ファティマと小人さん
小人さんの出生が判明し、暴走しはじめる王家。
でも、小人さんは小人さんです。変わる訳がありませんww
「なんなん?」
「さあ?」
瞠目する男爵親子の前には、仏頂面の王弟殿下。
いつも飄々として、胡散臭い笑顔を張り付けている彼にしては珍しい表情だ。
ロメールは二階から降りてきた二人に気づき、座るよう顎でしめす。
おおぅ。ご機嫌斜めみたいだ。
怪訝そうに顔を見合せ、ドラゴと千尋はソファーに座った。
酷く疲れたような雰囲気で、ロメールはまずドラゴに話をする。
「料理長を辞めたいらしいが、不許可だ。通常でも許可は出せないが、今後。絶対に出せない」
「どういう事ですか?」
「そなたがチィヒーロの親だからだ。理由は分かるだろう? チィヒーロ」
いきなり話を振られ、千尋は口を引き結ぶ。
何の話だ? 何を言っているの?
警戒する千尋に、ロメールは辛辣に眼をすがめ、薄く笑みをはいた。
「ほら、打てば響く。その態度の端々に出ているよチィヒーロ」
聞けば身構える。思案する。窺う。
その全てが幼児のモノではない。そして、そういう態度に出るという事は、彼女が己の境遇を理解しているのだと示していた。
ああ、何でこんなに露骨だったのに今まで気がつかなったのか。小さな見てくれに騙されてしまったか?
自嘲気味に嗤うロメールを見つめ、千尋は心の中で小さく溜め息をつく。
どこまで知られたのか分からないが少なくとも核心あたりはバレたらしい。
国王にでも聞いたのかな? 王女を捨てて処分しようとしたって。それとも、あのテオドールとかいう子が話したのかな?
考えていても仕方無い。千尋は単刀直入に尋ねた。
「アタシが誰なのかバレましたか?」
「テオドール殿下の双子の妹だよね? ファティマ」
「.....はあ。なら、もう執着される理由はないですよね? 王家が切り捨てた王女です。捨て置いてください」
少しウンザリとした顔で、呆れたかのように千尋はロメールを睨めつける。
しかし、そこにいるロメールの顔は、千尋が予想した物とは違っていた。
てっきり、嘲るか、あるいは罪悪感でも浮かべるかと思っていたのだが、彼の御仁は惚けたように真っ直ぐ千尋を見ている。
「切り捨てた? 王家が君を? ある訳ないだろうっ!!」
は?
憤りを隠せず、怒鳴り付けるようなロメールの叫びに、千尋の心で燻っていた怒りの炎が、静かに唸りをあげた。
「ある訳ない? 実際に捨てられたんですよ、アタシは。薄汚い部屋で飲まず食わずで生死の境をさ迷った。あの苦しみが、あんたに分かるかっっ??!!」
そうだ、ファティマは苦しんだ。この世のものとも思えぬ恐怖と絶望の中で、独り寂しく果てていった幼い子供。
どんな理由があろうと、アレが正当化されて良いはずはない。
あの時、ファティマは死んだのだ。
そして自分の思考に、千尋は愕然とした。
ようやく理解する。そうだ、あの時、彼女は死んだのだ。だから、アタシが浮かび上がった。
ファティマが死んで、自我を失った事により、アタシが解放された。
小さな両手を見つめ、千尋は顔をクシャクシャにする。
改めて彼女の死を自覚し、胸が潰れるかのように締め付けられた。
「王宮がファティマを殺したんだ。あんたらが..... 何で助けてくれなかったの? あんなに泣いていたのに。寂しく一人で逝ってしまった..... ファティマ.....」
ほたほたと泣き崩れる千尋を支え、ドラゴが射殺さんばかりの凄まじい視線でロメールを睨みつけた。
「もういい、もう沢山だ。王家は我が娘を泣かせる事しかしないっ、俺達の事は放っておいてくれっ! 二度と構わないでくれっっ!!」
不敬がどうした? 王族が何だ? 可愛い娘より優先するべきモノなど何もないっ!!
あからさまな嫌悪を浮かべ、ドラゴは千尋を抱き上げると、けたたましい足音をたてて二階へ上がる。
それを茫然と見送り、ロメールは千尋の言葉を考えていた。
王家が切り捨てた。生死の境をさ迷った。何故、助けてくれなかった。
彼の顔が苦痛に歪む。
知らなかったは、ただの結論だ。言い訳にもなりはしない。事実、彼女は死にかけたのだ。ドラゴ達が気づかなければ、間違いなく死んでいた。
もし彼女が死んでいても王家は同じ事を言っただろう。知らなかったのだから、仕方がないと。
生死の格差は大きいが、結局は同じ結論に帰結する。当事者にすれば、ふざけるなの一言に尽きるに違いない。
その彼女を王家が求めるのは間違っているのだろうか?
知ったから何とかしたい。そう思うのは不自然ではない。むしろ道理だ。
しかし、そこに彼女の意思は存在しない。
彼女が望まないなら、そっとしておいてやるのが正解なのだろう。
実父である国王は納得いかないかもしれないが、事実、知らなかったがために彼女は辛酸を舐め尽くした。
庇護されるべき幼子を放置した。この事実は覆せない。こちらが知らなかったを主張するなら、あちらにも、なら放っておけ、今更だと主張が出来るのだ。
本来なら、それも通る。千尋が平民....せめて貴族あたりであったなら。
すでに完成された親子関係に立ち入りは出来ない。
だが彼女は王族だ。しかも光彩を持つ金色の女王。
これを王家が放置する訳にはいかないのだ。
金色の女王と森の主が認めたからには、いずれ彼女の瞳も光彩に変わる。間違いなく。
あああああ、もーっ、ホントに、何で君なのさっ!
「出直すよ。男爵親子に宜しく伝えてくれ」
そう言うとロメールは立ち上がり玄関に向かう。
そしてふと刺すような視線を感じ、振り返った。
そこには眼を据わらせてロメールを見る執事とメイドがいた。
上手く隠してはいるが、微かに滲み出る嫌悪と憎悪。見つめる瞳に温度はなく、凍えるような冷たい眼差しがロメールに向けられている。
敵認定されたか。仕方無い。愛されてるね。チィヒーロ。
こんな深い愛情に包まれてる彼女からすれば、王家の干渉は今更でしかないだろう。偽善に満ちた表向きに見えてもおかしくはない。
事実、もし彼女が光彩を所持してなくば、事は露見せず、王家もここまで執着はしなかったかもしれない。
かもしれないと言う可能性が存在するだけでアウトだ。男爵らの圧勝。
完敗だよね。兄上。
意気消沈し、寂しく肩を落としたロメールの後ろ姿を、物言わぬ複数の大きな瞳が見つめていた。
男爵邸の護衛蜜蜂らが勝利の舞を踊る頃、千尋はドラゴに抱かれ、泣き疲れて眠っている。
しばらく泣き続け、うにゃうにゃと眼をこすりだしたと思ったら、コトンと寝入ってしまった。
本当に可愛らしい。泣いても笑っても怒ってもチィヒーロは可愛いが、やはり泣いては欲しくないと、つくづく思うドラゴである。
起きた時、一人だと寂しくはないか?
少し考え、彼は千尋を抱いたまま、一緒にベッドへ潜り込んだ。
腕枕で千尋を抱え込み、抱き締めるようにして眠る。
お父ちゃんがいるからな。何も心配しなくて良い。
涙で張り付いた千尋の髪を撫でながら、ドラゴも眠りにつく。
翌日、千尋の部屋にやってきたサーシャが、冬眠するような熊を見つけて雷を落としたことは言うまでもない。
徐々にほどかれる綻びが、修復されて模様を描くのは何時の事だろうか。
千尋が泣いたり、ドラゴが怒られたり、ロメールが落ち込んだり。
平穏から程遠い毎日だけど。今日も小人さんは我が道を征く。
各々、複雑な心中を胸に物語は動きます。最後までお付き合い頂けると幸いです。
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