隣国の森と小人さん ~よっつめ~
新たな土地、新たな発見。小人さんに悪夢が襲います。良い意味でww
「おー♪」
木組みで作られた木工の灯籠に木の木目を強調した自然木の引き戸。まるで純日本家屋にある扉のようだ。
木の格子の間には何もなく、店の中の様子が窺える。
そこから見えた料理の数々に小人さんの眼がギラリと輝いた。
アレは.....っ!!
思わず、千尋は眼を輝かせて扉に手をかけた。
すると困惑気な声がかかり、柔らかくて細い指が彼女の手を抑える。
振り返った千尋の視界には、先程のエキゾチック美女がいた。
「困るよ、御兄さん方。ここがどんな店か御存じだろう? お嬢ちゃんには縁のない御店さ。さあ、あちらにおいき」
美女は苦笑いしても美女だな。
苦笑する彼女を見つめる千尋を、慌ててドルフェンが抱き上げる。
「失礼した」
そう短く吐き捨て、踵を返すドルフェンを、小さな手がペチペチと叩いて止めた。
「チヒロ様?」
「ちひろ?」
「え?」
何故か、三つの疑問符がついた台詞が続く。ドルフェン、美女、幼女。
それぞれが困惑気に顔を見合わせた。
「ここは御飯処じゃないの?」
「....御飯も食べられるけど、御酒が主役の御店なのよ」
「..............」
そこで黙るなよ、ドルフェン。空気読め、こら。
幸い十数人の男所帯だ。子供が一匹紛れ込んでも大丈夫だろう。
にぱっと笑い、千尋はドルフェンに下ろすよう指示する。
如何にも渋々な顔で嫌々下ろすドルフェン。
「大人もいっぱいいるし、御酒オーケーだよっ、御飯くださいっ」
呆気にとられる美女も良い。
ニコニコ無邪気に笑う幼女の説得を諦め、美女は助けを求めるかのように周囲を見渡す。
だが、周囲のアドリスたちも、天を仰ぎ絶望的な顔をしていた。
ここにいる面々は知っている。
こと、食べ物が絡むと小人さんは止まらない。止められない。
下手に抑えようものなら、必ず隙をついて一人で爆走していく。
それくらいなら、眼の届く処で暴れてもらう方が良い。
彼等の無言が肯定を示していた。
「......嘘でしょう?」
どうしたものかと幼女を見つめる美女。
「指名できるなら、おねいさんが良いな、アタシ」
「は?」
「「「「「えっ?」」」」」
いきなりの言葉に顎を落とす人々。
話の端々で分かるさ。そういう、いかがわしい店なんだってことはね。
指名したってサービス受けるかどうかは御客しだいっしょ?
お金さえ払えば、話し相手だけでも構わないよね?
アレが食べられるなら、払いますともっ
千尋は小人さん印の御菓子販売を王宮で手広く行っている。けっこうな小金持ちなのだ。
にししと笑う小人さん。
女の子を指名して、お金を払うとなれば誰であろうと御客様だ。
無邪気な幼女に、意味深な笑みを浮かべ、美女はゆったりと店の扉を引いた。
「ようこそ御越しくださいました、万魔殿へ。わたくし、サクラと申します。以後よしなに」
途端に千尋の顔が凍りつく。
サクラ? 桜? この人、まさか?
促されるまま店に入ると、その天井近くには天然木を斜め切りにした一枚板のデカイ看板が掛かっていた。
右から読むタイプの看板には、炭のように黒々とした文字が筆で書かれている。万魔殿と。
漢字で。
唖然と看板を見上げる幼女。
それをサクラが静かに観察していた。
「接待は幾らだ?」
「本来であれば、一夜、大銀貨三枚なのですが.....」
ドルフェンは店の主旨を知っているのだろう。単刀直入にサービス料金を訪ねた。
だが、サクラも困惑気味だ。
たかが一時間かそこらの食事の給事に、それは暴利過ぎる。
どうしたものかと思案するサクラのショールを、ちょいちょいと千尋が引いた。
「ほい、これ」
何かを掴んだ小さな手から受け取ったのは、金貨三枚。
驚くサクラに、千尋はニヤーっと人の悪い笑みを浮かべる。
「キレイ処を四~五人呼んでよ。御酌と給事だけで良いからさ。残りは食事に当てて。美味しいもの期待してるね♪」
挑戦的な幼女の眼差しに、サクラも鷹揚な笑みを浮かべた。
「承知いたしました。料理人に発破をかけて、満足のいくおもてなしをいたしましょう」
御互いに何かを探り合うような攻防。
ドルフェンらは、目の前で展開される女の会話を.....片方は幼女だが。理解できなかった。
「あ、そうだ」
何かを思い出したように、再びショールの端を引く小人さん。
「あのさ、ひょっとして着物とかあるんじゃない?」
サクラの瞳が見開く。
「それを着てよ。肩は出しても良いから、帯もキッチリしめてね」
この子供は、どこまで知っているのか。
サクラは猜疑心に満ちた眼差しを辛辣にすがめたが、飄々とした子供からは、何も読み取る事が出来なかった。
そして一行は大きな広間へ案内される。
そこには敷き詰められた畳に座布団が並び、座卓の下には足を下ろせる段差があった。
物珍しそうに席につき、用意されていたつきだしをフォークで突っつく騎士達。
「これは食べ物でしょうか?」
「木の根っこのような....」
「帝国では、木の根を食べるのか?」
千尋は我が眼を疑った。
そこにましますは牛蒡と蒟蒻のお煮しめ。
思わず捧げ上げて、涙がちょちょ切れる小人さんである。
マジかぁぁぁあっ、扉の向こうから見えた料理の数々は幻じゃなかったぁーっっ!!
感涙に咽びながら、久しく口にしてなかった牛蒡を恐る恐る食べる。牛蒡独特の張りのある食感。中から染み出る煮汁の風味。
あー、お出汁だ。しかも、これ醤油使ってるよね?? あるのか、醤油っ!!
うぐうぐと食べる千尋を眺め、周囲の者も思いきって口にしてみる。
そして眼を見開いた。
「うっま....っ、え? これ木の根じゃないよ、柔らかいしっ」
「こっちもだ。スライムみたいだと思ったけど、もっと歯応えがある。いや、スライムを食べたことある訳じゃないけど」
「やめろ、想像させんなっ、食えなくなるだろっ」
わいわいと思い思いの感想を述べる広間に、料理が運ばれてきた。
「御待たせいたしましたっ、久方ぶりの御大尽様に、厨房一同から自信作でございますっ! どうぞ、御賞味をっ!!」
板前ルックな男が叫ぶと、わらわらと大量の料理が運び込まれる。
葉物のおひたし、根菜のなます、煮物、焼き物と並び、天麩羅や刺身。他、etc.
あの茶色いのはモツ煮だろうか? あああ、あれって味噌田楽じゃない??
味噌も豆腐もあるのかーっ、ここって天国じゃないのーっ???
座卓に乗り出して、本能の赴くまま、刺身を取ろうとした千尋を、ドルフェンが止めた。
「これは生の魚ではないのか? 魚には寄生虫がいる事は知っておろう、生で食べるなど自殺行為だ」
ドルフェンの顔は厳めしく、射殺すかのように板前を見据える。
あ~~。ねー、確かに。でも....
ドルフェンに睨みつけられながらも、板長らしい男は、微動だにせず、ギンっとドルフェンを見返していた。
「大丈夫です。この刺身に使われている魚は、虫がつかない環境で養殖したものです。さらに直ぐ凍らせ、万一虫がいたとしても死んでいます」
だよねっ!!
これだけ堂々と出すのだ。万全を期しているに決まっている。
でも.....
千尋は刺身を口に運びつつ、板前をチラ見した。
それって地球の現代知識だよね?
最初はサクラが地球からの転生か転移かだと思ったが違うらしい。
これは帝国そのものが、どうみても日本人系列の影響を受けている。
もちゃもちゃと久々の刺身に舌鼓を打ち、千尋は添えられた山葵や、シソの穂に眼を細めた。
これだけ、正しく日本食のディテールに拘るあたり、本職かそれに類似した職業の人が帝国に存在する。間違いなく。
ただ、チャイナドレスの生足スリットや、万魔殿だのとのネーミングから、厨二臭がプンプンするので、後者な気がしてたまらない小人さんだった。
たった一人でこれだけの事を成し遂げるには、よほど時間をかけたのだろう。
食材の調達から、栽培、養殖。調味料の醸造や蒸留。一夕一朝に叶うことではない。
この努力だけは見上げたものである。
感謝にたえない。うん。
生魚をもちゃもちゃ食べる幼女を、心配そうに見る周囲。
説明はされたものの、その説明自体が良く理解できないのだろう。
魔力や魔法がある世界なのに、頭が固いらしい。チャイナドレスにも、あんなに忌避感丸出しだったのだ。従来の俗説から抜けられないに違いない。
あまり心配をかけるのも悪いし、他も食べたい。
千尋が天麩羅や味噌田楽、懐かしい料理の数々を堪能し、御満悦になった頃。
御酒が提供され、綺麗な女性達が現れた。
赤や紫の絹に、縫いや染めの入った美しい着物。金銀刺繍がふんだんに入った帯をしめ、緩んだ襟足から覗く鎖骨やうなじが艶かしい。
髪型も上げてたり、下ろしていたり。それぞれに似合う姿で、引き立つ魅力的な女性らに騎士達の眼も釘付けだった。
やっぱ、ドンピシャだったか。
日本の和装。それも芸妓風な姿は艶やかな中に慎みがあり、フロンティアの男性の嗜好にドストライクだと思ったのだ。
「ささ、どうぞ」
勧められて、皆、素直にグラスを取る。ショットグラスのように小さめな器に注がれたのは透明な液体。
再び千尋の瞳がギラリと輝いた。
言われるまま口にしたアドリスが、カッと眼を見開く。
「なんだ、これっ? 葡萄酒や麦酒とも違う。酒精があるのに、スッキリとして柔らかい飲み口だな。色も綺麗だ。樽で熟成すると色がつくものなんだが..... 熟成していない? いや、この風味は.....」
などなど、食レポみたいな事を呟くアドリスを余所に宴会は進み、さらに現れた女性は、芸妓さんのように黒地の絹の着物を纏っていた。
髪も見事な日本髪。真打ち登場か。
「御待たせいたしました」
「いや。それだけの仕掛けなら時間が掛かるのも仕方無い。綺麗だね、サクラ」
「ありがとう存じます」
ほくそ笑む女性が先程のチャイナドレスの女と同一人物だと気付き、周囲が感嘆の溜め息をもらす。
「なんと..... お美しいではないですか。何故あのような婢の格好をなさっているのか」
おまえ、本当に正直者だな。ドルフェン。
思わずといった感じのドルフェンの呟きに、周囲の男どもも高速で頷いていた。
それに、やや眉を寄せ、サクラや他の女性らも静かに顔を見合わせる。
「帝国では、美しいモノは隠すのです。わたくし達のような娼婦に、それを求める殿方はおりませんから。むしろ金子になるなら、幾らでも肌を晒せと言われます」
「それはまた..... お気の毒に」
心の底から同情する騎士達を押し退けて、千尋はサクラに尋ねた。
そんな事より聞きたい事がある。ひょっとしたら、アレがあるかもしれない。
「あのさ、このお酒の原料って、もしかして.....?」
サクラは眼をパチクリさせて、淑やかに答えた。
「米でございます。帝国名産の穀物です」
やっぱりかぁぁぁあーっ、って事は....
嫌な予感がして、千尋は廊下に続く襖を見つめる。
案の定、〆としてやって来たのは、赤だしと茶漬けだった。
「お酒を召して小腹が空いたのではありませんか? どうぞ、御召し上がりを」
んなあぁぁぁぁあーっ!!
ニッコリ微笑むサクラが悪魔に見える。
小さな身体一杯に詰め込んでしまった小人さんは、とても食べられない。
でも。たべたいっ、うわあぁぁんっ!!
ホカホカと湯気のたつ赤だしに、なんと焼おにぎりの入った器がある。
ネギなどの薬味を入れて、お出汁で割った御茶をかけ、皆が美味しそうに食べていた。
「うまいな、これ。香ばしくて食がすすむ」
「このスープもですよ。しょっぱいのに深みがあって後を引きます」
「米っていうんですね? 手に入れて帰りたいな」
周囲が口々に食レポを披露し、和やかに女性らと談笑する。
満腹なのに飯テロ食らうって、どういう地獄だ? 罰ゲームか? 新手の罰ゲームなのか?
目の前の焼おにぎりの誘惑に勝てず、千尋は恐る恐るお茶漬けを口にした。
ほんのちょっと食べただけで胃が逆流しそうになる。時間がたったことで食べた物が膨張したようだ。
でも、食べたいっ、うううっ
苦しそうに食べる千尋を、慌ててアドリスが止めに入った。
「ちょっ、チィヒーロっっ、食べ過ぎなんじゃないか? 顔色悪いぞっ?」
「たべる.... いま、たべないと」
「御腹がポンポンではないですかっ、無理です、お止めくださいっ」
ドルフェンが千尋を抱き上げて、座卓から引き剥がす。
「やだぁーっ、たべるーっ、御飯がっ、お米がーっ、あ"ーっ!!」
でんぐり返って暴れる幼女に、ほとほと困り果てた広間へ、いつの間にか外へ出ていたサクラが慌てて戻ってきた。
「お土産にコレをっ」
渡された包みを開くと、中には焼おにぎり二つとワカメ御飯のおにぎり二つ。
厨房に頼んで、有り合わせで作ってくれたらしい。
あ"ーっと泣きながらそれを受け取り、小人さんは、ほんのり温かい包みを抱きしめてコトンとドルフェンの胸にもたれこんだ。
「「「え?」」」
異口同音が発せられた広間で、ドルフェンに抱かれた小人さんは、すぴすぴと寝息をたてている。
片手に包みを抱き込み、親指をしゃぶりながら。
御腹が一杯なとこに大泣きして疲れたのだろう。今日は一日馬車だったし、疲労もたまっていたに違いない。
......しかし。
「.....寝てる」
「コイツは.....っ」
「可愛らしいこと。良い御嬢様ですね」
うふふと笑うサクラに、ドルフェン達も、ぐっと言葉に詰まる。
違いない。
ドルフェンとアドリスは顔を見合せて苦笑し、サクラに御礼をいうと、皆で並んで店をあとにした。
御腹が一杯で泣きつかれた小人さんは、ベッドに寝かせてもおにぎりの包みを離さず、そのまま眠りにつく。
翌日、潰れてしまったおにぎりを見て、小人さんが絶叫を上げたのも御愛敬。
知ってるけど知らない文化に触れて、笑ったり、泣いたり、落ち込んだり。
昨日は色々あったけど、今日も小人さんは元気でしょう♪
はいっ、小人さん以外にも日本人の転生者か転移者がいるようです。かなりコアな。一気に帝国へ興味を抱く小人さん。フラウワーズの森を忘れないよう祈りますww
既読マークにお星様ひとつ、楽しんでいただけたら、もひとつ下さい♪
♪ヽ(´▽`)/




