あなたのお城の小人さん ~後編~
はいっ、最終話です。怒濤の勢いで、ここまで参りました。
評価ポイントも二万を越え、多くの方に読んでいただけて嬉しい限りでございます。
王宮編、最後の一幕、御笑覧下さい♪
「ロメール王弟殿下、ジョルジェ男爵令嬢、御越しです」
名前を呼ばれて入り口から入ると、そこはシンデレラの世界だった。いや、ベルバラか?
きらびやかな衣装の人々が談笑し、高級感溢れる品々が鎮座している。
「ふああぁぁ」
千尋はあんぐりと口をあけて間抜けな声を出した。
王宮晩餐会会場は、長いテーブルの並んだ大広間。舞踏会会場とは別らしい。
どんだけ広いのさ。質素倹約な日本人としては理解出来ない。
でもまあ、中世の王族にとっては、城の大きさがステータスでもあるんだよね。確か。
ほけっと広間の豪華なシャンデリアなどを見上げる小人さんを、ロメールが抱き上げた。
「こんな所で止まるんじゃないよ。後ろがつかえてるでしょ?」
言われて振り返れば、彼女を微笑ましそうに見つめる人々が、入り口付近に立っている。
来客の名前を読み上げる文官も苦笑いだ。
はっ...、恥ずかしーっっ!!
ロメールに連れられて入ってきたのに、歴史的建築物や骨董品のような装飾に眼を奪われてしまった。
思わず千尋は、ぺちぺちとロメールの頭を叩く。
「痛い、痛い、照れ隠しに人を叩くんじゃないよ」
王宮晩餐会は王族とそれに連なる公爵家しか招待されない。招待されたとしても、ドラゴは厨房を与る料理長だ。参加は不可能。
ゆえに仮親の一人であるロメールが千尋をエスコートした。抱いているだけだが。
ぺちぺちと叩かれてまんざらでも無さそうな顔のロメールは、嫉妬で睨み付ける兄王を黙殺し、したり顔で千尋と共に席につく。
上座の国王から向かって右手、六番目の席。
左右五番目までは、王室御一家の席である。
広く幅のあるテーブル。王の右側には王妃。左側には側妃二人が並び、左右一番目から五番目の席に殿下方が座る。
それを見越して六番目の席に着いたのだが、戦慄く王を呆れたように据えた眼差しで見つめる王妃が、仕方無さげに席を立った。
「チィヒーロ嬢をこちらへ。貴方も御一緒にロメール殿下」
思わぬ王妃の言葉に、ロメールは眼を丸くする。国王はキラキラした瞳で拝むかのように王妃を見た。
それに憮然とした眼を向け、ロメールは軽く首を振る。
「いいえ、そんな事は出来ません。そのように序列を蔑ろにする行為は許されません。そうですね? 兄上」
王はギクリと肩を震わせた。
ロメールが兄上と呼ぶときは、彼が怒っている時である。国王は思わずコクコクと高速で頷き、ロメールに促された王妃が再び席に戻っていった。
苦笑する王妃と、しょんぼり項垂れる国王。
なに? この茶番劇。
呆れた千尋の眼差しの中で、国王は雨に濡れて萎れた仔犬のように見えた。垂れた犬耳と尻尾の幻覚は、きっと気のせいだろう。
クスクス笑う幼女の微笑ましさは、周囲にも伝播し、国王の情けない姿も笑い話で終わる。
そんな中、正面から彼女を見つめる二対の瞳に、千尋は気づいていない。
ウィルフェとテオドールである。
二人の眼は、可愛らしく着飾った小人さんに釘付けだった。
大人びたシャンパンゴールドのドレスは、彼女の光彩を引き立て、首に飾られた金のチョーカーに揺れる薄いピンクゴールドのリンゴが良く似合っている。
耳にも小さな同じ色のリンゴが揺れていた。
なにアレ? 可愛すぎるだろう? なんで叔父上と一緒なんだ? こちらに座るべきではないのか? と言うか、隣に座らせたい。
真面目にガン見するウィルフェの横で、テオドールは千尋の髪に飾られた赤とピンクの小花の髪飾りを凝視する。
小さなその髪飾りは、大きなリボンに添えられているだけだが、テオドールの胸が、きゅうっと締め付けられた。
着けてもらえた。なんと嬉しいことか。
その小洒落た小さな髪飾りはテオドールが誕生日プレゼントに贈った物である。
他のプレゼントと違って、控えめなそれを気に入り、千尋は頭に飾っていた。
じっとテオドールが見つめているのに気づいた千尋は、軽く微笑んで、そっと頭を傾げる。
飾られた小花の髪飾りが、良く見えるように。
思わず破顔するテオドールに気づき、ウィルフェは怪訝そうに二人を見た。
「なんだ? 顔見知りか? 私以外、初対面なはずだが?」
「あの髪飾りは僕が贈ったのです。嬉しい」
途端、ウィルフェが大きな音をたてて席を立った。
「チィヒーロっ、何故、私が贈った飾りを着けてこないのだ?!」
場が静寂に満たされる。
料理を運んでいた侍女らも固まってしまった。
じっとりと据えた眼差しでウィルフェを見つめ、千尋は彼から贈られた飾りを脳裏に浮かべた。
アレって、確かに飾りだけどティアラだよね? ここでつけられると思うアンタの思考にビックリだよ。
大人の掌サイズの小さなティアラ。繊細な銀細工のそれは、中央にダイヤのついた見事なモノだった。
しかし、王族が集まるこの場でアレを着ける勇気を千尋は持ち合わせていない。
あんなんをこの場で着けられるって、妃様方くらいだよね? ロメールもそう言ってたし。
選ぶ基準が、残念親父譲り過ぎるよ、アンタ。
国王から贈られたトンチンカンな装飾品の数々を思い出して、千尋は深い溜め息をついた。
アレに関してはロメールも知らなかったらしく、国王の側仕えを〆上げて聞き出したところ、王妃様にも内緒でフライング的にポケットマネーから購入したらしい。
誰よりも早く贈り物をしたかったらしく、やってきた商人らから、手当たり次第に買ったのだとか。
あの後のロメールの、辛辣で黒い笑みが忘れられない小人さんである。
王妃様に叱られ、国王同様しょんぼりと席についたウィルフェを余所に晩餐会は進められた。
小さな子供らの料理はハーフポーション。さすがドラゴである。細やかな気遣いが見てとれる。
音もなくカトラリーを駆使して食べる千尋に、周囲が感嘆の眼を向けた。
食べ方も綺麗で、こぼすこともはみ出すこともない。
同世代な第二皇子も拙くはあるが、綺麗な食べ方だった。
第八王女ミルティシアのみが、やや苦戦している。
まだ三歳なのだ。そんなに気にする事は無いのだが、他の二人が良く出来ているがために、目立ってしまった。
そして彼女は王族だ。他よりも教育が行き届いていたため、綺麗に食べられない自分を恥じて泣き出してしまう。
「あなた生意気だわっ、あなたなんか来なければ良かったのにっ」
恥ずかし紛れの八つ当たり。今日の主役でもあったはずのミルティシアは、その座を千尋に奪われたかのように感じていた。
誕生祝いだったはずが、新たに王家に迎えられた養女の御披露目になってしまったのだ。
面白いはずもなく、さらにはこの有り様である。
「何を言うの、ミルティシアっ!」
思わず声を荒げる王妃。さらに泣き出すミルティシア。会場がカオスになりかかった、その時。
のほほんと動く者がいた。
指先で肉に添えられていたインゲンをつまみ、大泣きするミルティシアの口へポンと放り込む。
いきなり放り込まれたインゲンに驚き、ミルティシアは泣くのも忘れて咀嚼した。
そこに微笑むのはハビルーシュ妃。柔らかい笑みを浮かべて首を傾げている。
「美味しい?」
ミルティシアはインゲンを飲み込みながら、小さく頷いた。それに満面の笑みを返して、ハビルーシュ妃は自分の皿からもインゲンを摘まみあげて口にする。
「お食事はね。美味しく頂くの。御作法はそのためのモノなの。だから、美味しく頂けないなら、御作法はいらないのよ?」
お行儀が悪かったわねと苦笑し、ハビルーシュ妃はナフキンで指を拭った。
そしてふと千尋と眼を合わせ、再び満面の笑みを浮かべる。
「貴女が私の娘なのね。よろしくね。ミルティシア様も仲良くして下さいね」
ふんわりとした笑みに押され、ミルティシアも小さく頷いた。
泣いたカラスが、もう笑っている。
「ハビルーシュ妃。チィヒーロは養女です。国王陛下の娘です」
剣呑な眼差しでロメールが念をおした。
頼むから、こんなとこで余計な事は言わないでくれよっ!!
眼は口ほどにモノを言う。
ロメールの尋常ならざる気配を察し、ハビルーシュ妃の側仕え達が、ざーっと血の気を下げた。
それを余所に本人は頬に手を当てて、不思議そうに首を傾げる。
「陛下の御子ならば、私の娘よね? 違うのかしら?」
微妙にニュアンスの違うハビルーシュ妃。彼女は相変わらず御花畑に住んでいるようだ。
取り敢えず、王家のていたらくが暴露されない事に安堵し、ロメールが侍女らに続きを促す。
この後の晩餐会は和やかに進んだ。
ミルティシアも千尋にごめんなさいをし、子供らしい笑顔で、今度一緒に遊びましょうと約束をした。
終始穏やかとは言えない晩餐会だったが、無事に千尋の御披露目も終わり、関係者各位が安堵の息を漏らした頃。
招かれていない客がやってくる。
王宮随所で悲鳴が上がり、大広間の天窓から何かが飛び込んできた。
どんっとテーブルの上に着地したのは、クイーン・メルダ。眼を爛々と輝かせ、国王を睨めつけている。
《我が王の誕生祝いに私を招かないとは、なんたる不手際。災害ものですよ?》
国王にはぶぶぶぶっという羽音しか聞こえない。
それを察したメルダが大きく舌打ちし、またもや壁に言葉を刻んだ。
顔面蒼白な王族達と、奇声をあげる宮仕え達。
メルダが刻んだ壁は、特注された大理石の壁だった。王宮関係者一同、涙目である。
あちゃーっっ
思わず額を抑えて天を仰ぐ小人さん。
しかし、自分の誕生日を祝いたいというメルダの気持ちは嬉しかった。
子供蜜蜂らを従えて、延々と国王に説教を刻むメルダを止め、千尋はニカッと微笑む。
「この後、家でパーティーやるんだよね。そっちにおいでよ」
晩餐会が終われば舞踏会だ。料理の支度が終わったらドラゴやアドリスも帰ってきて誕生パーティーをやる予定なのである。
孤児院からも子供らが来るので、むしろこっちの方がメインだと話すと、メルダは眼を輝かせて高速でブンブン頷いた。
《無論ですともっ! 贈り物に、たっぷり蜂蜜や蜜蝋も持参しておりますっ! 子供らが南方より果実も採取して参りました。お気に召されると宜しいのですが》
「果実?」
《こちらです。南方名産だそうです》
そこに出されたのは、見慣れたとげとげを持つ黄色い果実。
「パイナップルっっ?? うそっ、こっちにもあったんだっ!!」
きゃーっっと諸手を挙げて喜ぶ小人さん。
絶句する周囲の人々は、改めて学習した。
小人さんには金銀財宝より、食べ物なのだと。
《では参りましょうか》
「え?」
メルダはニッコリと笑うと、後ろから千尋を掴み、飛び上がった。他の子供蜜蜂らもそれを追う。
来た時同様、天窓から飛び出していったメルダ達を茫然と見送り、はっと正気に返った人々が慌てて動き出した。
「壁がーっ、大理石の壁がーっ!」
「テーブルも..... ダメですね、くっきりとクイーンの足跡が残ってます」
「これからパーティー? どういう事だ? 私も行くぞっ!」
「馬鹿言わないでください、兄上っ!! これから舞踏会でしょーがっっ、社交界デビューな方々もいるのに、王がいなくて、どうするんですっ!!」
「僕は行っても良いのかな? 御母様」
「そうねぇ。どうかしら?」
阿鼻叫喚な地獄絵図なはずなのに、何故か暢気に見える謎。
王宮も小人さんのやらかしに慣れつつある今日この頃だった。
「すっごいね、メルダーぁ、気持ちいーっ」
《喜んで戴けて幸いです。さあ、見えて来ましたよ》
遥か上空から見える男爵邸の前には、ナーヤとサーシャがいる。
きっと千尋の帰りを待っているのだろう。
「最っ高の誕生日だねーっ、アタシ、ここに生まれて良かったよー、神様のやらかしに感謝だわーっ」
《良く分かりませんが、御機嫌麗しくあられるようで、よろしゅうございますね》
アタシは、ここで生きていく。ファティマ。土産話たくさん持ってそっちに行くから、も少し待っててね。また二人で生まれ変わろう。
神様、よろしくねっ!!
叶うか分からない願いを胸に、小人さんは幸せを目指して我が道を行く。
彼の国に、魔物を従えて空を翔る者ありと、しばらく後から世界を震撼させる小人さんである。
みんなの暖かい労りに包まれて、今日も小人さんは元気です。
二千二十一年 四月十五日 脱稿
美袋和仁
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
しばらく書籍化のための加筆修正を致します。
終了ししだい、続編にとりかかります。
しばしの別れですが、皆様御健勝でありますように。では、さらばです。
美袋和仁。
~追伸~
.....そう。この時は、ここまでの一章で一冊出して終わりだと思っていたワニです。
まさか~ご飯ください~全てが本なるとは。全四巻になりました。ご笑覧いただけたら幸いです。




