隣国の森と小人さん ~ここのつめ~
小人さんの周りにはトラブルが付きまといますww
「なんで、こうなった?」
小人さんは目の前の状況に、じっとりと眼を座らせる。
「そっ... それは、こちらの台詞だっ!!」
今まで何度となく呟いてきた台詞に、思いっきり過剰反応が返ってきた。
小人さんの前には一人の少年。いや、青年か?
年の頃は十五~六の男の子が立っている。その後ろには見知ったフラウワーズ騎士団の面々。
全員、汗まみれで、脚は笑っているわ、肩で息をしているわ、まるで全力疾走してきたかのような不思議な出で立ちである。
首を傾げる小人さんを忌々しそうに睨めつけ、彼は薄い水色の髪を振り乱して叫んだ。
「何故、王都に来ないっ? なんで、こんな辺境まで私が馬を走らせて来なくてはならないのだっ!!」
......説明、ありがとう。主語と自己紹介が抜けてるがね。
どうやら目の前の御仁は、王都とやらから馬を一晩中走らせて、此処まで来たらしい。
知るかよ、そんなん。アタシには関係なかろうも。
むしろ、こんな朝早くから宿屋のおばちゃん叩き起こすなよ、まだ空が白んできたあたりじゃないか。傍迷惑な。
小人さん達が立っているのは辺境の街の宿屋前。
前日に農村を出立したフロンティア一行は、日暮れ前にこのスファーナの街につき、日程通り宿屋で一泊したのだ。
今日一日観光して、明日の昼にフロンティアへ帰国する予定だった。
なのに、まだ夜も明けきらぬ今、宿屋のおばちゃんに起こされて、ここに立っている。
眠気も手伝い、不機嫌な顔のまま、幼女は呟いた。
「説明してないの?」
男の子の後ろに立つガリウスら、フラウワーズ騎士団一行に、小人さんは、ジロリと剣呑な眼差しを向ける。
それに眼を泳がせつつ、ガリウスがしどろもどろに答えた。
「いやっ.....その、説明はしたのですが。......どうしても、姫君から話をうかがいたいと」
「当たり前だっ、魔法が復活するかも知れぬのだろう?! 一大事ではないかっ、何故、コイツを城に連れてこぬのだっ!!」
コイツ?
フロンティア一行から、ぶわりと怒気が迸る。すがめられた眼には鋭利な光が浮かび、一瞬にして一触即発な空気が辺りに満たされた。
チャキっと複数の剣の鍔が鳴る。
それに気づいたガリウスが、慌てて男の子とフロンティア騎士団の間に滑り込んだ。
「お待ちをっ! 申し訳ございませんっ、王子は、まだ詳しい話を御存知ないのですっ!! 御無礼を口にしたことは深く謝罪致しますゆえ、なにとぞっ」
土下座せんばかりの剣幕で平謝りなガリウス。それに眼をしぱたたかせ、意味が分からないと顔全面で語る王子とやら。
はあっと天を仰ぎ、仕方無く小人さんから挨拶をする。
「御初におめもじ致します。フロンティア王女、チィヒーロ・ラ・ジョルジェと申します、よしなに」
見事なカーテシーを決めて、無表情で挨拶する幼子に、王子とやらは眼を見開き、ガリウスを二度見した。
「王女殿下? え? なんで?? このみすぼらしい格好な子供がっ??」
次の瞬間、フロンティア騎士団一行の口角が揃って残忍に捲り上がる。
そしてガリウスが止める間もなく、彼等は一気に間合いを詰め、王子の周辺に刃を乱立させた。
脇に、喉に、足元に。あらゆる場所へピタリと這わされた剣に息を呑み、思わず王子の口から、ひゅっと音が鳴る。
「チヒロ様に対して、無礼の数々。ここまで軽んじられるとは。フロンティアも舐められたものですな」
ギロリと眼球のみを動かして、ガリウスを睨むドルフェン。
あわあわと言葉もないフラウワーズ騎士団。
人数は倍以上優位なれど、フロンティア騎士団が魔法を使える事を知るフラウワーズの騎士達は、動くに動けない。
しかも明らかに非は王子にある。
他国の王族をあからさまに侮辱するなど、その場で宣戦布告したも同じだ。
今にも破裂しかねない憤怒をはらむフロンティア騎士団を、まるで突っつくかのように、暢気な声が下から聞こえた。
「そのへんにしといてあげなよ、大人気ない。たかが子供の軽口じゃないの」
「.....チヒロ様」
貴女が、それを言いますか?
思わず瞳に浮かぶ異口同音。声には出していないが、眼は口ほどにモノを言う。
にかっと笑う幼女に毒気を抜かれ、不承不承のていを隠しもせずに、フロンティア一行は剣を納める。
しかし、その眼に宿る怒りはおさまらず、未だにブスブスと炎が燻っていた。
呆気に取られて微動だに出来ない王子だったが、ガリウスに脇腹を肘で突っつかれ、はたっと我に返る。
そして、見聞きした現状を理解し、急いで頭を下げた。
「知らぬこととはいえ、大変失礼いたしました。私はフラウワーズ国王が次男、マルチェロ・ド・フラウワーズでございます。お見知りおきを」
小人さんは、ふくりと眼を細め、マルチェロ王子を宿屋の自室に招いた。
「魔法が復活するかもしれないとの報告を受け、王宮は大変な騒ぎになりまして.....」
そう前置きして、マルチェロは経緯を説明する。
昨日の昼、小人さん達がこの街へ出立した後、すぐに早馬の知らせがフラウワーズの王宮に届けられたのだと言う。
森の主が復活し、荒野に緑が甦り、いずれ魔法がつかえるようになるとの知らせは、王宮を大混乱に陥れた。
詳しい事情を知りたくても、フロンティア使節団は辺境数ヶ所を回って帰国する予定である。
王都に招いたが、予定の変更は出来ないと断られたと聞き、急遽、マルチェロ王子が早馬を飛ばして追ってきたとのことだ。
説明を聞いて、小人さんはウンザリと天井を仰いだ。
「詳しくも何も、報告にあったままですよ、たぶん。クイーン・メルダの助力で、キング・モルトの森が甦った。結果、大地が魔力に満たされ緑の息吹きを呼び寄せた。それだけです」
淡々と話す幼子に、マルチェロは少し思案気な顔をする。
「その.... それは別の場所へ移したりとかは出来ないのでしょうか? こんな辺境ではなく、王都にとか」
言い辛そうに言葉を紡ぐ王子に、フロンティア一行は一瞬瞠目したが、次には、ああ、とばかりに生温い笑みを浮かべ、気の毒そうにマルチェロを見た。
その眼差しに含まれる憐びんに気づかず、小人さんを真っ直ぐ見つめる王子。
「王都の周りに森はあるのですか?」
「は? えっと....多少なら?」
「では無理です。少なくとも荒野の森くらいの広さはないと森の主は棲めません」
「そんな.....」
愕然とするマルチェロ。
フロンティアであれば常識だ。
主の棲まう森に手を出してはならない。
彼等の棲む森は一つの都市ほどの広さがある。その広さが必要なのだ。
メルダの森だけで、王都とその周辺をカバーし、膨大な魔力を放出する。森の広さ=魔力の伝わる範囲だ。
森が広ければ広いほど広範囲に魔力を満たせる。ようは蛇口の大きさなのだ。
無理やり小さな森に主を閉じ込めても意味はない。それを彼等は知らないのだろう。
小人さんはかいつまんで、それらを説明した。幼女の説明を聞いたフラウワーズの面々は、再び絶望的な顔で、揃って俯く。
「そういう訳なので、わたくしに力を貸せることは何もないのです。国王陛下にも、そのように御伝えくださいませ」
苦笑する幼女に返す言葉もない。
意気消沈し、マルチェロ王子とフラウワーズ騎士団は、トボトボ宿屋をあとにした。
「まったく.... 虫の良いことを」
苦虫を噛み潰したような顔で、ドルフェンが吐き捨てる。
「仕方無いよ。一縷の望みを持っちゃったんでしょ。ここで出来たなら、王都でも出来るんじゃないかって」
気持ちは分からなくはない。誰だって夢は見るものだ。叶うか叶わないかは別にして。
諦めなければ夢は叶うんだけどね。
小人さんは人の悪い笑みを浮かべる。
前世の世界がそうだった。
諦めない人々の努力は無駄にはならず、後の子弟らに伝えられ、何世代もかけて叶えられた夢もある。
近代科学による砂漠の緑化や、中世後半にも、たった一人で荒野に大きな森を作った老人の話とか。
絵本にもなった有名な話だ。実際に出来るのだと幼女は知っていた。
それを教えてやるほど親切じゃないけどね。足掻け、若者よ。
失ったモノの大きさに気づき、努力が出来るのならば夢は叶うだろう。彼等が努力をするのなら、手を貸しても良い。
ニヤリと悪い笑みを浮かべ、小人さんはフロンティア一行に向き直った。
「今日は観光するよっ、美味しい御飯を食べようねっ」
両手を振り上げ叫ぶ小人さんに、満面の笑みで騎士団が頷く。
その日、小人さんは、まったりと街を観光した。
フロンティアの一行は慣れたもので、それぞれ私服に着替え、剣も携帯せず、着の身着のままな格好で歩いている。
ドルフェン率いる小人さんの護衛らは、選りすぐりの騎士達だった。
貴族でもある彼等の本領は魔法。
勿論、騎士団に所属する以上、武器の鍛練にも怠りはないが、こうして丸腰で歩いていても問題無いほどの魔力と技量を持っている。
身軽な私服姿の彼等に、訝るような眼差しを向けるフラウワーズの騎士達。
それをしれっと一瞥し、フロンティア一行は幼女に付き従う。
小人さんが目立たないことを望むのなら、それをかなえ、なおかつ過不足なく護衛する。
そんな無茶ぶりを実現させる強者らの集まりだったが、今の小人さんは、それを知らない。
優しい強者らに守られて、今日も小人さんは元気です♪
モルトの森から大騒動になったようです。まあ、なるようにしか、なりませんがねww
既読マークにお星様ひとつ、楽しんでいただけたら、もひとつ下さい♪
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