海の森と小人さん ~とおっ~
海の森編、ラストです。御笑覧ください。
「うわああぁぁーっ」
喜色満面で走り回る小人さん。転ばないように肩に張り付くポチ子さん。
その背後からついていく、ドルフェン率いる護衛隊&魔物達。
若干カオスな光景に、ドン引きするキルファン帝国の人々。
ここは農園。キルファン帝国でも一際大きな農場を、縦横無尽に小人さんは走り回っていた。
穀物倉を覗けば。そこには唸るように積まれた麻袋の数々。
中には米はもちろん、大豆や小豆、干物も干瓢や椎茸、鰹節や昆布、他etc.
小人さんが夢見ていた宝物が、ぎっしり詰まっている。
「うわぁぁぁ......っ」
もはや、他に言葉が出ないらしい。言語中枢の麻痺した小人さんを視界におさめて、苦笑するドルフェン達だった。
そんな一行に声をかける者がいる。
「喜んでいただけて光栄です。いくらでもお持ちください」
好好爺な眼差しで柔らかく微笑むのは、白髪混じりな老人。名前を榊原均。長く皇城に勤める翁の一人だった。
キルファンには皇帝を筆頭に、五人の摂政、十二人の翁がいる。それぞれに役職があり、榊原の担当は後宮の管理だった。
そして知らされた後宮の裏側。即位した皇帝にのみ明かされる秘密。
陸人皇帝は、暫定であったため知らされてはいなかった。
なんと、陸人と桜に血の繋がりはない。
今の皇帝一族は、ほんの二百年ほど前に入れ替わった別の一族だったのだ。
血で血を洗う簒奪が当たり前だった国だ。皇帝の一族が入れ替わるのも珍しくはない。
古代の中国や戦国時代の日本も、そんな感じだった。
ただ、ここで一つ違ったのは、本来なら根絶やしにされる筈の前皇帝の一族が生かされた事。
女性が生まれにくくなっていた皇族に、新たな血を継承させるため、前皇帝の血統を維持し、尋ね人専用に番わせる裏の後宮。
もちろん、そこで生まれた姫は当然のように皇帝に奪われ、時の皇帝か、その皇子に娶せられる。
桜も、そういった姫の一人だった。
ある意味、人間牧場。姫以外の男児の行く末は御察しだろう。
反吐が出る。
桜の母親は既に亡くなっていた。女性の出生率の低下は著しく、尋ね人の訪れも数人になった今、裏の後宮も機能していないらしい。
つまり桜は、正当な前皇帝一族、最後の姫なのだ。
父親は、桜が毛嫌いしていた前尋ね人。万魔殿を作った御仁である。皮肉にも程があるだろう。
なので小人さんは、密かに知らされたこの話を心の中に仕舞いこんだ。
因縁の楔から、ようやく解放された桜に、新たな哀しみや絶望を与える必要はない。
榊原も、それに同意してくれた。
そして聞いた話をスパっと忘れて、今は欲望の赴くまま徘徊中。
桜も、気になる親族らに面会に行きたいと言うので、護衛をつけて別行動。
ちなみにロメールは、今後の折り合いをつけるため、政務や財務を司る摂政らと皇城で缶詰めになっている。
捕らわれた主の子供らは魔力切れを起こしており、力なく港に繋がれているのをツェットが見つけ、怒り狂ったツェットによる大災害寸前という一幕もあったが、小人さんの魔力ですぐに癒し、事なきを得た。
しかし、ツェットの怒りは燻っており、未だに海岸沖で気炎を吐いている。
キルファンの人々の移動は、小人さんがメルダの元を訪れた時に行われる予定だ。
移動希望者は、決められた日にちと刻限に、荷物を持って用意しておくよう周知される。
人のみを移動させるため、手にしていないモノは持って行けない。神々からそう聞いたとかで、誰もがいそいそと移動の準備をしているらしい。
あの大騒ぎのあと、小人さんらは別室に移動させた人々から、キルファンの事情を詳しく尋ねた。
あの広間にいたという事は、彼等はそれなりに地位のある者だろう。
神々との対話は、こちらにも聞こえていたらしく、部屋に入ってきた小人さんに、彼等は揃って深々と頭を下げた。
「桜様をお救いいただき、心より感謝いたします」
「陸人様の浅知恵を阻めず、羞恥に言葉も御座いません」
「余所様の手を煩わせ、恥じ入るばかりに御座います。本当に申し訳ありませんでした」
やはり、真っ当な人々だったらしい。
彼等の謝罪に軽く頷き、小人さんは、これからの話をする。
縛り上げた者らは犯罪奴隷として連行するが、陸人だけは見逃す約束を神々とした。だが、あの手の輩は喉元すぎればで、すぐに何かを企むだろう。
何か手立てはないかと問う小人さんに、摂政の一人だと言う男性が手を挙げた。
「陸人様は皇帝を辞しておられます。既に権力は御持ちでありません。なので、塔の最上階で心やすらかに暮らしていただいてはどうかと」
絶対、安らかには無理だよね? それ。
にんまりとほくそ笑む小人さん。
それに応えるように柔らかく微笑む人々。
腐った連中を連れ出してしまえば、あとは如何様にもなるってか。
将来有望。なら、ここで使い潰すのも勿体ないな。正直、キルファンはどうでも良い。
「あんた達もフロンティアに来ない?」
しばし瞠目し、難しい顔をする人々。
「歪んで腐り果てておりますが..... それでも生まれ育った国でございます。見捨てる訳には」
「だが、ここでは正しく政が行われない。人を人とも思わぬ輩ばかりだ。弱き者を救うためなら、逃げ出すのも手かもしれない」
「それを正す事が大事なのだろう? 諦めるのは何時でも出来る。まずは努力すべきではないのか?」
「努力が実る確信はあると? 今を生きる民に、さらなる苦しみを与えるだけで終わるかもしれぬではないか」
やいのやいのと討論する人々。
そうだ、人とはこうでなくては。
今を生きる自分達を客観的に見て、あらゆる側面から可能性を見い出す。良しにつけ、悪しきにつけ、考える事は大切だ。
それが出来る人材は貴重なのだ。ここにキルファンの良心が集まっている。
「だから、新しくキルファン帝国を..... いや、キルファン王国を作るんだよ」
思わぬ言葉に眼を丸くする人々。それに、にかっと笑いかけ、小人さんは詳しく話を進めた。
アルカディアは広い大地に国々が点在する形だ。殆どが荒野や砂漠で、緑の多い地域に国が作られた感じ。
便宜上の国境はあるが、荒野や砂漠を領地と思っている国は少ない。その証拠に、ヤーマンの街で万魔殿が国境の荒野に広大な農場を作っていても、隣国のフラウワーズは関知しない。
それを利用して、国境の大きな荒野に新しくキルファンを作ったらどうかと小人さんは提案する。
どうせ遊んでいる土地だ。他の国々も、広大な荒れ地を渡るより、途中に豊かな国があった方が助かるだろう。
「ちょうど良い荒野がフロンティアの北にあるんだよね。緑化や開墾は御手の物でしょ? やってみない?」
小人さんはテーブルに地図を広げた。
彼の昔に、金色の王が巡礼と同時に作ったという世界地図。そこにはフロンティア北に、今のキルファンの三倍はある荒野が横たわっていた。
ここを自由にしても良い。何処の土地でもない地域。
「フロンティアに隣接した部分から開墾すれば難しくはないと思うよ。手助けも出来るしね。どう?」
一から新しい国を作る。なんと魅力的な話か。しかも、ろくでもない輩を切り離して、自分達だけの楽園を作れる。
思わぬ申し出に即答は出来ず、しばし時間をくれという彼等に快く頷き、ただいま小人さんは本能の赴くまま、暴走中。
だけど、駆け回りながらも、何かが引っ掛かる小人さんだった。
何かを忘れている。なんだろう。
種を蒔いた神様。間違いを正す箱庭..... 育てる? 収穫は?
神々は陸人を守り、桜を放置している。
そこまで考えて、小人さんは、はっとした。
逆の発想ではないのか? 陸人を捕らえて閉じ込め、桜をキルファンから解放した?
.......それに何の意味が?
やっぱ分からないな。
しかし、答えは小人さんの前世の中にあった。
その夜、桜や榊原の勧めで皇城に泊まった小人さんは、むかーしに父親から聞いた逸話を夢に見る。
そして、ガバッと起き上がった。
「エイサ...... エースの語源になった俗説のピッチャーの愛称じゃない」
六十五試合中、六十四試合を勝利に導いたという伝説のピッチャー。
アタシがエイサ。つまりエースってなら..... クイーンとキング。ツェット.... これ、ツェーンの別読みじゃないの?
そこまで考えて、小人さんは唖然とする。
やもたまらず寝台から飛び降りて、千尋はともにベッドにいたポチ子さんに抱えてもらい、皇城の窓から沖にいるツェットのところまで運んでもらった。
いきなり翔んできた小人さんに驚くツェットを睨み付け、真剣な眼差しで問いかける。
「ひょっとして、西方にいる森の主の名前はジョーカーって言うんじゃない?」
問われた言葉を理解し、ツェットは寂しそうに俯く。
その沈黙が全てを物語っていた。
共通するのは金色の魔力。それに準えると、千尋と主らは.......
アタシが加わる事で完成する手札か。あざとい真似を。だが、それに何の意味が?
クイーン、キング、ジョーカー、エース、そしてツェット。これはドイツ語読みでツェーン。数字の十を表す。
金色の魔力が共通の絵柄だとすれば、出来る手札はロイヤルストレートフラッシュ。
ポーカーでいう最高の手札だ。
神々の手札? アタシ達が何で? 主の森を復活させるから? でも.....
目の前のツェットは、これを歓迎しているようには見えない。
千尋の知らない何かが水面下で蠢いている。
「ツェット。何か知ってるの? 教えて?」
ツェットは力なく首を振り、さらに深く項垂れた。
《神々との盟約で、誰にも伝えてはならないのです。たとえ金色の王でも..... まさか、看破されるとは》
いや、神々は気づいていただろう。ポーカーは地球のゲームだ。千尋が知らない訳はない。
最後のピースが金色の王である必要性は何だ? 神々は何を隠してる?
怪訝そうに眉を寄せる幼子を見つめ、ツェットは思わず口を開いた。
《神々の盟約は絶対です。でも....っ、王は、その一角を崩しました。我々は破滅から逃れられたのです》
「破滅?? なにそれ、ヤバいのっ?!」
ぎょっと顔を強ばらせる小人さんに、ほたほたと涙をこぼし、ツェットは愛おしそうにすり寄ってきた。
《言えぬのです。言えぬのですが...... ありがとうございます、王よ》
子供のようなツェットの頭を優しく撫でながら、小人さんは困惑する。
ツェットだけではない。メルダもモルトも、ふとした時に寂しそうな顔をしていた。
てっきり主の森の衰退を憂いているとばかり思っていたが、このツェットの様子だと、別物の可能性が浮かぶ。
今のツェットと同じ。何かしらを知っていて達観しているのだろうか。
話せない何か。神々が関わる、主達の破滅。神々は味方ではない?
すり寄るツェットの頭を抱き締めて、小人さんは力強く囁く。
「ダイジョブ、何があっても、アタシは皆の味方だからね。たとえ神々が相手でもっ!」
沖から浜辺へ移動し、暖かな砂浜でとぐろを巻くツェットを撫でながら、小人さんもウトウトと眠りにつく。
翌朝、いなくなった小人さんを探して、皇城が大騒ぎとなり、浜辺でポチ子さんを抱き締めて眠る千尋に、ロメールの大目玉が叩きつけられたのは言うまでもない。
神々の蒔いた疑惑の種は、小人さんの胸中に一抹の不安と暗い蕾を芽生えさせた。
それが花開くのは何時のことか。
決して遠い未来ではない。
「あぅー」
あらかたの後始末をつけ、フロンティア騎士団は帰路へとついた。
各船には、どっさりと農産物が積み込まれ、城でスカウトした人材も、八割が新たなキルファンの建国に参加してくれるという。
残り二割は皇城に残り、バカをやらないか見張ってくれるとか。
陸人皇帝は予定どおり塔の最上階に閉じ込め、名前だけの皇帝となり、政は残った摂政達が行うらしい。
「なんか、疲れたなぁ。お父ちゃんに逢いたいよぅぅぅ」
ツェットの頭で蜜蜂をクッションにしつつ、小人さんはグダグタと管を巻く。
「君ねぇ..... 私の前で、よくもまあ....」
海風に髪をなぶらせ、軽く空を見上げるロメールの眼には、たった一晩で、くっきりと隈が出来ていた。
いや、ごめん。悪いとは思ってるよ、うん。
いたたまれなくなった小人さんは、そっと眼を逸らし、蜜蜂をモフモフする。
あー、気持ちいい。眠くなってきたかも。昨夜、遅くに起きちゃったからなぁ。寝たり...な....
次には、ぐぅ....と眠ってしまう小人さん。すかさず、ガシッと脇を掴むポチ子さん。それに気づいて、悲鳴を上げるフロンティア騎士団の面々。
周囲の喧騒も、どこ吹く風。鉄壁のモフモフに囲まれて、今日も小人さんは元気です♪
怪しげな神々と、疑惑の種。そろそろ物語も佳境に入ってまいりました。
残り1/3ってとこですね。
実は。この物語、別の物語の序章だったりします。
なので、完結までの構想構築に御時間ください。三日ほど。
ちゃんとプロットだてだけはしておかないと、大切な部分飛ばして、後になって、あきゃーっとならないようにww
明日から三日間お休みします。




