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act.72 野営⑥


 それからどれ程の時間がたっただろうか。時間にして数十秒程度であろう。しかし数匹のミミズが蠢くのを、手のひらで感じている時間はもっと長かったように思う。


「準備完了じゃ。イグナールもうよいぞ、ここに置いとくれ」


 ヴィクトリアの指定した場所に手を開けてミミズ達を落とす。手の檻から解放された彼らを待ち受けていた運命は熾烈を極めた。一目散に逃げようとするミミズをヴィクトリアが掴み上げ、引きちぎっていく。


「この規模の川に住む魚なら、まるまる餌にすると大きすぎるからのう」


 ミミズを拾い上げては躊躇なく引きちぎっていく彼女の手際は恐ろしく早い。手慣れているの言葉に尽きる。


「ん? 最初からそうするなら、俺の手に預ける必要はなかったんじゃ?」


 素朴な疑問を口にして、ヴィクトリアの表情を窺い見る。もしかすると……


 すると彼女は口元だけをゆがめ、邪気たっぷりの笑顔を作った。その表情から察するにヴィクトリアはただ単にイグナールをからかっていたのだ。もしかすると準備をしている最中も彼がミミズと悪戦苦闘する表情を見て楽しんでいたのかもしれない。


「おっと、勘違いして貰っては困るぞ。餌は新鮮な程良いからな。ほれ、見てみよ」


 彼女の言われた通りに視線を送ると、ミミズが細切れにされてもなお、のたうち回っているところだった。数匹だったミミズが分裂して数十匹に増えたおぞましい光景。


 そんな光景でごまかそうとしているが、彼女がイグナールをからかって遊んでいたのは事実だろう。何故ならば、彼が何も言い出さないうちに先手を打ってきたのだから。だがヴィクトリアの言い分――餌は新鮮な程良い――もわからないでもない。


 イグナールはもやもやとして気持ちの発散先を探し――


「はぁ……」


 深い溜息として吐き出した。


「なんじゃ。そんな暗い顔をしとると魚も寄ってこんぞ?」


 ヴィクトリアの手には木の棒が二本握られている。その先端にはいつの間にか糸と釣り針が取り付けられている。手ぶらに見える彼女は一体どこからその道具を取り出したのだろうか。依然として動き続けるミミズの一部を湾曲した針の先に突きさし、針の先端に施された返しで固定する。


 何度か外れないように確認していから、小川の中に投げ込んだ。小さな波紋は川の流れに掻き消され、すぐさま消える。


「ほれ、お主も手伝わんか。釣果を上げるには人海戦術じゃ」


 木の棒の簡易的な釣り竿を渡される。イグナールは彼女を真似てミミズの破片を取り付け、ヴィクトリアから少し離れたポイントで小川に垂らす。



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