隣国の森と小人さん ~とおっ~
フラウワーズ巡礼編最終話です。
「よし、んじゃ、帰ろうか」
ひとしきり観光し、皆にお土産も買い込み、小人さんは御満悦な顔で馬車に乗り込んだ。
道具と技術の国と言われるだけあって、フラウワーズには色々な物があふれており、細かい細工の工芸品には、一際眼を見張る物がある。
「素晴らしい品々でしたね。陶器にガラスを埋め込んで模様を描くとか。この工房が私は気に入りました」
満面の笑みのドルフェン。横でアドリスも頷いていた。
「機械細工のハープとか、楽器も凄かったですよ。単調だけど、技量に左右されず音楽を奏でるとか。発想が凄いですよね」
人力で回す仕掛けではあるが、音楽の心得がない者でも使える道具に、アドリスは興味津々だった。
地球世界で言えばオルゴールと同じ原理だ。指定された弦を機械が爪弾く。
人の感性による強弱とかがないため、単調な曲しか演奏出来ないが、全く弾けない人からすれば、驚く仕掛けだ。
「ランプのフードとかも綺麗だったね。至るところに凝った遊び心があって、面白い街だったわ」
街灯の下に隠れるネズミや蝶々のモチーフ。街に置かれた植物を植えるテラコッタなども複雑な紋様を入れた物が多く、小人さんはあらゆるところに眼を引かれた。
ひさしの影から、こちらを見つめる猫の彫り物や、欄干一面の透かし彫り。
いかにも楽しんでます的な、街中に散りばめられた遊び心は、日本の感性と通じるモノがあって、とても小人さんを楽しませてくれた。
「道の煉瓦にまで蛙や兎が隠れてましたしね。あれは驚きました。近くでは分からないのに、遠目になったら、ハッキリ分かりましたし、街の人の自慢気な顔も頷けます」
地球で言う、トリックアート。
あれにはフロンティア一行、全員が驚いていた。来る時は何の変哲もない階段と道だったのに、しばらく行った辺りで、年配の女性に声をかけられたのだ。
「余所から来たのかい? なら後ろを振り返ってみな」
ニコニコと笑う女性の言う通り振り返ったフロンティア一行。
そこに浮かび上がっていたのは、お喋りするかのように向かい合う、蛙と兎の姿だった。
道と階段は勿論、接続する家屋の近辺にも計算しつくされたように足や尻尾が描かれている。
唖然として立ち尽くすフロンティア一行に、とても満足気だった女性の顔は、未だ忘れられない。
過ぎ行く街を名残惜しそうに見つめながら、小人さんは、ちこっとノスタルジックな気持ちになる。
フロンティアの王都は完成されたヨーロッパ調。外国のそれな感じで、人々も安定した穏やかな雰囲気に満たされていた。
しかし、こちらは発展途上な欧州の雰囲気で、活気と好奇心が満ち溢れている。
面白そうなモノに何でも手を出して楽しむ。そんな遊び心満載な彼等の姿は、かつて小人さんが暮らしていた日本の姿に似ていて、何か懐かしい。
「また来ようね、皆でさ」
無邪気に笑う小人さんの言葉に、アドリスとドルフェンも笑顔で頷いた。
しかしその頃、フラウワーズ王都では良からぬ密談が交わされている。
「魔法が復活するならば、王都であるべきだろう? 何故、あんな辺境に?」
「主の森が必要なのだとか。森に棲まう主が魔力の根元で、それが健やかであれば周辺に魔力を満たしてくれると言う話だ」
「あんなケダモノらに、そんな力があるのか?」
「あるからこそ、辺境に緑が復活したのだろう? 現実を見ろ。事実、主の森を大切にしているフロンティアは魔法を失わずに豊かではないか」
「.....うぬぬ」
今までも周辺国に、フロンティアは散々警告していた。森を大切にしろと。
長い歴史の中で叫ばれてきたフロンティアの言葉を、周辺国は一蹴する。
技術開発の進まぬフロンティアの世迷い言なのだと。
フロンティアのように森の主らと懇意でない周辺国は、伝説が残されていても、その意味を正しく理解していなかったのだ。
金色の王が生まれるフロンティアでも、森とその主の関係は正しく理解していたが、その詳しい仕組みまでは理解していなかった。
今代が現代知識を持つ千尋だったからこそ、その成り立ちや仕組みを理解出来ただけ。
だから、森とその主が魔力の供給源であり、それを失うと魔法が使えなくなると言う事実を、フロンティアですら、周辺国が実際に使えなくなるまで、分かっていなかった。
主を殺し、森を切り開いて街にした周辺国は、徐々に魔力を失い魔法が使えなくなる。
百年近く時間をかけて失われたそれが、森を潰したせいなのだと関連づける者はいなかった。
フロンティア以外は。
周辺国が魔法を失うに至って、ようやくフロンティアも事態を把握する。
そして沈黙したのだ。
すでに森も主も失われた今の状態では、説明しても意味はない。
むしろ説明する事で、要らぬ嫉妬や猜疑心が生まれるだろう。
当時、フロンティアは森を大切にするよう声をかけた。森の主から、豊かな大地は森の魔力がないと枯れると聞いていたからだ。
なのに周辺国はそれを信じず、根拠のない出任せだと、森の主にまつわる話や史実を隠蔽する。
ここから森の主に関する情報が意図的に消されていったのだ。無論、口伝的なモノまでは隠せないが。
技術発展に足並みを揃えていた周辺国は、それを否定するフロンティアを忌々しく思っており、フロンティアの警告は、却って嫌がらせのように取られ、誰にも相手にされなかった。
金色の王の巡礼すらもさせてもらえず、金色の環は壊され、瞬く間に世界から魔法は失われた。
金色の王の巡礼だけでも為す事が出来たなら、ここまで世界が荒れる事はなかっただろう。
しかし、人間とはしぶとい生き物である。
地球と同じように、普通に生きて行けば良い。ただ、それをするには、少々過酷な土地と言うだけだ。
何故にアルカディアが魔力に満たされていたか。
それは神々による配剤である。
生き物が棲まうには、アルカディアと言う世界は過酷すぎた。
地表の半分は砂漠と荒野。海も狭く、水にも乏しい。そんな無慈悲な土地にも生命は誕生した。
その小さな生き物達を神々は愛おしそうに見守っていた。
しかし時間が流れ、人類が生まれた時、神々は思ったのだ。
このままでは、この小さき者らは生きてゆけないと。
乾いた大地に芽吹いた細やかな命達。
そして幼い人類を導くべく、人類より前から存在した命達に知恵と魔力を与えた。
それが後に主と呼ばれる魔物達の初代である。
蜂、蛙、他何種類かの長く生きた者らは、神々から与えられた知恵と魔力を使って魔物となり、大地を潤していく。
砂漠や荒野に湖や森を作り、大地を緑で満たし、人類達を守るため住み良い環境を作った。
こうしてそれぞれの場所に、魔物のテリトリーが出来上がっていったのだ。
神々の魔力を使う事を許された彼等は、金色の魔力を使い、いとけない人類に、少しずつ魔法の使い方も教えていく。
魔力に満たされた大地で暮らす人類にも、魔力が生まれ魔法が使えた。
神々の魔力とは別系統だが、根元は同じ。
言葉を交わせぬ人類のために、蜂は神々の知識から文字を考案し、人類に教えた。
こうして蜂と人類は意思の疎通が可能となる。
蜂の考案した文字は、他の魔物にも伝わり、他の主達のテリトリーにいる人間らも意思の疎通がはかられる。
結果、アルカディアの言語や文字は世界共通となった。
言語も文字も、元々は神々から頂いた知識にあるモノを主らが使い、さらにそれを人間用に作り変えて与えただけ。
当然の結果である。
そんなこんなで、豊かな世界となったアルカディアに、人類は国を作り、人々は栄えた。
......今は昔の話だが。
人類が発展し、知恵をつけるのと反比例して、主らとの溝は深まり交流が薄れた。
活性化した大地に多くの魔物や獣が蔓延り、人々を襲うようになったのも原因の一端だったのだろう。
主らから見れば、たんなる弱肉強食。弱き者が強き者の糧となるのは当たり前だった。
主らが神々から受けた使命は、生き物が棲める豊かな大地の維持である。結果としてそれが人類を守る事にも通じる。
だが、感情の生き物である人間は、そうは思わない。彼等が疑惑の芽を生み出すのは簡単だった。
なぜ人を護ってくれない? なぜ魔物を倒してくれない? 主達は人間の味方ではないのか? なぜ? なぜ?
芽吹いた疑惑の芽は瞬く間にワサワサと枝葉をつけ、めきめきと音をたてて大きな大樹に成長する。
主らが事態に気づいた時はすでに遅く、人々の心は森から離れていった。
主らを訪れる事もなくなり、むしろあからさまに避けるようになる。
主が知性ある規格外な魔物な事だけが伝わり、誰もが森を忌避した。
それから数千年。
人類との交流が廃れた主側も幾度か世代交代が行われ、人間達と主らの間には何の関係も残されてはいなかった。
ただ一つ。フロンティアのクイーンの歴史を継ぐ者以外は。
原初の魔物であるクイーンの一族は、歴史を記す語り部の一族でもある。
代々の記憶を継承し、忘れると言う事が出来ない生き物でもあった。
忘れられないというのは恐ろしいものである。
まるで昨日の事のように記憶が甦り、我が子のごとく愛おしんできた人間達に、まるで唾棄するかのような眼差しを向けられた瞬間を、何度でも思い出してしまう。
その度に、ほたほたと涙を流すクイーンを見かねて、神々はある人物を差し向けた。
それは五歳にもならない幼子。
「久しぶりっ、元気にしてた??」
いきなり現れた幼子にクイーンは眼を丸くする。
しかし、金髪金眼のその子には見覚えがあった。
数千年前。クイーンの森の近くに初めて出来た村。そこの初代村長となった若者にそっくりである。
その村はクイーンを恐れて遠方に移動してしまったが。
《サファード?》
「覚えててくれたんだ? 嬉しいな」
言葉が交わせる??
以前は筆談しか出来なかったのに。
奇跡の邂逅に、信じられない面持ちを隠せぬクイーンを、幼子は無邪気に見つめた。
「神々が心配してたぞ。んで、俺が遣わされたんだ」
にかっと破顔し、幼子は語る。
いわく、神々は常に人々を見守っていた。
クイーンとて例外ではない。神々にとってはクイーンも大切な小さき命。
その可愛い生き物が、謂われもなく嫌われ恐れられ、孤独に泣いている。
クイーンが記憶を継承する語り部なのは、神々がそうしたせいだ。
同じ過ちを踏まぬよう、原初の魔物に与えた能力。それがクイーンを苦しめている。
なれば、救うのも神々の務め。
クイーンが嘆かずに済むように、神々の魔力を持った人間を授けよう。
どうせなら、クイーンと親しく理解ある人間を。あとは人の倣いにまかせよう。
そうして遣わされたのがサファードだった。
クイーンから言葉や文字を教わり、世界の理や魔法を教わり、老衰し事切れる瞬間までクイーンと共にあった最初の人間。
《また、共に?》
「ああ、クイーンが寂しくないように、ここにでっかい国を作ってやる。任せろっ!」
昔と変わらぬ笑顔。
ああ、そうだ。楽しい思い出も沢山あった。確かにあったのだ。
微笑むクイーンと顔を見合わせ、笑う幼子。
この彼こそが初代フロンティア国王、金色の王である。
クイーンと力を併せて豊かな国を作った彼は、次代に国王の座を譲り、同じく次代にクイーンの座を譲った主と共に世界を巡った。
すでに歴史の彼方へ忘れ去られていたクイーンの記憶を、他の地の主らへと伝えるために。
神々と繋がる主達にも金色の王と呼ばれるサファードが、同じように神々と繋がる者だと理解出来た。
そして盟約を結ぶ。
神々に連なる者として、命ある限り共にあらんと。
魔力の交換による盟約は偶然だった。
魔力を交換すれば、御互いを常に感じられる。単なる気休めの約束事に近いモノだった。
それが奇跡を起こしたのは、訪ね歩いた主らをグルリと一周した瞬間。
金色の魔力が環となり、耳触りの良い共鳴が世界に響き渡る。
まるで祝福されるかのように心地好い調。
惚ける二人に光が差し、それはあたかも宗教画のワンシーンに見えた。
「凄いな、まるで神々から祝福されているみたいだ」
《本当にされているのかもしれませんよ?》
顔を見合わせた二人は、どちらからともなく声をあげて笑った。
奇跡の出来事。
サファードは、この事を歴史に記さない。これは神々によって遣わされた自分だからこそ起きたのだと思ったからだ。
後々、変な解釈をされないよう、サファードは、この事実を墓まで持っていく。
しかし、この後もサファードの血をひく金色の王がフロンティアに生まれ、クイーンらと関係を持つ事。
その子らが、世界に旅立ったサファードに倣い、各地の主へ巡礼を行うなどと、この時の彼には想像する事も出来なかった。
「こんな事になるなら、書き残しておくんだったぁーっ!!」
などと、神々の元で絶叫するサファードがいたとか、いないとか。
まあ結果として、主らの恩恵を忘れた人類が絶体絶命に陥る事は回避された。
主を失えば、緑の大地が砂漠や荒野に逆戻りする。
それを間際で食い止めたフロンティアの存在。さらには金色の王の存在。
ようやく人間は、自分達が何に生かされているのか気づき始めた。
救ったり救われたり、忘れたり忘れられたり。思い出して、はっとして、人間は右往左往とウロウロする。
そんな人間を掌で愛でて、神々は何を思うのだろう。
しかし、神々の掌の中でも、わちゃわちゃ走り回る小人さん。
いずれ掌から飛び出しそうなほど、今日も小人さんは元気です♪
はい、ここで一旦完結します。入稿用の原稿が煮詰まってきたので、ちとそちら優先で。
また、禁断症状が起きたら舞い戻りますww
楽しかった♪ 次回をお楽しみに。
美袋和仁。




