あなたのお城の小人さん ~前編~
はいっ、物語も残すところ後一話です。
皆様に支えられつつ、ここまでやってまいりました。感無量でございます。
最後までお付き合いのほど、よろしくお願いします。
「寒くなったねぇ」
千尋の処遇が決まってから数ヶ月。
季節は冬を迎え、新年を迎えようとしている。
あれから細かく話し合い、千尋の存在は養女という形になる事で落ち着いた。
今更、実子うんぬんと言っても王家の不手際が露見するだけだし、千尋にとってのメリットも全くない。
千尋の見てくれは完全に王族なのだから、王家の血を引いている事は誤魔化せないので、不遇により見落とされた遠縁という形をとる事になったのだ。
まあ、全くの嘘ではないのが、ありがたい。
モノは言い様って奴だよね、うん。
改めて再会した国王夫妻は、深く謝罪してくれ、これからは何不自由なく暮らせるよう取り計らってくれると約束した。
不思議な事に、あんなに憎悪していた二人を見ても、千尋は何とも思わなかった。
彼らは何の関係もなかったのだ。つまり、全くの無関係者。赤の他人。
遺伝子上は関係しているが、諸々の事情を知り、諸悪の根源が別にあると理解した途端に自家中毒も起きなくなった。
子供の身体とは現金なものである。
だからと言って、家族という気持ちも湧かない。
自分に似ているのは確かだが、ファティマの頃にも元々月に一度会うくらいの交流しかなかった人達だ。ましてや、千尋には欠片程度の記憶しかない。
現在進行形で親子なドラゴと比べるべくもなく、一通りの儀礼的な話し合いを済ませると、千尋は彼らに関心を失う。
形式的な書面を交わし、帰っていく男爵親子を見送りながら、王は何とも言えない焦燥感に襲われた。
目の前で微笑み合う仲睦まじい親子の姿。男爵に引っ付き、コロコロと笑う、愛らしい幼子。
あれは、本来であれば自分に向けられるはずだったモノである。
ぐぬぬぬと歯噛みしつつ、国王は澄まし顔な弟を振り返った。
「どうにかならんのかっ?」
「どうにかとは?」
「チィヒーロを王宮に住まわせるとか、もっと私の近くに出来んのかっ!」
「強引すぎると、チィヒーロに嫌われますよ?」
しれっと言い放ち、ロメールはウンザリと兄である国王を見つめた。
「他人事のように言うな、あんなに愛らしい娘を手離す気持ちが、お前に分かるか?」
「いきなり所有権を主張しないでください。一度も手にしてないでしょう。アレはドラゴの娘でありたいと言ったのです。だから、こちらの不手際は、どうでも良いと。.....また掘り返す気ですか?」
国王は言葉もなく項垂れた。
今回、彼女の身に起きた悲惨な出来事は、謝って済むモノではない。息も絶え絶えで言葉にも尽くせぬような酷い有り様だったと言う。
死んでいてもおかしくない、むしろ良く生きていたとドラゴが驚くくらいに。
チィヒーロは、それらを全て不問にしてくれる。
今が幸せだからと。恨み辛みの一言も口にせず、ありがとうと彼女は言ったらしい。
「何かないか? 私は何も出来ないのか?」
「無いですねぇ。仮親には何の権限もありません」
「血を分けた私の娘だっ!」
「氏より育ちと申します。おそれながら、見かけは陛下に似ていても、アレの中身はドラゴにそっくりですよ」
そう。チィヒーロとドラゴが二人でいると、良く似ていると思う。細かい仕草がそっくりなのだ。
ああ、ここが幸せなんだね。ドラゴの娘なのだなと、すんなり納得してしまう微笑ましさ。
しばし、俯いていた王が仔犬のような眼差しでロメールを見上げる。
「何とかならんか? なんとかっ」
ならんっつってるでしょーがっ!!
繰り返される不毛な会話に辟易しつつも、兄を無下に出来ない、苦労性のロメールだった。
「新年晩餐会?」
首を傾げる千尋に、ロメールが頷く。
「チィヒーロも養女とはいえ、陛下の子供だからな。デビューしていないから舞踏会は免除だが、晩餐会は王家一同揃わなくてはならない。テオドール殿下とミルティシア殿下の誕生祝いも兼ねているし。......当然、チィヒーロのもな」
ふわりと優しく微笑み、ロメールの手が千尋の頭を撫でた。
王女の肩書きがついても、ロメールは全く変わらない。敬称も無くば敬語もない。それを千尋が喜ばぬと知っているからだ。
今までどおりの自然体で彼女に接してくれる。
ありがたいなぁ。こうやって分かってくれている人らに囲まれて、ホントに幸せ者だな、アタシ。
思わず感慨に耽る小人さんだが、これを発端に周りが怪しく蠢き出した。
「えーと?」
「.....うん」
茫然とする男爵親子の前には大量の包みがある。
綺麗に梱包されたそれらは、全て千尋への贈り物。
大半は王からだが、チラホラと他からのも混じっていた。
「なんなん? これ」
「わからんが、開けてみるか」
取り敢えず、王からの物とそうでない物を分けて、千尋とドラゴは一番大きな包みを開けた。
途端、二人は瞠目する。そこには明らかに高価であろう豪奢なドレスが入っていた。
「うわ....」
シャンパンゴールドに薄い青みをグラデーションした絹。複雑に編まれた白いレースがあしらわれ、淡く上品な仕上がりのドレスだ。
あ~、こういう時代だよねぇ。
千尋は乾いた笑みを顔に浮かべる。
「こっちは装飾品だ。.....チィヒーロの首が折れるんじゃないか? これ」
ドラゴが手にしているのは、大粒のスターサファイアが幾つも並んだ首飾り。どう見ても大人用だ。千尋の首に合うサイズではない。
他にも耳飾りや指輪、多種多様なアクセサリー。
ドレスも豪奢な物ばかりでなく、普段使いに出来るようなシンプルな物もあった。
シンプルと言っても王族のシンプルなので、どんなものかは御察しだが。
「これ、みんなアタシの服やアクセサリーなん?」
せっせと箱を開けるナーヤ達が苦笑いで答える。
「そのようでございますね」
「なんか種類やサイズに一貫性がなくて無茶苦茶ですけど。女性用の装飾品ばかりです」
呆れたようなサーシャの呟き。
山のように積まれた包みはまだ半分も開けていない。これがみんな装飾品なのだと思うと、千尋は眩暈がした。
しかもサイズすら考慮していないあたり、綺麗で高価なら喜ぶだろうという、現代の父親像に通ずるモノを感じ、千尋の辛辣な笑みが深くなる。
ドラゴも呆れ気味だった。
「良くわからんが、まあ、他も見てみるか」
国王以外からの包みは小さめで、開けてみると全て千尋への誕生日プレゼント。
其々にカードが添えられている。流麗な物から辿々しい物まで。千尋の誕生日を祝うメッセージが書かれていた。
どうやら王家の方々からのようだ。
「これは.... 王妃様だな」
千尋が覗き込むと、そこには綺麗な刺繍の入ったハンカチ。王妃様の御手だろうか、小人と妖精のモチーフの二枚セットだ。
「お前の事を良く見ておられるようだな。良い御品だ」
嬉しそうなドラゴと対照的に、千尋は無言だった。
いや、それってアタシの行動や生活を監視してたって事だよね? 大して会った事もない人間が、こっちの趣味嗜好を熟知してるって怖いよっ!
昔の流行り歌にもなったような待ち伏せや付きまといは、現代ではストーカーと呼ばれる。
一世代通り越せば、純愛も変質者なのだ。
その世代な彼女には、王妃の細やかな心遣いが怪しい思惑を含むように見えてしまった。
つくづく報われない国王夫妻である。
「ドレスは..... ああ、これは王弟殿下からだったのか。国王と連名で気づかなかったな」
最初に開けたシャンパンゴールドのドレスは、ロメールからの物だった。
サイズも申し分無く、少し調整すればピッタリに着られる。さすがはロメールである。
着替えた千尋の姿にドラゴはデレデレだ。
「良く似合うぞっ、まるで天使のようだ、よしっ、アクセサリーは俺が贈ろうっ、好きな石とか、デザインとかあるか? 最高の物をつくってやるぞっ!!」
国王も連名のドレスを着れば義理は果たせる。あとはドラゴの権利だ。
善は急げと出掛ける用意を始めた男爵親子を、ナーヤとサーシャは暖かく見守っていた。
こうして新年晩餐会当日がやってくる。
晩餐会と言っても、ようは舞踏会前の遅い昼食会だ。
早めに昼食をとっておこうと厨房を訪れた千尋に、大きな声が聞こえた。
「誕生日、おめでとうございます、チィヒーロ様っ!」
千尋は思わず目を見張る。
そこは何時もの厨房ではなく、可愛らしいリボンや花に彩られたパーティー会場になっていた。
普段なら賄いが並んでいるテーブルには多くの御馳走が並び、その中央にあるのは、みまごうことなきバースデーケーキ。
「誕生日ケーキ? すごい」
驚く千尋に、アドリスがニカッと破顔する。
「以前に仰っていたでしょう? ケーキは誕生日なんかの祝いごとで食べるものだと。頑張ってみました。厨房からの誕生日プレゼントです♪」
にんまり笑うアドリスの周囲に、料理人の面々が集まり、同じように破顔した。
そういえば言った記憶がある。
モンブラン擬きのときに、ケーキとは何かと聞かれ、色んなケーキがあるから説明しがたいが、生地を台にしてクリームやフルーツなどで飾り作られる甘味だと、大雑把な説明をした。
その時に、大きなホールケーキは、誕生日には欠かせないモノだと言った記憶がある。
そんな些細な一言を覚えてくれていた。
目の前のケーキは丸くない。大きく焼いたパウンドケーキをスライスして並べているため、長方形で少し固めだ。
間に挟まるクリームも表面に塗られたクリームもバタークリーム。
季節が季節なだけに果物も乏しく、リンゴの飾り切りと、ドライフルーツがのっているだけ。
地球の現代人から見れば何とも御粗末なケーキだろう。だけど、千尋にはこの世の物とは思えないほどに素晴らしいケーキだった。
飽食日本人が勝手に始めた甘味作り。
それの集大成がここにあり、これに込められた千尋への想いで、彼女の身体は一杯になった。
そしてケーキに飾られた一枚のクッキー。そこに描かれているのは、誕生日おめでとうチィヒーロ様。
完璧だ。完璧な誕生日ケーキである。
大まかなディテールしか教えていないのに、このクオリティ。さすがは宮廷料理人達だ。
「ありがとう、みんな」
万感の想いのこもった千尋の一言に、料理人達が、わっと歓声をあげて喜んだ。
「さあさあ、食べましょう! おい、ケーキを切り分けろっ」
「いや、食事が先だろう? デザートは最後じゃないのか?」
「細かいこと言うなって、小人さんが食べられるのなんて少しなんだから、ケーキが先でも良いだろう」
「待って、待って、俺、頑張って、うどん作ったんだけど? スルーしないでっ」
あれやこれやと言い合う料理人が、千尋の前に各料理を少しずつ取り分けてくれる。
「「「「さあ、召し上がれ」」」」
料理人達の満面の笑みに頷き、千尋は、今世初の誕生日を迎えた。
多くの人々に暖かく祝われ、彼女が最初に口にした料理が、バースデーケーキだったことは言うまでもない。
甘くなった口直しに選ばれたのは、当然うどん。
歓喜に涙する料理人が、天に向かってサムズアップしていたのは、御愛敬。
てんやわんやと色々ありますが、今日も小人さんは幸せです。
幸せな千尋は書いてて楽しいです。しかし、国王よ。おまいは残念すぎる。
既読マークに星ひとつ、面白かったら、もひとつ下さい♪
♪ヽ(´▽`)/




