神々の黄昏と小人さん ~プロローグ~
泣いても笑っても最終章です。
複雑怪奇に織り込まれた物語が、全貌を現します。
神々の間違いとは? 魔法は復活するのか? 主の森はどうなる? そもそも、何故に千尋のみがアルカディアに、転移でなく転生したのか。
全てを知り、小人さんは、どう動く?
最後の金色の王の物語。御笑覧下さい。
《知らなかったのだ》
《それが罪だった》
真白な空間には、重い靄が漂っている。
ここは天上界。
神々の棲む世界は繋がっており、他にも、奈落や深淵などは、全ての世界で共通していた。
たゆとうような靄の隙間を縫って、アルカディアの神々は下界を見下ろす。
かつて八割は荒涼とした砂漠や荒れ地だったアルカディア。
硬い岩盤に覆われた大地は水に乏しく、海も狭い。僅かな緑が水辺に身を寄せ合うような過酷な世界。
生まれたばかりで、たった二人しかいない幼い神々では、こんな世界しか造れなかった。
哀しく、寂しく、温度差の激しい冷たい大地。とても生き物が生まれられる環境ではない。
神々の力は信仰があってこそ。世界を造り、生き物が生まれ、知的生命体に進化して、信仰が育つ。
そうしてようやく、神としての力が発揮出来るのだ。
まだ生まれたばかりで幼く、力なき己を嘆き、苦しみ、アルカディアの神々は、ただ啜り泣いた。
そこへ一条の光。
多くの神々がアルカディアに訪れた。
彼等は他の世界の神々なのだと言う。新たな世界と神の誕生を祝いにきたのだと。
数百、数千、数万。数多に居並ぶ神々を見て、アルカディアの神は絶句する。
こんなに神々がおわすならば、さぞや見事な世界ばかりなのだろう。
アルカディアを眺めつつ、多くの神々は嗤った。あまりにみすぼらしい世界だと。
声ではなく、ぞわりと撫で上げるような、ザラザラした嘲笑。
その嘲笑の渦の中、神の一人が賭けを持ちかけてきた。
命の種を譲ろう。見事、育て上げられたなら、全てを譲ろう。
思わぬ申し出に、アルカディアの神々は、歓喜に震えた。
しかし、嘲笑を崩さぬその神は、さらに宣う。
もし、育てられなくば、全てを返して貰うと。
アルカディアの神々は、一瞬躊躇したが、次には大きく頷いた。
このままでは、アルカディアに命の芽生えは期待出来ない。藁にもすがる思いだった。
与えられた小さな種を大切に握り締め、アルカディアの神々は、それを大地に蒔く。
その種は大地に根付き、小さな生き物となって、ヨチヨチと動き出した。
感激に胸を高鳴らせるアルカディアの神々。
それを嫌らしく睨め下ろして、他の世界の神々は各々の世界に還っていく。
ただ数人。《地球》と言う世界の神々のみが、無邪気に喜ぶアルカディアの神々を、痛ましそうに見つめていた。
少しずつ成長していくアルカディアに、幼い神々は夢中になった。
足りないモノはないか。ちゃんと生きて行けるか。ハラハラしながら見守る毎日。
数十億年かけて、人類が生まれた時、神々の我慢は限界を迎えた。
本来、神々は世界の理に手を出してはならない。しかし、生まれたばかりの人類は、今にも死んでしまいそうなほど、か弱かった。
守らねば。
こうして、主の森が造られ、神々の力を譲り受けた主らが、硬い岩盤を割り、水を喚んで、風や緑を広める。
ここから、物語は始まった。
アルカディアを滅亡に導く物語が。
《神々の理を知らなかった》
《ただの借り物だったのだと分からなかった》
だが、もはや手離せない。愛しい我が子らを。
アルカディアの神は、深い後悔に歯噛みする。
ちょうどフロンティアが建国され、金色の環が完成し、数千年のうちに金色の王の伝説が確立された頃。
ようやくアルカディアの神は、取り返しのつかない間違いを犯した事に気がついたのだ。
それは、アルカディアに神々の魔力を与えてしまった事。
神々の力に頼り切った大地は、全く育たなくなった。
本来なら自力で育つはずの大地は、魔力が満たされたことにより、魔力に依存し、成長を止めた。
何をせずとも豊かな実りを約束された人類は、考える事をやめた。
惰性で、ゆるゆると生きていき、文明の発達も止まり、停滞して濁り出す。
己の仕出かした愚かな現実にうちひしがれるアルカディアの神々の元へ、賭けをした神が現れた。
賭けは、自分の勝ちだと。
アルカディアの人類は育たなかった。世界は育たなかった。
約束どおり全てを奪い去って、深淵に落とし、元の世界に返すと。
彼にとっては最初から結果の見えたゲームだったのだろう。生まれたばかりの幼い神々をからかい、弄ぶための残酷な遊戯。
神とは気まぐれなモノなのだ。
悠久を生きる彼等は、常に刺激に飢えていた。まるでカードをめくるかのように、容易く与えもするし、奪いもする。
神の理に疎いアルカディアの彼等が、情の移った人類に、過剰な手出しをするのは眼に見えていた。
神とは見守る者。進言はしても、手は貸さない。それをすれば世界が歪むからだ。
予想どおり歪んだアルカディア。
元々は貸した命。全ては賭けを持ちかけた神のなすがまま。
彼が取り上げると言えば、簡単に奪う事が出来る。
それを見越した上で持ち掛けられた賭けだった。足掻く幼い神々を踏みにじるために。
相手の手札は最上級の決まり手。アルカディアの神々になす術はない。
高笑いをする、あざとい神を絶望的な眼差しで見つめるアルカディアの神々。
しかし、そこへ数人の神々が声をかける。
まだだ。まだ終わりではないと。
訝る神々に、《地球》という世界の神々は言う。
人類が生まれて、まだ数千年。少なくとも一億年は見るべきだ。時期尚早。わざとやっているのだろう?
そう、問い詰めると、賭けを持ち掛けた神は、バツが悪そうに少し眼を泳がせる。
そして嘲笑いつつも、賭けの続行を認めた。どうせ変わりはしないと。
そう吐き捨てて、還っていく神を忌々しく見送り、《地球》の神々は手助けを申し出た。
神の理では、本来ならば許されないことだが、《地球》から、種として人類を送ろう。
いずれ返してもらうが、アルカディアに魔力のない文化を伝授しよう。
まだ遅くはない。魔法のない国を作り、新たな文明を築くのだ。
彼の神は宣言している。見事育てば、全てを譲ると。これは覆す事の出来ない盟約だ。
御先が生まれれば、こちらの勝ちだ。
そしてやや哀しげに、魔力を与えた主らの処分を呈する。
主の森は魔力の根元。あれが存在する限り、人類は魔法に依存し、成長が望めない。
いずれ種が成長し、箱庭を形成した時、収穫のための鎌を送ろう。
世界を掻き回し、新たな風を吹き込む元気な鎌を。
その鎌に、《神の左手》と、《悪魔の右手》を持たせる。創造と破壊を司る神々の力を。
これも、いずれ返して貰わねばならないが、世界を動かすに十分な力だ。
《地球》の神々の話を茫然と聞く、アルカディアの神。
それは魔物となった森の主らへの死刑宣告である。
今は既に終わっているが、金色の輪を作るために、金色の王は主らに触れていた。
鎌となった者が同じように触れたら、神々の魔力を持つ主らは《悪魔の右手》に破壊される。
己れの都合で生み出し、殺す。
耐え難い罪悪感に苛まれつつも、アルカディアの神々は、《地球》の神々の力を借りて、賭けの敗北を回避するため、箱庭キルファンを作った。
間違いを正すキルファンの箱庭。事を報せに降りた時、神々は、天上で起きた話を主らに伝える。
すまないと、ほたほた涙をしたたらす神々の声。それを静かに聞く主達。
ああ、我々は間違いなのか。正すために滅ぼされなくてはならない異分子なのだな。
己の存在を否定された森の主達は、それでも諦めず、森を守り続けた。
あとは、誰もが知るところである。
神々の御心を知りもしないアルカディアの人々。
だが、知らずとも確実に神の真意は伝わり、人々は魔法を捨て、新たな文明を築きだした。
キルファンから発信された技術は、他国に刺激を与え、ここ数百年で著しい変化をみせる。
神々の思惑どおり、アルカディアの人類は、魔力の恩恵から脱却しようと動いていた。
しかし、どこにでも斜め上半捻りな奴はいる。
《チヒロ様は、何故、左手で左目に触れました?》
メルダとの盟約を結んだ時に、彼女は不思議そうに小人さんへ尋ねた。
「ん~? まあ、迷信みたいなもんだけどね。左側は聖なる手って言われてるからさ。心臓に近い手だからとか、添えるだけの左手は、破壊に使われないからとか。占い師や呪い師のジンクスみたいなもんかな」
盟約は神聖な儀式な気がした。だから、左側で左側に触れたのだと幼女は言う。
それが主らの命を救ったとは夢にも思っていない小人さんだった。
死を覚悟していた森の主達は、新たな金色の王に希望を見出だす。
神々の御意志を知る彼等は、この事態を歓迎しても良いのか迷ったが、神々との盟約を口にする事は出来ない。
ならば、最後のその一瞬まで、この幼き王と共にあろう。
どうせ死刑を宣告された身だ。やりたい事、やれる事をやるだけやって、華々しく散るも一興。
ここから、神々の画策は崩れ始める。
一方、賭けを持ちかけた神は、心に沸き上がる焦燥感を振り払えなかった。
賭けの勝利は確定している。だのに、何故、これほど心のざわめきが止まらないのか。
貸した命を返還させ、深淵に落とし、彼の国を虚無で満たせば、あの世界は滅ぶ。
あのバカな神々は、また一から世界を作らねばならない。
わずかな期間とはいえ、信仰を得た幼い神々の造る次の世界は、今より幾分マシな世界になるだろう。
遊びとはいえ、実にならぬ事を神々はやらない。結果論だが、アルカディアの神にも利のある賭けだった。
借りた命から得た信仰は、間違いなく彼等の力になったはずだ。あとは貸したモノを返して貰うのみ。
そうせねばならないのだ。
世界の理に神が関わるのは御法度。神々が過剰な力を与えてしまったアルカディアという世界に先はない。
しかし、それは命の種を与えた己にも当てはまること。必ず貸した命を回収して、深淵で、消し去らないと、神々の不文律に触れた自分にも咎が降りかかる。
これは、御互いの世界の命運を掛けたゲームだった。勝利が確定していたゲーム。
画竜点睛を欠かぬ見事な手札を持っていたはずだが、あの老獪な《地球》の神々が手を貸すとなれば、万一も有り得る。
よもや自分が負けるとは思わぬが、保険はかけておくべきだろう。
元々、彼の世界の命達だ。賭けを持ちかけた神は、アルカディアの人々へ、いくらかの干渉が可能だった。
そして彼は神託を降す。
今は寂れた国、カストラートへ。
「......神託です。数十年ぶりに御神託がおりました」
カストラート王宮の片隅にある怪しげな部屋。そこにいる老婆は、香炉の煙を指先に燻らせながら、譫言のように呟いた。
その報告を受け、大勢が王宮の広間に集まる。
国王を筆頭に重臣らしき者らが居並ぶ広間の中で、老婆は億劫そうに口を開いた。
「神からの御言葉です。《フロンティアに金色の王がいる。金色の王を手にすれば、魔力と魔法は復活する》とのことです」
老婆の言葉に、広間の中は騒然となる。
「数十年前の予言は、金色の王が降臨するだった。それらしい王族は金眼の第一王子と、金髪の第二王子だったはず。どちらかが、王と認められたか?」
「いや、聞かないな。もしそうならば、フロンティア北西にある主の森にやってくるだろう。見張りから連絡は?」
「聞いておりませんね。第一王子は紫の髪ですから、可能性としては第二王子かと」
「ぐう...っ、一年前の誘拐が成功していれば.....っ」
「新たに養女を迎えたと聞くぞ? その子供かもしれん。遠縁の王族だそうだ」
その言葉で、広間の人々の視線が一ヶ所へ集中する。
そこには深い藍色の髪に、黒い瞳の女性がいた。彼女は思慮深く眼を伏せて、壁際に佇んでいた。
「一年前、そなたらが失敗せぬば、いまごろ我々は金色の王を手に入れていたかも知れぬ。無様よな」
深く頭を下げる女性はシリル。かつて千尋を隠し育て、盗み出そうと画策した侍女である。
無言で頭を下げるシリルを唾棄するような眼差しで見据え、国王は忌々しげな口調を隠しもせずに命じた。
「まだ新たな間者が育っておらぬ。顔が知られておるそなたらを使うのは危険ではあるが、他に適材がいない。かつての仲間らと共に金色の王を手に入れてくるのだ」
多くの間者をフロンティアに潜ませているカストラートだが、王宮内に明るい者は限られている。
多少、危ない橋を渡ってでも強行しなくてはならないのだ。
「かしこまりました」
短く答えてシリルは、その美しい顏を上げる。
何かを含む怪しげな彼女の瞳に、広間の人々は誰も気づかなかった。
こうして神々の思惑の絡まる壮大なゲームは、人知れず佳境を迎える。
その頃、渦中の真っ只中なはずの小人さんは、ドラゴに抱き締められて、すよすよと眠っていた。
神々の思惑も、人々の陰謀も何処吹く風。
今日も小人さんは我が道を征きます♪
神々sideの謎が明るみになりました。世界の命運を掛けた勝負。
相手の神が持つのは欠けのない手札。たった一枚しかないジョーカーで、辛うじて同じ手札があるも、このままではアルカディアの敗北は必至。
フロンティアの存在が命運を分けています。
世界を救うため、魔法や魔力を消し去りたいアルカディアと地球の神々。
それを知らず、主の森を復活させようとする小人さんらと、己の勝ちを揺るがないものにせんと、暗躍する相手の神。
魔力と魔法を巡り、意志疎通も出来ないまま踊らされる人類達。
ここから、勝負の行方が紡がれます。




