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海の森と小人さん ~ここのつめ~

物語もクライマックス。ほんの少し、小人さんの秘密が明かされます。


「なに? それ」


 返事の書簡にあったとおり、帝国は海辺から皇城まで、全く無抵抗でフロンティア一行を受け入れた。


 港に着いた五隻の船から、それぞれ三十名の辺境伯騎士団が上陸し、数名を見張りに残して皇城へ向かう。

 皇城は港から見える位置にあり、この海辺の港町が城下町でもあるのだとロメールが小人さんに教えた。


 こんな国の入り口に皇帝の城作るとか。バカなの? 代々の皇帝、みんなバカだったの?


 呆れたような眼差しを城に向ける小人さん。

 然もありなんと苦笑するフロンティア騎士団二百名弱と魔物を率いて、彼女は皇城へ向かった。


 皇城は西洋のモノとも東洋のモノとも言いがたい、あやふやな建築様式である。

 横長な木造の一式は和風と言えなくもないが、その後ろに建て増ししたかのような石造りの建物や、高い塔。まるで、どこぞのアミューズメントパークだ。


 そして石造りの建物の広間に案内された小人さんらは、玉座に座る女性を、呆れたような眼差しで見る。

 女性は立ち上がって小人さんの前まで来ると膝をつき、うなじが見えるほど深く頭を下げた。

 その白い首は、カタカタと小刻みに震えている。

 

「日渡桜と申します。今回の不出来は、全てのわたくしの責。どうか寛大な御裁下を」


 唖然とするフロンティア一行。小人さんは、ひしめきあうように左右に居並ぶ人々を一瞥し、その中から数名を呼んだ。


「そこの人。そう、黒い服の。あと、そっちの人と、その右隣の人。こっちに来て」


 見るからに幼い幼女の指示に戸惑いながら、前に進み出た三人。その三人に剣呑な眼差しを向け、小人さんは辛辣に言葉を紡いだ。


「この人が皇帝陛下で間違いないの? アタシが聞いた限りじゃ、陸人という男性だったはずなんだけど?」


 周囲が大きくざわめいた。


 呼ばれた三人は、眉を寄せて苦しそうな顔をする。何度か唇を動かしはするが、言葉にはならない。

 そしてそこへ空気を読まない馬鹿野郎様が飛び出してきた。


「皇帝は、その方です。間違いございません。如何様にもなさいませ」


 ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる男。四角い顔で弧を描く細い眼。


 ロメールの瞳が陰惨に煌めき、すうっと眼を細める。


「それでは人々の声を聞こうか。この女性が皇帝であり、その裁下を望む者は前へ」


 ざっと音をたてて広間にいた人々の半数以上が前に出た。

 まごまごして、どうしようか悩む者。全く微動だにしない者。

 それらは全体の1/10にも満たない。


 だが、それで十分。


 にや~と人の悪い笑みを浮かべ、小人さんは呼び出した三人を含め、前に出なかった者らを別室に移動させた。

 件の三人は、目の前の光景に対して、あからさまに苦虫を噛んだ顔をしていたのだ。


 どんな場所にも、心ある者はいる。


「さて、話を続けよう。皇帝陛下。貴殿方の犯した罪は大きい。過去を蒸し返す訳ではないが、永きに渡りフロンティアは多大な迷惑を被ってきた。改善を望み不可侵を結んだにもかかわらず、このていたらくだ。どう申し開きする?」


 ロメールの言葉には欠片の暖かさもない。


「如何様にも処罰ください。わたくしめの首が御望みならば、差し上げます」

 

 震えながらも、気丈に宣う女性。


 そこで、小人さんが声高に叫んだ。


「この部屋にいる全ての者を拘束せよっ!!」


 その言葉に大きく頷き、フロンティア騎士団が、立て続けに封じ玉を割り、即座に魔法を放つ。

 封じ玉の中身は無数の縄。彼等はそれを操り、瞬く間に広間の中の人々を縛りあげた。

 キルファンの人々は何が起きたか分からない。あっという間の出来事だった。

 広間の中は、縄でぐるぐる巻きにされた芋虫だらけである。


「この女性が皇帝であるのだと認める貴殿方は、当然、皇帝陛下に殉ずる気概をお持ちなはずだ。ここの面々を断罪し、それをキルファンへの処罰とする。否やはないね?」

「な......っ」


 驚愕一色に染まった室内で、空気を読まなかった馬鹿野郎様が再び声をあげた。


「皇帝に処罰が下るのではないのかっ? 何故、我々までっ」


 ジタバタと芋虫のように暴れる男を切れるような眼差しで一瞥し、小人さんは残忍に口角を歪める。


「フロンティアを謀ろうとしたからだよ。馬鹿にしてるの? 頭をすげ替えただけでなく、偽物立てるとか」


 芋虫どもが、揃って言葉を失い絶句した。


 全てバレていたのか。


 ようやくそれに気づいた芋虫どもは、唖然とし、誰一人として小人さんから視線を外せない。

 その中で、一人結わえられていない目の前の女性が崩折れる。ガタガタと大きく震え、床にへばりつくかのように平伏していた。


「......申し訳ありませんでした。皇帝陛下の御命令に抗えず...... 口の端にのぼらせる謝罪の言葉もございません」


 怯え固まる女性を見つめ、小人さんは騎士団に軽く顎をしゃくる。

 すると広間を埋めるように並んでいた騎士達の中央から、しずしずと桜が現れた。

 しゅっと背筋を伸ばし、見事な青紫の着物を身につけ、高く結われた黒髪には上品な簪と組紐の髪飾り。

 見るからに艶やかな出で立ちと美しい顏。


 周囲にいたキルファン人とも一線をかくす神々しさに、部屋の中が、シン....と静まりかえる。


 そして桜は小人さんの前の女性に近寄り、顔を上げさせた。


「無体な事をされたね。さ、立ちなさい」


 顔を上げた女性は、眼前の桜を信じられない面持ちで凝視する。


「桜様ですか? 本当に?? あの...っ、覚えておられるかしら.... わたくし、(もみじ)です」

「椛? いやっ、大きくなりんしたね。わからなかったわ」


 ぱあっと明るい笑顔を浮かべる二人。どうやら、この女性は桜の知己らしい。

 ならば、桜に任せて構わないだろう。


 そう一人ごち、小人さんは広間に横たわる無数の芋虫達を睨めつける。


「さってと。陸人皇帝陛下は、どちらかな? 偽物の皇帝でフロンティアを欺こうという痴れ者は?」


 絶体絶命。それを覚ったのか、幾人かの芋虫が、同じ場所へ視線を振った。

 当然、そこには先ほどからチャチャを入れてきた馬鹿野郎様が転がっている。

 立ち上がった女性を連れて、小人さんの横に来た桜も、辛辣な眼差しで、その男を見下ろした。


「兄上。愚かにも程がありましょう。情けない」


 軽く首を振る桜を見つめて、陸人皇帝は、しきりに眼を泳がせる。


「誰かあるっ、この者らを捕らえよっ、余を助けぬかっ!!」


 だが、どこからも、誰も来ない。


 既に皇城は無数の魔物らに制圧されていた。知らぬは広間の人々ばかりなり。

 ほくそ笑む幼女を、おぞましげに見据え、桜の兄は全身を粟立たせた。


 こういうのも、もう遅いとか、ざまぁになるのかな?


 ラノベの御決まりフレーズを思い出して、事実は常に小説の上をいくものだと、一人納得する小人さんである。


 フロンティア一行がやって来た時には快晴だった空は、国の行く末を表すかのように、どんよりと曇り始めていた。




「さってと、どうするかなぁ。まず、責任者として陸人皇帝の首をはねるか、吊るすか。どっちが御好みかな?」


 途端、悲鳴をあげて馬鹿野郎様が飛び上がり、逃げるつもりなのか、もぞもぞと蠢いていた。

 

 アホか、こいつは。


 じっとり眼を座らす小人さん。

 他のフロンティア勢も同じ気持ちなのだろう。何も言わずに、ジタバタする桜の兄を踏みつけた。


「あとの連中は犯罪奴隷として、強制労働かね。下手に収監したり、罰を与えたりしても、税金の無駄遣いだし」

「そうだね、それが無難かな。鉱山あたりは何時も人手不足だから、助かるよ」


 ペンを片手に、さらさらと書き物をする幼女。傍らに立つロメールと合わせて、まるでお絵描きでもしているかのような錯覚を起こす微笑ましさだが、その内容はとんでもなく物騒である。


 一通り書き終えて、小人さんは小さく頷いた。


 その書類に桜がサインをする。椛に玉印を用意させ、それを捺して書類は完成した。


 一連の成り行きを見守っていたキルファンの人々が絶望に顔を歪める。それに気づいた桜は、辛辣に眉を寄せた。


「あらやだ。わざわざ、私に権力を下さったのだもの。これくらいの意趣返し、想像もしておられなかったのかい? とんだ、間抜けだね」


 クスクスと嗤う桜。


 国に怨みはないが、そこに巣くう毒虫どもには怨み満載の桜だ。永きに渡り彼女を蝕み、最愛の恋人を殺された憎しみは底知れない。

 それを晴らせる千載一遇のチャンス。これを逃すほど、桜は御人好しではなかった。


 ロメールは得心顔で頷きつつ、少し皮肉気な瞳で桜の兄を見た。


「処刑は毒杯にしないか? 見せしめはいらないよ、たぶん逆効果になる。国のために犠牲になった皇帝として美談に持ち込もう。業腹ではあるが、後々の面倒がなくなるから」


 辛辣に眉を上げるロメールを見て、致し方無く小人さんも頷く。

 悪辣な暴君であれど、礼儀を欠けば人心に蟠りが残るだろう。

 ましてや、フロンティア側は侵略者にも等しい立場である。余計な怨みは買わない方が良い。


 こうして皇帝自決用の毒杯が用意され、騎士が陸人を押さえつけて無理やり飲ませようとした、その瞬間。


 城上空で渦を巻いていた暗雲から、二対の雷が放たれる。

 それは城の屋根を突き抜け、今にも処刑されそうな陸人のいる広間へと穿たれた。

 轟く爆音とともに落ちた雷。まるで陸人を守るかのようなソレは、人の形をした光だった。


《《これを処分されては困る》》


 頭に直接響く声。


 思わず凍りつき、ざっと音をたてて周囲の人々が平伏する。ポチ子さんらすらも顎を床にペッタリとつけていた。

 訳も分からず困惑気に首を傾げた小人さんを見て、ロメールがポンチョの裾を引く。


「チィヒーロ、膝をついて! あれにおわすは、創造神様だっ」


 小人さんは瞠目して、目の前の光を見上げた。

 光は数度瞬き、柔らかい声音を響かせる。


《良い。エイサは大事な客人。我等と同等にある。そのままで》


 エイサ? 客人? 何のこと?


 訝る千尋に、二対の光は申し訳無さげに瞬いた。

 何故か分かる、光の機微。


《これが、そなたらの国に迷惑をかけた。しかし、我等はこれを失う訳にはゆかぬのだ。堪えてはくれまいか》


「やだ」


 小人さんの即答に、広間の空気が凍りつく。ビキリと音が聞こえそうなほど固まった空気を、神々が砕いた。

 いかにも愉しそうな神々の声。


《ならば代案を出そう。これを見逃してくれるなら、そなたの願いを全てかなえる。如何?》


 神々が譲歩する??


 会話の内容が伝わっているのだろう。フロンティア人もキルファン人も、眼を限界まで見開き、事の成り行きを見守っていた。


 うーん、アタシを害する気はないみたいだね。どうしても、この馬鹿野郎様を助けたいってか。

 でも、なんかおかしい。こいつ、桜に全く似てないし。本当に兄妹なのかな。桜でなく、こいつを庇う理由って、何さ?


 難しい顔で思案する小人さんの頭を、神々が撫でる。それは子供をあやす母親のような姿だった。


《我々は大きな間違いを犯したのです。この国は、その間違いを正すために作られた贖罪の土地。これ以降、この国から船を出す事は禁じましょう。ここは箱庭でなくてはならないのです》


 切なげな神々を見上げ、小人さんは不思議な感覚を覚える。

 

 以前にも何処かで似たような事があった気がした。何処でだったか。


 しかし、掴めそうで掴めない不可思議な感覚を振り払い、小人さんは現実を見据える。


「わかった。そいつに手は出さないかわりに、他を貰うよ。この国にいたくない、逃げたいと思っている人々全てをフロンティアに移動させれる?」


 思わぬ小人さんの言葉に、神々だけでなく、広間の人々全員が疑問符を浮かべた。

 それを無視して、さらに小人さんは続ける。


「それと、キルファンの生産物、全種類をフロンティアに譲渡する事。毎年、生産量の1/10を貰う。キルファンから船が出せなくても、フロンティアから来る分にはかまわないよね?」


 うすく笑みをはく幼子に、神々は天を仰いだ。


《なるほど。借り物とはいえ、さすが地球の神々が推した子だ。侮れぬ》


 そして微かに頷き、肯定を示す。


《それは我々も望むところ。好きにするが良い》

「じゃ、神様なんだから、今までの会話をキルファン全域に伝えてよ。出来るよね?」

《伝えるまでもない。この会話は最初から全て、キルファン全域に伝わっている。先程の会話から、法治国家であるフロンティアに行きたいと、多くの民の懇願が届いておるわ。けっこうな人数だが、よろしいか?》


 思わず、するりと表情が抜け落ちた小人さんを見て、神々は、してやったりと笑う。


《次に逢うときは終わりの時であろうが、息災であれよ、エイサ》


 そう言い残すと、神々は一陣の光となり、天高く吸い込まれていった。


 茫然としたまま、それを見送り、立ち竦む千尋は、ふと多くの視線を感じて振り返る。


 そこに並ぶは、驚愕の瞳。


 一つ残らず、畏怖とも恐怖ともつかぬ眼差しで、小人さんをガン見していた。


 あ~、事情は分からないけど、やらかした感満載だなぁ。神々ェ.....


 そっと視線を逸らし、思わぬ事態に狼狽える小人さんである。.....合掌。


神々エ..... まあ、致し方無し。取り敢えず貰う物もらって、トンズラしたい小人さんを、ポンポンを両手に、ワニがヤシの木の上で応援しています♪

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【「桜様ですか? 本当に?? あの...っ、覚えておられるかしら.... わたくし、椛もみじです」 「椛? いやっ、大きくなりんしたね。わからなかったわ」】 漢字 意識的に糀の文字を使ってますね。麹…
さすが小人さん、神様に譲歩させるとは(≧◇≦)b
Extended Industry Standard Architecture 98とNTの架け橋みたいな??
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