131.
「クレフさんはこっちの人間だったんだよな。どのくらい覚えているんだ?」
周囲を調査しながら慎重に進むカイル達。
そのカイルが先頭を歩くクレフに声をかけた。元・天上で暮らしていた人間を集めてのアタックであることを知っていたためそう尋ねる。
「……結構、様変わりしていると思うが概ねな。俺達がいるこの森は恐らくタワーから離れたところにある『深淵の森』と呼ばれていたところだろう」
「タワー?」
「ああ。ツェザールの居城ってところだな。目指すべき場所だ。覚えておけ」
エリザがタワーについて尋ねるとそんな答えが返って来た。それを聞いたカイルは空を見上げてから再度クレフに問う。
「地図は?」
「……無い。俺達の頭に入っているのが全てだ。地上へ降りる時にそういった奴にとって後から不利になるものは持たせてもらえなかったからな」
「なるほどな」
戻ってこないだろうと思っていても、ツェザールは念のためにと生活用品といったもの以外は検閲をかけていたのだ。
「あんた、俺達をどこかで撒くつもりだな?」
「……! ……どうしてそう思う? ツェザールを倒す目的は同じのはずだ。そんなことをする必要が――」
「――理由は二つある。一つは俺達を撒いた後、すぐにタワーへ行けないようにするため。もう一つは、あくまでもおやじ……ガイラルにツェザールを殺させたいからだ。そうなると俺達は邪魔、ということになる」
「……」
「そうか、父上が私達を連れていかなかったのはそういう側面もあるのね」
エリザは自分達を連れてこなかった理由について危険に晒さないためだという考察をしていたが、決着の手を自身でつけたいというのもあるのかと理解した。
黙っていたクレフが立ち止まり、懐から一枚の紙を取り出して広げる。
「頭がいいのは知っていたが、こういう時は厄介だな。……地図は、ある。見せてもいい。だが、ガイラル様とツェザールの決着だけは……邪魔をしないでくれるか?」
「……それはガイラルが言っているのか?」
クレフが苦い顔でどうしてもとカイルとエリザへ言う。
カイルは全員で始末した方が早いと考え、さらに本人でもない人間がここまで言うだろうかとも思う。クリフを始めとする天上の人間が『そうして欲しい』と願っているだけではないのかと質問を投げかけた。
「当然だ。この戦いを望んだのは外ならぬガイラル様。そのために地上の戦力を強固にし、攻めてきたところのカウンターという計画を練ったのだからな」
「わかった。俺もツェザールには借りがあるんだがな」
「……実父ということは知っているんだったか」
「ああ。俺を始末しようとしたところをモルゲンの野郎が回収してくれたってこともな。始末するならともかく、愛情なんてないし、援護もしねえよ」
地図を受け取って歩きながらカイルが暗記をしていく。この能力もモルゲンに与えられたが、モルモットにしちゃ悪くないと思いながら現在地の把握をする。
「この辺りか?」
「ああ。もう少ししたら街道に出るはずだが――」
【わん……!】
『お父さん!』
「うお!?」
クレフがカイルに振り返った瞬間、シュナイダーが大きな声で鳴き、イリスが反応した。カイルはすぐにクレフを蹴って木の陰に放り込んでその場を飛ぶと、その直後、二人の居た場所に銃弾が掠めて行った。
「敵……!!」
即座にエリザはイリスとシュナイダーを伏せさせ、ハンドガンを発砲した。カイルも腰の銃を取り出しながらエリザに言う。
「エリザ、反撃はこっちでやる! イリスを頼む!」
「分かったわ! こっちよ」
『はいですお母さん!』
【うぉふ!】
大きな木の後ろに隠れたのを確認したカイルは頷いてからクレフに指で、自分が回り込むと示唆する。彼は小さく頷くとアサルトライフルを構えて銃弾が飛んできた方に視線を戻す。
『意外と地上の人間もやるもんだな。当てられないとは思わなかった』
「……」
銃声が止み、静かな森の中で装填する音と共に何者かの声が響く。誘っているのか、返事をしたところで位置を特定するつもりなのかとカイルは黙ってゆっくり進む。
『お、だんまりか? まあ強化されたオレ相手に自信が無いってんなら仕方が無いな。はは、警戒するまでもない。臆病者なんざ一人でやれそうだ』
「(ふん、自信過剰ってやつか? てめえがそれだけ喋っているならありがたくいかせてもらうぜ)」
カイルはそう胸中で呟くと、敵の位置を確認した。
刈り上げた髪の男は統一されたような徽章のついた帽子を被り自分たちのスーツに似ているものを着ていた。だが、急所の位置に鉄板を使用していることを視認する。ということはそこまでの防御力は無さそうだと判断した。
そのままカイルは地面を蹴って敵の背後に回り込むように移動する。
『出て来たか! はは! 死にな!』
「そうは行くか。クレフ!」
「避けろよカイル!」
そこでクレフがライフルを構えて発砲をする。
しかし、敵は口元に笑みを浮かべて背を向けたままクリフに射撃をした。そのまま無数に飛んでくる弾丸を横に飛んで回避する。
「チッ……! 掠ったか」
『はっ! 移動した気配がなけりゃどこに居るかくらいわかるぜ!』
「その通りだな!」
『お……!?』
敵がそう言った直後、ほぼ並列にカイルが移動しており眉間に銃口が当たっていた。驚いた男は首を横に動かす。
すぐに耳元で発射音が聞こえ、キーンとした耳鳴りのような音に顔を顰めつつ、男はカイルへと銃を向ける。
「遅いぜ」
『んな!? 貴様、銃が怖くないのか……!?』
だがカイルはあえて接敵し、向けられた銃口よりも前へ出た。こうすることで銃が役に立たなくなるのは承知の通りだった。
「装甲の隙間を撃てばどうだ!」
『ぐ、うぅ!? 野郎!』
「チッ、それなりに防弾性はあるのか。だがダメージはあるだろ」
至近距離で撃たれても貫通しなかったのを見てカイルが舌打ちをする。それでも骨が逝ったと判断した。
すると男から余裕が消え、銃とは逆の手で太ももについていたダガーを抜いてカイルに攻撃を仕掛けてくる。
「おっと、怒ったか? クレフを牽制したのは良かったが俺だけ見ていていいのか?」
『うるせえ……! 死にやがれ! ……ぐは!?』
【グルル……】
カイルがダガーをいなしている隙に、シュナイダーが音もなく近づいていた。そして一番防御の薄い首に嚙みついたのだった。
『ぐ、ああ……!?』
「やれ」
『がは――』
カイルが一言発すると、シュナイダーが顎に力を入れた。ごきんという嫌な音がしたと同時に、男はダガーを取り落として膝から崩れ落ちた。
「ふん、自信は持っていてもいいが過剰だと死に繋がるぜ? っつっても、もう聞こえていないか」
倒れた男を見ながら、カイルはそう呟くのだった。