蜜蜂達と小人さん
物語も落ち着いてきましたので通常運行に戻ります。
毎日、あるいは一日おきに一話ずつ。これが本来のワニのペースです。
こちらに掛かりきりな一週間の間、他の連載が完全に止まってしまいました。
他とのローテをしながら、まったり続けていきます。
のんびりお付き合いくださいませ♪
「重くはありませんか?」
「ダイジョブ」
ドルフェンと並んで歩く小人さんの肩には一匹の蜜蜂。
メルダの子供らの中でも一番小さいその子は、新生児くらいの大きさで、ときおり羽をぶぶぶとさせながら、ピッタリ千尋に張り付いていた。
今回の事態で人間達を頼りなく感じたメルダは、城の至るところに我が子らを忍ばせ、その許可を国王陛下からぶん取ったのだ。
千尋にも護衛の蜂をつけると言い出し、大きいのは困るという彼女の意を酌んで、一番小さい子をつけてくれた。
成りはデカイが蜜蜂である。大きな目玉と胴体のモフモフ。その可愛らしい姿に、小人さんが悶絶したのは言うまでもない。
「あん時は凄かったみたいだねー、アタシは知らないけど」
「.....凄かったですね。思い出したくもありません」
少し遠い眼をして、ドルフェンが上空を旋回する蜜蜂を見た。
あの日クイーン・メルダは、子供ら百匹ほどを従えて王宮に飛来したらしい。
森から飛び立つ無数の蜜蜂達。
一直線に王宮へ向かうそれらに、城下街は大パニック。伝説にもなる彼等の恐ろしさを知らない民はいない。
すわっ王宮が何かやらかしたか、彼等の逆鱗に触れたのかと、てんやわんやの大騒ぎ。
さらには飛来した蜜蜂達が、小人さんを探して王宮中を飛び回り、悲鳴を上げて逃げ回る人々、手を出せずに立ち尽くす騎士達、失神して気を失う御婦人方。
等々、縦横無尽に暴れる彼等によって、阿鼻叫喚の嵐に見舞われたとか。
想像しただけで、千尋の顔に生温い笑みが浮かぶ。
あ~。そういうの予想してたから、メルダが蜂蜜を配達してくれるってのも断ったのになぁ。
意味が無かったか。
結果、小人さんの周りには沢山の蜜蜂がいた。
危惧していた事が現実になってしまったが、結果オーライ。
千尋はドルフェンと護衛蜜蜂が一緒なら、城から出ても良いと許可をもらったのだ。棚ぼたである。
「ある意味、最強の護衛ですからね。ダメとは言えません。勝手にこっそり脱け出されるより、万倍マシです」
苦虫を噛み潰しまくった顔で、張り付けた笑顔のロメール。
あ~~、ごめんなさい。
彼の苦労を察し、口にしたら要らぬ説教までされそうなので、小人さんは心の中でだけ謝った。
賢明である。
そんなこんなで、時々やってくる小人さん印の蜂蜜宅配便。
王宮にも卸されるようになり、小人さんがレシピを公開した事によって、側妃の方は片がついた。
彼女は甘味の御菓子を自由に食したかっただけで、手に入るなら、形はどうでも良かったらしい。
王妃も、今回の事で小人さんの事情を聞かされ、申し訳ない事をしたと、カードを添えた贈り物が届いた。
中身が上等な絹と大量の刺繍糸だった事に、千尋は苦笑いを浮かべたが、これも御愛嬌。
そんなこんなで王宮は平常を取り戻したのだが、むしろ話はここからだ。
小人さん印の蜂蜜宅配便。
これは孤児院にも直接届けられるようになり、よからぬ思惑を持った者達が動き出す。
「だから、蜂蜜を寄進しなさいと言っているのです。孤児院には過ぎた代物でしょう」
「御断りします。これは男爵令嬢から預かった物です。彼女を差し置いて、勝手にやり取りすべき物ではありません」
粗末な木のテーブルを挟んで睨み合う二人。
一人は言わずと知れた孤児院長バルベス。彼は剣呑な面持ちで相手を見据えていた。
もう一人は神官装束に身を固めた男。如何にも上質な身なりに豪奢な飾りをつけたいけ好かない風体の男である。
男の名はスカルピス。教会の孤児院長を務める司教だった。
彼は出された御茶に口をつけ、少し顔をしかめる。
「茶葉にも、もう少し気を遣ったらどうですか? お金はあるのでしょう?」
「人並みで十分です。過ぎた贅沢は子供らを歪めます」
小人さん印の御菓子で孤児院は大いに潤った。建物も堅牢な石と煉瓦造りにしたし、子供達を学ばせるための教師も雇えた。
孤児院そのものは充実させたが、バルベスの生活自体にあまり変わりはない。家具や調度品も今までのをそのまま使っている。
しかし、子供らの生活は大きく一変していた。
以前の爪に火を灯すような貧しさは無くなり、十分な食事も与えられる。
洋服も、寄付の古着をリメイクしているのは変わらないが、良い糸や布が使えるようになったので、今までより綺麗に仕立て直し出来た。
ここぞという時の立派な一張羅も、年齢別に仕立てる。
ようやく訪れた人並みな生活。
それが無かった今までの孤児院の現状を、目の前の男は知らないのだろう。
スカルピスからみれば粗末な茶葉でも、バルベスから見たら、以前より数段ランクアップしたものなのだ。
「とにかく、蜂蜜は私の一存で譲る事は出来ません」
きっぱりと言い切るバルベスを、スカルピスは忌々しげな顔で睨みつけた。
話を打ち切り、追い出されるように出てきたスカルピスは、孤児院横の販売スペースへ眼をやる。
そこにはズラリと御菓子が並び、元気な子供らが売り子をしていた。
満面の笑みで、くるくると良く動く子供達。それがまた癪に触り、彼は販売スペースに憎悪の眼差しを向ける。
あれも教会でやるべきだと彼はバルベスに捩じ込んだが、一蹴された。
別に秘匿にされてはいないと、バルベスはスカルピスに御菓子のレシピをくれる。
しかし、そのレシピの要は大量の蜂蜜。
レシピを知った所で、同じ物は作れないのだ。
直接、男爵家に申し込みにもいったが、そちらでも門前払い。潤沢な寄進や寄付のある教会には無用だろうと、蔑むように嗤われた。
販売スペースに飾られた王室御用達の看板。
貴族街付近の高級店でも滅多にみない、特権階級のステータス。神々しい一枚。
あれを貧しい孤児院が保有しているなど有り得ない。
教会の威信にも関わる。実際、教会の孤児院への寄付が、目に見えて減ってきているのだ。
......何とかせねば。
スカルピスの瞳に仄暗い光が宿った。
「うわあぁっ」
「おっ、お助けっ」
「ひいいぃぃっ」
深夜の孤児院に、いきなり悲鳴が轟く。
野太い複数の悲鳴を聞きつけてやってきたバルベスは、現場の惨憺たる有り様に天を仰いだ。
孤児院の厨房近くの入り口で、三人の男が転げ回り悲鳴をあげている。
その男らに群がっているのは巨大蜜蜂。
鋭利な針で、切るわ、刺すわ、噛みつくわ。忍び込んできたらしい男どもは全身血塗れで、ボロボロだった。
呆気に取られつつも、バルベスの脳裏には昨日訪れた、いけ好かない司教の姿が浮かぶ。
何かやらかすかもとは思ってましたが..... こんな直接的な行動に出るとは、馬鹿なんでしょうか?
鋭い羽音をたてて威嚇し、ホバリングする蜜蜂達。
それに恐怖の眼差しを向け、固まり寄り添う血塗れの男ども。
見ているだけでカオスな状況だ。
乾いた笑みでそれを見つめ、院長はザックに兵士を呼んでくるよう言付けた。
そして蔑んだ瞳で男達を睨めつける。
御令嬢も予想しておられたのだろうな。
少し前に、この蜜蜂達を連れて小人さんがやってきた時は、心底驚いたが。今なら納得する。
蜜蜂らは穏やかで優しく、すぐに子供らと慣れ親しんだ。無邪気に遊ぶ子供達を見つめ、小人さんは、無ければ良いがと前置きして、今のような状況を説明した。
「世の中、ろくでもない奴等はいるからねぇ。用心に越した事はないよ。あの子らも楽しそうだしねぇ」
嬉しそうに子供らと戯れる蜜蜂達。
孤児院の護衛にと置かれた彼等は、十全の働きをした。やり過ぎなくらいだった。
哀れな盗人どもを兵士に引き渡し、孤児院は再び眠りにつく。各入り口のひさしの上には、モフモフな悪夢が眠っている。
兵士に尋問された盗人どもは、恐怖から洗いざらい吐き出し、元凶のスカルピスが王都の教会から叩き出され、遠方の厳しい修道院に送られたと聞いたのは、事件からしばらくしてからだった。
更にしばらくして、それを知った小人さんが、コウノトリの袋みたいな物に包まれ、蜜蜂達に孤児院へ運んでもらっていたのは余談である。
その下には、必死の形相で追いかける、ドルフェンの馬が疾走していたとか、いないとか。
千尋はなんとかして、某妖怪アニメのようなブランコを蜜蜂に運んで貰いたかったのだが、いかせん上手くいかず、苦肉の策で作った巨大巾着袋を運んで貰っていた。
「重心がだよね。幼児体型で頭が重いから、うっかりすると引っくり返るんだわ」
「やめましょうよ、怖いです」
「ザックも乗せてあげるよ?」
「いりませんっ!!」
王宮周辺を飛び回る巨大な巾着袋。
今は誰もが悲鳴を挙げて見ているが、これが日常になるのも遠い未来ではないだろう。
ドルフェン含む王宮の人々は、かっ飛ぶ小人さんに追い付けない。
孤児院の護衛に成功したり、ブランコ作製に失敗したり、毎日、色々あるけれど。
今日も小人さんは元気です。
これを執筆中に貰った感想に、本文に関連した予想があり、思わず噴き出しました。読者様がエスパーなのか、ワニが分かりやすいのかww
お気に召されたら、お星様よろしくです♪