おにぎり侍仕置控(しおきのひかえ)
花のお江戸の下町の
三軒長屋の右端に
トボけた顔した侍が
にこにこ笑って暮らしてる
腰の大小すらりと抜けば
青く香し竹光は
荒事なんぞに向きもせず
今日もわっぱとチャンバラごっこ
贅を尽くした膳よりも
炊き立てごはんの握り飯
幸せそうにほおばれば
皆は笑ってこう呼んだ
おやおや
おにぎり侍さまが
いらしたよ
花のお江戸の下町の
三軒長屋の近くには
坊主一人のボロ寺が
竹林の中に埋もれてる
おにぎり侍散歩好き
今日もフラフラ気の向くままに
ボロ寺の庭に迷い込み
一人の少女に出くわした
古井戸の前で手を合わせ
身投げの少女の手を掴み
おにぎり侍慌てて叫ぶ
「命を粗末にするでない!」
少女ははらはら涙をこぼし
土に膝突きうなだれる
聞けば少女の父親は
貧しい金工職人で
腕は良くとも報われぬ
ところが父はようやっと
見事な出来の銀の花器
良い値で買い手も見つかって
長き苦労が報われた
そう思った矢先に
花器は誰とも知らぬ者に奪われ
買い手に届けること叶わず
信を裏切ったとなじられ
父は橋から身を投げた
母は病でとうに逝き
頼る縁者もありはせぬ
「仏の慈悲も失せた世に
いかな未練がありましょう
やがて路傍のされこうべ
ならば今すぐ断ちましょう」
「仏の慈悲が失せようと
人の情けは消えてはおらぬ
当てがないなら拙者と参れ
雨風ならばしのげよう」
少女の手を引きおにぎり侍
三軒長屋の右の端
そっと差し出す握り飯
そっと齧れば涙味
月の輝く夜の闇に
悪党どもの笑い声
下衆な篝火辺りを照らしゃ
飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ
「どこぞの家中にこの花器を
売れば千両二千両
腕はあっても間抜けは間抜け
素直に寄越せば死なずに済んだ」
燃える怒りのまなじりの
宴の庭に素浪人
抜き放ちたる竹光に
猛き月光満つるごと
これはどこぞのいかれかと
指さし笑う悪党どもに
不敵な笑みで応えるや
目にも留まらぬ太刀の冴え
残るは首魁の唯一人
慄く悪党睨みつけ、
「祈れぃ!
お主が未だ人なれば
この世に居場所も残っておろう」
彼の愛刀は銀紙竹光
人は斬らねど鬼を斬る
血の跡も無き刀傷に
醜き魂は散り失せぬ
鬼心宿さばなんぴとも
人の顔した鬼となる
鬼の棲み処はこの世に無しと
ゆめゆめお忘れなきように
父の形見の銀の花器
少女の手元に返されりゃ
澄んだ雫を身に受けて
きらりきらりと輝けり
お江戸の夜を駆けたるは
誰が呼んだか鬼斬り侍
腰の霊刀すらりと抜けば
悪鬼外道を切り伏せる