万魔殿と小人さん
禁断症状きましたぁーっ、うぇーいっ:::
「サクラーっ」
「おや。おかえりなんし、御嬢さん」
ヤーマンの街についた千尋は、仮邸に着くやいなや万魔殿へと向かう。
相変わらず店の前では、サクラが客引きをしていた。
今日の出で立ちは古代エジプト風とでも言おうか。豊満な胸を首にかけた一枚布で被い、膝上まで透けるような薄絹で、サンダルを履いている。もちろん生足。
あちらの文化じゃ胸丸出しも当たり前だから、ある意味、慎みのある衣装なんだが.......
チラリと騎士団の方を見ると、案の定、苦虫を噛み潰しまくったかのような表情の面々が立っている。
あははは。まあ、フロンティアの常識から言えば、そうなるわな。
「今日も綺麗だね。中東風かな?」
駆け寄る幼女に、サクラは眼を細める。
「相変わらず良く御存じだこと。異国風の衣装のが殿方に喜ばれるからね。今日も食事かい?」
細い肩を軽く竦め、サクラは蠱惑的な笑みを浮かべた。薄い唇に弧を描き、如何にも妖艶なその姿。
はしたないなどと思いつつも眼を逸らせない騎士達。それだけの魅力がサクラにはある。
なにより彼等は、本来のサクラを知っているのだ。芸妓姿の彼女を。
胸中複雑なんだろうなとドルフェン達を一瞥し、千尋は本題を切り出す。
「今日は食事じゃなくて廓主に話があってさ。サクラの身請けって出来るのかな?」
幼女の言葉に、周囲がシン...っと静まり返った。
限界まで眼を見開く騎士らに、唖然とするサクラ。
幼女が万魔殿を廓だと理解していたことにも驚くが、その仕組みすらも知っていたことに倍驚く。
フロンティアにも娼館はあるが、ヤーマンのように派手な客引きはしていない。
むしろ一見様御断りの、古式豊かな花街のようなしきたりすらある。
隠れ潜むようなフロンティアの娼館と違い、ヤーマンの廓は奔放だった。
いくらくらいかな。相場は知らないけど、有り金はたけば買えるかな?
女性を買う。それも身請けという形で。ある意味、人身売買だ。
しかし、これも合法である。
借金奴隷、犯罪奴隷、他色々。頻繁に拐かしがある理由筆頭が人身売買の存在だ。
買いたい人がいて、売りたい人がいる。当然、商売として成り立っている。
現代のように法的救済はない。フロンティアですら、そこまで意識が高くはない。
あくまで、地球の中世に比べたらマシと言うだけであって、個人の借財は如何なる理由があろうとも自己責任だ。
拐かしの被害者であれば、話は別だが、それ以外の金銭による奴隷落ちは合法である。
人権なんてモノもない。身柄ごと買った以上、全ては家畜らと同じ。奴隷=モノなのだ。
だからだろうか。身請けと話をした途端、周囲の気温がザーッと底冷えまで下がる。
「御嬢さん、それは誰の差し金だい?」
すうっと眼を細め、サクラは射抜くように鋭利な眼差しを小人さんに向けた。
「んにゃ、アタシがサクラを欲しいだけ。家に来たら、和食の賄いよろしくっ!」
にぱっと笑う幼子に、周囲の大人らは絶句する。
結局は、御飯ですかっ!!
異口同音を脳裏に浮かべる周りを無視し、小人さんは廓主に逢うべく万魔殿の扉をくぐった。
「御話は分かりました。だが、承りかねますねぇ」
招かれた応接室で、小人さんは綺麗な女性と対峙する。彼女はバンリと名乗り、困惑したかのような眼差しで小人さんを見つめる。
艶やかな黒髪を結い上げ、気だるげに煙管を燻らせる女性は、紅をひいた薄い唇から、溜め息のように紫煙を吐き出した。
「これは、フロンティア王宮しか知らない話ですが。ここの板前や芸妓らは流遠された犯罪者なんですよ」
王族ならば良いだろうと、廓主は万魔殿の裏事情を語る。
フロンティア南西に位置するキルファン帝国は、小さな大陸の周辺に多くの島を持つ国らしい。
帝国としての形をとってはいるが、実際は小さな島々にある小国群を守るために組まれた連合国なのだとか。
驚いたことに、キルファンには主の森は無く、昔から魔法に頼らぬ文化があった。
たまに魔力の高い者が生まれ、魔法が使えたりもしたが、ほんの少数。大地に魔力の恩恵はなく、それが当たり前に数千年を過ごしてきた国だ。
遠方の大きな大陸と交流を持つようになったのも、ここ数百年。
魔法の存在は知れど、無いのが当たり前なキルファンは、魔法を失った世界の混乱期に乗じて、多くの国々と交流を持つようになったのである。
「これとかね。良い商売になったようです。未だに稼がせてもらっています」
彼女が手にしているのは、木で出来た細長い筒。不思議そうに見つめる騎士らと違い、千尋は、それが何なのか一瞬で看破した。
バンリは新たな煙草を煙管に詰めて、その細長い筒を力強く台に打ち付ける。
すると筒からうっすら煙があがり、二重になっていた内側の棒には種火が起きていた。
ファイアーピストン。
端材で作れるお手軽な着火道具だ。正しい原理さえ分かっていれば、誰でも作成可能。
その種火で新たな煙草に火をつけ、ふとバンリは種類の違う視線を感じる。
これを見せると、大抵は驚き、その購入や作り方を尋ねてくるものなのだが、目の前の幼子は、驚嘆していても驚愕はしていない。
つまりは、ここにあるのに驚いてはいるが、これが存在すること自体には驚いていない。これを知っている眼差しだった。
なるほど、面白い。確かにサクラが言うように普通の子供ではなさそうだ。むしろ、キルファンを訪れる例の者達に似ている。
凄く気にはなるが、今は別の話だ。バンリは、説明を続けた。
「我が国には極刑にあたる死刑がございません。なので海を渡り、苦界で永遠に金子を稼がせる。これが極刑になります。檻の中の囚人を売れと言われても売るわけにはいきませんよ」
言われて千尋も納得した。
罪人を働かせて金子を得るのは当たり前だ。牢獄の管理や運営にも金はかかる。罪人のために税金を使う訳にはいかない。
手っ取り早いのは出稼ぎさせる事。他所に貸し出して需要と供給を満たせば簡単にお金になる。
しかし、それは逃げ出すチャンスを与えることにもなり、廓という外界から遮断された方法で稼がせているのだろう。
娼館であれば、簡単には逃げ出せない。見張りや警備が厳重でも違和感はない。なんの疑いも周囲に持たせず簡易な牢獄を作れる。
しかもフロンティアは、この世界でも別格な法治国家だ。あらゆるところで身分証明が必要とされ、逃げ出しても定住や職が得られない。
せいぜい物ごいに身をやつすのが関の山。それどころが、役所に届け出られたら、治安維持の兵士らに追われる羽目になる。
だが、それはフロンティアが一際進んだ法治国家であるから可能な事。
「って事は、ここだけじゃなく世界中にキルファンの監獄廓があるの?」
他の国でも成立するのだろうか? 監獄が一つや二つで足りるはず無いよね?
千尋は疑問を口にした。
「.......無いですよ。ここだけです」
痛いところを突つかれたようで、バンリは苦虫を噛み潰したかのような顔をする。
そして、はーっと大仰に溜め息をつき、チラリと小人さんの背後にいる騎士団を見た。
その視線の意味に気づき、千尋は騎士らに出ていくよう指示する。盛大にごねまくった騎士団だが、ポチ子さんとドルフェンが残る事になり、渋々部屋から出ていった。
「これで良い?」
バンリは据えた眼差しでドルフェンを見たが、仕方無さそうな顔で頷く。
「説明しないと、あんたさんは勝手に調べて正解に辿り着きそうだからね。そんな大騒ぎになるくらいなら話すよ。ただし、ここでの話は絶対に他言無用だ。良いね?」
小人さんではなくドルフェンを睨めつけて、バンリは念をおす。
それに頷き、ドルフェンは千尋を見た。
「彼はアタシの意に沿わぬ事は絶対にしない。アタシが保証するよ」
幼子の真摯な瞳には欠片の疑いもない。
そんだけ信頼をおける部下を既に持ってるとか。末恐ろしい御嬢さんだね。
覚悟を決めたのか、バンリはフロンティア王宮にすら話していない極秘事情を小人さんに話した。
それは単純だが複雑な話。
ようは万魔殿にいる人々は、命の危険がある貴人達らしい。
親派が多く旗頭にされかねない。あるいは血筋が良すぎて既存の貴族らとかに利用されたり、妬まれて殺されたりされかねない。
そんな問題ある人々の駆け込み寺のようなモノなのだとか。
終身刑になった以上、苦役は義務だ。ちゃんとした牢獄や強制労働用の鉱山などもキルファンにはある。
しかし、ここにいる人々をそのように扱えば、苦役から救わんとする忠義に篤い者や、逆に抹殺せんとする暗殺者らのカーニバルが起きるらしい。
ゆえに、遠く海を隔てて、さらにしっかりとした法治国家のフロンティアへ隔離しているのだという。
「身分ある方々にとっちゃ、下働きや娼婦だって十分に苦役だ。余程の極悪人でも無い限り、ここでの余生あたりが丁度良い罰なのさ。金になるしね」
ところ変われば事情も変わるか。
道理でサクラらの所作が綺麗だった訳だ。話術も巧みで騎士団の皆と対峙していて見劣りしなかった。
元々が貴族だったなら合点がいく。
「そういう訳なんで、身請けは出来ないんだよ。悪いね」
眉を寄せるバンリに、千尋も素直に頷いた。
「うん、分かったよ。じゃあレンタルで」
「はぁ? れんたる? なんだい? それは」
おや? そういう概念はないのかな? 日本人の関与があると思ったけど、なんか違う?
心底分からないといった顔のバンリに首を傾げ、小人さんはかいつまんで説明する。
「つまり...... 金子を払って借りると? ふむ」
レンタルの仕組みを聞いたバンリは、しばし思案した。
「サクラは売れっ子だ。日に大銀貨五枚は稼ぐ。それを支払うと?」
この世界も地球と変わらない時間感覚だ。週は十日だが、月は三十日。
それでざっと計算しただけでも、サクラのレンタル料は月に金貨十五枚。普通の平民の平均月収が月に大銀貨七~八枚な事を考えれば、その破格な稼ぎが分かるというものだ。
だが、世の中、上には上がある。
「キリ良く金貨二十枚でどうかな? 和食の板前も一人つけてよ。金貨十枚出すから」
合計金貨三十枚。
この廓の純利益十日分だった。
派遣先は王宮、雇い主は王女。これ以上無い安全安心な職場である。
頭の中で算盤を弾いていたバンリは、降参とまでに両手を挙げた。
「参ったね。仕方無い。調味料や食材の融通込みで金貨三十枚。よろしいかぇ?」
「うんっ♪」
廓としては金になるなら何でも良い。どうせ本国に送る純利益だ。増えるのは大歓迎である。
ストレートに金子で話をつけた小人さん。
郷に入れば郷にしたがえ。小人さん印の御菓子や蜂蜜で、月額金貨百枚ほど稼ぐ彼女には大した金額ではなかった。
さらには王女としてつく公費もあり、日常、贅沢を知らない小人さんの懐は、いつも暖かいのである。
質素倹約で溜め込む日本人は、ここぞというときにケチらない。
和食、ゲットだぜっ!!
どこぞのゲームの宝石のように、不思議な小躍りをしつつ帰宅する小人さん。
MPを吸われた訳でもないのに、がっくりと気力を奪われる騎士団の面々。
ぴょこぴょこと盆踊りを披露しながら、今日も小人さんは元気です♪
あああ、あと少しなのにっ:::
加筆修正あと残り三話だけど、書きたくて指が震える:::
もう終わりそうだし良いよね、続き書いてもっ:::
元が粗筋書きにチョイ書き加えたような物語だったので、真っ当に書き起こそうとしたら、えらい事に..... たぶん、1.5倍にはなるかと。
SS入れたら、どのくらいになるのか。まあ、担当様に丸投げするんですがww
あー、スッキリした。加筆修正も後少しだし、まったりやろう。
既読マークにお星様ひとつ、楽しんで頂けたら、もひとつ下さい♪
(*´▽`*)




