鬼滅と他のヒット作の比較
前回中途半端になってしまった鬼滅のヒットの原因について書きたい。鬼滅のヒットは段階がある。まず深夜アニメで評判になったこと。オタク層の人気。これが以外に馬鹿にならない。マニア層が一般層の人気作にケチをつけるってよくある。進撃もそうだが、深夜から出てきたものだからアンチの数が少ない。
次に原作のバカ売れになる。進撃と大きく違ったのは、元々売れていた進撃がアニメ化でさらに売れたのと違って、打ち切り寸前の誰もしない漫画が突然トップ争いに加わったんだ。まさにジャパニーズドリームレベルの逆転劇。この時点で進撃はもう一般人気を得ているのが分かる。
じゃ今回の事驚くべきことでもないじゃないか。そうでもないんだ、今回の映画のヒットで子供たちに受けてるのを知ったんだ。原作ファンに子供が混じってたんだろうね。女児には受けそうだと思ったから無視してた。女の子は子供より女でカテゴリーしてたから。どうやらそうじゃなくて、男女含めた子供たちに受けてるようだ。
鬼滅のヒットは女性向けなのか?なら違う。それは以前も書いた。女子供を巻き込んだ方がヒットの規模が大きく拡大する。そしてそれを映画で言うならファミリー層ってターゲットになる。親子で見に来る。コナンに女性オタ層がついてるような感じ。コナンとよく似た現象だとマニアックな女性層の存在から今回の事を分析してる人もいるぐらいだ。
では何故子供に受けたのか?これについて分からない。結局それじゃ何のために今回書いたの?となる。前置きを今から話す。
今回のヒットの前に最近のヒットの傾向を見ようと思う。何はともあれ君の名はだろう。あれはさっぱり分からない。元々一部のファンに支えられていたオリジナルを作るアニメ監督が、意図的に大きなターゲットを狙ったが原因になる。
じゃそれが原因か?なら直接の原因じゃない。何故ならマニア監督が狙う前に多くの監督は最初から狙って作ってるからだ。最初から狙ってても結果は伴わないものだ。受け手に刺激にならないといけないんだが、そこは確かに一般狙いって点はものすごく旨い。これが多くの人が面白いって言うのは分かるが、桁違いのヒットになるのはちと分からない。
受け手としてはあまり頭を使わないで楽しめる刺激に溢れた面白い作品なのは間違いない。ただその部分が良くできた作品は他にもある。とびぬけてすごいって点は微妙。それだけ桁違いのヒットだったのでそれに見合っていたか?ならそこは難しい。結局ポイントは、マニア監督が一般向けに作ってみたら、本当にできの良いものが出来ちゃったって事になる。
受け手の動きはさっぱり分からないが、成功パターンの1つだろう。よく似た監督として細田監督と宮崎監督がいるが、細田監督はすでに子供向けで成功しててマニア監督ではない。かつ作り方を変えたわけでもない。この点は過去作品を見てないが、サマーウォーズを見た人が過去作にプロット自体はよく似てるなと言ってたので特に作り方を変えたようではないようだ。宮崎監督は後から受け手が変わっただけで、何も作り方を変えてない。
もっとややこしいのは新海監督はむしろ昔やってた新海節みたいとは無関係にすぐれた作品を唐突に生み出したことになる。二人のように隠れた才能がメジャー化したものとは全く違う。演歌歌手が突然ポップスで大ヒットした感じだ。もちろん演歌っぽさみじんも出さずに。あんたそんな歌もうまく歌えたのかって昔からのファンは逆に驚き。
細田監督の時をかける少女と重ねて、大ヒットの原因はさっぱり分からんが、ヒットしたのは大衆向けに面白かったからに尽きる。ただ1つだけ、根底にあるモチーフは共通してる。新海監督のデビュー作は長距離通信で宇宙で戦ってる少女との遠距離恋愛になる。これ聞いてあああの入れ替わりのヒントがここにあったんだと分かる。
転校生って映画があるけど、あれがヒントにはなってると思うが、何故それを使おうと思ったのか?はこの根底のよく使うモチーフが原因だという点。まっさらな作品ってわけじゃない。
ここで言いたいのはヒットは分かっても大ヒットはなんでかさっぱり分からないって話。
大ヒットの一番分かりやすい法則はメルクマール、エポックメイキングに尽きる。過去に振り返ってガンダム、エヴァと出せばわかるだろう。もっと言うならアイフォンだ。これまでにない需要を作り出すからとんでもないメガヒットになる。実は大ヒットを作る法則自体は単純なんだ。
問題はエポックメイキングを作り出すのが簡単じゃないんだ…。だからブルーオーシャンはやめろって書いてるんだ。嫌実は違う。過去の成功パターンを見て安直にブルーオーシャン戦略を使うべきじゃないと書いてる。人は成功パターンを見るとき常に過去を見てデータ分析をするが、それがリアルタイムに状況が変化してる部分を見落とすことが多い。
ブルーオーシャン戦略が時代共に有効性が落ちるってのは以前書いたので割愛する。私が前回書いたのは鬼滅は画期的作品では無いって話になる。だからと言ってありがちな作品でもない。誰でもなろうでやってるテンプレに沿いながら差別化して個性を出す手法で後者がやや目立ってるだけだ。
前回も書いたがじゃ何故なろうとこうも違うか?で文字だと書いた。文字ゆえにノーストレス傾向が出やすいため、ああいったガチのダークファンタジーって流れはそう無い。それでこんなにも違うのか?なら1作品で決まるようなことじゃない。鬼滅も世に出てない編集が落としてるのも含めて競争の結果なんだ。多くの作品が競う場合、こんな些細な事が積み重なって大きな表現の違いとして出てきてしまう。
まだある、その編集の選択も重要なんだ。ジャンプとシステムは全く同じだが、掲載作品に編集のプロとしての他の方向性がジャンプは混じってる。それについて書こうと思う。
そこでもう1つのかなり鬼滅に近づいた進撃について触れないといけない。進撃が鬼滅にとどなかったのはファミリー層の存在だ。まああれ子供には受けそうだがあまり言われない。将来進撃を見て育ったって子供たちが大人になって好きだった漫画アニメで出てくるかもしれない。
ただそこでキーとなる部分がある。内容自体は正直言って進撃を子供が見るには残酷だと言うなら鬼滅はどうなの?と言いたくなる。炭次郎とエレンじゃまるで違うでしょ?ならそこは無茶苦茶大きい。エレンは親が真似してほしくない人格だからな…。まあそこは後でちと話す。
間にまた自説かよって感じだが、私は近年でこれはと思った画期的作品はSAOなんだ。ちなみにべた褒めだがそこまで面白くない。ええーそれじゃ詐欺じゃないか?となるが、こういう作品は自分が面白かったという基準で選ぶべきものじゃない。私も一番面白かった作品て言われたらSAOをNO1にしない。
ただつまらなかったわけじゃない。真ん中から数えて上に行く程度の面白さになる。画期的な作品がヒットしたではSAOなんじゃないかなと思う。問題は内容がややオタク向けな部分。根本的にはハーレムアニメの部分がオタ受けしてるからね。
ゲームの中にはいっちゃたならうんざりするほどある。だがオンラインゲームってリモートで動かす多人数が参加するゲームをそのまま持ってきたって意味のリアリティはこれほどのものはない。時代は少しずれてるんだけどね。アニメ化では完全に下火、小説当時ももう黎明期と言うにはとっくに通り過ぎてる。
SAOに足りなかったのは結局ファミリー層の前の一般層だろうね…。後は内容がアイデアと1話だけでかなり弱い点。なろう作品と共通してるが、ほどほど楽しいなら間違いなく素晴らしいが、傑作だって感動を得るにはデスゲームとVRMMOの初期のアイデアだけなんだよな。デスゲームはバトロアって画期となる作品があるから。
VRMMOと組み合わせたのは傑作の領域だと思う。エヴァからもう画期的作品なんて生まれないなと見てたら突然出てきた作品。これは衝撃を受けた。この作品が絶対的な始祖じゃなくても、やっぱりこの一定水準の娯楽として成立してるって点では間違いなくエポックメイキングだろう。過去に似た作品があったと言われるが、うはこれじゃ流行しないと分かる。
あえてHACKを出すとあれは見てないが、小説段階では同時期なのでパクりはあり得ない。アニメにおいての後先は問題になるが、パクり疑惑だけは否定できる。後他の作品は比較するまでもない。間違いなく画期的作品。鬼滅がこのレベルか?と言うと、エヴァから予言冴れる2次創作時代ってものに十分入ってるだろう。
進撃は画期的作品じゃなくて、まどマギと同じ逆張り作品になる。これはエヴァの手法になる。エヴァは画期的と言うより、古い自分が若いころ影響を受けた作品をリニューアルした部分がある。ただその影響力がエポックメイキングだと言っていいレベルになったので。進撃を画期的とするとまどマギもそうしなければならないので、両方ともエロゲで地下に潜ってた流れをメジャー化したものだと書いておく。
ただし、ヒットの手法は限りなくエポックメイキングに近い。テンプレが順張りなら全く違う手法って意味で逆張りはエポックメイキングに近くなる。これまでにない作品だから受けたって形は同じだから。
鬼滅はこの進撃の流れに乗った陰惨な世界観を持つダークファンタジーって路線だと思う。ジャンプとダークファンタジーをどう切り分ければいいのか?でこれに適したものがある。ジャンプ作品はいつでもダークファンタジーになる。作り手や編集のそうしない姿勢にかかっている。そのためジャンプ作品がダークファンタジーが増えてきたは言いにくい。
良い例がドラゴンボールのアニメオリジナルの人造人間編のアナザーストーリーになる。悟空が死んだ世界。これ見てないんだけど、2次創作が多いからそっちに影響を受けてこれはダークファンタジーだと見てる部分がある。ちなみに明確にはドラゴンボールの気はファンタジー要素じゃない。私から言わせればもろファンタジー要素なんだけどね…。
鬼滅が根本の部分で逆張りじゃないのは、編集が多分応援してくれてる。ユーフォじゃそれで?違う。あれ関係者もなんであんなヒットにとわけわからんと。そりゃそうでしょ。FATEだってあれほどのメガヒットになってないんだから…。アニメ化前の鬼滅の原作力に計算できるわけないよ。それでも進撃の後ってのがやりやすかったのは間違いない。
現代ものでずいぶん違うけど、デスノートも毛色が違うと思う。進撃は何故編集に落とされたのか?デスノートを見るとジャンプのカラーってものに疑いを持つ。結局コネクションなんじゃないかなとは思う。あまり言いたくはないけどね。あの作者元ジャンプの漫画家だと聞いてるから。
じゃ進撃と鬼滅は近いのか?ならかなり近い。一番遠いのは話の作り方だと思う。この点は真逆ぐらい作りが違う。その点同一視できない部分がある。進撃の流れは知性を感じさせない力だけ膨大なモンスタータイプの巨大生物と戦うってエヴァの流れで元をたどればウルトラマンになる。
鬼滅は特徴的な部分が、ガンダムから流れる敵だって感情を持った相手なんだよって流れになる。勧善懲悪の破壊になる。ただし、鬼滅はその部分アニメ化部分ではまだ前面には出してない。その点人の肉を食うってぜってい相容れない敵として殺している。その点はガンダムなどの苦悩する主人公とは全く違う。
それでも読者に敵に対して同情する部分を作っている。これは決定的に違うんだ。エヴァのウルトラマンにさかのぼれる。ガンダムがそうなったのは、子供向けロボットものがまんまウルトラマンの構造を持っていて、悪い奴をやっつけるって流れは同じで、そもそもエヴァはロボットをウルトラマンの巨大化に近づけたもので、この2つはよく似ている。
この単純な悪い奴をやっつけるってのは面白さもあるわけで、SAOもこれに乗っている。ガンダムがダメにした部分で同時に発展させてた部分と言える。漫画は作品によって、この2つを使い分ける。とても目立つ形でやったのが鬼滅で、漫画は大体極論としてどっちかになる。分かってると思うが、エヴァまどまぎ進撃は共通してる。
やっつける敵が実はの流れが全く同じ。後で出したのと、進撃は巨人をやっつける短編から始まってるので作品構造的には後付けになる。作者としては影響を受けた作品から考えると最初から想定してるとは思うけど。
確かにこの部分、ものすごく違いは大きいが、これ子供向けからの脱却で出てきたものなので鬼滅が子供に受けたってのがよー分らんのだよね。
そこで保留して、結論に行く。くそ長い前置き読んでもらってすみません。鬼滅がファミリー層に広がったのって配信によるものじゃない?と見てる。進撃のBDの売り上げと鬼滅のBDの売り上げを比べてもいい。時代が変わってきた部分だと思う。
単純にこの違いを見て鬼滅を貶める人が居るが、時代が変わったんだ。それだけ配信がメインの深夜アニメがオタ層から一般層に広がる変化の表れなんだ。鬼滅がBD売れなかったのは、ある意味深夜アニメが配信中心に変化して一般層に広がってきた良い兆しかもしれない。