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隣国の森と小人さん ~むっつめ~

フラウワーズの森で、小人さんは真実の一端に手をかけます。

この世界でやれる事を確信し、小人さんの冒険がはじまります。


「おおおおっ」


 フロンティア一行は村長宅に招待され、騎士らは五人ずつ二部屋、千尋はドルフェンとアドリス二人と同室になった。


 もっと大人数を予想していた村は、拓けた空き地を用意して、主要な人々以外はそこでテントを張って貰おうと思っていたらしい。


 だが実際に来たのは予想の半分以下。


 気合いを入れて歓迎しようとしていた村人らは、良い意味で力が抜け、料理も質が上がったみたいだ。

 ずらりと並ぶ美味しそうな御飯。

 煮物、焼き物、サラダにパスタ。素朴なペペロンチーノ風から、定番のトマトソース。

 農耕地ゆえだろう。パンやパスタが豊富である。

 山と積まれたパスタを取り分けてもらっていた千尋は、ふと、あるパスタに眼が吸い寄せられた。


 薄いクリーム色のソースがかかったパスタ。細かい肉片はベーコンだろうか。

 けっこう高価なはずだ。随分と奮発してくれたらしい。


「アドリス、あれっ、あのパスタお願いっ」

「お? クリームソースか。変わった色してるな」


 ほんのり黄味がかったパスタを小皿にとり、少しの温野菜を彩り良く添えて、アドリスは幼女に渡す。


 これは、まさか.....っ


 千尋はフォークを回してたっぷりと麺を取り、あーんと大きな口を空けて食べた。

 周囲の大人が何人かつられて口を空けてしまい、慌てて閉じているのが面白い。

 もっしゃもっしゃと食べて、思わず千尋は足を踏み鳴らした。床に足がついていないので、まるで自転車を空漕ぎしているような風が可愛らしい。


「うっまぁ~っ、カルボナーラだ、これっ」


 数あるパスタの中でも二番目に好きなパスタである。食べたくても作り方が分からず諦めていたパスタだった。

 ちなみに一番好きなのはナポリタン。

 中身、日本人な千尋は食材を無駄にするのが嫌いだ。何度かカルボナーラ作りに挑戦したことはあるが、結果は惨憺たるもの。

 材料は分かるのだが、調理法が分からない。

 何度やっても卵が固まり、粒々が残るカルボナーラもどきを食べるのが嫌になって、製作を断念した。


 あなた様に、こんな所で逢えようとはっっ


 感無量でがっつく小人さんだったが、ふと物足りない感に襲われた。


 なめらかで艶々なクリームソース。

 間違いなくカルボナーラだ。でも、何か変。なんだろう?


 首を傾げて思案する千尋の視界に、肉塊を焼いた天板が入った。

 各種ハーブと塩胡椒。肉の周囲には芋や人参など彩り良い野菜が敷き詰められている。

 ロースト肉らしいそれを見ていて、はっと小人さんの頭が閃いた。


「胡椒だっ、アドリス、黒胡椒ちょうだいっ」


 差し出された小さな手に、アドリスが慌てて胡椒を手渡す。

 受け取った胡椒を専用のミルでガリガリと削って振りかけ、改めて千尋はパスタを口にした。


「んんん~っ、これだよ、これっ、んっまぁーいっ」


 甘味のある濃厚なソースに、ぴりりと利いた胡椒の風味。

 これぞ真正カルボナーラ。


 ガツガツ食べる幼女を見て、村人も顔を見合わせる。

 胡椒は高価な物だ。手が届かないほど高くはないが、普段の食事にバンバン使えるモノではない。

 だからパスタに使うなど考えたこともなかったが。

 御客様が来られたということで、テーブルには調味料が用意されていた。もちろん胡椒も。


 試すなら今がチャンス。


 村人達も、こぞってカルボナーラを皿に取り、幼女の真似をして軽く胡椒を振る。

 それを口にして、全員絶句。

 顔を見合せて眼を見開き、あっという間に小皿のカルボナーラを食べ終えた。


「うまい....なんだ、これ?」

「何時もと全然風味が違う」

「いや、まいったね」


 口々に感嘆の溜め息をもらす村人らに、幼女は無邪気に話しかける。


「ねぇねぇ、カルボナーラの作り方教えて?」


 キラキラした眼差しの大きな瞳に見つめられ、一も二もなく村人らは頷いた。

 だけど少し困ったかのように眉を寄せる。


「あの.... かるぼなぁらとは?」


 はい?


「このパスタの名前だけど..... 違う?」


 恐る恐る上目遣いで見上げられ、村人らは揃って首を振った。超高速で。


「いえっ、かるぼなぁらですっ」

「そうです、かるぼなぁらですっ」

「今日から、コイツは、かるぼなぁらですっ」


 ぶっはっ!!


 テーブルを囲む人々が、一斉に噴き出した。

 騎士も村人も、大きく肩を揺らし、げたげたと笑う。


 千尋には何が起きたのか分からない。


 きょんと惚ける小人さんを抱き上げ、アドリスがクスクスと幼女の頭を撫でた。


「フラウワーズで初の命名だな。このパスタは有名になるだろう」


 含み笑いの止まらないアドリスに尋ねたところ、農村などの料理には名前がないのだそうだ。

 トマトのパスタ、オイルのパスタなど、関連するモノそのもので呼ぶ。

 たまに来た貴人が、気に入った料理に名付けなどをする事もあり、今回のがそれにあたるのだとか。


 知らず、小人さんは、最高の栄誉を村人達に与えたのだった。


《フロンティア王女殿下のお気に入り料理、かるぼなぁら》


 これがフラウワーズを席巻するのは、しばし後の話である。


 そして小人さんは思う。


 イントネーション違くね?


 何処までも明後日な方向に進む小人さんだった。





「ここが国境の森かぁ」


 王都の森と違い、なんかこう、寂れた森である。

 荒野に存在するせいだろうか? 閑散とした森からは鳥の声すら聞こえない。

 乾いた空気が吹き抜け、森周辺の草原はほぼ枯れている感じだ。


「ふむ。行こうか」

「はい」


 衒いもなく進もうとするフロンティア一行に、狼狽えたフラウワーズ騎士団の声が聞こえる。


「危険です、この広い森の中には、多くの魔物や獣が巣食っているのですっ」


 慌てるガイウスを振り返り、幼女はにかっと笑った。


「招待受けてるから。大丈夫」

「招待??」


 惚けるフラウワーズ騎士団を置き去りにして、千尋は小さな手を振りながら森の中へと消えていった。

 その遥か上空に旋回する黒い物体に、フラウワーズ騎士団の面々は気づきもしない。


「これを渡したら良いのよね」


 千尋はいつもの斜めがけ鞄を軽く叩いた。

 中にはメルダから預かった蜜蝋の箱が入っている。

 子供蜜蜂らとともに、この森を守る守護神だ。


 サクサクと乾いた音をたてる下草を踏みしめながら、千尋は森の中も樹木が痩せてスカスカだと気がついく。


 全体的に生気が弱い。これが魔力を失いかかっている森か。酷いなぁ。


 生気が濃く、緑豊かな深い森を知っているだけに、千尋はいたたまれない。


 ぎゅっと服の胸元を握りしめた彼女の耳に、ふと涼やかな声が聞こえた。


《金色の王か?》


「そうっ....だと思う」


 主のテリトリーに入ったのだろう。メルダと同じように、直接頭に響いてくる。


《クイーンから聞いた。本当に.... 有難い》


 そういうと、大きな地響きがして、いきなり地面が割れた。

 真っ青な顔でドルフェンが千尋を抱き上げ、瞬時に戦闘態勢になる騎士らを小人さんが止める。

 そんな小人さんの目の前に大きな水柱が立ち、その中に巨大な影が見えた。


 ズルリと中から出てきたのは殿様蛙。繊細な斑模様と朱の差し色が綺麗な蛙だった。

 ただ、そのサイズは軽く二メートルを越え、メルダよりもかなり大きい。


《御初に御目もじいたす。我の名はモルト。キング・モルトと呼ばれておる。王におかれましては御機嫌麗しゅう》


 ダジャレかよ。キングて......


 唖然と見上げるフロンティア一行を見下ろし、モルトは、うっそりと微笑んだ。

 

《預かり物を頂けるかな?》


 言われて千尋はクイーンから預かった箱を鞄から取り出す。

 その中には真っ白なクリームと、もそもぞ動く小さな芋虫。次代のクイーンとなる幼虫だった。

 クリームの正体はローヤルゼリー。


 おずおずと差し出すと、上空で旋回していた巨大蜜蜂が降りてきて、蜜蝋の箱を受け取り、森の奥へと飛び去っていく。

 蜜蜂達を見送り、モルトは何度も大きく頷いた。


《あれらに任せておけば恙無く預かり物は育とう。助かった。かたじけない》


「盟約しよう? ここは乾いていて哀しいよ」


《是非に。新たな王にまみえようとは。このまま、ゆるゆる朽ち果てるモノとばかり思うておりました》


 巨大な殿様蛙はペタリと大地に張りつき、その頭を千尋の前に無防備に差し出す。

 差し出された頭に触れて、幼女は思い切り魔力を放出した。

 森全体をおおうように噴き出した無数の帯が、金色に輝きながら光の雨を降らせる。

 遠目からも分かるほど森は発光して煌めき、その光が収まった時、モルトの左目が金色に変貌していた。


 いや、モルトだけではない。


 森そのものも変貌し、深い緑が瑞々しさを取り戻している。


《おおおおおぉぉっ》


 まるで嗚咽のような慟哭が殿様蛙の口から迸った。

 大きな目玉から、ほたほたとこぼれる涙。瞬く間に大地に染みいり、そこから更に緑が萌える。


《.....力がみなぎる。大地の息吹を喚べる。なんと懐かしい心地か。魔力に満たされる。幾久しく忘れておったわ》


 これが、途が繋がると言うことか。


 千尋が途を繋げたことで、金色の魔力を伝いフロンティアから奔流のように魔力が押し寄せていた。

 生気に飢えていた国境の森は、際限一杯まで魔力を吸い込み、森が忘れかけていた大地の息吹を思い出す。


《有り難う存ずる。我は魂の一片まで、そなたに殉ずると誓おう。そなたの命が尽きるまで》


 歓喜に打ち奮える殿様蛙。


 千尋は、何となく分かった気がした。


 金色の王とは繋げる者なのだ。ただ、それだけ。配管みたいな物。


 この世界の大地は魔力による息吹を持っている。それを調節して大地に拡散しているのが主の森。蛇口だろう。

 それが正しく機能していれば、世界は豊かでいられる。


 しかし人類は少々歪んでしまった。


 世界の理を忘れて、要らぬ苦労を背負い込んでしまった。


 それを復活させられるのが金色の魔力なのだろう。つまり配管工。

 

 人と魔物と大地を繋げる。人の手が及ぶ限り、繰り返される自浄力。


 及ばなくなれば、魔法世界は終わり、新たな進化を求められるのだろう。

 ただ、それは人を守ろうと森に棲まう主達をも道連れにする。


 ああ、だからメルダは時々暗い顔をしていたんだ。いまさらだが彼女の葛藤が理解出来る。


 千尋が家庭教師から習った限りでは、人類が歴史を刻み始めた時、すでに森は存在していた。

 人と一線を引きながらも共生してきた森の主達。魔力というライフラインの守り手。

 見捨てるは容易い。森が枯れるに任せて移動する事だって出来たはずだ。

 だが、彼等は殺されようとも森を離れなかった。森を.... 人を見捨てる事が出来なかった。

 命果てる、その瞬間まで森を守ろうとした。


 モルトだってそうだ。ここを放棄して逃げることだって出来たのに、荒らされるに耐えて耐えて、それでも何とか森を守ろうと、人々を守ろうと、クイーンにSOSをした。

 そしてクイーンも、それに応えた。


 なんて優しい生き物なんだろう。


 これを守れるなら。優しい彼等の一助にでもなれるのなら。やれるだけ繋げてやろうじゃないの。


 挑戦的に空を見上げ、小人さんは、いくつあるのか分からない森を、繋ぎまくってやろうと心に決めた。


 ここに正しく金色の魔力を持つ王が誕生する。


 金色の王改め、配管工、相模千尋。


 どこぞのゲームの兄弟よろしく、金色の魔力という配管を担いで、世界を駆け巡る小人さんの冒険が今始まる。

 

 はいっ、フラウワーズの森の主は蛙でした。ワニは蛙が好きです。可愛くて愛くるしいと思います。異論は認めます。

 好きずきがありますからね。


既読マークにお星様ひとつ、楽しんでいただけたら、もひとつ下さい♪

      (*⌒∇⌒*)

 

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― 新着の感想 ―
ワニさんや 涙をチョチョきらせながら読んでますニコニコ笑顔でポロポロ涙。(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`) チヒロが愛おしくてね。
かえる様 素敵です! わたしもケロリスト♥️なので 思わず感想欄にコメントしてしまいました。 今後も楽しく読ませて頂きます。
かるぼなぁら食べた時に「マンマミーア!」と叫ばなくて良かったw
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