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帝国と語り部と小人さん ~前編~

またもやレビューがっ 有難いことです。読者様らの親切に感謝します。


「.............」

「ただいま?」


 王宮外壁に到着した小人さんは、自宅に帰る暇もなく、ロメールの執務室へ連行された。

 そこに座る王弟殿下は、じっとりと眼を座らせ、小人さんの後ろに立つキルファン人を見つめる。

 白人種が全体を占めるアルカディアにおいて、黄色人種である帝国人は珍しい。

 象牙色の肌に艶やかな黒髪。黒曜石のような瞳に薄い唇。

 ここ数百年の間に他国との交流がすすみ、キルファンも混血が主体となっていた。

 それなのに、今、目の前に立つのは生粋のキルファン人。凹凸の薄い顔立ちに切れ長な眼は、まごうことなき帝国人の象徴である。


 つまり、彼女は.......


「早馬で報せは受けてたけど。なんで...... 君は、早々と問題を持ち込んでくるかなぁっっ」

「ほえ?」


 訳が分からない小人さんだった。




「御初におめもじいたします。サクラ・ヒワタリ・キルファンと申します。以後よしなに」


 木綿の着物に半帯のラフな格好で、桜は淑やかに挨拶する。カーテシーではなく、普通のお辞儀。


 キルファン? え?


 国名を最後につけられるのは、国の頂点に座る者と、その次代のみ。


 と言う事は.......


 真ん丸目玉で惚ける小人さんを悪戯気に見やり、桜は薄い唇から小さく舌を出した。


「驚いたかい? これでも皇女なのさ。今はまだってだけだけどね」


 騎士らすら絶句する室内で、事情を知るロメールのみが、頭を抱えて唸りをあげている。




「今の皇帝には子供がいないのかぁ」

「そう。だから、序列二位である妹の私を失う訳にもいかなくて、廓に閉じ込めてるの。他の親族に序列が移ると暗殺されかねないからね。継承権は放棄したつもりなんだけど、あちら事情で、そのままみたいね」


 聞けば話は簡単だった。


 ようは先の皇帝が死に際に桜を次代に指名し、それに激昂した兄皇子が桜を殺そうとした事に発端する。

 しかし皇帝の兄弟をのぞき、直系は二人だけ。代々、血で血を洗うような簒奪が繰り返されてきた帝国には、祖先の正しい血をひく一族が皇帝の血筋しかなかった。

 代々の皇帝が玉座に近い者らを惨殺してきたからだ。

 他は混血がすすみ、ある意味、希少種の黄色人種。その血統を今代で途切れさす訳にも行かず、女帝であれば、複数の婿を取り子供を遺せる事に眼をつけた皇帝が、彼女を次代に指名する。

 女性蔑視の強い帝国で、混じりけのない帝国人女性は皇帝の血筋にしか生まれない。

 高貴な一族には有りがちだが、近親婚が繰り返された結果、皇族には女が生まれにくい弊害が起こっていた。

 そんな中に生まれた桜。皇帝を筆頭とし、生粋の皇族を遺せる苗床として、男らが眼の色を変えるのも致し方無し。


 皇帝の兄弟達や、その子供ら。実の兄とて例外ではない。


 桜を孕ませて子を生ませれば、自動的に皇帝の座が転がり込むのだ。


 本当に女性をモノとしか見ていない男ども。


 帝位の関係から、無理やり兄皇子と結婚させられそうになった桜は、そんな倫理観皆無の汚濁から逃げ出し、兄皇子に帝位譲渡の三下り半を叩きつけ、親派の力を借りてフロンティアへ辿り着いた。

 万魔殿の存在を知っていた彼女は、フロンティアが法治国家でキルファンをはね除ける力があることを利用し、安寧を手に入れたのである。


 かれこれ七年ほど前の話だとか。


 凄まじい話だ。


「なんともはや。お疲れ様だね。桜」


 本気で労る小さな手に撫でられ、桜の顔が思わず綻ぶ。


「万魔殿にいれば手は出してこないからね。あちらにも想定外だっただろう」


 そう。万魔殿が、これほどの力を持つ治外法権になるとは、帝国側も思っていなかったのだ。


 彼らが気づいたのも、つい最近。


 万魔殿がフロンティアで市民権を獲得し、良好な関係を築き、自給自足を確立して自国の援助を必要としなくなった時。

 初めて帝国側は、その力関係が崩れた事に気がついた。

 だが、撤収も出来ない。万魔殿の稼ぐ外貨は魅力的だからだ。

 農場、牧場の収益込みで年間金貨一千枚以上。これを失いたくない帝国は、今まで通り女を送り、万魔殿を維持するしかない。

 不可侵を約しているフロンティアに強行も出来ず、桜の事は黙認されているとか。


「王宮に引き渡し要請は来てるんだよね。形式的なものだけど。今まで知らぬ存ぜぬできたのにさぁ。.....なんで連れ出してきちゃうかなぁ??」


 心底うんざりした顔をするロメールの目の前には、両手を合わせて拝むような小人さんがいる。


「ほんっと、ごめんっっ! 知らなかったんだよ、言い訳にもならないけどっ」


 五体投地しそうなほど必死な面持ちで、幼女はロメールに謝った。

 それを微笑ましく眺めて、桜は助け舟を出す。


「私も黙っていたしね。そう怒らないであげておくれよ。それに、今は返せとは言わないはずだしね」


 は? とばかりに、ロメールと小人さんが桜を見た。それに頷き、桜は説明を続ける。


「私も最近来た女の子らに聞いただけなんだけど」


 そう言うと桜は、現在帝国に、起きているだろう事象を話した。

 それは千尋が以前持った予想を裏付ける話だった。


 昔から帝国には、尋ね人という人間が現れるらしい。


 帝国本土か、周囲の島々か。

 とにかく数十年おきに現れる尋ね人は、礼儀正しく、多くの知識と技術を持ち、帝国を豊かにした。

 尋ね人らも黄色人種ばかりで、言語も帝国と同じ。まだ海を渡る力のなかったキルファンで、時を遡ったとか、ここより未来の人間なのだとか、不思議な事を言っていたらしい。

 だが、キルファンが海を渡るようになると、訪れる尋ね人らの反応が変わる。

 魔法の存在に驚き、何故キルファンには魔法がないのかと憤り、傍若無人に振る舞うようになったと言う。

 その尋ね人が、また最近現れたのだとか。


「尋ね人は必ず皇族に迎えられるからね。今回現れたのは男だっていうから、私が戻ってしまったら自動的に皇帝になるのさ。兄上には我慢出来ないだろうね」


 だから桜も万魔殿から出てきたのだ。国に帰ると言っても追い返されるよ、今はね。と、彼女は、カラカラ笑う。


 同じ黄色人種の近親でない人間。これが、常に皇帝の血筋をリセットしていたため、今まで散々近親婚を繰り返しても、女が生まれにくい程度の弊害で済んでいた。


 現皇帝である桜の兄が、桜を諦めて他の女と子供をなさないと、皇帝の座を追われかねない。

 皇帝に子供が出来ない限り、桜の継承権は失われないからだ。

 それは暗に尋ね人を皇帝に望む人々に好機を与えてしまう。


 尋ね人。異世界転移か。


 胡乱な眼差しで小人さんは宙を見つめた。


 ここに転生した自分が居るのだ。転移があったって、おかしくないだろう。

 そして話からすると、訪れる尋ね人は日本人のようである。

 連綿と続いた来訪者達の存在。それが、今のキルファン帝国を作ったのか。

 だが、帝国周辺のみとか、都合が良すぎないか? 何かの意図を感じる。


 さらには...... キルファン帝国そのものが......


 これはメルダの範囲だな。


 神妙な面持ちで、何度も頷く小人さん。


 それを見つめるロメールの瞳が、どんよりと澱んでいるとも知らずに。




「あんな話、しても良かったの? 桜」

「構わないさ。あんたさんらは外に漏らさないだろう? それに隠している訳でもないしね。キルファンが他国と付き合いが希薄なだけで、国民なら皆知っている事だもの」


 なるほど。


 知ろうと思えば調べられる事か。たぶん、他国も知っていて黙認してるんだろう。

 他所の話だしね。自分とこに迷惑がかからないなら関係ないし。


 その迷惑がかかる筆頭なフロンティアが、不穏な隣国の実情を知らない訳はない。今回の話も、ただ裏付けがついただけである。


「なら、メルダから話を聞いてみようか」

「メルダ?」


 千尋は訝る桜を連れて、そのまま再び馬車に乗り込んだ。

 そして慌てるドルフェンを従え、一直線に森を目指した。


 男爵家では、今か今かと待ちわびる熊親父が玄関をウロウロしているのだが、猪突猛進な小人さんは、うっかり忘れていた。




「メルダーっ、ただいまーっ」


 幼女の甲高い声が上がるより速く、大きな影が頭上を旋回する。

 ぶわりと風を起こして現れた人間大の蜜蜂に、桜は顔面蒼白。

 ポチ子さんにも驚いたが、こちらは驚きを通り越して、凍りつく。


《お帰りなさいませ。キングの森を救っていただき、ありがとう存じます》


 ふくりと微笑むメルダに、小人さんは真摯な眼差しで問い掛けた。


「メルダは初代からの記憶を継承してるんだよね? キルファン帝国の事も知ってる?」


 盟約を結んだ時聞いたメルダの昔語り。建国の王、サファードとメルダの話。

 何故に過去の主と同じ名前なのかと問えば、初代から連綿と継承する記憶。歴史の語り部として名前も引き継ぐのだそうだ。


 人間が生まれた時には既に存在していた森とその主達。歴史の語り部であるメルダなら、キルファン帝国の経緯も知っているのではないか?

 メルダは少し視線を泳がせる仕草をしたが、すぐに諦めたようで溜め息混じりに口を開いた。思念だが。


《多くは申せません。ただ、あの国は無きモノでした》

「無きモノ?」

《神々が間違いに気づき、蒔いた種なのです》

「種?」


 抽象的なメルダの答え。


 聞けば、数千年の時を経て、各国が国として形をとりだした頃。

 いきなり件のキルファン帝国の大陸が現れた。四国程度の小さな大陸には幾つかの村があり、そこには黒髪で黄色い肌の人間らが住んでいる。

 子供らを偵察に出して、メルダはその小さな大陸の全貌を確認した。


 新たな神々の愛し子だろうか? あれも導くべきかとメルダが思案した時、過去に魔力と知恵を与えた時より、一度も降臨しなかった神々が、彼女の元に降りて来た。


 アレは他所様からの頂き物。アレに手を出してはならないと。


 神々は言った。他所の世界で死にゆく運命な島と人々を譲っていただいた。

 あそこに森はいらない。主もいらない。魔法は必要ない。

 導くべき者は、同じ世界から死にゆく者を譲っていただく。

 我々は大きな間違いを犯した。それを正す種なのだ。そなたらは森を守り、心安らかにあれ。


 そういうと、二人の神々は天に吸い込まれていった。


「死にゆく者.... 間違いを正す種」


 つまりキルファンは神々が用意した日本人用の国ってことか。死にゆくってのは、死ぬ運命な人間で、それらを地球の神様から融通してもらっている。


 関与どころじゃなかったよ。丸々日本人の国だったのね、あははは......

 

 異世界に異世界を作って、どうするつもりなんだろ。わからない。何か引っ掛かっているんだけど、漠然として掴めない。


 しかも、海を渡れるようになったここ数百年まで、こちらの人々と干渉のしようもない立地。帝国を隔離していたのが丸分かりだ。


 そしてふと、千尋は眼を見開く。


「帝国はって話だよね? 周りの島々は?」

《アレも神々の持ち込んだモノです》


 聞けば、沈む予定。あるいは災害などで失われる予定な島々も頂いてきたのだとか。


 予定って..... せめて運命とか言って欲しいなぁ。神々にとっちゃ事務作業と変わらないんだろうが、情緒無さすぎる。


 地球で失われる土地や人命をもらって、こちらに移植したってことだな。大体は理解した。意図は未だに読めないが。


 神々の箱庭的な? いや、種を蒔いたと言うなら、何かの目的があるはずだ。

 神々が犯した間違いとは何だろう? 主が失われ森が枯れたこと? いや、それはだいぶ後の話だよね?


「そういや、主が、一日でも森から離れると森は枯れるんだよね? 魔力はあるはずなのに、なんでだろう」

《この森は神々が、作りたもうた森だからです。金色の魔力を供給する主がいなくば、保てない森なのです》


 寝耳に水である。


 つまり何ですか? 主の森は他の森と違い、神々の作った森だと?

 ある意味、ここも神々の箱庭か。ここの神様って庭仕事が好きなのかな。気が合うかもしれない。


 え? でも、それって......


 小人さんは足元の土を掌に掬い、魔力を流してみる。

 するとみるみるうちに草が萌え、小さな木が芽を出した。


「うえ??」


 思わず奇妙な声を上げた幼女を見つめて、声もないドルフェン。同じく瞠目し、微動だにしない桜。


 メルダは、したり顔で呟いた。


《それが、金色の王の本当の力。世界を繋ぎ、森を作る者。金色の環が完成した暁には、私に新たな森をくださいませ》


 ほくそ笑むメルダが悪魔に見える。


 ひきつる口角を駆使して、小人さんも呟いた。魔力を止めると、掌の中の植物はすぐに萎れて枯れ果てた。


「箝口令で..... ナイショにしてよね、コレ.....」


なるほどな、初代金色の王は、この力で豊かなフロンティアを建国した訳だ。ここにきてチートかよ、意味ないわーっ、神様っ!!

 しかもコレって金色の魔力がないと枯れるんでしょ? 主専用の森しか作れない力って誰得よっ、あ.... 主得か。


 取り敢えず、モルトから預かった卵をメルダに渡し、なんとも微妙な気持ちで帰路につく小人さんだった。


 トボトボと馬車を走らせる小人さん。


 この後、待ちくたびれて萎れた熊親父に張り付かれ、床に下ろしてももらえなくなる未来を今の彼女は知らない。


メッセージで突っ込まれて気づきました。


同衾、親派、赫々....他多数。 数々の文字からワニの年齢が予想できたらしい。

たぶんワニは、皆様が思うよりお年寄りです。なろうの海に、まぁあるくなって微睡む御老体を温かく見守ってくださいww

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― 新着の感想 ―
10代後半からこちらの作品読ませていただいてますが、「歯茎が浮く」だけスっとは分からなかったものの、すぐ理解しましたし、親派や憮然などは普通に理解して読むことができるんですが……そんなに分からないもの…
同年代ですかね? そんな事はどうでもいい、続き書いてね早く読みたいから♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪
今更書くのも無粋だけど、シンパというのはシンパシー、シンパナイザーからきてる外来語で、カタカナ表記が一般的であり、親派というのは誤字、当て字の類で、辞書にも無い言葉では?
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