海の森と小人さん ~むっつめ~
はい、やってきました禁断症状ww 三日が限度でした。御待たせしました、投稿再開です♪
「あれか? 何かおかしいぞ?」
うねる波を乗り越えながら、リュミエールの街がギリギリ見える水平線。
そこが海の森の端だった。
しかし、そこに穿たれた複数の筒。
上にハッチのついたソレは、風の魔道具によるタービンが回っている。
円錐の筒を、そのまま真っ直ぐ海に刺したような形状。
直径三メートル程度の筒の上部に乗り、千尋はドルフェンにハッチを開けてもらう。
「右に回してみて。たぶん、それで開くから」
言われた通り、ドルフェンは丸い輪のようなモノを右に回してハッチを開いた。
すると中には梯子があり、その二メートルほど下に、新たなハッチが見える。
二重構造の入り口に、風の魔道具による吸気口。そして、その柱の周りには、大きなアブクがボコボコと上がっていた。
つまり、これは........
石で造られた筒の厚さは五十センチほど。網目状の鉄骨が内側から支えており、堅牢な作りになっている。
これなら、魔物の攻撃でもビクともすまい。
「......あんたかっ!!」
一人、パーニュに揺られていた克己を振り返り、小人さんは眼をつり上げた。
「これ、密漁のために作ったんだよなっ? 海底まで一直線の坑道をっ!!」
克己は、身体をガクガクと震わせ、小刻みに頷く。
「頼まれて..... 大きい船だと魔物から逃げられず沈められるし。.....でも、小回りのきく小さな船だと安全に漁ができないって。だったら拠点に出来る場所を作れば良いんじゃないかと..... こんな事になるなんて、思わなかったんだ」
克己の話によれば、珊瑚の漁が魔物に邪魔されて出来ないとの相談を受け、それに協力したのだという。
高さ一メートルくらいの筒を複数作り、寸分単位の狂いもなく順番に海に沈めて、あらかじめ用意してあった鉄柵を内側に嵌め込んで補強する。
あとは上部に二重のハッチと吸気口をつけて、中から水を抜き、水漏れする所には、天然のアスファルトだかタールだかで補強したとか。
一番下の筒には人の通れる穴が二ヶ所あり、そこから漁師が出入りして漁を行うのだと言う。
上部の吸気口から吸い込まれる空気が、酸素の供給と中の空間を維持していた。
近代文明の仕組みを知るからこそ出来る加工。キルファンに根付く日本の技術が、それを可能にしてしまった。
沈めて補強するだけなのだ。大した人数も大規模な施設もいらない。
人々は基本、主の森に近づかないため、フロンティアの見廻りも見過ごしたのだろう。水平線ギリギリに設えられたコレは、近づいてみないと、その違和感に気づかなかった。
「簡単に言うなら、コップを逆さまにして水に沈めたようなものだ。中には空気があり、上に二重の扉をつけて、片方を閉めながら入れば、中の空気が外に漏れる事もない」
小人さんの喩えに得心し、ロメールらは、荒ぶり今にもこちらに押し寄せて来そうな海蛇の大群を見る。
何故か、森に入ってから、魔物らはピタリと止まり動かなくなった。
しかし、その瞳に漂う殺意は本物。爛々と輝く縦長の瞳孔に背筋を震わせ、ロメールは小人さんを見下ろす。
「あんた、ここが魔物の森だと言われたとこで気づかなかったの?」
克己は言われた意味が分からないらしく、微かに首を傾げた。
それに苦虫を噛んだような顔を向け、小人さんは低く穿つような声で怒鳴る。
「キルファンに魔力がなく魔法がないの知ってるでしょ? 当然、魔物もいない。つまり、魔物のいる海域はフロンティアの領海なんだよっ、あんたは他国の支配海域の密漁に手を貸したってことっ!!」
怒鳴られて、克己は眼を見開いた。
「あ....... だって、そんなこと誰も」
「言う訳ないじゃんっ、悪いことやろうって連中がっ!!」
激昂した小人さんが、さらに克己へ詰め寄ろうとした時、甲高い声が頭に響いた。
《その通りね。だから、ソレを渡して頂けないかしら? 金色の王よ》
ちりんと鈴を鳴らすような柔らかい声音。
思わず固まった小人さんを訝しげに見つめるロメール達の前に、ヌルリと大きな海蛇が現れた。
音もなく飛沫すら上げず、本当にヌルリとソレは海上に姿を現す。
身の丈五メートルはあろうか。もたげた鎌首だけでこの大きさならば、全長はいったいどれ程なのか。
全体的には子供だろう海蛇らと変わらない。しかし、鋭利なヒレが靡く背中や外郭。
これは海蛇というより、シーサーペントだろうか? いや、シーサーペントも、ある意味海蛇か。
現代日本人な千尋はゲームも良くやっていた。当然、海の魔物の代名詞なモンスターも知っている。
赤い舌をチロチロと出しながら、ソレは固まって動かない小人さんに、顔を近づけた。
《ようやく捉えたのよ。わたくしの領域にね。ソレは彼の国から全く出てこないから、今が好機なの。渡して?》
「主は...... むやみに人間を襲わないんじゃないの?」
《...............》
うっそりとした笑みを浮かべ、海蛇は小人さんを尻尾で海に叩き落とした。
「チィヒーローっっ!!」
ロメールの絶叫も虚しく、瞬く間に小人さんの姿は波間に消える。
半狂乱で海に飛び込もうとするロメールを抑え込み、ドルフェンは小人さんを追うように泳いでいく蛙らを見送った。
蜜蜂達も、それを倣うように翔んでいく。
信じるぞ、チヒロ様を頼む。
あわあわと狼狽える騎士団の中で、唯一ドルフェンのみが冷静だった。
小人さんと共にあり、魔物らとも近く接してきた彼は、魔物がチヒロを傷つける事はないと知っている。
全力で守ってくれる事も知っていた。
ここにいる誰よりも全幅の信頼を魔物らに置いている。
彼らでダメならば、何者にも小人さんは守れない。
そんなドルフェンを余所に、克己は幼子を呑み込んだ大海原を凝視し、眼を限界まで見開いて戦慄かせる。
身動ぎも出来ない克己の目の前に、突然、大きな蛙が顔を出した。
蛙は、驚き固まる克己に飛び付き、そのまま海に引きずり込む。
瞬きにも満たぬ、ほんの一瞬。
周囲の人々が、克己の姿が見えぬのに気づいたのは、あとしばらくしてからだった。
「これは......っ」
呑み込まれた海の中で、小人さんは言葉を失う。水中だと言うのに苦しくはない。周囲を囲む蛙たちが、仄かな光を放ち、小人さんの回りに柔らかな空気の膜を張っていた。
モルトが、アタシに水の禍はかからないと言っていたが、こういう事か。
身の安全が確保されているのを理解し、あらためて小人さんは辺りを見渡す。
そこには多くの真っ白な骨のようなモノが寂しく立ち並んでいた。
うねる海流に合わせて、ボロボロと崩れていく骨のようなモノ。
月の光で滑るように光るそれらは、死に絶えた珊瑚の亡骸だった。
地球の物とは違い、全長二十メートルはあろうかという巨大な珊瑚達。
ロメールが大きいと言っていたが、これはまた.....
リュミエールの街へ着くまでに見てきた珊瑚礁は、地球の物と変わらなかった。
神々の作った森は別物という事なのだろう。
だがおかしい。海底一面に広がる珊瑚の殆どは色を失い、死んでいるのが見てとれた。
外郭周辺だけで、さらに沖へと続く珊瑚礁は、色鮮やかな生気を保っている。
考えるまでもない。キルファンの密漁者らがやらかした結果なのだろう。
痛ましい眼を向ける小人さんに、ヌルリとまとわりつき、海の森の主は瞳に剣呑な光を浮かべた。
《御理解いただけまして? 説明するより早かろうと無礼を承知でお招きいたしました。理由は明白でございましょう?》
「うん」
《あの石の道のせいで、根元を削られた珊瑚は、その全てが朽ちていきます。そして今の我々は、あの者らの国に手が出せぬのです》
そういうと、巨大な海蛇は悲しげに俯いた。
訝る小人さんが詳しく聞けば、なんと子供らを質に取られているらしい。
海底深くから侵入する帝国人に気がついた主の子供達は、その侵入経路から逆に入り込み、密漁者達を排除しようと試みた。
が、それを予想していた帝国人らに捕らわれてしまったのだ。
今まで戦ってきて、主の子供らのあらかたの力を推測していた帝国は、万全を期して待ち構えており、近代的な技術を擁するキルファンの罠に、なすすべもなく捕まってしまったらしい。
子供を人質にされ、抗う事も出来ず密漁者らを忌々しく睨めつける日々。
森の主らは、とても情が深い。
立ち枯れていく珊瑚を悲痛な面持ちで見つめながら、指を咥えて我慢するしかない数年が続いていたという。
そして、そこに訪れた朗報。
尋ね人という、キルファン帝国にとって重要な人物が、フロンティアに入った。
さらには海の森のテリトリーにまでやってきたという。
千載一遇のチャンス。尋ね人を捕らえ、子供と交換出来まいか。
主たる海蛇は、近くまでやってきた尋ね人を確保するために、子供らを向かわせたのだ。
つまり、今回の魔物の襲来はスタンピードではない。
小人さんは、軽く安堵の息をついた。
だが、続く主の言葉に瞳が凍る。
《このまま森が朽ちれば、魔力の足りなくなった魔物達は人間を襲いに陸へ向かうでしょう。その陸とは魔力の豊富なフロンティアです。魔力皆無のキルファンには向かいません》
なんですとーっっ!!
言われてみれば納得の理由だが、理不尽極まりなくはないかっ? 森を守ろうとしたフロンティアに火の粉が降るとかっ
思った以上に崖っぷちな事態でした。
ぱちんっと額を小さな手で抑え、小人さんは背後で息を呑む人物に呟く。
「聞いたね、克己。あんた、どうする?」
そこに佇むのは克己。幼児大の蛙にとりすがる彼は、今にも泣きそうな顔で珊瑚の林を見つめていた。
「これを俺が.....? 俺のせいで?」
「違うっ、キルファンの権力者らだよ。上が阿呆だと、下は知らずに罪を犯すの。阿呆は上にいてはダメなの」
ボロボロ崩れていく幽鬼のような珊瑚の成れの果て。その閑散とした静けさに、克己は全身を震わせる。
真っ白な粉が、たゆとうように克己の目の前で揺られていた。
「こんなの望んでなかった.... もっと普通の珊瑚だと.... なんで、こんな」
地球の常識しかない克己に、こんな広大で巨大な珊瑚礁は想像の範囲外だっただろう。
拠点にしても、もっと普通な深さの物を考えていたに違いない。
事実、リュミエールの街周辺は普通の珊瑚礁だった。小人さんも遠浅で延々と続く美しい珊瑚礁を、眼で楽しんだ。
克己の考えた拠点は、構造上、一番下にしか出入口を作れない。
だから、密漁者達は手軽に苅れる根元の珊瑚を削ったのだ。
主らは手出ししないとしても、他の魔物らを避けるために、拠点周辺しか苅れなかったのだろう。
「知らない事は罪じゃない。知ろうとしない事が罪なんだ。あんた、キルファンに来て二年ぐらいなんだよね? 外を知る努力はしたの?」
「あまり外には出してもらえなくて。行ける場所も制限がかかってた。今回、半分ナイショで抜け出してきたんだ。仲間が協力してくれて、初めて帝国から出た..... ごめん、本当に.....」
悔しそうに俯く青年。たぶん彼は賢いつもりだったのだろう。知識を披露する事で、優位にいる気分だったに違いない。
実際は帝国にスポイルされ、利用されていただけ。御粗末にも程がある。
けど、間違いは誰にだってある事だ。大切なのは、どうしたかではなく、どうするか。
「アンタも阿呆なんかっ? 泣いてる暇あるんなら、なんとかするよ、これをっ!!」
小人さんは主に近づくと、その左目に触れた。
「盟約するかい?」
《是非に》
うっそりと微笑む海蛇に、にかっと快活な笑みを見せ、小人さんは金色の魔力を迸らせる。
無数の帯がうねり、伸び拡がった魔力は、大きく発光して海の森を呑み込んだ。
あまりの眩しさに思わず眼をつぶり、克己は顔を背ける。
そして、うっすらと眼を開けた次の瞬間、眼前の光景に瞠目した。
そこには艶やかな色彩の珊瑚が所狭しと立ち並んでいる。極彩色からパステルカラー。楽園のように生気に満ちた珊瑚礁が、見事に復活していた。
「これは一体.....?」
にやりとほくそ笑む幼子と、巨大な海蛇。その海蛇の左目には爛々と輝く金色の瞳。
「反撃の時間だね。手伝いなよね、克己♪」
年端もいかぬ子供の笑みなはずなのに、それに漂う酷薄な雰囲気に戦き、思わず克己は横にいる蛙を抱き締めた。
こ....っ、怖いっ!
無数の蛙と海蛇を従えて、背後にそそりたつは身の丈十メートル以上あるシーサーペント。
名付けるならば小人隊か。
名前からは想像もつかない魔物群を率いて、小人さんは海面に向かう。
その後ろに、手足をバタつかせた克己が引きずられているのも、御愛敬。
小人さんは我が道を征く。その行く手を阻むキルファンの命運は、風前の灯火だった。
帝国の未来に合掌♪
なんと、キルファン帝国は主の子供を人質にして密漁をやっていた模様。小人さんの怒りが爆発します。
ついでに誤字報告に、親派←シンパと来ましたが、その通りなんですが、そう書くとシンパシーと誤解されるのです。
シンパシーをシンパと呼ぶとはワニも知りませなんだ。
なので漢字の方を使っております。
あと、カクヨムにまで応援、ありがとうございます。ほんとに、なろうの皆様が優しすぎて涙のちょちょ切れるワニがいます。




