王宮騎士団の小人さん
ポイントが六千越えました。本当にありがとうございます。
感想も嬉しいです。子供らが可愛がられていて、安心します。
誤字報告も助かっております。ワニはお間抜けなので。ただ、誤字でない物もあるので御知らせを。
同衾←これは本来、男女が同じ布団に入る。もにゃもにゃな言葉ですが、それに引っかけて、異なるものが混在するという意味でも使われます。
同居の誤字ではありません。
古い言い回しなので同じ勘違いをなさる方もいるかと、御一報いたします。
「さあて。詳しく聞こうか?」
満面の笑みに暗い陰を落とし、ロメールはニコニコとドラゴに問い掛けた。
その背後に並び立つ騎士達も威嚇するかのように据えた眼差しでドラゴを見つめている。
今日アタシはロメールと森に出掛けた。
まあ、色々あって戻ってきたアタシ達を厨房の面々が見つけ、ドラゴに知らせたらしい。
「あれじゃないか?」
「あれだ、小人さん乗ってるっ、料理長を呼べーっ」
わぁわぁと慌てふためく料理人達。
それを遠目に眺めながら、ロメールは怪訝そうに千尋を見た。
「小人さん?」
「.....アタシの渾名です」
「ふうん。まぁ、似合ってるかな。可愛いよ」
うわぁ......、なんか背後から冷気が。
そして到着した頃、厨房から全力疾走してきたらしいドラゴが、半分涙目で駆けてきた。
「チィヒーロぉぉぉっっ!!」
がばっと抱き上げて、ロメールを睨み付け、鬼もかくやと言わんばかりの形相で唸る。
「王弟殿下.....っ、黙って連れ出すとは、どういう事ですか?」
「昨日、迎えに行くと約束してたんだけどね、チィヒーロと」
「そうなのか?」
「うん。でも本気とは思ってなくて」
「酷いなぁ。私の事をそんな風に見てたのかい?」
そんな他愛もない事を、ぎゃあぎゃあやりつつ、ロメールはドラゴにだけ聞こえる声で小さく呟いた。
「御令嬢のフードの下について話があるんだけどね」
にやりと口角を歪めるロメールに、ドラゴと千尋は極寒の吹雪を感じて動けなくなった。
そして今に至る。
「なぜ、ここに王家の子供がいる? 親は誰だ?」
「わかりません。王宮の片隅で私が拾いました。私の養い子です」
「拾った??」
ドラゴは大きく頷き、今までの経緯を説明した。
「.....と、言う訳で。どなたかの御落胤ではないかと、私は考えています」
説明を聞きながら、ロメールもその可能性を否定出来ない。これだけハッキリ王家の光彩を所持しているのだ。直系の誰がしかの子供に間違いはない。
だが、しかし、そうなると王宮に部屋住みの誰かになる。でなくば、城の片隅に棄てる事は不可能だ。
秘密裏に育て、秘密裏に棄てる。
全てが王宮内で行われたはずだ。出産すらも。
そんな事が可能なのか?
そしてそんな事が可能だった時期を思い出して、彼は頭を抱えた。チィヒーロの年齢からいって、たぶん間違いない。
「あ.... あー、あれかっ、出来なくはない」
「殿下?」
「第八王女と、第二王子が生まれた時だよ。あの頃はドタバタしていたし、後宮は赤子の声で満ちていた。チィヒーロが混じっていても、分からなかったかもしれない」
思わず千尋の顔が強張る。
.......棄てられたけどね。
脳裏に浮かぶ考えに反応し、千尋の顔が嫌悪に歪んだ。その顔は幼児らしくない、鋭利で酷薄な雰囲気を醸し出している。
それを見た騎士らが軽く瞠目し、騎士らの様子に気づいたドラゴと、そのドラゴの視線につられ千尋を見たロメールも、あまりの陰惨な雰囲気に絶句した。
「チィヒーロ?」
恐々声をかけるドラゴ。それを見て、幼子はほにゃりと笑う。
「なに? お父ちゃん」
「お父ち.... チィヒーロ、お父しゃまは、どうした?」
「忘れてっ!」
「お父しゃま? 何の話だ? チィヒーロ」
「話、ないっ!」
ああ、いつものチィヒーロだ。さっきの殺伐とした顔はなんだったんだ? 子供が、あんな顔をするなんて、いったい何があった?
軽く胸を撫で下ろしつつ、ロメールは有り得ない事態ではない事を理解する。
「まあ、そういった事だとして、何故、王家に知らせなかった? これだけ見事な光彩だ。すぐに保護され大事にされただろうに」
ロメールの言葉に千尋は無意識にドラゴの袖を掴んだ。固く握り締められた小さな手を、ポンポンと叩き、ドラゴは真っ直ぐロメールを見つめる。
「チィヒーロは殺されかかったのです。薄汚い部屋に閉じ込められ、水も食べ物もなく何日も放置されて」
ロメールの瞳が驚愕に見開く。それを無視してドラゴは話を続けた。
「幸い、うちの見習いが発見して難を逃れましたが。発見されたばかりの頃のチィヒーロは、窶れて虚ろな眼をした薄汚い子供だったのです。汚れ切っていて、金髪なのも分からないくらいでした」
「それは.....誰が?」
「わかりません。チィヒーロが覚えているのは、メイドの制服を着た女に閉じ込められたという事だけ。もし、万一、部屋から逃げ出せなかったら、チィヒーロは飢えと渇きで死んでいたでしょう。むしろ、そのために閉じ込めたとしか思えない」
それはつまり..... ロメールは大きく固唾を呑んだ。正面のドラゴが小さく頷く。
「王族にはチィヒーロの死を望む者がいるのです」
だから王宮に知らせなかった。何て事だ..... これは早急に極秘で国王陛下へ相談せねば。
神妙な面持ちで口を押さえるロメールと、剣呑に眼をすがめるドラゴ。そして痛ましそうな眼差しで幼子を見つめる騎士団。
この事実は極秘として、この場にいる者らの胸に仕舞われ、ロメールが国王に相談しチィヒーロの処遇を決める事で落ち着いた。
「ただし、今は私の娘です。余計な手出しは御無用」
ふんすっと胸を張るドラゴを見上げ、話は終わったとばかりに千尋はソファーから飛び降りる。
そして、てってけてーと厨房に走っていった。
「チィヒーロ? 何をするんだ?」
振り返った幼子は、満面の笑みで無邪気に微笑み、足踏みしながら厨房を指差した。
「メルダから蜂蜜もらったのっ、お菓子作りたいんだ、手伝ってよ、お父ちゃんっ!」
「蜂蜜っ?? そりゃまた貴重なモノを。メルダとはどなたかな。御礼を言わないとな」
驚き、立ち上がったドラゴに、ちょいちょいと指招きし、ロメールは据わらせた半開きの眼で彼を見上げる。
「クイーン・メルダだ。森の主の」
「森の主......」
「はああああぁぁーっ???」
絶叫するドラゴに、然もありなんと頷く騎士団達。
しかし小人さんの暴走は止まらない。
「これで良いのか?」
「うん、あとはお鍋でー」
角が立つまで泡立てた卵白in蜂蜜のメレンゲをドラゴに作ってもらい、千尋は煮たったお湯にスプーンで掬ったメレンゲを入れる。
しばらくして浮いてきたら網杓子で掬いあげ、冷水の入ったボウルに入れて粗熱をとり、ザルにあけておいた。
そして先に作っておいたリンゴジャムをリンゴ果汁で伸ばしてソースにし、湯がいたメレンゲにかけたら出来上がり。
「出来たーっ」
「ほう。面白い調理法だな。美味そうだ」
「ふむ。私も頂いて良いかな?」
初めて見る料理に興味津々な二人。
「良いよー、みんなも食べてー、みんなで取ってきた蜂蜜だものー」
そういうと皿を並べ、人数分に分けてメレンゲを入れソースをかける。
騎士団も初めて見る料理におっかなびっくりしつつ、ロメールが頷くと同時に口にした。
真っ白でプルプルしたメレンゲに黄色いソース。リンゴの酸味が鼻腔をくすぐり、なんとも言えない風味に、全員眼を見開き絶句する。
なにより、甘い。雪のように淡く溶けるメレンゲも、酸味のきいたソースも、甘くまろやかで、最高の口当たりだった。
「おいしーっ、やっぱり甘いモノは格別だよねーっ」
きゃっきゃっとはしゃぐ幼子に、その場にいる者達は微笑ましくも奇異の眼を向ける。
確かに美味しい。絶品だ。しかし、これは大量の蜂蜜があってこそ出せる味だった。
まるでそれを知るかのように、当たり前に千尋は作った。いったい何処でこれを? こんな贅沢な料理は王族でも食べられまいに。
数々の疑問が彼等の頭に浮かぶ。
しかし目の前には、再び何かをせっせと作る小人さん。緩めたバターと蜂蜜を混ぜ、そこにメレンゲで残った卵黄を入れ、小麦粉を混ぜる時はドラゴに交代してもらっていた。
そして練った生地を棒の様にして等分に切り、丸めたそれをコップの底で潰すと、真ん中のへこんだ丸い生地が出来る。
それを鉄板の上に沢山作り、へこんだ部分にジャムを入れ、ドラゴに窯で焼いてもらう。
しばらくすると辺りに香ばしい甘い香りが漂い、再び彼等の鼻腔を擽った。
「出来たーっ、ジャムクッキー♪」
出来上がったのは、ロメールが渡したのと似たような焼き菓子。
少し冷ましてから、小人さんはまたまた皆に振る舞った。
かしゅっと音をたてて口にし、ロメールは眼を真ん丸にして固まる。
.....これと比べられたのか。あの落胆にも頷けるわ。
ロメールが渡した菓子よりも、ふわりと柔らかく、さっくりしていて何より甘い。
中央のジャムとやらが酸味があって、とてもあとを引く味だ。
これはもはや確定だな。
この幼子は知っていて作っている。
食べた事もあれば、作った事もあるはずだ。これは未知の料理ではなく、彼女にとって当たり前の料理。
こうして立っているだけなら、第八王女と何ら変わらない。だが、中身は規格外だ。
そして森の主に認められた金色の女王。
この小さな身体の中には、膨大な知識がある。
小人さんの暴走は、ロメールの心に疑惑の種を植え付けた。いずれ、彼は正解に至るのかもしれないが、それはまだ先のお話。
「ハロルドさーん」
「おや? これはこれは男爵令嬢」
最近千尋は騎士団の区画にも足を延ばすようになった。
騎士団を見学するのも楽しいが、本来の目的は別。
「あ、小人さんだ」
「え? 小人さん? やっと来たっ」
「マジかっ、俺、会うの初めてだよっ」
どこからともなくワラワラと騎士らが集まってくる。
彼等の目的は千尋の持ち込むお菓子。
前回の試食で味をしめた騎士らに頼まれ、こっそり作った物を横流ししていたのだが、周りにバレて、出所を追及されたらしい。
結果、団長のハロルドからの頼みで、千尋は騎士団にお菓子を配達していた。
むろん、タダではない。
大きめのクッキー三枚入り、パウンドケーキ一切れ、棒状に包んだ小さめのクレープ。それぞれ各銅貨五枚である。
材料費に手間賃含んでそのお値段。
「はいはい、みんなー小人さん印のお菓子が来たぞー」
小人さん印のお菓子。これが最近の騎士団のブームだった。
「今日は何があるの?」
「これだけが楽しみだよなぁ」
笑顔で並ぶ騎士達。
「クッキーはジャムとナッツ。ケーキはプレーンとドライフルーツ、クレープはリンゴとカスタードクリームだよー」
「おおお、美味そうっ!」
「まてまてまて、一人三つまでだぞっ!」
「クレープ下さい、カスタードクリームの二つ」
「全種欲しいーっ、うーっ」
騎士団だけの秘密のお店は、今日も大繁盛である。
「今日も凄かったですね、御嬢様」
お菓子を運んでくれたのはナーヤとサーシャ。
この二人はドラゴに忠実で、千尋の事も全て黙秘してくれていた。
最初から千尋が金髪の王族だと知っていたのに狼狽えもせず、ドラゴが娘だと言うのだから、家の御嬢様です。他の何者でもありませんと、小気味良く割りきっていたらしい。
今日も今日とて騎士団への販売に、山のようなお菓子を抱え、付いてきてくれた。
騎士団が迎えに来てくれると言ったのだが、断固拒否。そんな目立つ成りで我が家に来るなと毛を逆立てている。
「本来、御嬢様がこんな事をなさる必要はないのですよ? 騎士団たる者が、図々しい」
「仕方ありませんよ。御嬢様のお菓子は夢のように素晴らしいですもの」
「それはまあ.... 旦那様の娘様ですからね」
少し自慢気なナーヤ。ドラゴが認めたのなら、血の繋がりなどなくても構わないらしい。完全に娘扱いの二人だ。
千尋はちょっと面映ゆくなり、照れ隠しにスキップした。
聞けばどうやら、この世界の蜂蜜は魔物蜂から奪うしかないのだとか。森の主とは別の、普通の魔物。
数が脅威の魔物蜂は、一歩間違うと近隣の村まで襲う厄介な生き物で、災害級の魔物に指定されている。
だがそれも昔の話。
魔力も魔法も失った周囲の国に魔物は棲めなくなり、その多くは人も住まない辺境へと移動した。
他の国は僅かな文明の発展と引き換えに魔法や魔物の恩恵、全てを失ったのだ。
むしろ魔法を失った事で文明は後退した。
生活魔法に依存していた全てを、物理で行わなくてはならなくなったのだから。
そんな中、他の国が蜂蜜を得るなら冒険者に頼んで辺境で取ってきてもらうしかなく、フロンティアでとれる蜂蜜は、非常に貴重だった。
フロンティアでは森の主が巣を新しくする時、古い巣を人間にくれる。
それを絞り、それなりの量の蜂蜜を得ていた。
年に一回それがあるので、フロンティアには、貴重なれど蜂蜜があったのだ。
他国では垂涎の的な甘味。
森の主は知性ある生き物なので、密猟などしようものなら、その人間の国が襲われる。
だから他国も手出しが出来ない。
そんな貴重な蜂蜜を、千尋は湯水の如く使えるのだ。これが知れたら大騒ぎは間違いない。
ゆえに騎士団は鉄壁の守りを張る。
千尋から見えない、気づかれないあたりに必ず騎士がいた。
ドラゴの邸周辺も同様。千尋は王家の子供なのだ。これらは当たり前の配慮だった。
さらには金色の女王であり、森の主の蜂蜜を支配している。
王宮で、国王にも勝る最重要人物になってしまっていた。
知らぬは本人ばかりなり。しかし、鉄壁の守りも虚しく、綻びは何処にでも存在するものである。
「そなたが小人さんか?」
いつものように千尋が厨房の手伝いをしていると、いきなり甲高い声が聞こえた。
振り返った彼女の眼に映ったのは七歳くらいの子供。上等な服を身に纏い、後ろに従者を連れている。
あー、なんかヤバい予感がビシバシするなぁ。
「そなたかと聞いておる。答えよ」
無言な幼子に、男の子はズカズカと近寄ると、肩に手をかけた。
「ちょっ、乱暴はよしてくださいよっ」
慌ててアドリスが二人の間に入る。すると従者らしい男がアドリスを怒鳴り付けた。
「無礼者っ、この方はメイン伯爵が嫡男、ラルフレート様にあらせられるぞっ、控えよっ!!」
「伯爵様のっ??」
厨房の人々がぎょっと眼を見張る。
それに構わず、ラルフレートは千尋を見た。
「そなたの作る菓子は美味いと聞く、私の料理人に召し抱えてやろう。どうせ下働きなのだろう?」
誰だ、気づかれた馬鹿はっ!!
誰から知ったのか分からないが、その分からない馬鹿を脳内で毒づき、千尋は心の中で嘆息する。
どうすっかなぁ。こういう世界って貴族の横暴が罷り通る理不尽な世界よね? あ、詰んだ気がする。
無言で考え込む幼子に、焦れたラルフレートが再び肩を掴もうとすると、大きな手にそれを止められた。
「そこまでです。メイン伯爵令息」
止めたのは見知った騎士。ドルフェンとか言っただろうか。千尋のお菓子ににやけた顔しか彼女は覚えていないが、真面目な顔なら結構イケメンな騎士である。
「騎士風情が若様に何を....っ」
「馬鹿っ、キグリス侯爵家の御次男だっ!!」
「えっ?」
ラルフレートの後ろで従者らがゴチャゴチャやってる隙に、ドルフェンはラルフレートを抱えあげ、厨房の外へ追い出した。
「城の厨房の者は下働きに至るまで国王陛下の財産である。さらに御令嬢は王弟殿下お気に入りの料理人。それらに手を出すなど不敬となるが、宜しいか?」
国王陛下のみならず、王弟殿下っ??
しかも厨房前に仁王立ちする騎士は、侯爵家御令息。太刀打ち出来る訳がない。
渋るラルフレートを宥めすかし、従者らは脱兎の如く逃げ出した。
一陣の風みたいに過ぎ去ったトラブルに、千尋がポカンとドルフェンを見上げると、彼は薄青い瞳をパチンとウィンクさせた。
......男前やな。
この件を皮切りに、厨房の小人さん改め、国王陛下の財産、王弟殿下のお気に入り、騎士団の小人さん等々、色んな肩書きが増えていく千尋である。
厨房入り口には騎士が常駐するようになり、一安心な料理人達。
だがその裏で、ラルフレートの護衛中に小人さん印の御菓子の話をしていた騎士らは、うかつにも程があると団長から厳重注意を受けていた。
しまらない騎士団だが、ドルフェンに加勢してもらって感謝しきりな小人さんは、今日も笑顔で御菓子を運ぶ。
色んな事が起きますが、小人さんは毎日元気です。
周りがどんなに騒がしくても、小人さんはマイペースです。
ブクマにお星様、本当にありがとうございます。ヤシの木の上で、ワニがお星様を見上げて拝んでいます♪