にあるのは、おぞましい破滅の罠か、あるいは妙なる神々からの贈り物か。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
ふんぬっと立ち上がった小人さんは、オーバーヒート寸前な頭を宥めつつ、起こりうる可能性全てを書き出した。
結果、答えはたった一つ。単純明快。
「金色の魔力が要らないんじゃない? これ」
思わず、全身が脱力する小人さん。倦怠感に抗えず、スライムのごとく溶けていく。
アタシが今までやってきた事、全否定かぁぁぁ。あぃやぃやぃやぃぃ。
いや、そうじゃない。元々の解釈が間違っていたのだ。
数百年前あたりからキルファンが発信した技術により、世界が変わった。
それが間違いなのだと、千尋は思ったが、この様子だと、それが正しかったのだろう。
そのために用意された箱庭だったのだ、キルファンは。
多岐に渡る技術は、各国で独自の進化を遂げ、今にいたる。
それに乗り遅れた形のフロンティアだが、国としての発展はピカイチだ。
民の質が高いフロンティアなれば、今から努力すれば、すぐに追い付けるだろう。
「ロメールに相談しなきゃ」
二つの頭は一つよりマシとか言う諺があったっけ。
文字通り、二人で悩みを分かち合おうと、小人さんはふらつく足取りをポチ子さんにフォローしてもらいながら、王宮に向かった。
「......取り敢えず座ろうか?」
ポチ子さんに吊るされて運ばれてきた疲労困憊の小人さんを、じっとりと見据え、ロメールは執務室のソファーを勧める。
ぐでっとソファーに沈み込んだ小人さんは、書き出したノートをロメールに渡した。
それを受け取り、ざっと眼を通した彼は、何とも表現しがたい複雑な顔で小人さんを見る。
「これは?」
「今までの経緯と、これから起こるかもしれない予測」
「......魔力が不要とは?」
「無くても暮らせる。いわゆる贅沢品、嗜好品。むしろ、必須だと思っていた今までが、おかしいの」
「.......魔力欠乏で病が蔓延したりとかしてる周辺国が、当たり前の姿なのだと?」
「そう。人は病にかかったり、怪我を治すのに時間をかけるのが普通なの。病気に無縁で、怪我も治癒魔法で即治せるフロンティアが変なの」
こうして口にすると、その異常性がわかるなー。寿命もフロンティアは他国の1.5倍とか。おかしいんだよ、ほんと。
地球の概念を持っていた小人さんすら、それが普通でないと気付けなかった。
魔力ありき、魔法ありきだと思い込んでいた。そういう世界なのだと。
克己の事を笑えないよねー。そういうモノだと思い込んでいたよ。先入観って怖いな。
いくぶん気力の回復した小人さんが、ガバッとソファーで身体を起こす。
「森は要らないモノだったんだよ。むしろ枯らすべきだったんだよね」
あまりの答えにロメールは返す言葉もない。
それは、フロンティアの在り方を根底から覆す言葉だった。
唖然とする王弟殿下。然もありなん。
「だからさ。アタシ、西の森に行くよ。そこに答えがある気がするの」
力なく笑う小人さん。
憔悴した彼女に驚き、ロメールは慌てて医師を呼び、彼女を抱き上げた。
あれぇ? 何か変だぞ?
ロメールの口が忙しく動いているのに、声が耳に入らない。
それどころが、視界が歪み、白くボヤけていく。
これ、アカンやつや......
思った時にはもう遅い。小人さんの意識はプツンと途切れていた。
「チィヒーロぉぉぉぉっ!!」
毎度お馴染みな絶叫が男爵邸に響き渡る。
それに耳を塞ぎ、ロメールは医師の診断を伝えた。
「疲労と知恵熱だそうだ。安静にしていれば、三日ほどで起き上がれるとか」
涙目な熊親父。周囲を走り回る執事とメイドから、時々、辛辣な眼差しがロメールの後頭部を穿っていく。
だが、そんな些細な事は気にならない。今、思い出しても胆が冷えるくらいだ。
真っ青から真っ白に変わっていった小人さんの顔色。息が止まるかと思うほど驚いた。
だから、今のドラゴの気持ちも理解出来るロメールである。
しかし、この大音響はいただけない。
白かった顔に生気が戻り、今度はリンゴのように真っ赤な顔で、ふうふう息をする小人さん。
その唇が微かに動き、見ていた周囲が固唾を呑む。そして凝視していた唇から紡がれた台詞に、全員、言葉を失った。
「西の森....いくの。....」
思わず絶句したロメールらの心の叫びがドラゴの口から代弁される。
「馬鹿を言うなぁぁぁーっ!!」
その場にいた全員のみならず、小人さんに関わる人々全て、満場一致の叫びだろう。
ほにゃりと笑う小人さん。
その日、夜を通して王宮は凄まじい議論の嵐に見舞われる。
小人さんのもたらした一冊のノートと、その答えは、終わりの見えない議論の火種をフロンティアに投げ込んだ。
元気の過ぎる小人さん。
これも天の配剤か、十分な休息を取るまで、彼女の意識は戻らなかった。
四日後、小人さんが眼を覚ました時、横に眼を泣き腫らして冬眠する熊がいたのも御愛嬌。
神々の思惑を知らずとも、世界の正しいあり方は知っている。
地球育ちだからこそ、その明確な歪みに気づいた小人さん。
渦巻く謎や疑問を蹴倒して、きょうも小人さんは元気です♪
えーと、相変わらず、言い回しを変えた改変などが誤字報告に届きますが、明らかな誤字以外は削除します。
それと、呆れて眼を据わらす程度の時に、ワニは《憮然》を使います。
怒ったりしている訳ではないので、《怫然》は使っておりません。これは顔色が変わるほどの怒りを表す言葉だと記憶しています。
読み方の勘違い系は、指摘されたらルビを振っております。




