秘密基地の小人さん
季節の変わり目で体調も崩れやすい今日この頃。小人さんにも、ちこっと疲れが見えてきたようです。
総合ポイントも、もうじき二万になります。本当に、ありがとうございます♪
「どうして、こうなった.....」
千尋は毛布にくるまり震えていた。
全身が軋み、筋肉も関節も悲鳴を上げている。酷い高熱で、身体が固まり、ガチガチ震えて歯の根も合わない。
涙目に荒い息をつき、千尋は丸まり動けなかった。
事の起こりは昨日の朝。
「ん~? 何か熱っぽい?」
秋も中盤、夜の寒さが翌日にも残るようになった今日この頃。
しばし自分の額に手をあててみたが、良く分からないし気のせいかもしれないと、千尋は元気にベッドから飛び降りた。
「まあ、大したことないよね。サーシャぁ、ごはーん」
何の変哲もない一日がはじまる。 ......はずだった。
「なああぁぁぁあっ」
何故か厨房から全力で駆け出す小人さん。
その後ろからは数人の大人が追いかけてくる。
「待ちなさいっ、貴方が小人さん印の御菓子の権利を御持ちなのはわかっているんですっ! アナスタシア様に献上なさいっ!!」
「下がれっ、こちらは王妃様からの御呼びだしなのだっ!! 男爵令嬢、王妃様が是非昼食を共にと仰っておられますっ、お越しくださいっ!!」
「おまえら止まれっ!! 早くお逃げをっ、チヒロ様っ!!」
どうして、こうなったっ??
その日、いつも通り厨房で賄いを食べていた千尋の元に、突然、数人の侍従らが現れた。
........王宮では賄いの時間を狙うルールでもあるんかい。
じっとりと眼を座らせる千尋だが、単にその時間には、確実に彼女が厨房にいると人々に認識されているだけである。
何でも大まかな説明を聞いてみれば、王妃様と側妃様のお召しらしい。二組はそれぞれ睨み合い、バチバチと火花を散らしていた。
どちらが先に話すかで争い、ぎゃあぎゃあやらかす男らをポカンと見上げていると、訝しげな顔でドルフェンが厨房に入ってくる。
前回の蜂蜜の一件から、彼は小人さん専属の護衛となり、常に千尋の傍にいた。
元々、千尋に専任の従者をつける予定だったところに、あの一件だ。
小人さんがやけになついているのと、ドルフェン本人の猛烈な希望もあり、護衛はなし崩し的に彼に決まった。他はまだ選考中なんだとか。
「何なんだ、騒がしい。王妃様と側妃様ならば、王妃様が優先されるだろう」
険しい顔で侍従らを一瞥するドルフェンの背後から、複数の声がする。
そこには品の良いドレスに身を包んだ御婦人達。お仕着せなのだろうが、通常のメイド服とは違う気品があった。
侍女とか女官とか言う人らかな?
初めて見るタイプの女性達に、ちこっと小人さんの食指が動く。
「困りますわ。もし、内容がかぶっていたら、アナスタシア様に叱られます」
「こちらだって、王妃様に叱られるわ」
うえっ? 何人いるんだよ、不味くないか?
主要な侍従の他にもメイドや侍女がワラワラ現れ、思わず小人さんは逃げ出した。
小人さんの後ろについていたドルフェンが、彼女を逃がし、狭い通路で壁になる。
しかし多勢に無勢、さすがに抑えきれなかった。
群れる人々を掻き分け、ドルフェンが前に出ると、そこには右往左往する侍従らがいる。
千尋を追ってきた人々が、何時もの場所で彼女を見失ったのだ。
「あ...あれ? 何処へ?」
「御令嬢?? 何処ですか??」
「あああ、アナスタシア様に叱られるっ!!」
「王妃様に何と言ったら....」
小人さんを探しながら、狼狽える人々を眺めつつ、ドルフェンは厨房へと戻っていく。
音沙汰なくなれば、きっと小人さんは賄いを食べに戻るだろうと思ったのだ。
これが痛恨の後悔になるとも知らず、ドルフェンは踵を返してしまった。
「参るなぁ」
未だに千尋を探す人々の声に耳を澄ましながら、彼女は力なく秘密基地の寝床に寝転んだ。
ほんと、ここがあって良かったわ。
暖かい毛布にくるまりながら、千尋はウトウトと微睡む。朝から体調も良くなかったし、ご飯も途中だったし、全力疾走までして疲れてしまったのだ。
ぬくぬくな毛布に包まれて、彼女は気持ち良く睡魔に身を委ねる。
その夜、ジョルジェ男爵家が大騒ぎになるとも知らずに。
「チィヒーロが帰ってこないっっ??」
超高速で頷くのは、邸の応接室に並ぶナーヤとサーシャとドルフェン。三人とも顔面蒼白。
ただちに捜索隊が組まれ、文字通り草の根分けて探されたが、千尋は見つからなかった。
こんなに探しても見つからない、出てこない。有り得ない。異常事態だ。
真っ青な関係者一同。だが、まさか小人さんが秘密基地で、すぴすぴ眠っているとは思いもしなかった。
そして冒頭に戻る。
うっかり寝入った千尋は、翌朝、高熱で動けなくなっていたのだ。
恐ろしい程の寒気に固まり、ガチガチ震える身体は言う事をきかない。
あまりの寒さに息も絶え絶え。全身が縮みあがり、呼吸すらままならなかった。
それでも何とか階段裏から出ようと、千尋は毛布から這い出てみる。しかし、ほんの少し毛布を持ち上げただけで、凍るような寒気が彼女を襲った。
うーわーっ、ないないないないっ!!
毛布ごと転がってみようかとも思ったが、思いのほか毛布が重くて上手くいかない。
旧式の綿毛布だ。現代のモノと比べたら倍の厚さがある。さらには折り曲げてクシャクシャになっているから、転がりづらい事この上ない。
あー..... 詰んだ。
変に体力を使い果たしてしまい、千尋はシクシクと泣き濡れる。
ここから出られたら体力作りに励もう。そんな益体もない事を考えていた千尋の耳に、微かな叫びが聞こえた。
「チィヒーロぉぉぉっっ!! 何処だあぁぁっ!!」
暴れて走り回る熊親父。
緊急事態という事で、厨房は他の料理人に任し、ドラゴは一晩中走り回っていた。
その後ろをドルフェンも共に走る。
眼を皿にして走り回るガタイの良い男二人。周囲はドン引きだが、理由を知ると痛ましそうな顔になった。
子供が行方不明になるのは、まま有ること。
その大半は見つからずに、後日遺体で発見される。遺体も見つからない場合は御察しだ。この国にいないのだろう。拐かしも良くある事。
気の毒そうな視線をものともせずに走る二人の声が、どんどん近付いてくる。
近くにお父ちゃんがいるっ!!
「お父ちゃぁーん、あーっ、ここだよぅーっ」
力を振り絞って千尋は叫んだ。
それが聞こえたのか、怒鳴るような声と共にドスドスと足音がする。
「ここ.... お父ちゃん」
はあはあと荒い息をつき、千尋は何度もドラゴを呼ぶ。しかし、ドラゴの声に掻き消され、近くに来たはずの彼等には届かない。
「チィヒーロぉぉぉっっ、何処だぁぁぁっ」
「おかしいですね。声がした気がしたのですが」
「チィヒーロぉぉぉっっ!!」
お父ちゃん、うっしゃいっ!
脳裏で毒づきながら、小人さんは手元のお皿を手で弾いた。木の小皿は大した力を入れなくとも動く。
かららんっと甲高い音が鳴り、件の二人がバッと階段の辺りを見た。
「チィヒーロっ??」
それに応えるように、再び、からんと音が鳴る。
「何処だっ、チィヒーロ? どうした? 何かあったのか??」
階段周辺を駆け回る二人。二人が傍を通る足音がする度に、千尋は声をかけた。
「お父ちゃ.... ここ。階段の裏」
か細い声に耳を澄ませていた二人は、慌てて階段の裏を探す。
そして壁と階段の間に隙間を見つけ、その隙間から奥を覗いた。
「チィヒーロっ!! 何で、そんなとこにっ?!」
隙間から一番遠い位置に千尋がいた。真っ赤な顔で半泣きな幼子は、毛布にくるまりガタガタと震えている。
「お父ちゃ.... 寒いよぅ」
ズルズルと僅かばかり動いたが、すぐに力尽きて千尋は身体を丸めた。
寒い。手がかじかむし、身体を伸ばせない。
千尋は気づいていないが、一晩中震えていた彼女の身体は、高熱も手伝い体力を奪われていた。
カタカタ震える指先に困惑し、千尋は幼児な己の身体を呪う。
「チィヒーロぉっ! このっ、ぐうぅぅっ!!」
待ってろよ、父ちゃんが助けてやるからなっ
ドラゴが無理矢理、隙間に入り込もうとするが、三十センチもない隙間は大人を通さない。
千尋だって、最近はギリギリな隙間だ。ドラゴに通れる訳がない。
お父ちゃ.... 顔擦りむけてるよ。やめて...
熱に浮かされ、再び千尋の意識が遠退く。
それを見て、ドラゴの頭の中が真っ白になった。
「チィヒーロっっ!! 寝るなっ、起きろっ!」
必死に呼び掛けるも虚しく、小人さんはコトリと頭を横たえてしまう。
石造りで囲まれた周囲の底冷えは、容赦なく千尋の身体から体温を奪っていく。
しだいに顔色が白くなり、千尋の唇が少しずつ紫に変わっていった。
「うわあぁぁーっ、チィヒーロっっ!!」
ドラゴ達の騒ぎを聞きつけ、厨房や外から人が集まってきた。
そして千尋が階段裏の隙間に閉じ込められていると知り、場が騒然となる。
「階段を壊そうっ」
「馬鹿言えっ、破片が小人さんに当たったらどうするっ?!」
「下手をやって崩れたら石の下敷きだっ」
「じゃあ、どうするんだよっ」
やいのやいのと大騒ぎな裏口に、報告を受けたロメールがやってきた。
「見つかったって?」
千尋が発見されたと聞き、安堵に喜色満面だったロメールだが、状況の説明を受けて顔色を変えた。
何だってそんなとこにっ!
高熱に浮かされ力なく倒れる千尋を見て、一刻の猶予もないと、ロメールは横の部屋の壁を壊すように命じる。千尋に危険がないように少しずつ削るように。
壁と階段の隙間は一メートル程の奥行きがある壁。大人が通れるくらいまで広げるのは至難の技だ。
破片を飛ばさないよう削るため、遅々として進みは遅い。
ジリジリと削られる壁を見つめていた人々の視界に、何か黒い物が、しゃっと複数飛び込んできた。
なんだ?
モゾモゾと動くそれは、あっと思う間も無く隙間を通り抜け、中から小人さんを引きずってくる。
「チィヒーロっっ!!」
手元まで連れてこられた小人さんを抱きしめ、ドラゴは千尋を助けてくれた物体に、思わず眼を見張った。
他の人々も顔を凍らせる。
そこには、ふっくりと丸い巨大蜜蜂が数匹たむろっていた。
ぶぶぶっと羽音を鳴らし、非難するかのように人々を見上げる蜜蜂達。
そしてふと気がつくと、裏口には大きな影が。
「......クイーン・メルダ」
固唾を呑むロメールを睨み付け、メルダの怒りに満ちた複眼には一つ残らず憎悪の光が揺れていた。
ノシノシと裏口から入ってきたメルダは、見覚えのある王弟の前に立ち、嫌悪も顕に睨め下ろす。
《チヒロ様の魔力が大きく揺らいでいると思えば..... 貴殿方は何をしているのですか?》
鋭く羽音をたてるメルダ。しかし、メルダの言葉は千尋以外には伝わらない。
それを察して、彼女は壁にガリガリと心中を綴った。鋭利な爪が容易く石を削って文字を書く。
首を傾げていた人々が、壁の文字を読み取り、驚愕と羞恥を同衾させた顔で俯いた。
巨大蜜蜂に説教を食らう人々の図は中々にシュールである。オプションは絶句して戦慄く王弟殿下。
彼女はドラゴに、さっさと小人さんを医師に見せるよう指示を出し、話を聞きつけた国王がやってくるまでメルダの説教は続いた。
ちなみにメルダの逆鱗は国王にも及び、場所を変えてメルダに説教された国王陛下は涙目である。
森の主が知性ある魔物なことは知られていたが、まさか文字にまで精通しているとは思わず、新たな発見に、学者らが狂喜乱舞したのは他愛ない余談だ。
事の起こりが厨房での騒ぎなのだとドルフェンから聞いた国王の雷が、王妃と側妃にも落ちた事は言うまでもない。
芋づる式に小人さんが金色の女王である事もバレて、メルダの説教の後に、国王からも説教を食らったロメールが一番の被害者だろう。
後日、千尋の全身に湿疹が出てきて、再び雄叫びを上げて走り回る熊親父がいたのは御愛嬌。
突発性発疹か..... 熱が高い訳だわ。
乳児に多い症状だが、稀に幼児にも出る。
自由気儘にやっているようで、実はストレスが溜まっているんだなぁと、千尋は自分の頭を撫でた。
まあ、子供は病気してナンボだ。病気になっても動けるように体力作りするべ。
明後日な方向に前向きな小人さんである。
後日、あらゆる階段の隙間に鉄柵が張られて、ガックリ項垂れる事になるのだが、今の彼女は、それを知らない。
病気になったり、心配かけたり、説教食らったりもあるけれど。
今日も小人さんは、元気にお城を駆け回る。
もうじき三歳になる千尋。
過保護なのは王宮の面々だけではないようです。
小人さんの影にメルダ有り♪
お気に召されたら、お星様よろしくです。