ミートローフ①
よく食べるお客さんだなぁ、というのがソラノの感想だった。
時刻はもうすぐ二十二時。
つい三十分ほど前の閉店間際にふらっと入って来たのは金髪をたてがみのように大雑把に後ろに流した青年だ。がっしりした体躯に高身長をもつ彼は鋭い目つきで威圧するように上からソラノを見下ろして来た。年季の入ったシルバーメイルを服の上から局所に身につけて腰には長剣を一本さげ、最低限の荷物が入ったバッグを片手で下げていた。どこからどう見ても正しい冒険者の出で立ちだ。
青年は入ってくるなり勝手に出入り口近くの席にどっかりと腰を下ろしこう言った。
「すぐに出せる肉料理、あるか?」
「ミートローフならすぐにお出しできます」
「じゃ、それと赤ワイン。今すぐな!」
「はい」
横柄な態度に何もいうことなくソラノは笑顔で注文を承る。そして素早くカウンターに入るとオーダーをバッシに通してワインを用意した。グラスに注いで持っていく。なぜかギロリと睨まれた。
「ボトルで寄越せよ!」
「すみません。今お持ちします」
イラついている様子の青年に、あくまで媚びることはせず要望通りボトルワインをテーブルに置いた。飲食店で働いていればいろんなお客がやってくる。まあお腹空いてるのかなくらいの感想だ。続いて出来上がったミートローフも持っていく。
「お待たせしました、ミートローフです」
ミートローフはハンバーグによく似た料理だ。違いといえばハンバーグが成形する必要があるのに対しミートローフは型に入れてオーブンで焼いた後に一食分に切り分けるので一つ一つ形を作る必要がないという点。素早く大量に作れるこの料理は店で売るのに適した料理だった。ただ肉を詰めたのでは味気ないので、合挽き肉にみじん切りにした野菜を混ぜ込み、塩胡椒をまぶしている。上には赤ワインとケチャップ、ハチミツを煮詰めたソース。付け合わせはベイクドポテトとちょっとしたサラダ。
青年はミートローフを一口、口に含んだ。途端に大きく見開かれるきついつり目の瞳。残ったミートローフをナイフで二つに切り分けてフォークを刺し、豪快に口に放り込む。ほとんど咀嚼しないで飲み込むと、三口目を口に入れた。
あっという間に皿が空になった。料理を味わう暇もないほどの食べ方にソラノが唖然として見ていると、青年は皿をずいっと鼻先に突きつけて来る。
「おふぁわり」
「はい?」
もぐもぐと口を動かしながら何かを訴えてくる青年。思わず聞き返すと、ごっくんとミートローフを飲み込んでから青年が大声で怒鳴った。
「だから、おかわりって言ってんだ」
「あ、おかわりですね。かしこまりました」
「五人・・・いや、十人前で頼む!」
「ミートローフを十人前ですか?」
「ああ!」
この店においてそんな頼み方をする客はまずいない。サンドイッチならいざ知らず、一皿の単価が結構する上に、ここは料理とお酒と会話を気軽にかつ上品に楽しむ店だから、そんな何人前も同じメニューを頼むような店ではないのだ。そういう食べ方をしたいのであればそれこそ冒険者用の酒場に行った方がよほど安上がりで済む。大皿料理にエールをジョッキで頼んだ方がお腹が満たされ財布は痛まないだろう。
けれどもこの青年は、この店に入ってきた。そしてミートローフを十人前頼んだ。ならばそれに応えるのが店のつとめだ。
「少々お待ちください」
ソラノはカウンター内に入り、バッシに確認した。
「バッシさん、ミートローフ後十人前ありますか?」
「んん?ちょっと待ってな」
そう言ってバッシはミートローフの在庫を確かめた。
「十人前ぴったしあるな。俺たちの夕飯分がなくなるが」
「よかった。私たちは他のものを食べましょう」
「だな。ブイヤベースにするか」
ソラノはワインをガブ飲みする青年に向かって声をかけた。
「十人前、お出しできます!用意するのでお待ちください」
「なる早でな!」
そこからは青年によるミートローフ大食い選手権が始まった。運んだ先から二口か三口で喰らい尽くしていく青年。負けじと用意するバッシ。一度にふた皿を両手に持ち、皿が空いたら素早く新たなミートローフの乗った皿を提供するソラノ。まるでわんこそばのようになくなっていくミートローフにソラノは目を見張るばかりだ。合間にワインをこれでもかと飲むからワインも三本目に突入している。そんなにお腹空いてたのかな。
十人前を食べ尽くした青年はボトルに残ったワインを飲み干す。プハーッと満足そうに息をついた。吐く息がアルコールと肉の臭いがする。
「うまかった」
「それはよかったです」
もう閉店時刻は過ぎている。他に客の姿はない。そろそろお会計を、とソラノが言いだす前に青年は席を立った。
「じゃ、ごちそうさま!」
「えっ!?」
言うが早いが青年は脱兎のごとく走りだす。一拍遅れたソラノだったがすぐに我に返った。慌てて扉から顔を出して見てみると青年はすでに店を出てターミナルを疾走している。これはもしや。もしかしなくても。
ソラノは久々の怒りに燃えた。笑顔を絶やさない接客上手なビストロ店の店員の顔はそこにはない。ギュギュッと足に力を込め、風の魔法を発動して纏う。床を蹴って店を飛び出した。バッ、とスカートの裾が翻るのも構わずに全力疾走で追いかける。
「待てーっ!食い逃げっ!!」
ターミナル中に響き渡る怒鳴り声を出しながら、食い逃げ犯を捕まえるべくダッシュする。後ろでバッシが店の扉から顔を覗かせ、「おうソラノ、絶対とっ捕まえろ!」と言っているのが聞こえた。
「うおっ・・・速えな!?」
たらふくミートローフを平らげた食い逃げ犯は逃げながら振り向き、追いすがるソラノの姿にギョッとしながらさらに速度を上げていく。さすが冒険者だけあって凄まじい速度だが、散々鍛え上げたソラノの脚力からすれば追いつけないこともない。だだだっ、と第一ターミナルを一気に駆け抜ける。利用客が何事かという顔を向けてくるがそんなものに構っている暇はない。逃げ切られる前に追いつかなければ。
彼我の距離は着実に縮まっていた。
相手の速度も増していたが負けじとソラノはラストスパートをかける。右手を伸ばし、そしてその手が食い逃げ犯のジャケットの裾を捉えた。ギュっと掴んで引き寄せる。相手の動きががくんと落ちた。
「捕まえたっ!」
「おま・・・放せよ!」
「放しませんよ、食べた代金払ってください!」
捕まえたのは第一ターミナルから中央エリアへと差し掛かる廊下だった。なおも逃げようとする犯人に逃すまいとするソラノ。押し問答を繰り広げていると犯人の様子が突如変わった。顔色を青くし、口元に手を当ててうずくまる。
「食ってすぐに走ったから、気持ち悪・・・オエッ」
「ちょ、ここで吐くなー!」
夜の空港にソラノの絶叫が木霊した。





