海の森と小人さん ~いつつめ~
ほんと、なろうの皆様が優しすぎて。面映ゆいワニが、テレてヤシの葉の間に隠れています。
「どうして、こうなったぁーっ!!」
ただ今、小人さんはポチ子さんにぶら下がりながら、絶賛逃走中。
下方ではドルフェンがパーニュと呼ばれる簡易水上舟を操り疾走していた。
その背中にしがみついているのは克己。顔面蒼白でびしょ濡れになり、ガタガタと大きく震えている。
他の騎士らや、ロメールもパーニュに乗り、全力で荒れる海原を逃げていた。
事の起こりは半日前。
ゲシュベリスタから馬車で一日。すっかり暗くなってからリュミエールについた小人さん達は、取り敢えず仮邸を申請する。
王宮派出館と呼ばれる建物の前に馬車を停めて、小人さんはロメールらと一緒に中にはいっていった。
貴族の邸のようなそこは、シンプルな佇まいで好感の持てる場所である。
余分な装飾などもなく、まるで美術館のように静謐な印象を受けた。
小人さんは知らなかったが、大きな街には必ずある建物らしく、王宮からの報せを正しく振り分けたり、民と貴族らにトラブルが起きぬよう設置されているらしい。
常駐する騎士団もいて、あらゆる問題に対応できるのだとか。
ほみ。交番と役所が合わさったようなものかな?
仮邸の管理もここが行っているらしく、ロメールが数人の騎士達と共に申請にいく。
それを見送り、千尋はふかふかなソファーに腰かけた。窓の外は真っ暗だが、港町らしく、煌々とした明かりが並んでいる。
夜景も綺麗だね。美味しい物があると良いなあ。
海鳥の渡る空に青く煌めく大海原。そして夜の帳に彩られながら、水平線に沈む夕陽。
ここに来るまでに見てきた風景を思いだしつつ、ふと小人さんは異様な気配を感じた。ざわりとした静電気のようなものが、凄い勢いで背筋を伝わる。
なん? え?
ぶわっと全身が粟立ち、それを感じた方に眼を向けて、思わず小人さんの顔が凍りついた。
「なに? あれ」
言われて気づいた騎士団が同じように視線を振ると、そこには大小様々な影が蠢いている。遠方の大海原だが、確認した騎士らの眼がみるみる見開かれた。
「森が溢れた? まさか..... まずい、スタンピードだっ!!」
スタンピードっ?!
ラノベでお馴染みの大災害だ。こんなところでお目にかかるとは。ダンジョンで良くある現象だが、ダンジョンとは洞窟ばかりではない。条件さえ揃えば、陸でも同じ現象は起きる。
主の森ならば、十分条件を満たすだろう。
にわかに騒がしくなった王宮派出所は、届いた報せに眼を通し、慌ててロメールへ声をかけた。
「すでに冒険者ギルドが動いております。ゲシュベリスタ辺境伯にも早馬を出しました。皆様は、すぐに避難をっ!」
必死な形相の職員に大きく頷き、ロメールは、すぐに街から出立するよう騎士団に指示をする。
しかし新たな報告が入り、職員の顔が青ざめた。
「このスタンピードは、おかしいそうです。海岸沿いで迎え撃とうとした冒険者らによると....... 一直線に、この王宮派出館に進んでいるとか」
この館は海岸沿いにある。少し馬車を走らせれば、すぐに海だ。
遠方の主の森から、一直線にここへ向かってる?
それって、ここに原因があるってことじゃないの?
「ならば、なおの事急いで逃げないと.....」
思わぬ事態に冷や汗を流すロメール達を余所に、小人さんは思案する。
自分達が着いた途端に起きた異常事態。本来であれば、無差別に陸を襲うはずの魔物が、意思を持つかのように、こちらに向かってきている。
どう考えたって、アタシ達に原因がありそうなモノだ。
このぞわぞわ粟立つ感じからしても、あの魔物らに好意的なモノは感じられない。
むしろ、憎悪にまみれた怒りのような殺気がする。
クイーンらとの付き合いから、こういうのに敏感な小人さんと、フロンティア一行。
なにが魔物らを滾らせているのか。
「ロメール、ここを動かないで。なんかおかしいよ? 下手に動いたら、街に大惨事が起きるかも」
ひゅっと息を呑み、絶句するフロンティアの面々に、小人さんは思い当たった予想を話す。
「.....って訳で、アタシらが逃げたら、腹いせにリュミエールの街が破壊されちゃうかもなの」
獲物を見失った怒りの矛先が、近場の人間に向く可能性は、たしかに高い。
ロメールの瞳に得心が浮かぶが、それとこれとは別である。
「だからと言って君を危険にさらす訳にはいかない。リュミエールの街は辺境伯に任せて、我々は避難する」
言うが早いか、ドルフェンが小人さんを抱え上げた。
「え? ちょっ、だって沢山の被害者が出るかもなんだよ??」
「それ以上に、私たちは君が大切なんだよ。分かって?」
苦虫を噛み潰しつつも微笑むロメール。
器用な笑顔だな、おい。
ドルフェンに抱えられながら、ぐぬぬぬと睨み合う二人の視界に、何かが走った。
それは、ひょいっと小人さんを掴み、天井近くへ舞い上がる。
「ポチ子さん?」
「ポチ子さんっ、何してんのっ! チィヒーロを下ろしなさいっ!」
泡を食ったかのように叫ぶロメール。
それをしれっと無視して、ポチ子さんは千尋をぶら下げたまま、ぶい~んと暢気に旋回中。
美術館のように広い建物の中央は吹き抜けになっている。
三階の天窓までブチ抜かれた高い天井だ。誰も二人に手出しは出来なかった。
「あっは、さすがポチ子さん。ありがとうね」
褒められて嬉しいのか、御機嫌で触角を振るポチ子さん。そして、ぶら下げられながら、きゃっきゃとはしゃぐ小人さん。
ブラブラ揺れる小っさい手足をオロオロと見つめ、見上げているロメール達は生きた心地がしない。
「チィヒーロっ、揺れてるっ、じっとしててっ!! いや、違う、下りてきなさぁーいっ、ポチ子さんも御願いだからぁーっ!!」
必死に叫ぶロメールの後ろで、困惑気味な騎士団の面々。
「ど.... どうしたら?」
「どうもならん」
「どうもって..... このままじゃ、スタンピードに巻き込まれますよ?」
「チヒロ様が、こうと決めたなら、どうにもならん。諦めろ」
達観しつつも覚悟を決めたドルフェンは、騎士団の前で、どんっと仁王立ちする。
唖然とする騎士団のさらに後ろで、小さな呟きが聞こえた。
「チヒロ様? チィヒーロ様ではなく?」
その呟きに、ドルフェンの眼が忌々しくすがめられる。
呟いたのは克己。何故に小人さんがキルファンの言葉の名前を使っているのかは知らないが、そんな事はドルフェンにとってどうでも良い事だった。
「そうか、貴様らキルファンの言葉だったな。千に尋ねると書くそうだ」
ドルフェンの言葉を耳にして、克己の眼が限界まで見開く。
そして、頭上高くにいる小人さんを見上げた。
「君はテイマーなのかっ? そういう職業とか、フロンティアにはあるんだな? 魔法も、魔物も.....っ、なんでフロンティアばかりっ!」
最後の方は怨嗟のこもる苦々しい口調。
ああ、そうか。彼は現実を知らないんだな。物語とリアルをごっちゃにして、観光気分が抜けてないんだ。
「そんなモノはないよ。魔法だって、四大元素のシンプルな物しかないし、あんたが思うほど便利な世界じゃないのよね、この世界」
「だって君は、そうして魔物を従えてるじゃないかっ、ここに来るまでだって、フロンティアの人々は魔法でチートしていた。帝国にはないものばかりだ」
「この世界には、この世界の理があるの。たしかに魔法やら魔物やらあるけど、それがあるゆえに文明は停滞気味。キルファンに長くいたアンタなら、気づいたんじゃない?」
「それは.....」
思うところがあったのだろう。克己は少し眼を伏せた。
たぶんキルファン帝国から見れば、フロンティアの文明は稚拙で古いモノ。
御互いに長所を伸ばせば良いのに、人間とは無い物ねだりな生き物なのである。
「ポチ子さんだって従えてる訳じゃないの。大切な家族なの。そんな言い方されると不愉快だわ。この世界はゲームでも物語でもないの。油断してたら命を落とす、地球よりも厳しい現実世界なのよ」
開幕、瀕死で地べたを這い回った小人さん。
克己の夢見がちな妄想は、彼女の逆鱗を逆撫でた。
「チートもなきゃ、無双もない。必死に今を生きるしかないの。それが分からないなら、いずれアンタは死ぬよ」
無自覚にチートや無双をしている小人さんだが、本人にその意識はない。ただ必死に生きてきただけである。
「じゃあ、魔物と仲良くなる方法とかあるのか? チートでないなら、誰にでも可能性はあるんだよな?」
すがるような克己の言葉。
これには小人さんも閉口する。
どんだけ自分に都合良く考えるんだよ。この世界の理だって言ったじゃん。
克己の言葉に答えたのは千尋ではなくロメールだった。
「不愉快だね。彼女の力はフロンティア王家に伝わる極稀な力。それを手に入れたいと?」
辛辣に眼をすがめ、睨めつけてくる複数の視線にたじろぎ、克己は両手を戦慄かせる。
「やっぱりチートじゃないか。転生特典か? あの神々は、俺には何もくれなかったのに」
ああ、そう取るよね。
だが金色の王は、初代から連綿と継がれてきた、この世界の理だ。転生特典などではない。ここにあるべきモノなのだ。
誰もが口を開かない重い沈黙が辺りを満たし、再び小人さんが口を開こうとした時。
大きな振動とともに、王宮派出館の窓が破られた。
雪崩れ込むように入ってきたのは黒と黄色の縞模様なヘビの群れ。
小さい物は三十センチくらい。大きいのは数メートル。大小様々なヘビ達は、真一文字に飛び掛かった。
克己に。
「えっ??」
思わず惚ける克己を庇い、キルファン人達が武器を振る。
それを押し止めながら、ロメールは王宮派出館から逃げ出すよう騎士らに指示を出した。
そこへ絶叫するような職員の声が聞こえる。
「魔物にキズをつけないでっ、これは主の子供らですっ、ヘビの魔物には手を出さないでくださいっ!!」
海蛇かっ!
海の森の主は海蛇らしい。
そういや、海の森の話は詳しく聞いてなかったな。
しかし、それより問題は克己だ。
魔物らは間違いなく彼を狙っている。
「アタシ、海の森に行ってくるよ、盟約を結んで、矛を収めてもらおうっ! 狙われてるのは克己だっ!!」
ポチ子さんと共に飛び出した千尋を追い、ロメールらも絶叫しながらついていく。
そして海岸線あたりで、ポチ子さんが止まった。
追い付いたロメール達も、目の前の光景に言葉を失う。
なんとそこには、多くの蜜蜂らと蛙らがヘビを止めようと押し合いへし合い、盛大に暴れていた。
「これは.....?」
絶句する小人さんの肩に、何かが飛んでくる。
「麦太っ」
そこに居るのは王宮の男爵邸に置いてきたはずの子蛙。にっと笑うような口に何かを咥えていた。
咥えていたのは巻かれた紙。手早く広げて中身を確認すると、それはメルダからの手紙だった。
王宮の人に代筆してもらったらしい。
また壁に書いたんじゃなかろうな。
思わず顔をひきつらせて、小人さんは手紙を読む。
内容は、ポチ子さんから不審な人間の知らせがあったらしい。そして、金色の魔力で繋がるメルダは、小人さんの行く先を把握し、モルトの協力も得て、万一のために援軍を送ったのだとか。
蜜蜂達はそれぞれの背中に蛙を乗せて、数百という数で、ここまで来たらしい。
何も無ければ良いがという、メルダの最後の一筆に苦笑し、小人さんが海に向かおうとした時、下から声が聞こえた。
「チィヒーロっ、我々も行くっ! 少し待ってくれっ!」
ロメールの言葉に首を傾げる小人さん。
この大混戦な海を渡ると? 見渡す限り、魔物の芋洗い状態なんだけど。
半信半疑で眺めていると、ロメールらはサーフボードを三枚並べて、ハンドルをつけたような乗り物らしき物を幾つも持ってくる。
「これはパーニュと言ってね。簡易的な海の乗り物だ。索敵や見廻りに使うものだが、今の状況ではコレしか使えない」
え? このカオスな中でも使えるの?
不思議そうな小人さんの視界で、ドルフェンが克己を引きずっている。
「貴様が狙われてるいるのなら一緒に来いっ! 街におられては迷惑だ。不本意極まりないが守ってやる」
そう良いながら、パーニュとやらに克己を乗せると、ドルフェンは呪文を唱えた。
混戦状態の海が盛り上がり、緩く湾曲した水の道が海上に出来上がる。
「長くはもちません、行きましょう」
並んだパーニュが次々と浮かび上がり、風魔法を得手とするものが、それを動かす。
飛び出したフロンティア一行を守るように、左右を蜜蜂や蛙が飛び回っていた。
その飛沫を浴びて、みんなびしょ濡れである。
カオスな海岸線を抜け、海の森を目指す小人さんらを追って、魔物らも一斉に移動を始め、ただ今、鬼ごっこの真っ最中。
ほんとに、どうして、こうなったっ!!
乾いた笑みを顔に張り付け、ロメール達の先導に従い、小人さんは一直線に海の森を目指す。
後方には、うねりを上げて追いかけてくる海蛇の大群と、それを阻止せんと暴れる蜜蜂や蛙達。
マジカオス。
同時に同じ言葉を脳裏に浮かべ、異世界組の二人は、知らず顔を見合わせた。
その怯えた青年に、にかっと笑ってみせる小人さん。
後のない状況であろうと、小人さんは小人さん。嫌がうえにも周りを巻き込み、今日も元気に我が道を行く♪
はいっ、海の森の主はヘビでした。
あの独特な黒と黄色や白の縞模様が可愛いかなと、海蛇にしました。
あと、誤字報告に、天の配剤を、天の采配では? と、ちらほら来るのですが、天の采配って自業自得みたいに思ってたワニです。ひょっとして違いましたか?
あまりに都合良く、思わぬ幸運を得ることは天の配剤だと思っていたのですが、ひょつとしてワニが間違ってますかね? 采配が正しい?




