海の森と小人さん ~よっつめ~
担当様から許可が出たので、短編投稿しました。
シリーズに入れてあるので、興味のある方はチラ見してください。
「克己様。いったいどうなさるおつもりなのですか?」
「ん~? 言ったとおりだよ? サクラさんと仲良くなれるよう頑張ってみる。フロンティアと事を荒立てるのは、不味いんでしょ?」
宿屋に戻った帝国人と、克己は、これからどうするかを話し合った。
ただ桜を返せと詰め寄ったところで返して貰える訳はないし、桜も承知はしないだろう。
ゆえに、どのような経緯から桜に戻ってきて欲しいのか説明せねばならず、自分達が現皇帝に対して敵対する気がある事を大まかに話した。
民のため、国のため、多くの女性を救うため。皇族直系の桜と、生粋の日本人な克己がいれば、現皇帝を失脚させるのも難しくはない。
多くの心ある貴族らが、こちらに付いてくれている。やるなら今しかないのだ。
フロンティアとの数百年に渡る長い戦いは無意味ではなかった。
周辺国から迎えた花嫁達から聞いた、世界の常識。女性のみを冷遇し、家畜のごとく扱う愚かさ。
そんなものは何の自慢にもならない。むしろ唾棄するような野蛮な行為だと。
新たな尋ね人である克己様にも同じ事を言われた。そんな文化は、千年遡った日本にも存在しないと。
我々は長年、盛大な勘違いをしてきたらしい。
花嫁の半数は、数年もたたずに故郷へ帰ってしまい、キルファン内部の酷い女性差別は他国に知られてしまった。
最初は、魔力に頼らぬキルファンの文明を称賛していた他国も、今では儀礼上の付き合いしかない。
世界に名だたる法治国家フロンティアは、そんなキルファンと真逆な国だった。
近い隣国が、そのような国であったため、なおさら帝国の愚劣さが際立つ。
前回の尋ね人らは帝国を増長させるような人物達だったが、今回の克己様は違う。
穏やかで理知的な、フロンティア人のように物腰の柔らかいお人だ。
尋ね人が皇族に迎えられるのは古来からの倣い。貴族らや民らからも歓迎される。
適齢期の皇女である桜様がおられることも、天の配剤としか思えない。
今こそが千載一遇のチャンス。
キルファン帝国を根本から覆す、またとない機会なのだ。
これを逃す訳にはいかない。
しかし、この計画の根幹はサクラ様である。永きに渡る皇族への神聖感は根強く、克己様が皇帝となるより、桜様が女帝となるほうが国民との摩擦もなく受け入れやすい。新たな皇帝への信頼度も段違いだ。
尋ね人らは帝国人の始祖である日本人。それを理解していても、所詮は他からの来訪者。唯々諾々とは受け入れがたいのだろう。
だから、何としても桜様を手に入れなくては。
神妙な顔つきのキルファン人らを見つめ、克己は薄く笑みをはいた。
「急いては事を仕損じるってね。俺の時間は、まだ十数年ある。じっくり行こうよ」
彼の邪気のない微笑みに、男達の心が凪いでいく。
そうだ、血気盛んなところは、キルファンの悪い癖だ。それで今まで、どれだけの失態を重ねてきたか。
「まあ、色々試してみよう。まずはフロンティアをしっかり知らないとね」
克己の言葉に、キルファン人達は大きく頷いた。
しかし、事は斜め上に向かう。小人さんクオリティーである。
「アタシらが、キルファンに行くよ」
あっけらかんと言い放つ幼女に、キルファン人達の顔が固まった。克己も同様である。
それを睨め上げ、小人さんは無邪気に微笑んだ。
「どしたの? 桜に帰ってきて欲しかったんでしょ? アタシらが一緒なら、桜も一緒だよ? 問題ないよねぇ?」
いや、問題大有りだろうがよっ!!
そこに居並ぶ人々、全員の気持ちが一致した瞬間だった。
絶句する帝国勢を眺めながら、ロメールは人知れず嘆息し、昨夜の話を思い出す。
キルファン人らとの会見が済んだ夜。小人さんはフロンティアの皆を集めて宣言した。
「アタシ、キルファンに行ってみるよ」
幼女は、何でもないことのように口にする。まるで、その辺に買い物へ行くかのような軽さに、思わず頷きかかったロメールだったが、そこは、しっかり耐えた。
「なんで、そういう話になるのかな?」
黒くはあれど、微笑んだ自分をロメールは誉めてやりたい。思わずひきつった口角は許して欲しい。
「だって、あちらさんは諦めないよ? たぶん。アレをフロンティアに入れるのは、お勧めしないけどなぁ」
小人さんが言うアレが何を指しているのか、その場にいる全員が理解していた。
あのカツミとか呼ばれていた異世界人だろう。あの中で一番冷静そうに見えた青年。
だが、同時に狡猾で油断のならない人間だと、フロンティアの人々は看破した。
フロンティアは技術的には他国に劣れど、その応用はズバ抜けており、人の機微に敏く、他国から振りかかる中世独特の感情論を、右に左にといなす柔らかな国だった。
蛮勇が蔓延るアルカディアにおいて、一種独特の文化を築く国でもある。
内面を磨き上げた先進国。磨き上げられすぎて、まるで魑魅魍魎のごとき。
言葉遊びのような舌戦で、韻を含ませた言外の意味を覚り、それに正しく返さねば嘲笑われる社交。それらを駆使する外交も、他国の追随を許さない。
つまり舌先三寸は御家芸。
そんなフロンティア一行では、脳筋と思われるドルフェンすらも、克己に強い猜疑心を抱いていた。
同族嫌悪に近いのだろう。あの穏やかな笑みを浮かべる彼の瞳に、仄かに灯る愉悦の光。それをロメール達は敏感に感じ取っていたのだ。
「まあねぇ。あれは完全に楽しんでいる顔だったしね。遊ばれてるよねぇ、キルファン」
「あの坊っちゃん、ちょいと歪んでる気がするわ。帝国とは別な意味だけど。ブレまくってて危ない感じ」
「あ~。何か分かるかも。全てがどうでも良い、自棄みたいな不安定さがあるよな」
発言順はロメール、桜、アドリス。ドルフェンは苦虫を噛み潰したような顔で小さく頷いていた。
それぞれが、克己の見た目と話から、けっこう的を射た分析をしている。
思わず眼を見張る小人さんだが、そこまで理解してくれてるなら、説明しやすい。
にっと口角を上げ、幼女は自分の企みを彼らに話した。
「.......本気ですか?」
「いや、それは..... だが、それしか? うーん、取り敢えず陛下に相談かな」
「また、この子は無茶ばかり考える。失敗したら、どうするんだい?」
今度の発言は、ドルフェン、ロメール、桜。アドリスは遠い眼をして無言。
こうしてフロンティア一行の密談は終わり、翌日、彼等はキルファン人らを連れて王都に向かう。
小人さん達がキルファンに向かうには、準備が必要だからだ。
それまでは賓客として、克己達を迎える事にした。
眼をはなす訳にはいかないからね。
ほくそ笑む小人さんの肩で、ポチ子さんが、じっと克己を見ていた。
「ここがリュミエールの街かぁ。綺麗な所だね」
王都に帰還する途中、少し遠回りをして小人さんはゲシュベリスタ西方に位置するリュミエールの街を訪れた。
房総半島のように海に突き出す形のリュミエールは、海に面した全てが珊瑚礁で、どちらから回っても風光明媚なオーシャンビューである。
全体的に白っぽい建物が多く、地球でいう地中海風な印象が強い。
王都よりも高い気温。まだ春もあけきらぬはずなのに、微かに汗が滲む夏の陽気だ。
この街の周辺から沖まで続く広大な珊瑚礁。これが主の森なのである。
王都から馬車で二日くらいなのに。けっこう気候が変わるのね。
不思議そうにキョロキョロする小人さんの視界に、ある物が入った。
ツンツンした草冠を頂いた丸い果実。独特なシルエットのソレを、小人さんが見逃すわけはない。
「パイナップル畑だーっ!!」
うわああぁぁ、そうだよ、誕生日にメルダが言ってたじゃん、南方から持ってきたって。.......アレ?
ふと、小人さんは、嫌な事に気づく。
男爵家のパーティで皆に振る舞ったパイナップル。アレの出所は何処なのか。
じっとポチ子さんを見るが、ポチ子さんは首を傾げて愛想を振りまくばかり。
くぅ~っ、可愛いけどさぁっ! ひょっとして無断拝借してきたんじゃ..... それ以外無い気がするけど。
チラリと強ばった顔で見つめてくる小人さんを見て、ポチ子さんは嬉しそうにぶぶぶと羽を鳴らし、すり寄ってきた。
あーっ、もう、しゃーないっ!
すり寄ってきたポチ子さんをぎゅーっと抱き締め、千尋はポチ子さんの体毛をモフモフと撫でまくる。
幸せそうなポチ子さん。
仕方無いよねぇ、魔物なんだし。万一被害とかあったんなら、アタシが弁償しよう。
諦めたかのような顔で苦笑し、小人さんはポチ子さんを抱き締めたまま、馬車の外を眺める。
ゲシュベリスタでは、殆ど観光出来なかったし、ここでは遊ぶ気満々な小人さんだ。
「美味しいものがあると良いな♪」
きゃっきゃとはしゃぐ小人さん。
その微笑ましい姿を視界におさめ、顔を見合わせて苦笑いするフロンティア一行を乗せた馬車と、克己らを乗せた馬車は、リュミエールの街に入っていった。
この夜、リュミエールに吹き荒れる嵐を、今の彼等は知らない。
次回、海の森の主が出ます。お楽しみに。
今回の短編をカクヨムにも投稿してみたんですが...... 怖いですね。あちらは、なろうと読者層が違うと聞くので、ドキドキしてるワニがいます。
地味に受け入れてもらえそうなら、小人さんの連載や、大人しめな作品を、あちらにも投稿してみようと思ってます。