91.
おとぎ話に出てくる伝説の魔獣フェンリル。
ドラゴンと並んで最強とも言われる狼の魔獣を前に臆することなく各メンバーが散開し攻撃が開始され、最初に仕掛けたのはヤアナだった。
『ここで信頼を得ておかねばなるまい。"ニルヴァーナ"よ、その力を存分に見せろ!』
イリスのレーヴァテインと同じくどこからともなく出した大剣を握り正面から接近し横薙ぎに振る。鈍く輝く刀身に触れれば危ういと直感したフェンリルが後退するが、すぐ側面に両手にダガーを握るブロウエルがすでに近づいていた。
「グルォォ……!」
「……」
「手伝うぞブロウエル!」
さらに逆サイドからガイラルが氷結を迸らせて斬りかかっていく。
ブロウエルのダガーが目、ガイラルの剣が胴体を狙うが、フェンリルはその場で一回転することで二人を弾き飛ばしていく。その時、フェンリルの尻尾から氷の棘が出現し周囲に振りまいていた。
「ふむ、流石は伝説の魔獣を模したというだけのことはあるな」
「うむ。認めたくはないがモルゲンのヤツはこれを造り出せる力があるということだ。さて、私の剣とは相性が悪そうだが――」
「なら皇帝は下がってな、大佐とヤアナで叩き潰すぜ!」
『イリスとシューも居ますよ!』
「ガォォォォォン!!」
ガイラルが氷の棘を振り払っている最中、棘を回避しながらヤアナと共に正面から突っ込むカイルと、シュナイダーに乗ったイリスがフェンリルの後方へと回り込んでいく。
「でりゃぁぁ!」
『うおおお!』
「グルォォォ!」
『チッ、見切られているだと』
赤い刃を振り下ろすカイルの攻撃を右の爪で受け止め、首を狙うヤアナの攻撃を少しの動きで回避。それを見たカイルは刃を片手にし、懐のポケットから銃を取り出し眉間に狙いをつける。
「食らえ!」
「グルォ……!!」
発射までのプロセスは最小限。
だが、フェンリルは咄嗟に受け止めている刃に力を込めてカイルのバランスを崩し発射口を逸らしていた。
「この距離で避けるのかよ!? うおっと!」
『ええい!』
「アオォォォ!」
『よし、No.4挟み撃ちだ!』
直後、背後からイリスがレーヴァテインを突き出し、牙を剥いたシュナイダーが後ろ脚を狙う。フェンリルはカイルを振り払い、レーヴァテインの攻撃を紙一重で回避し毛が舞い散っていく。
だが、シュナイダーは隙を見逃さず尻尾に文字通り食らいついた。
「グルルル……!!」
「グォォォ……!!」
『とぁぁぁ!! ……ぐぬ!?』
『ひゃぁ!?』
脳天を捉えたヤアナの一撃はフェンリルが体を回すことでシュナイダーをぶつけられたことで地面へ振り下ろされた。
「あぶね!」
「カイル」
「……オッケー」
宙を舞うイリスをカイルがキャッチするとブロウエルがカイルに声をかけ走り出す。その言葉に頷いたカイルはイリスを抱えたまま赤い銃から再度弾丸を射出。
「グルゥ……!!」
もちろんフェンリルはそれを難なく回避する。
だが――
「その位置からでは見えまい」
「ギャゥゥ……!?」
――カイルの放った弾丸を、死角から当たるようにブロウエルがダガーで弾き、ついにフェンリルの背中に一撃を食らわせることに成功。
そのまま態勢を立て直したシュナイダーがとびかかり、油断したフェンリルの首へ噛みついた。
「ワウウウウウ……!!」
「いいぞシュナイダー! 行くぞ!」
『おお!』
「……!」
のたうち回る二頭へカイルとヤアナ。
ブロウエルもダガーを逆手に持ち換えて身を低くして地面を蹴って近づいていくと、様子見をしていたガイラルが大声をあげる。
「待て! フェンリルの目はシュナイダーを見ていない!」
「んだと!? ……チッ!」
カイルが急停止してジャンプした瞬間、フェンリルの毛が青白く光り、まるでウニのように全身から棘を飛び出させた。
「ギャウン……!?」
『シュー!! うわああああ!』
「グォォォォォ!!」
全身が貫かれて血が噴き出すシュナイダー。
それを見たイリスが危険を感じてレーヴァテインを手に突っ込んでいく。その気迫に視線を向けたフェンリル。その一瞬がこの場の戦いを決することになった。
「うおあああああ!!」
「グルゥ……!? ギャォォォォ……!!」
ジャンプしたカイルが空中で身をひるがえしながら銃を乱射。フェンリルはそれに気づいたが血を流しながらも噛みついたまま離さないシュナイダーが枷となって素早く動くことができず、背中に血の花を咲かせる。
『これで……!!』
横からヤアナが胴体へ剣を振り下ろし鈍い音を鳴り響かせる。
「……!」
さらにブロウエルがフェンリルの後ろ両脚の健をダガーで切り裂くと巨体のバランスが崩れ半身を地面に横たえた。そこへ突撃してきたイリスのレーヴァテインが眉間に突き刺さり――
『あああああああああ!!』
「グォォォォォォォォ!!!!」
――イリスの指が引き金に触れ、薬莢と共にパイルバンカーが炸裂した。
「シュナイダー! もういいぞ離せ!」
「くぅーん……」
『シュー!!』
「グルォォ……」
「まだ生きてんのか!? いい加減……くたばれってんだ! ヤアナ!」
『ああ!』
カイルの合図でイリスとシュナイダーへ牙を向けたフェンリルの首をヤアナが止め、カイルがその首を叩き落とし、転がった首の目から光が消えた。
『あのまま一斉にかかっていれば氷の棘でやられていたな……ガイラル殿、感謝します』
「嫌な予感がしたからな。それより今回の功労者を助けねば」
ガイラルが剣を納めながらカイル達の下へ駆けつけていく。
そこには荒い息を吐くシュナイダーが横たわり、カイルが包帯を巻きつけているところだった。
「死ぬんじゃねえぞ……! くそ、フルーレちゃんが居ればすぐなんだが……とりあえず止血と傷薬でなんとか」
「カイル、ここはヤアナとブロウエルに急いで飛行船へ運んでもらうぞ」
『イリスもいくです!』
「私とカイル、そしてイリスはここでやることがある」
そういって奥の台座へ目を向けるガイラルにカイルは片目を瞑って仕方ないとイリスを抱きかかえて立ち上がる。
「……そうだな」
『お父さん……シューが……』
「こいつは大丈夫だ。俺と一緒に皇帝と戦っても生き延びたヤツだぜ? これくらいじゃ死なねえよ。大佐、ヤアナ、悪いが頼む」
「うむ」
『借りを返さねばならんからな。任せてくれ』
「くぅーん」
「また後でな。ゆっくり休め」
「わふ……」
抱えられたシュナイダーをカイルが撫でると、安堵したように目を閉じてそのまま『遺跡』の外へと連れ出されることになる。
「では解放へ」
「……ああ」
心配するイリスの頭を撫でながら"終末の子”の棺へと足を運ぶ。
だが、カイルがポツリと呟いた『今はまだ大丈夫。だがあいつはその内……』という言葉を聞いた者は誰も居なかった。




