act.57 おニュー
モニカとマキナは宿屋にある食堂で過ごしていた。人はまばらで四人席を二人で使っている。モニカの手元にはコップが見えるが、マキナの前には何も用意されていない。
「おはようイグナール。いや、もうこんにちはだね」
明るい笑顔で迎えるモニカにイグナールの寝坊を責めるような影はない。今の言葉も皮肉ではなく、単なる事実だろう。これだけ待たせたのだ、ある程度の叱責を覚悟していたのだが拍子抜けである。
「怒らないのか?」
これだけの大遅刻に対してお咎めが無いのは逆に不安になる。どうせなら遅い! と怒りむき出しの表情を浮かべてくれる方が精神衛生上いいと言うものだ。いや、もしかするとモニカの笑顔の裏にはイグナールでは想像もつかないような罰が待っているのかもしれない。
その執行を待ち望んでの笑顔ではなかろうか?
「何を怒るの?」
「あ、いや、遅れてすまない」
「マスターこちらへ」
モニカを訝るように観察していると、彼女の対面に座っていたマキナが席を立ってモニカの隣の席に移動する。そしてイグナールは言われるままにマキナが先程まで座っていた椅子に腰かける。
「もしかして寝坊したことを怒ってると思ってる?」
椅子に座るや否や本当に不思議と言った表情を浮かべるモニカ。
「ああ、相当待たせたから……な。すまなかった」
なんの威圧感もないモニカ。しかしその何もない表情が逆に怖く、気圧されてしまい、言葉が素直にでてこない。
「別にそれくらいで怒ったりしないわよ。イグナールがそれだけ魔力消費で疲れたってことでしょう? 初めてなら仕方ないことだと思うし、私だって経験があるからわかるのよ」
それもそうだ。モニカや他の人たちは魔法使いと言う観点で言えばイグナールの大先輩だと言う事を失念していた。大量の魔力消費から来る疲労感などはとうの昔に通った道だと言う事だろう。
「それに、昨日の戦いで服も破れちゃったしね。それでマキナと買い物に行ってたから、ずっと待ち惚けを食らってたわけでもないから安心して」
モニカは服の肩口を左右で摘まみ上げ、ひらひらと見せつけるようにしてくる。どうやら服を新調したことで多少なりとも機嫌がいいらしい。そして何か言って欲しそうに見つめるている。
イグナールには依然の服との違いは、新しくなったことくらいしかわからないので曖昧な笑顔でごまかしながら、綺麗だなと言っておいた。そしてその話が膨らむ前に、本来なら朝済ませるつもりであった今後の相談を開始した。




