act.90 情け容赦
ヴィクトリアを人質にしていた盗賊の一味は負傷した手を抑え、後退する。森の中に逃げ込もうという魂胆だろう。しかし、ヴィクトリアはそんな男の首根っこを掴み、地面に叩きつけた。背中を強打し、肺にある空気を強制的に排出される。
その際、どこかの内臓が破損したのだろう。血と唾液が混ざって口から流れ出た。
その光景を見て、先程まで一様にせせら笑っていた、辺りを囲む盗賊達の反応は様々だった。一目散に逃げだす者、武器を構え直す者、何が起こったのか理解が及ばず呆けている者。
「すまんが、情けをかけるつもりは毛頭ない」
盗賊達に向けて放ったその言葉はイグナールの背中を凍らせる程の冷たい声だった。
ヴィクトリアが手の平で地に触れると、イグナール達のいるベースの遠くから地響きがした。それに続き、彼女の足元から複数の腕が伸びてくる。それは三体のゴーレムとなった。武器を構え直し、戦闘の体勢でいた盗賊達はその光景を見てじりじりと後ずさりを始める。
よく見ると、手足を震わせている者もいる。昼間の光景を思い出したのだろう。
恐らく、各々が頭の中で、必死になって逃げる算段を立てているのだろうが、そこに絶望的な報せが届く。
「壁だ! 土壁で塞がれてるぞ!」
初めに逃げ出した盗賊の一味の情けない声が聞こえる。先程の遠くから感じた地響きはその壁を作った際のものだったのだろう。
ヴィクトリアの「情けをかけるつもりは毛頭ない」と言うのはここから誰も逃がさないと言うことらしい。ヴィクトリアと言う狩人と盗賊団と言う獲物達の狩りが始まる。その場から逃げ出すと言う選択がすでにはく奪された狩りだ。
さすがの盗賊達も状況を飲み込んだ――飲み込まざるを得ない――のか再び武器に力を込め、抵抗の意思を見せる。しかし、それ全てがヴィクトリアに向かうものではない。イグナール一行達にも向けられる。
「すまんな。出来うる限りお主らは守る」
ヴィクトリアによって召還された三体のゴーレムがイグナール、モニカ、マキナの元へとやってくる。彼らは盗賊達を駆逐するために造り出されたものではないらしい。彼女の剣ではなく、イグナール達の盾として生み出されたのだ。
ならば、ヴィクトリアは盗賊達とどうやって戦うと言うのだろうか?
その答えはすぐさまわかる。彼女が再び地に手を触れるとそこからヴィクトリアと同じ身の丈のであろう土塊の大剣が生み出されたのだ。それをまるで重さを感じさせずに振るうと――
「さぁ、覚悟するんじゃな」
盗賊達に向けて死の宣告を放った。




