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あなたのお城の小人さん ~御飯ください、働きますっ~

 割り込みです。短編投稿した一話を入れます。メッセージで遣り方を教えて頂きました。

 ありがとうございます。


「......おなかすいた」


『え?』


「........」


『は? え? ちょ、まっ、待って!』


 その時、いきなり意識が急浮上する。


「ーーーーーーーっっ!!」


 薄暗い闇の中で、彼女(・・)は眼を覚ました。


「かはっ、....うぇ、なに、ここ」


 そこは貧相な埃っぽい部屋の中。床は薄汚く、どうやら自分は、ここに倒れていたらしい。

 粗末な寝台しかない狭い部屋の中で、彼女は大きく深呼吸する。

 

 落ち着いてきた。ここは城の片隅の空き部屋だ。


 そして自分は相模千尋(さがみちひろ)。現代日本で独身貴族をきどるアラサーだった。交通事故で死んだまでは記憶にある。って事は、私、生まれ変わった?


 欠片ほどしかない、この子の記憶の断片を繋ぎ合わせてみると、どうやら何かが起きてここに放置されたらしい。


「どこぞのラノベかよ。しかも衰弱死しかかってるって、転生特典とかないんかいっ!」


 彼女は小さな自分の手を見る。

 二歳か三歳か。何でこんなとこに放置されたのか。


 夢現のように断片的な記憶を寄せ集めて、ようやく理解した。


「あ~~。第八王女か。死に損ないな」


 新生児からの記憶からすると、虚弱な王女だったらしい。二年ほど乳母が育ててくれたが、まともに歩く事も出来ず、両親に見捨てられたのか、ここに放置された。

 それからどれ程たったのか。餓えて渇いて死ぬ間際な瞬間、前世の記憶が甦った。

 いや、元々この子の中で眠っていただけかも知れない。たゆとうような意識の中、お腹を空かせた子供を励ましていたような気がする。

 

「この子、死んじゃったのかなぁ」


 こうして記憶が戻ったのは、この子の魂が死んでしまったからかも。

 それとも死にたくない本能が私を目覚めさせたのか。理由は分からない。


 だが、これだけは断言出来る。


 .......死んでたまるかっ!!


 渇いてパリパリな唇を噛み締め、油断すると朦朧となる意識を繋ぎとめながら、千尋は今の自分を救うべく動き出す。


 空腹を通り越して痛みに呻く身体を引き摺り、彼女は這うようにドアへたどり着いた。

 扉に張り付きノブを下げると、カチャっと音をたててドアが開く。

 

「施錠はされてないな。よし」


 歩く事もままならない身体を駆使して、ズルズルと彼女は這い出し、しげしげと辺りを見渡した。

 堅牢な石造りの廊下。地下の作業場的な感じだ。

 そしてしばらく行った先の部屋に井戸を見つけ、彼女は桶に溜まっていた水に顔を突っ込んだ。

 ガブガブ水を飲み、渇き切っていた喉を潤すと、ようやく人心地つく。


「ここは.....洗濯場かな?」


 何もかも分からない未知の世界だ。ここが何処なのか。地球世界か、異世界か。はたまた、何処か別の場所か。


 ただ記憶の片隅に、王冠を着けた両親と槍を持った兵士らの姿がある。現代社会では有り得ない光景だ。

 赤子の記憶なので、あまりハッキリとはわからない。


「異世界かなぁ。開幕、幼児でサバイバルとか、勘弁してほしいんだけど」


 しかもギリギリ幼児だ。離乳したばかりの。

 施錠もせずに閉じ込めたって事は、ほんとに弱った子供だったんだろうな。開けられるとは夢にも思ってなかったって訳だし。

 国王夫妻が両親なのに、城の片隅に棄てられるとか。まあ第八王女じゃ仕方無いか。

 他に健常な王女が七人もいるのだ。二歳になっても歩けもしない虚弱な王女など塵も同然、育てるだけ無駄だと思われたのだろう。


「取り敢えず食べ物だ。何か良い匂いするし」


 先程から微かに漂う食べ物の香り。餓死寸前の空きっ腹には堪えるわ。


 幼児な彼女は、再びズリズリと石畳の廊下を這いずっていった。




「遠い....」


 息を切らせ這いずる事、数十分。彼女は人の気配がする場所へたどり着いていた。

 どうやら厨房のようで、時折忙しそうに人が出入りしている。

 そっと影からそれを窺い、どうしたものかと千尋は思案した。


 自分は捨て去られた訳で、確かあの部屋へこの子を、閉じ込めたのはメイドのような女だった。

 目の前を行き交うのは同じような制服のメイド達。


 これって見つかったらヤバくね? あの部屋に戻されて、今度は鍵をかけられるかもしれない。

 そんな事になったら、即アウトだ。バッドエンドまっしぐら。


 しばし考え、千尋は近くの大きな棚の下へ、床にペッタリと張り付きながら潜り込んだ。ここなら見つからないだろう。人がいなくなるまで待って、こっそり食べ物を頂こう。


 こんな遠くの匂いに反応してたのか。餓えって怖いな。


 先程頭から浴びた水が、髪を伝って頬っぺの下に水溜まりを作る。それに混じる小さな涙。


 お腹空いた.... ひもじいよ


 あまりに虚しく切なく、千尋はポロポロと零れる涙を止められなかった。

 何で生まれてきたのだろう。こんな悲惨な目に遭うなら、いっそ一思いに殺してくれたら良かったのに。


 自分の手を汚したくなかったってか?


 訳も分からず、哀しい気持ちで最後を迎えただろう幼子の心境を思うと、涙が煮え滾ってくる。


 絶対死なない。生き延びてやるんだ。


 そして無力な幼子を死なそうと棄てた奴等に天罰をくれてやる。


 そんな事を考えながら、疲れ果てていた彼女は襲いくる睡魔に負けて、うとうとと眠りについた。




「ほにゃ?」


 何かしら冷たい物を感じ、千尋は眼を開ける。

 するとそこは明るく、彼女は毛布に包まれ長椅子の上に寝かされていた。


「へ?」


 思わず眼をパチクリさせる千尋に、陽気な声がかる。


「おう、眼が覚めたか?」


 白いコックコートを着た男性が、にかっと破顔して彼女を見ていた。

 思わず身体を起こそうと千尋が身動ぎすると、額からポトリと何かが落ちる。

 視線を振ると、それは濡らした手拭いだった。

 その手拭いを拾い上げ、男性は彼女の顔を拭う。


「こんなに汚れて。何処の子だ? 城の中に入ったらダメだと父ちゃんか母ちゃんに言われなかったか?」


 城には多くの使用人が家族と共に住み込んでいる。どうやら、そこらの子供だろうと男性は思ったらしい。

 無言で見つめる幼子に呆れたような溜め息をつき、彼はスープとパンを出してくれた。


「昨夜の賄いの残りだ。食っていけ」


 湯気をたてるスープに柔らかそうなパン。


 質素なそれを見つめ、千尋の眼から再び涙が零れた。


「おいおい、どうした?」


 ほたほたと泣き出した子供に慌てる男性を無視して、千尋はスープをすすりパンを噛る。

 上手く口に含めず、端から溢しながらも、彼女は嗚咽をあげ必死に食べ続けた。

 離乳食から幼児食へ移行中の年齢な上、極度に餓えて弱った胃袋が、食べる事を拒否する。

 思わず上がる嘔吐感をむりやり押さえ込み、千尋は少しずつスープを飲み込んでいった。


 死にたくない、死にたくない、食べるんだ。


「....おいひぃれす」


えぐえぐと泣きながら食べ続ける幼子に絶句しつつも、男性は垂れている鼻水を拭いてやり、切無げに苦笑する。


「美味いか?」


「んまぃ」


 男性に見守られ、千尋は今世初の食事にありついた。

 それはこの世の物とは思えぬほど美味しい食事だった。




「名前は?」


「千尋」


「チィヒーロ?」


「ちなう、千尋」


「チィヒーロ」


「.....も、それで良い」


 彼の名前はアドリス。厨房の見習いで下拵えのため朝イチにやってきたらしい。

 それで棚の下からはみ出した千尋の足を見つけ、隠れていた彼女を引きずり出し、毛布でミノムシにして保護したのだという。


「ちっせぇ足が出てるんだもんよ。驚いたわ」


 ケラケラ笑いながら、アドリスは手提げの籠を千尋に渡す。

 幼子に抱えられるサイズのそれには、薄く切った野菜が挟まったパンが入っていた。サンドイッチみたいだが、彼女の知る日本の物とは違い、中身が薄くて少ない。


「キューカンバーサンドだ。持っていけ。籠は父ちゃんか母ちゃんに渡してくれれば良い」


 ほけっと見上げる千尋の頭をポンポンと叩き、彼は仕事に戻って行った。


 .......神様じゃなかろうか。


 渡された籠を大切に抱き締め、千尋は深々とおじぎする。


「ありがとぉ」


 微かな声を耳にして、アドリスが振り返ると、そこに幼子の姿はなかった。






 千尋は籠を抱えてご機嫌だ。


「食べ物だ。大事に食べよう」


 そしてふと、この先どうするか考える。

 あの部屋に戻りたくはないが、他に何処か寝られそうな場所はあるだろうか。

 ポテポテ歩くうちに彼女は自分の足が笑い出している事にも気づいた。

 記憶の中ではつたい歩きしか出来なかった幼子だ。

 千尋が歩き方を知っているから、無意識に歩いてはいるが、ここ暫くの衰弱も手伝って、まるで生まれたばかりの小鹿みたいな歩き方になっている。


「ぐぬぬ、どこか落ち着ける場所を探さないと.....」


階段と壁の隙間に座り込み、千尋は深い溜め息をついた。


 そろそろ外が白んでいる。もう少ししたら城の人々が動き出すだろう。


「どうするかなぁ」


 思わず天井を仰いだ彼女は、自分が幼子な事を忘れていた。そのまま頭の重さにひかれ、真後ろにステーンと転がる。


「いったぁぁぁあっ」


 まともに後頭部を強打し、千尋は涙目でもんどり打った。

 すると、コロンと段差に転がる。


「え?」


 そこは階段裏のデッドスペース。階段は緩やかに湾曲しているため、そこそこな広さがあった。

 はっと彼女の頭が閃いた。


 ここなら棲み家にしても良くね?


 千尋はポテポテと歩き回り、自分が閉じ込められていた付近の階段に眼をつける。

 さっきの階段より幅は狭いが、ここなら滅多に人も来ない。

 同じように壁と階段の隙間に入ると、やはりそこにもデッドスペースがあった。

 狭いとはいえ、千尋が五人くらい横になっても余裕な広さはある。


 やりぃ、住居問題、解決!!


 喜び勇んで彼女は洗濯場から洗いたてらしいシーツと毛布を数枚拝借した。

 汚れたら洗い物に混ぜて、また新しいのを貰えば良い。


 私の事を育児放棄して棄てたんだから、これくらいは慰謝料よね。


 しかし衰弱気味だった上、疲労困憊になった幼子は、棲み家の中を設えると、パッタリ倒れ熟睡する。

 御腹が膨れたのもあるのだろう。満たされた身体は無意識に暖かい毛布にくるまり、千尋は幸せそうに寝息をたてた。


 ぐっすり眠りこみ、夜明けから陽が沈み、さらに夜半を越えてから、ようやく千尋は眼を覚ます。


「うっわ..... めっちゃ寝た。これ絶対に一日近く寝たよね」


 でもおかげで疲労は回復した。水分や食事をとったのもあるのだろう。身体がかなり軽い。


 .....幼児だしな。


 そしてふと喉の乾きを覚え、洗濯場の井戸に向かう。しかし、今回は盥に水はなかった。

 さすがに井戸は動かせないだろうなと、彼女はポテポテ厨房に向かう。

 深夜の城に人気はない。

 覗き込んだ厨房も真っ暗だった。しかし暗闇を徘徊していた千尋の眼は、かろうじて物の輪郭や色が朧気に見える。

 

「洗い場は..... ここか」


 石製の洗い場の横には井戸があった。その横に大きな瓶が幾つもならんでいる。


「これかな?」


 木の板でされた蓋をずらすと、そこはタプンと透き通った水に満たされていた。

 ごくっと喉を鳴らし、千尋はコップを探すと、それに水をつぐ。


 コクコクコクコク。ぶはぁ、美味しい。


 一気に飲んでから、彼女はふとコップを見つめた。


 水差しほしいな。コップと、小さなお皿も。


 キョロキョロと辺りを見渡し、テーブルの上にひっくり返された水差しやコップを見つけた。

 賄い用なのか、結構な数がある。大皿、小皿も揃っている。


 少しだけ分けてね。


 水差し一つ、コップ2つ、小皿2つ。どれも木製なので軽いが、この幼い身体には十分重かった。

 何度か往復し、階段裏の棲み家に持ち込む。

 そしてついでに洗濯場を漁り、洗って畳んであったナフキンを見つけると、こちらも何枚か拝借した。


「これで人並み最低限の生活だな」


 石畳の上に毛布をしき、さらにシーツをひいて素足で寛げるようにする。そして奥から三分の一は寝床。

 横に二回折り畳んだ毛布をシーツでくるんで厚手な場所を作った。

 毛布の端をさらに少し畳んで枕的な形にもする。

 そこに二つに折った毛布をシーツでくるみ、掛け布団。


 身体が小さいから代用が簡単で助かるわ♪


 今が何時なのか分からないが、夜にはやや寒さを感じる季節のようだ。

 過ごしやすい時期で幸運だった。


 ままごとのような小さな生活空間。己の境遇に乾いた笑みを浮かべ、ふと千尋は空腹を覚える。

 そしてアドリスからもらった籠を出すと、中からサンドイッチを取り出した。


 一日近く寝てたんだもんなぁ。腹も減るわな。


 ぱくっとサンドイッチを頬張り、これでもかと咀嚼する。この身体は胃腸が弱ってるし、何より赤子に近い幼児だ。普通に食べたら未消化で苦しみかねない。

 千尋は液状に近くなるまで咀嚼してから、ゆっくりと飲み込んだ。


 それだけで顎が痛い。でも食べる。死にたくない。


 子供なんて、ちょっとした事でポックリ亡くなるのだ。用心しすぎで丁度良い。

 懸命に咀嚼しながら、彼女はチラリと籠を見る。

 中身はサンドイッチ三つとくし切りにされたオレンジ三つ。たぶん普通に一食分。

 この身体なら二食に分けられるが、心許ない事この上ない。どうしようか。


 そして再び閃いた。


 アドリスから貰おう。何かお手伝いして、御駄賃に御飯くださいって頼んでみよう。


 こうして、若い厨房見習いと、後に隠者と呼ばれる幼子の交流が始まる。

 


 


 千尋は毎日のように朝イチで厨房に顔を出した。


「また来たのか」

「ん」


 彼女は籠をアドリスに渡すと、床に用意されていた芋の皮剥きを始める。


 食べ物が欲しい。何か手伝わせてくれと言う幼子に、アドリスは野菜の皮剥きを頼んだ。

 ちゃんとした口調の物言いにしゃんとした態度。見掛けは小さいが四つか五つくらいかなと、アドリスは刃物を持たせてみる。

 すると驚いた事に、千尋はするすると危なげ無く皮を剥き始めたのだ。


 即戦力。採用♪


 彼の指示で的確に働く千尋に感心しながら、アドリスは簡単な仕事を彼女に任せ、朝イチの下拵えが手早く終わるようになった。


 そして千尋への御給金は現物支給。


 嬉しそうに籠を受けとる幼子を見つめ、アドリスの顔も綻ぶ。

 昨夜の賄いの残りを食べさせながら、彼は籠の中身を説明した。


「今日のはハムのサンドイッチだ。ゆで卵とリンゴも入ってるから」


 ばあっと輝く千尋の笑顔に、アドリスの胸がチクリと痛む。

 

 薄々感じてはいたが。こんなもんで喜ぶなんて。やっぱまともな家じゃないんだな。


 世の中には子供を虐げこき使う親もいる。


 今思えば棚の下にいたのも親から隠れていたのかもしれない。窶れて薄汚れた姿は哀れだった。思わず食事を出してしまうほどに。


 よちよち歩く後ろ姿を見送り、アドリスは何ともやるせない顔で眉をひそめた。


 実のところ虐待どこの騒ぎではないのだが、流石のアドリスも千尋が監禁され、飢えと渇きで衰弱死寸前だったとまでは思い至らない。


 千尋が去ったあと、どやどやと料理人達が厨房にやってきた。

 そして廊下に立つアドリスを見つけ声をかける。


「何してるんだ? 下拵えは終わってるか?」

「ああ、終わってる」

「ほう、最近早いな。手際が良い」


 熊のように身体の大きな男がアドリスの肩を叩いた。その男を見上げ、アドリスはどうしたものかと思案する。

 余所様の家庭事情に首を突っ込むのは良くない。しかし、あんな小さな子供がお腹を空かせて、毎日やってくるのは、あまりに不憫すぎる。

 あの様子では、ろくに食べさせて貰ってないのだろう。出会った時も窶れて虚ろな眼をしていた。


「なあ、料理長。後で少し話がある」


 真剣な面差しのアドリスに、料理長と呼ばれた男は片方だけ眉を上げた。




「何だ? 話って」

「実は.....」


 アドリスは斯々然々と小さな子供の話をする。


 隠れるように棚の下で眠っていた事。窶れて薄汚れ、まともな養育がされているようには見えない事。毎日、食べ物のために厨房の下拵えを手伝っている事。

 アドリスは今まで見た幼子の様子を全て話した。


「何とかしてやりたいんだが..... 俺には思いつかなくて。ほんとに一生懸命働くんだよ。ちっさい身体で。そんなに食べ物に飢えてると思うと、可哀想すぎてなぁ」


 そこまで話を聞いて、料理長は無意識に顎を撫でる。

 小さな子供。城の使用人の殆どは通いだが、一部には家や部屋を賜る者もいた。

 だが、城周辺の外郭にそれぞれ専用の区画があり、そこで生活している。滅多に城の区画に入ってくる事はないはずだ。


 それを知らずに迷い込んだのか? 親は何をしてる? ああ、まともな親ではなさそうだな、確かに。


 言葉も達者で刃物も扱えるから、見た目は小さいが四つか五つくらいだろうとアドリスは言う。

 その年齢では下働きとして雇う事も出来ない。親の許可が必要になる。

 今の説明から推し量っただけでも、碌でもない親のようだし、話したところで良いとは言うまい。

 うーんと天井を見上げ、料理長はしばし考え込んだ。


「取り敢えず、会ってみるか」


 にっと人の悪い笑みを浮かべる料理長に、アドリスは胸を撫で下ろし、よろしく頼むと料理長の手を握る。

 

 それに頷き、翌日、料理長は朝早く厨房を訪れた。




「よう。これがソイツか?」


 ぬっと現れた熊のように大きな男を見上げ、千尋はポカンと口をあける。

 

「そう。チィヒーロ。この人は、ここの責任者の料理長。ドラゴさんだ」


 いきなり現れた大男に呆気に取られた千尋だが、料理長だと紹介されて、慌てて立ち上がり挨拶した。


「初めまして。千尋と言います。アドリスさんに御世話になってます」


 ペコリと御辞儀する小さな子供。


 ドラゴは剣呑に眼をすがめる。


 確かに流暢な言葉だ。挨拶もキチンとしている。しかし、これは.....


「おまえ幾つだ?」

「たぶん....二歳か三歳?」

「はっ?」


 千尋の答えに驚いたのはアドリスだった。


 器用に刃物を使うのだ。四、五歳だと思っていた。

 そんなアドリスを横目に、料理長は彼女の剥いていた人参を見る。

 薄く綺麗に皮を剥かれた人参。確かにこれを見れば、まさか二歳や三歳とは思うまい。この年齢の子供は一年の差が大きい。

 物言いも丁寧で教育を受けた感じがあるし、洗礼を受けた七つの子供だって、ここまでしっかりした受け答えは出来ないだろう。庶民なら。

 これはアドリスが勘違いしても無理はない。


 料理長は、しゃがんで千尋と目線を合わせる。


「おまえ、両親は?」

「.....いません」


 両親は国王夫妻だ。しかし、自分を棄てたであろう彼等を親とは思いたくない。


「いない? なら、どうやってここに来た?」


 真っ直ぐ自分を見つめるドラゴ。

 横ではアドリスがハラハラした感じで心配そうに千尋を見ていた。

 どう説明したものか。彼女自身、現状に至った経緯は分からないのだ。

 この子の記憶はあやふやで、どうにも要領を得ない。赤子の記憶なのだから、当たり前だが。

 断片的な記憶を繋ぎ合わせて、両親が国王夫妻である事や、メイドが自分を件の部屋に閉じ込めた事だけは理解している。


「.....分かりません。ずっと奥の部屋にいました。お腹が空いて.... すっごく空いて」


 後は言葉にならず、千尋はひっくひっくと泣き出した。


 本当に訳が分からないのだから仕方がない。むしろ、こちらが聞きたいくらいである。


 そんな千尋の頭を撫でて、料理長はその部屋へ案内させた。

 料理長の大きな手が小さな手を握り繋がれ、千尋は閉じ込められていた部屋に彼等を案内する。


「ここか」


 厨房から洗濯場、さらに進んだ奥にその部屋はあった。

 半地下にあたるそこは、ジメジメとした小さな部屋。がらんとした殺風景な室内に薄汚い寝台が一つだけある。


 こんな所に子供が放置されていた。


 理由は分からないが、真っ当ではない。


「親もなく、食い物もなく..... おまえ、良く生きてたな。えらいぞ」


 思わぬ言葉に千尋はドラゴを見上げた。


 ドラゴは彼女を優しく見つめ、抱上げる。


「親がいないなら、俺が父ちゃんになってやろう。今日からお前は俺の子だ」


 破顔するドラゴを信じられない顔で見つめ、千尋は胸が高まるのを抑え切れなかった。

 子供には庇護者が必要だ。でも彼女には誰もいなかった。かろうじて運良くアドリスに出会えたくらいだ。

 それだけでも極上の幸運だと思っていた。食べる物が得られるのだから。


 なのに、親が出来る? 本当に?


 自分は胡散臭い事この上ない子供だ。そんな子供の親に?


 千尋は恐る恐るドラゴの頬に手を当てた。

 その小さな手を握り、ドラゴはニカッと快活に笑う。


「....お父ちゃん?」

「おう!」


 みるみる彼女の顔が歪み、ほたほたと涙が零れ、そのままドラゴの首に抱きついた。

 声もなく震える小さな背中をポンポンと叩いてやり、ドラゴは、こんな幼子を放置した輩に怒り心頭である。一歩間違えば死んでいただろう。

 

 いや? ひょっとして死なせるつもりだったのか?


 その予想にさらなる怒りを覚え、ドラゴは千尋を抱き締めたままドスドスと足早にその場を立ち去った。

 

 千尋を抱いて居住区に向かう料理長の後ろ姿を見送りながら、思わぬ展開に固まるアドリスである。


 え? 料理長の子供になる? 料理長、独身だよね? 面倒見れるのかな?


 置き去りにされたアドリスだが、心配していた幼子が頼りになる男の庇護下に入った事は喜ばしい事だった。

 自分が想像していたのとは違う結果だが、ある意味、最高の結末だろう。


 優しく見送るアドリスには、これより後に訪れる嵐を予測する事は不可能だった。


 千尋は王家の子供なのだ。彼女が成長するにつれ、問題が浮き彫りとなっていく事を、今の彼は知らない。


皆様の御要望に応えられて一安心です。ブクマにお星様、感想や評価、本当にありがとうございます。

のんびり、まったり書いていきます。

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― 新着の感想 ―
↓の方と同じで勘違いして避けてました これから読むのが楽しみ
ずっとアリエッティのような妖精さんが活躍するお話だと思って避けていました。読むものがなくなって駄目元で来てみたら 面白いではないですか〜 ワクワクします
コミックから来ました。 仲間がたくさんいて嬉しいです。 まだ第一話なのに既にものすごく充実した読書感を味わっています。 続きがたのしみです。
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