小人さんの騎士 ~後編~
短いですが、切りが良いので投稿します。
そして気づくとポイント一万越えブクマ三千越えてました。
本当に、ありがとうございます。
悪役令嬢の記録を抜きました。このまま行けるように投稿頑張ります。
「やっふぁいっ」
森の入り口でドルフェンは千尋を下ろし、近くの木に馬を繋げる。
すると森の奥から鋭い羽音が聞こえ、森の主の子供らが現れた。
思わず凍りつくドルフェンだったが、それを余所に千尋はやって来た巨大蜜蜂に手を振って挨拶する。
やっふぁい? なんだろう? 森の主への挨拶だろうか?
現代日本人のニュアンスやイメージによる言葉を訝るドルフェンの前で、左右から蜜蜂にたかられた小人さんが、ヨロヨロと倒れかかった。
「危ないっ」
慌ててそれを支え、たかる蜜蜂らを振り払いながら、ドルフェンは千尋を抱き上げる。
「おまえらっ、危ないだろう、チィヒーロ様はか弱いのだっ、弁えろっ!」
一瞬、怒気に満ちた即発な雰囲気が辺りに漂うが、千尋の暢気な声が不穏な空気を霧散させた。
「メルダー、蜂蜜ちょうだーい」
途端、多くの羽音が響き渡り、一際巨大な影が空を翔る。その影は上空を一周すると、柔らかい風を纏い千尋の前に降り立った。
《ようこそ、我が王よ》
「蜂蜜もらいにきたの。魔力いる?」
《是非にっ!》
「.....魔力って、どうやって出すんだろ?」
千尋は己の両手を見つめ、パチクリと眼をしばたたかせる。
その可愛らしい仕草に眼を細め、ドルフェンは得心顔で微笑んだ。
「まだ習っておられないのですね。こうです」
千尋を抱いたまま、ドルフェンは某かを呟く。すると彼の周囲に靄がたち、それは水滴を含んだ霧となった。
「ふあああぁぁ、すごいね」
「私は水の属性なので。このように呪文を詠唱して、魔力を引き出し魔法をつかいます」
....とくん。
あれ? この感じ。あの時の.....
千尋の心臓がモヤモヤして高鳴る。これは以前、ロメールが魔力を放出した時に感じたモノと同じだ。
瞬間、どくんっと大きく心臓が跳ねた。
「ふあっ??」
ドルフェンらが見守る中、千尋の全身から帯のように金色の魔力が迸る。半径五メートルほどの球状に広がりキラキラと瞬く光。
幻想的な光景に眼を奪われ、ドルフェンは言葉も出なかった。呆然と光を見上げている。
これが金色の魔力.........
伝説を目の当たりにし、彼は舞い落ちる光を心地良さそうに浴びていた。
「これで良いのかな。呪文わからないのに、良くつかえたなぁ」
《十分ですとも。多いくらいです》
にっこにこなメルダ。その呟きを拾い、ドルフェンは眼を見開く。
そうだ、チィヒーロ様は呪文を唱えていない。
美しく強大な魔力に見惚れ、失念していた。
無詠唱? いや、私の詠唱に同調した? 有り得るのか? そんな事。
千尋は、驚愕の眼差しで自分を見つめるドルフェンの視線に、全く気づいていなかった。
「どうしよう?」
「あー.... これは想定外ですね」
目の前には以前もらった蜜蝋の入れ物が五つ。一つにつき三匹の蜜蜂が支え、ぶら下げている。
一本なら馬にくくりつけ運べるが、さすがに五本は無理だった。
《どうなさいました? ささ、いくらでもお持ち下さい♪》
超ご機嫌なメルダには悪いが断るしかない。
あーっ、でも勿体無いなぁっ
理性と物欲の狭間で悶える千尋を見つめ、ドルフェンが愉快そうに囁いた。
「なんなら私が運びましょうか?」
「へあっ? この量を?」
「はいっ」
彼女は忘れていた。魔法の存在を。
何十本もの材木を掌サイズの玉に封じていたアレを。
侯爵家の次男なドルフェンは、これらを封じても有り余る魔力の持ち主だった。
「これでしばらくは保つな。助かる」
《王よ。良ければ配達させますが?》
「ホントに?? ....あー、やめとく」
一瞬、同意しそうになった千尋だが、この巨大蜜蜂達が街や城に現れたら大騒ぎになるだろう。
いらぬ騒動は起こさないに限る。
少しは成長している小人さんだった。
そしてふと思案気な眼をメルダに向ける。
「あとさぁ。王ってのやめて? うちら主従関係でもないし、ギブアンドテイクの友達でしょ?」
《では、なんと御呼びすれば....?》
「千尋で」
《チヒロ様ですね。承知いたしました》
「そうそう..... えっ?」
千尋はガバッとメルダに飛び付いた。
「もっかい、呼んでっ? 千尋ってっ」
《どうなさいました? チヒロ様》
マジかぁぁあっ、名前を聞き返されない初めての相手が魔物とはっ!
メルダの声は自分にしか聞こえない。たぶん思念の交換なのだろう。だから、発音に関係なく通じるのだ。
久方ぶりに真っ当に自分の名前を呼ばれ、思わず涙ぐむ小人さんだった。
「.....ヒロ様」
「ん?」
行きと違い、帰りはポックリポックリと穏やかに進む馬上で、ドルフェンがブツブツと何かを呟いている。
思わず聞き返した千尋は、真剣で不安そうなドルフェンの顔に眼を瞬かせた。
「チィヒロ様?」
「え?」
「いや、違う、チッヒロ様?」
辿々しく何度もイントネーションを変えて、小人さんの名前を呟くドルフェン。
彼の意図を覚り、千尋の瞳がみるみる限界まで見開かれた。
ドルフェンは、正しく千尋の名前を呼ぼうとしている。
たぶん、先程のメルダのやりとりから、何かを察したのだろう。
思わず千尋は口を引き絞る。うっかりすると泣きそうだった。
「.....チヒロだよ」
「チィ...ヒロ様」
「チヒロ」
「チヒっ..ロ様?」
「そうっ」
「チ...ヒロ様、チヒロ様」
「うん」
ドルフェンは、華が綻ぶかのように満面の笑顔で何度も小人さんの名前を繰り返した。然も嬉しそうに。
それに返事を返しつつ、千尋は眼の奥が熱くなるのを止められない。
ホント..... 周りに恵まれてるなぁ、アタシ。
心から己の幸運を噛み締め、小人さんはポトリと小さな雫を落とした。
なんか涙脆いなぁ。大泣きしてから、タガが外れたみたいだ。
至福の時間はすぐに過ぎる。
上機嫌で戻ってきた二人を待っていたのは、魔王のごとき真っ黒な憤怒の笑みを浮かべた、王弟殿下と騎士団長。
この後に落とされる稲妻の嵐を、今の二人は知るよしもない。
懐かしいイントネーションで名前を呼ばれ、ホロリとしたりもありますが、今日も小人さんは元気です。
はい、お粗末様です。
小人さんは優しく忠実な騎士を仲間にしました。きっと心強い味方になってくれるでしょう。
電子の海の片隅で、ワニが養蜂を始めました♪




