小人さんの騎士 ~前編~
お休みする予定が、現実逃避につい書いてしまいました。
予言、怖い.....
詳しくは申せませんが、ホントに来ました書籍化の話。
え? ほんとに? なんでしょう、このモヤモヤ。うちの娘を嫁に下さいと言われた父親のような複雑な気持ちです。(しかも幼女)
「....と言う訳で、こちらは返品されました」
国王陛下の私室で、ロメールは開封済みの封筒を差し出す。
それは小人さんに宛てた、王妃からの招待状だった。内容は妃達と殿下らとの御茶会。
仮親の契約は養父母と同じ。子供側には実子と同様の権利が出来る。
なので子供同士や、妃らとも顔合わせをし、家族の一員として紹介するつもりだったらしいが。
今回の件である。
「医師の診断によれば、心因性の病らしいです。気の持ちようだとは思いますが、幼児に望むのは酷なこと」
「心因性.... 原因は?」
「....たぶんですが、城で死にかかった記憶が心の傷になっているのではないかと」
戦争帰りの兵士に良く見られた症状だ。
心に負った傷が、ある日いきなり血を吹き出し、凄惨な戦場を思い出して半狂乱になったり、心身的にも病に伏したりする。
大の男でも泣き叫び、前後不覚に陥るのだ。幼い子供の心などひとたまりもないだろう。
その病の事は国王も良く知っていた。
「そうか。それで..... 酷い事だ」
「幸い今は落ち着いています。しかし、何が引き金になって、また起こるか分かりません。王宮に呼ぶのは得策ではないでしょう」
「そうだな」
しんみりとする二人。
当たらずしも遠からず。こうして、周囲に暖かく見守られ、小人さんの平穏は守られた。
.....はずなのだが、何処にでも斜め上を爆走するヤツはいる。
「お前が新しく妹になったヤツか」
「はい?」
厨房で賄いを食べている千尋の目の前には一人の少年。ザックよりちょい上か、薄紫な髪に金色の眼をしている。
彼は物珍しそうに千尋を眺めると、その正面の椅子に腰を下ろした。
周囲の料理人達がハラハラと見守る中、少年は困ったような顔で幼女を見つめる。
「何故、母上の招待に応じない? 悲しんでおられたぞ?」
「......? 何の話でしょう?」
「御茶会だ。知らないのか?」
「聞いてません」
二人はパチクリと視線を合わせ、少年は少し上を見上げ、千尋は少し下を見た。
そんなん来てたのか。たぶん、お父ちゃんらが気を利かせて断ってくれたんだろうな。
しかし、誰だ? コイツ
知らせてないのか。なら、ここで誘うかな。王妃の御茶会だ。喜んで来るだろう。
それぞれが思案を巡らせる中、国王と話をつけたロメールがドラゴと共にやって来た。
そして対向かいに座る二人を見つけ、一瞬、顔を強張らせる。
何だ? コレ。
顔を強張らせつつもロメールは、目の前の少年に話しかけた。
「殿下? 何をしておられるのですか?」
「ああ、叔父上。良いところに」
殿下と呼ばれた少年は、ロメールを見て快活に笑う。
「新しい妹が出来たと聞いてな。御茶会に来ないらしいので、何故来ないのか聞きに来たのだ」
「.......殿下」
ロメールは残念な物を見るような、思いっきり生温い眼差しで彼を見つめ、軽く首を振る。
だが、それに気付きもせず、殿下と呼ばれた少年は千尋に話を続けた。
「チィヒーロだったか? 私は国王陛下の長男、ウィルフェだ。そなたの兄になる。王妃の第一子。よろしくな」
ポカンとする幼子に優しく微笑み、彼はそっと手を伸ばすと千尋の頭からフードを下げる。
途端に広がる淡い金色の髪。ウィルフェは瞳に弧を描いて頷くと、その柔らかな髪をすいた。
「なるほど、見事な金髪だな。我が妹に相応しい。瞳も..... 金の光彩に近いな」
何をされたか分からずに、一瞬、千尋は固まる。
きもっ! 普通、初対面の女の子の髪に、いきなり触るかっ???
慌ててフードをかぶり、椅子から飛び降りると、千尋はドラゴの脚にしがみついた。
小さな手が、ぎゅっとズボンを掴み、皺をよせる。
なんだ、コイツ!
不躾だなっ、勝手に人に触るなしっ!!
ドラゴの陰に隠れて、千尋はウィルフェをキッと睨み付けた。
その姿は、まるで小動物がフーッと威嚇しているようで、とても可愛らしい。思わずほっこりとする周囲の大人達を余所に、ウィルフェはやや不満顔だ。
「兄が来たというのに、その態度は何だ? 無礼であろう」
誰が兄かっ誰がっ、形だけだろうもっ。.....あ、いや、リアル血縁だな。どうでも良いけど。
実父母らが養父母という、こんがらがった関係に、千尋が少し遠い眼をしていると、ウィルフェがまた無遠慮に近づいてきた。
千尋はそれに気付き、ぴゃっと顔をすくませて脱兎の如く逃げ出す。
「あっ、こら、待てっ!」
逃げた小人さんを追う王子。慌てて大人らも後を追うが、走った先の裏口には茫然と立つウィルフェしかいなかった。
「何処へ? いきなり消えたぞ??」
厨房から洗濯場を抜け、角を曲がった裏手は外に出る裏口とテラスに上がる階段しかない。
階段を上った足音はしなかったので、裏口から外に出た王子は、何処にも小人さんの姿がないのに驚いた。
左右は長く続く城の壁。正面はひらけた芝生。
あの小さな子供はどこに消えたのか。
キョロキョロと周囲を見渡す王子に、追いついたロメールが同じように視線を振った。
「まあ、何時もの事だな。チィヒーロは逃げるのが上手いんだ」
「そうですな。アレは俺にも一度も捕まった事がない」
ドラゴも以前、こっそり厨房で働く千尋を捕まえようと何度か追いかけた事があるが、同じように此処で見失っていた。
「なぜ逃げるのだ? 王妃の御茶会の招待だぞ? しかも王子たる私が直々に来たのに...... 意味が分からない」
いや、意味が分からないのは、お前の行動だ。
うっそりと眼を細め、ロメールは黒い笑顔を浮かべる。
「それはこちらの台詞ですね、殿下。何故に御一人でおられますか? 側仕えらはどうしました? 彼等は貴方をお止めしませんでしたか?」
ギクッとウィルフェの肩が揺れた。
「それは.....」
新しい妹に興味津々で、御茶会の招待にかこつけて会いに行こうとしたウィルフェは、側仕えらに止められ、それを撒いてやってきたのだ。
目の前の叔父はお見通しなのだろう。薄く笑みをはき、ウィルフェを見据えている。
「詳しいお話は殿下の宮で聞きましょう」
そう言うと、ロメールは問答無用でウィルフェを連行していった。
しばらくして誰もいなくなった裏口に、ひょっこりと千尋が現れる。
「面倒事が多いなぁ。ま、お父ちゃん達が何とかしてくれるだろ」
アタシは子供なんだから、あとは任せた。
いなくなった二人に揉め事は丸投げし、すちゃっと敬礼して見送ると、小人さんは足早に王宮から逃げ出していく。
皆様、御察しのとおり、裏手の階段デッドスペースには千尋の秘密基地があり、逃げた彼女はいつもそこで身を潜めていた。
窮地を脱してから十日ほど暮らした小人さんのお家。
そこは更に改造され、こっそり厨房から拝借した籠をひっくり返したテーブルに、蜂蜜や御菓子が仕舞われていて、千尋は時々、まったりと御茶などを楽しむ。
一人になりたい時にも活躍する、子供に有りがちな秘密基地。
まさかこれが、この後の大騒動になろうとは、小人さんは夢にも思っていなかった。
「だから、何故にチィヒーロは母上の御茶会に来ぬのだ? 母上は落ち込んでおられたぞ?」
側仕えらと共に一頻り説教を受けたウィルフェは、説教の後にロメールへ噛みついた。
「色々あるのですよ。殿下、間違ってもチィヒーロを問い詰めてはなりませんよ? これは私達、大人が決めた事です。チィヒーロが決めた事ではありません」
ロメールは、ウィルフェに言い聞かせるよう話し、その場を終わらせる。
納得のいかないウィルフェだが、言われた意味は理解していた。
あんな小さな子供に決定権がある訳はない。よくよく考えれば、周囲の大人らの考えだろう。
責めるような事を言ってしまった。自分が悪かった。
しょんぼりと肩を落とす王子を見て、側仕えらは不思議そうに首を傾げる。
そんなこんなで数日が過ぎ、王妃の御茶会が開かれた。
香しい御茶と軽食が振る舞われる御茶会。
薄いサンドイッチやカナッペ。飾り切りされた果物に、少量の蜂蜜。
いつものメニューに、今回は少し趣が変わった物がある。
中央に置かれた不思議な食べ物。
「これは小人さん印の御菓子と言って、市井で流行っている物なの。とても甘くて美味しいのよ」
甘い?
そこに居る誰もが眼を見張った。
甘いと言えば果物か蜂蜜だ。蜂蜜は、こういった王妃主催の御茶会や、王宮晩餐会などでしか振る舞われない。
御菓子もあるが、甘味には程遠い代物だった。地球で言えば、甘味ではなくスナックにあたる。
提供された小人さん印の御菓子に、王妃の御茶会が騒然となったのは言うまでもない。
「あれを平民が独占しているなんて、おかしいのではなくて?」
嫌悪も顕に嘆息するのは第一側妃、名をアナスタシアと言う。彼女は王妃の御茶会で食べた甘味に、すっかり虜になっていた。
思い返しても背筋が震える。あの濃厚で豊かな味わい。甘くて口の中で蕩けるような舌触り。
蜂蜜一口でも感激するものなのに、あの御菓子らは、それの上をいく別格だった。
それが平民の作る御菓子?
「調べなさい。出所や権利を持つ者を。言い値で、わたくしが買いましょう」
側妃の言葉に頷き、王宮の側近らが動き出す。
これが、また、事態を大きくしていくとも知らずに。
「そろそろメルダに蜂蜜もらわないとなー」
千尋は心許なくなった蜂蜜を見下ろし、すんっと鼻を鳴らした。
自分の御菓子や騎士団への販売、そして孤児院へと回され、メルダからもらった蜂蜜は、あっという間に減っていく。
六角の蜜蝋の器には残り1/5程度しか入っていない。
「ちょっと行ってくるかな」
森まで馬で三十分くらいだった。幼児の足でも二時間はかからないだろう。
そう考え、いつもの斜めがけ鞄にお金とハンカチ、地図を入れ、千尋は邸を抜け出した。
だが前科のある小人さんだ。そうは問屋が卸さない。
「えーと?」
「うん?」
微笑みながらも、仁王立ちして動かない門番。
「おつかいに行きたいの」
「何処へ?」
「.....森?」
「勘弁してくださいっ、御令嬢っ!!」
前回、知らずに通してしまったのが男爵の御令嬢で、さらに金の光彩を持つ王族だったと知り、門番は己の死を覚悟した。
幸い大事に至らず不問にされたが、あの時の恐怖を忘れられる筈がない。
門番は、しゃがみこんで小人さんに目線を合わせると、その時の状況や心境を事細かに語った。
「なので、御願いします。城から出ないでください。出るなら、どなたか大人と御一緒で御願いします」
半泣きで説明する門番にいたたまれなくなり、千尋は、そそくさとその場をあとにする。
遠くから様子を窺っていた騎士らが、即対応出来るように飛び出す準備をしていたとも知らずに。
あてどもなく、ぽてぽてと歩きながら、千尋は溜め息をついた。
「むーっ、蜂蜜.....」
しょんぼりと項垂れる薄緑のてるてる坊主。それに噴き出し、ドルフェンが柔らかな声音で声をかける。
「どうなさいました、御令嬢。お顔が曇っておられますよ?」
焦げ茶の髪に薄青い瞳。然り気無く現れた美丈夫に、千尋は情けない顔で話をした。
「蜂蜜ですか。森の主から頂いていたのですね」
「うん。魔力と交換なの。好きなだけ持ってっても良いって」
それを聞いて、ドルフェンは瞠目する。森の主から賜るなど有り得ない。有り得るとすれば、ただ一人。
「金色の王....?」
「うん? なぁに?」
ドルフェンは、すかさず幼子の前に膝をついた。
前回の森来訪に彼は同行しておらず、関係者で秘匿された森の主とのやり取りも当然知らなかった。
小人さんの御菓子の蜂蜜が、何処から調達されているのか初めて知ったのだ。
そして、金色の王と呼ばれた彼女は、何の疑問もなく振り返った。
金色の王という名称が、自分を指すものだと知っておられる。
「大変失礼いたしました。まさか、御身が光玉とは存ぜず.... 貴女の望みは森を訪ねる事。間違いございませんか?」
「うん、森に行きたい」
素直にコックリと小さく頷く幼子。
それに眼をすがめ、眩しそうに見つめながら、ドルフェンは満面の笑みで大きく頷いた。
「かしこまりました。不肖、このドルフェン、光玉のためならば死地にも赴きましょう」
大仰な。
惚ける千尋を抱き上げ、ドルフェンの口元が微かに震える。
なんと光栄な事か。この時代に金色の王.... いや、女王が降臨なさるとは。
こうして腕に抱く誉れまで頂いて。ああ、なんて御可愛らしい。このドルフェン、全身全霊でお仕えいたしますぞっ!
既に伝説化している金色の王。
実在するのだと知ってはいるが、何せ数百年に一度あるかないか。
神格化されるのも無理はなく、筆頭侯爵家であるドルフェンの実家には、多くの書物とともに、その記録も遺されていた。
それにどっぷりと浸って育った彼は、目の前に現れた伝説に恍惚となる。
こうして小人さんは、忠実な騎士を手に入れた。
ドルフェンは森へ向かうべく自分の馬を持ち出し、小人さんを乗せると、通用口ではなく正面の門を駆け抜ける。
制止の声も振り切り、駆け出した彼に、護衛の騎士らは声もなく立ち竦んだ。
「どういう.... え?」
「馬に乗せるだけじゃ.... うっそだろーっっ!」
一部始終を見ていた彼等は、落ち込んだ小人さんを慰めて、気分転換にでもと馬に乗せたとばかり思っていた。
まさか、そのまま駆け出すとは。
「殿下に....っ、殿下に報告しろーっ!」
顔面蒼白な護衛騎士らを余所に、小人さんは征くよ、何処までも。
彼女に忠実な騎士を従えて。
双眸を期待に煌めかせ、遥か彼方、萌える森へ向かう小人さん。彼女は今日も元気です。
続きます。ドルフェン、おまい考えなさすぎ。こう動くとは思わなかった。
ホントにワニの子供らは自由人です。
電子の海の片隅で、書籍化打診のメールを仏壇に上げて、手を合わせるワニがいますww




