醤油と辛子と小人さん
少ぅし、R15をつけるべきか悩む表現が混じっています。
どうなんだろう。ワニには判断がつきません。取り敢えず投稿します。
「桜の帝国の話、聞いても良いかな?」
「帝国の?」
ガタゴトと揺れる馬車の中で、キラキラと眼を輝かせ、小人さんは桜ににじりよった。
うんうんと頷く可愛い幼子を見つめ、桜はチラリと正面に座る二人に視線を振る。
赤毛の男性は仕方無さげに肩を竦め、もう一人は仏頂面で顔を窓の方に向けた。
歓迎されないってことか。どうしようかねぇ。
どうやら彼等は帝国を嫌っているらしい。然もありなん。帝国は過去に何度もフロンティアに戦を仕掛けている。
一番新しいところでは百年ほど前。
フロンティア南から、微かに見える小島群。その中心にキルファン帝国はあった。
海を隔てているとはいえ、近いといえば近い国同士。当然、漁業海域などが被ることもあり、敵対行動の末、キルファン側が戦の火蓋を切った。
だが、結果は惨敗。連戦連敗。完膚なきまでに叩きのめされた。
キルファンと国交を持つ周辺国からの助勢もあったのだが、炎を操り、水を従え、風に乗るフロンティア兵士らには歯がたたない。
鎬を交わすこともなく、キルファンの船は海の藻屑へと瓦解した。
そんな戦いが数百年間に何回か続き、キルファン側が膝を屈したのは数十年前。未だ記憶に新しい。
フロンティア側は、戦後処理の条件も交渉もなく、そのまま和平を結んでくれた。
多額の賠償を求められると思っていたキルファン帝国だったが、話を聞いて絶句。
なんとフロンティア側には何の損失も出ていなかったのだ。
むしろ良い戦闘訓練になったと柔らかく微笑まれる始末。
キルファン帝国が全力で仕掛けた長期に渡る戦は、全くの茶番でしかなかった。
数百年に渡る激しい戦いだったのはキルファン側だけ。フロンティア側は、単なるローテーションのように、あらゆる戦法を試しながら船を沈めていたにすぎなかった。
どうりで追撃してこなかったはずだ。
キルファン帝国は、連戦連勝しているフロンティアが、なぜこちらに上陸戦を挑んでこないのか不思議だったのだが、蓋を開けてみれば、何のことはない。ただ、全く相手にされていないだけだった。
ここより、キルファンとフロンティアには、修復しようもない深い亀裂が入る。
一方的にフロンティアがキルファンから嫌われただけだが、国交を持ったフロンティア側も、キルファンの文化や風習に好意を持てなかった。
そこまで聞いて、小人さんは首を傾げる。
「文化や風習なんてお国柄やん? なんでまた? そんなん気にするの?」
何とも言えない顔で眉を寄せる桜のかわりに、ドルフェンが忌々しげな低い声音で答えた。
彼は、言うか言うまいか、少し悩んだようだが、目の前の御仁は見てくれどおりの中身ではない。
話さずば自分で正解を見つけてしまうだろう。子供に話す内容ではないが、仕方無い。
「連中は、奴隷を持ち込んだんですよ。こちらで言う借金奴隷や犯罪奴隷ではない。身分ある女性らに鎖をつけ、ほぼ全裸のような姿で...... 貢ぎ物だといって、王宮を四つ這いで歩かせたのだそうです」
唾棄するような呟きに、小人さんも唖然とした。
桜達の衣装から、奔放な文化なのだろうなと思ってはいたが、そこまでとは。
身分ある者を隷属させる。それこそが帝国での力の象徴なのだとか。
帝国にしたら、最大限の贈り物だったのだろうが、法治国家であり、女性を大切にするフロンティアでは、白眼視の対象でしかない。
さらには長い戦いで疲弊していたキルファンは、お金や物が工面出来ず、体面を保つために、皇女殿下をも貢ぎ物として持ち込んだ。
数居る皇女の有効な使い道だったのだろう。皇女殿下も、下が透けて見えるような薄絹一枚で、フロンティア王の前に膝をつく。
だがそれは、フロンティア貴族達の逆鱗に触れた。
守り、尽くすべき主君の血筋を蔑ろにするとは何事かと。
キルファン側にすれば、最大級の貢ぎ物を貶され、怒髪天。
ここに決定的な溝が生まれ、両国は和平ではなく、不可侵を結ぶことになる。
なるほどとばかりに小人さんも頷いた。
「だから、最初にドルフェンは男尊女卑の傾向が強い国だって言ってたんだね」
「祖父から聞いた話ですが、子供心に吐き気がしましたね」
苦虫を噛み潰しまくるドルフェンを眺めつつ、千尋は妙な顔で思案する。
なんともはや。完全に女性をモノとしか思っていない国なんだなぁ。突き抜け過ぎてて、ある意味、感心してしまう。
女性は、労り、尽くし、愛でるモノという意識の強いフロンティアとは相容れなかろう。
そこまで考えて、はたっと小人さんは気がついた。
フロンティアが万魔殿を受け入れたのは、そういった女性らに逃げ場を作るためなのではなかろうか?
帝国には死刑がないと言っていた。つまり、死ねない=生き地獄が用意されているのではないか?
娼婦なんて生温いくらいの...... ありえる。でなくば、風紀を乱しまくる廓をフロンティアが許可などする訳がない。
これは闇が深いかもな。帰ったらロメールに聞いてみよう。
「まあ、色んな国があるよね」
うんうんと頷く幼女に、どんな顔をしたら良いのか分からない、大人三人だった。
「......もう、あの坊っちゃんはおるまいな?」
「たぶん....?」
途中、気になる木の休憩場に寄ったフロンティア一行は、キョロキョロと辺りを見渡し、貴族らしい馬車がないことを確認して、胸を撫で下ろす。
「坊っちゃん?」
「御飯食べてるとね、湧いて出る子がいるの」
警戒する騎士らを不思議そうに見る桜に、小人さんが苦笑しつつ答えた。
「へえ? よっぽど縁があるのかねぇ」
要らなーい。
邪気のない桜の微笑みに、小人さんは、うへぁと歯茎を浮かせた。
急いで昼食の支度をするアドリスが作ったのは、鰹のサイコロステーキ。
菜花をソテーし、焼いたカブとともに添えて、酒と醤油でオニオンソースを作り、ステーキにかけた。
香ばしく香る焦げた醤油の匂い。
暴力的なまでに食欲を刺激する匂いに、フロンティア一行どころが、周囲にいた人々までが固唾を呑んでいる。
それを黙殺し、一行は食事をした。
「うまっ! アドリス、めっちゃ、美味しいよっ」
「美味いですね。外側はカリっとしてるのに、中はふっくらと柔らかい。何より、このソースが、べらぼうに合う」
「これって、うちが譲った鰹よね? 初鰹は脂のノリが悪いんだけど、パサつきがないねぇ。美味しいよ」
小人さん、ドルフェン、桜に至るまで絶賛である。
アドリスは照れくさげに眼を細めた。
「最後に蓋をして、さっと蒸し焼きにし、火からおろして余熱を通すんだ。肉でも卵でも同じだが、火が通りすぎると固くなるからな」
なるほど。もきゅもきゅと口を動かし、小人さんは御満悦。カブや菜花も少し苦味があるのが懐かしい。
ここは、ほんのちょっと辛子が欲しいとこである。
中身が子供でない小人さんは、山葵も辛子も平気だった。
物足りなさに、少ぅし残念な顔をする小人さん。
そこへ、すっと茶匙のように小さなモノが視界を過る。
「これだろ?」
横には満面の笑みの桜。小さな器から粉辛子を掬って、小人さんの皿に付けていた。
さすがっ!
味覚がほぼ同じなだけある。足りないモノが分かるのだろう。
嬉々として食べる小人さんを見つめ、アドリスが桜に尋ねた。
「それは?」
「粉辛子さ。フロンティアで言えば、調整していないマスタードの粉版だね」
「マスタード? それが?」
桜の手にある器には黄土色の粉が入っている。鮮やかな黄色いクリーム状のマスタードとは似ても似つかない。
「これをぬるま湯で練れば、あんたらの知るマスタードになるよ。酒やビネガーは入ってないし、辛味が強いけどね」
アドリスも掌に少しもらい、ペロッと嘗めてみた。そして、ぴゃっと顔をしかめる。
「辛っ、チィヒーロ、これ辛すぎないかっ?」
「そりゃ、そのまま嘗めたら辛いでしょ。ほんのちょっと振るんだよ」
言われるまま、アドリスも少しだけ菜花に振りかけた。そして恐る恐る口に運ぶ。
「あ....美味い」
「でしょ♪」
ツーンと抜ける辛味が、菜花の仄かな苦味ととてもマッチしていて、後味をひく美味さだ。
ほんと、チィヒーロといると新たな発見に暇がない。
幸せそうに食べる小人さんを微笑ましく見つめ、アドリスは、この至福が永遠に続けば良いと心の底から祈った。
和気藹々と昼食を終え、しばしまったりしたあと、小人さんら一行は王都に向かって出発する。
そしてそれと入れ替わりで、黒塗りの豪奢な馬車が入ってきた。
「マジか......」
「危機一髪」
「狙ってるとしか....」
「言うなっ」
ボソボソとなにがしか呟く護衛騎士ら。
入れ違った馬車に気づいていない車内の面々は、外から聞こえる呟きに首を傾げる。
知らぬが仏とは地球の言葉。
フロンティア一行と入れ違いに休憩場に入っていった某伯爵家の馬車。
それから降りてきた坊っちゃんは、竈周辺に残っていた料理の匂いに反応し、その出所を探しまくっていた。
散々周囲に聞きまくった結果、既にその料理を作っていた人々は出ていったと判明し、坊っちゃんが盛大に地団駄を踏んだとか、何とか。
会えなくて幸運な両者である。
懐かしい食べ物に満足気な小人さん。
それを邪魔する偶然すらをもヒラリと回避し、無自覚に運を味方につけまして。
今日も小人さんは元気です♪
また、運営から注意がくるかなぁ?
うー、これ以上の表現は出ないんだけど、どうだろう。
でも、DV的な事はこの先も出てくるんですよねぇ。
追記です。『歯茎を浮かせる』という表現を歯槽膿漏のことだと思われた読者様がおられましたので、ここに説明しておきます。
日本には昔から『歯が浮く』という言葉があり、これは思わず口が歪んで歯が見えてしまうような状況をさします。
これの上位版が、歯茎を浮かせる。歯茎が見えるほど顔が歪んでしまう状況。
文面から察してもらえるかと思いましたが、まさか歯槽膿漏と勘違いされるとは。いやはや、世界は驚きに満ちてますね。うん。




