神々の黄昏と小人さん ~ひとつめ~
ここはワニの物語です。既存のモノと外れる解釈もあります。基本は変わりませんが、解釈は千差万別。
それはそう言うモノと受け取っていただけると嬉しいです。
《どうなっているのか?》
《アレは異世界より賜りし者。鎌ではなかったのか?》
《地球》の神々から譲り受け、アルカディアの魂に憑依させた唯一の異分子。
これが世界を動かし、箱庭を収穫し、主らを殺す鎌なのだと聞いていたアルカディアの神々は、その成り行きに、ただただ茫然とする。
神々の思惑を知らぬ彼女は、思うがままに突っ走った。
森の主を従え、無邪気に世界を渡っていく。
小気味良いほど、スパスパと既存の常識を切り払い、猪突猛進に進む幼女に、アルカディアの神々は言葉を失った。
《アレは右手を持っておらぬのではないか?》
《馬鹿な。だが、たしかに》
幼女の左手には輝かんばかりの力を感じるが、右手には何も感じない。
これでは本末転倒だ。
しかし何故?
訝るアルカディアの神々の元へ、地球の神々がやってきた。
そして難しそうな顔でアルカディアを見下ろし、深々と頭を下げる。
どうやら魂の憑依が原因で、彼女は《右手》を失ってしまったのだとか。
元の魂の持ち主ファティマが、ソレを持って深淵に消えたらしい。
ひとつの身体に二つの魂という異常事態が、イレギュラーな結果をもたらした。
小人さんの魂は、いずれ地球に返さなくてはならない。だから、新たな肉体を与える訳にはいかなかったのだ。
一番安全なはずの金色の王に憑依させたのに、あろうことか、そのファティマ自身が瀕死の事態に陥り、喪われた。
そのあげく、無理やり千尋が覚醒し、同化していたファティマに、《右手》を持っていかれてしまったのだ。
なんという事か。それでは主らを破壊出来ない。森も枯れず、魔力や魔法も残ったまま。
これでは、フロンティアが危ない。
フロンティアは森を大事にしてくれた。それゆえに、アルカディアで一番大地が痩せた国なのだ。
一見、豊かに見えるが、それはただの見せ掛け。まやかしである。
魔力が無くなれば、何処よりも荒れ果て、乾いた土地。
何より、このままでは賭けに敗北は必至。
《どうしたら.....?》
狼狽えるアルカディアの神に、地球の神々は少し思案げに呟いた。
万一のためのメッセージは仕込んである。あとは人類に任せるしかない。
《アレは野生の申し子のような人間だ。きっと気づいてくれる。そして、良いようになるだろう》
柔らかく微笑む地球の神々。
世界に手を出せぬ以上、それしかない。
もし、アルカディアを救ってくれるならば、何でも望み叶えよう。
神々は祈るような気持ちで小人さんを見つめる。
世界のくくりから外れる、個人への助力ならば、多少の干渉は出来るのだ。
神託をおろすべきか、アルカディアの神々が悩んでいた時、キルファンの箱庭に鎌が振り下ろされた。
その鎌は、容赦なく借り物の命に手をかけようとし、慌てて駆けつけた神々は、それを切っ掛けに、彼女への助力を試みた。
しかし、それは期せずして最良を招く。
彼女の望みは箱庭の種の拡散。アルカディアの神々にとって、願ってもいない申し出である。
こうして、思いもよらぬ小人さんの行動により、箱庭計画は飛躍的な進歩を見せた。
悲嘆にくれていた数千年はなんだったのか。蓋を開けてみれば、アルカディアは緩やかに最善を選んでいる。
アルカディアの神々は、少し遠い眼をして、下界を見つめた。
そこには、白と赤の旗を振りながら、せっせと物資運搬に勤しむ小人さんがいる。
キルファンでの大騒動の後、転移させたキルファン人を連れて、小人さんは北の荒野を目指した。
フロンティアに隣接した荒野手前にキャンプを張り、多くの天幕へそれぞれを案内している。
天幕や炊事場など、生活に必要なモノは既に揃っていた。
やってきたキルファン人らが、思わず二度見するほど立派なものである。
王女殿下の公共事業の形をとり、ロメールが予算をふんだくってきてくれたからだ。
その恩恵を土下座で受け取り、小人さんは過不足ないようキャンプを作ったのである。
多くの人々が協力してくれた。
王宮や騎士団は言うにおよばず、城下町、ヤーマン、辺境伯騎士団まで。
リュミエールの街からは大量の物資が送られてきて、それに混じっていた大きな珊瑚は、海の森の主からだとか。
莫大な軍資金を手に入れ、やにわ小人さんは燃え上がった。
「さあっ、頑張るよっ!」
にぱーっと快活に笑う小人さん。
彼女の行動は、完全にアルカディアの神々が意図するモノと同じ。魔力に頼らぬ文明を目指している。
キルファンの技術を用いて、新たに作られる国。それは間違いなく、魔法に依存しない、人力だけの文明社会だ。
その最先端な技術と概念はフロンティアにも伝播するだろう。いずれアルカディア全域に広まるに違いない。
奇しくも事態は神々の望む方へと傾いていた。
理由は簡単。小人さんは、自身が魔法を使えない。
使える魔法といえば、主の森を造る事。
つまり、魔法文明であるフロンティアにおいて、ただ一人、魔法の恩恵を知らぬ人間なのだ。
だから、何をやるにも魔法より、物理や前世の概念が優先される。
新たな森を造り、主を置けば、一国を潤す魔力を満たせる規格外な能力。
しかし、その結果がどうなったのかを知る小人さんは、そんな不確かな魔力より、堅実な人力を選んだ。
努力は自分を裏切らない。
現代人でリアリストな小人さんならではの発想だった。
与えられたモノに依存し、それを失えば瓦解するような文明に魅力は感じない。
こういった所が、克己との違いだろう。
「無い物ねだりしてる暇あるんなら、働けーっ!!」
後悔で茫然自失な克己を、小人さんが蹴倒し、ポチ子さんに引きずらせて、船に放り込んだのも記憶に新しい。
一匹の蜜蜂にしがみついて、プルプルしていた克己も、新たなキルファン建国に参加し、プルプルしつつも、現代知識を駆使して手伝っていた。
ようやく落ち着いてきたのか、いくらかマシにはなったが、小人さんが来るとプルプルするので、ずっとしがみつかれていた蜜蜂が克己の護衛&御世話をしている。
しがみつかれ続けて、情がわいたのだろうか。その蜜蜂は克己の傍を離れず、かいがいしく世話をやいていた。
克己も、無意識に手を伸ばすくらい、その蜜蜂を大切にしている。
「名前つけたら?」
相変わらずプルプルする克己を呆れたように見つめる小人さん。
あたしゃ、化け物かい。
克己にとっては近いものがあろうが、千尋にとっては、理不尽極まりないこと、この上ない。
憮然とする小人さんに、恐る恐る克己は尋ねた。
「つけても良いのか?」
「何で、アタシに聞くの。本人に聞いたら?」
言われて克己は、抱き締めている蜜蜂に視線を落とす。
「名前.... いる?」
おい。言い方。
デリカシーの欠片もない克己に、蜜蜂はぶぶぶぶっと羽音で答えた。
いかにも嬉しそうなソレに、驚きつつも克己は言葉を紡ぐ。
「えと.... どうしよう? タマとか? いや、それは猫だ。えーと? ハッチ? マーヤ? 君って男の子?」
しどろもどろに話しかける克己。
並んだ名前に思わず噴き出し、小人さんは苦笑い。懐かしのアニメに良く出てくる名前だ。
「子供蜜蜂らは、ほとんどメスらしいよ」
それを聞いて、克己は目の前の蜜蜂を、そっと撫でた。
「じゃ、マーヤで。どう?」
まあ、タマよりはマシだな。
人の事は言えないネーミングセンスのくせに、偉そうな小人さん。
そんな幼女を余所に、マーヤと名付けられた蜜蜂は、さも嬉しそうに克己の肩に張り付いていた。
微笑ましい蜜蜂との交流を、周囲がほっこりと見守っている中、小人さんの左手に蠢くモノがある。
黒と黄色の縞模様のヘビ。長さ三十センチ、太さ一センチちょいのソレは、真っ黒なお目々をウルウルさせて、小人さんを見上げている。
ああ、そっか。
「アンタにも名前がいるね。縞々だし、シマジロウとか?」
途端、その呟きを拾った克己が、盛大に噴き出す。
「それはないっ、ヘビだよね? 可哀想じゃないかっ」
おまいには言われたくないわー。プルプルは、どこにいったんだ。
ニョロニョロとか。いや、....海蛇ならば、ひとつしかないか。
「ワダツミ。ミーちゃんにしようか」
柔らかく微笑み、クルクルと頤を鳴らす小さなヘビ。
まるで腕輪のように小人さんの二の腕に巻き付くソレを見て、克己は古代エジプトの神々を思い出していた。
神々と言っても細かく分かれており、多くは御遣いで、神々の代行者。
小人さんを取り巻く主の子供らが、その御遣いに見えて、思わず眼を擦る克己だった。
まさかな。だったら、この幼女は神という事になる。そんなん有るわけ.......
そこまで考えて、克己は顕現したアルカディアの神々の言葉を思い出す。
《エイサは大切な客人。我らと同等にある》
彼女は、どこから見てもアルカディアの人間だ。自分のような転移組ではない。
最初は異世界転生、ありきたりだなと思っていたが、よくよく考えてみれば、転移が出来るのに転生させる意味が分からない。
転生が必要だった?
二十年のタイムリミットつきの転移だっておかしい。自分達の知らない何かがあるのだろうか。
訝る克己だが、彼は物語に毒され過ぎており、現実が見えていない。
神々に関わった人間の殆どが非業の死を遂げている事を彼は知らないのだ。
知識として知ってはいるのかも知れないが、今の自分がその立場なのだとは気づいてもいない。
神々の不文律は厳しく、それに関わった者も同罪となり、咎を受ける。
アルカディアの神々がタイムリミットをつけたのはそのためだ。
それ以上歪めれば、地球から借りた種は魂レベルで咎を受ける。輪廻の環から弾かれ、二度と来世は望めない。
神々に助力してくれた魂には幸せな来世が約束されている。それを成就させるために設けられた期限だった。
人々の預かり知らぬところで、必死に救済を試みる神々の努力に乾杯♪