114.
「ツェザール様、連れてきました」
「ご苦労」
「この赤子も地上へ……?」
「うああああああん!」
ミエリーナから強奪したカイルを連れた男達はとある部屋で待っていたツェザールに会う。目的を尋ねると彼は邪悪な笑みを浮かべてカイルを受け取り口を開く。
「当然だ。この先、私は名実ともにこの天上世界の王となる。いつか成長した時に私の子供などと吹聴されてはたまらないだろう? クレーチェとの子ならともかく」
「……その、こういうことを言うのも憚られるのですがクレーチェさんに固執し過ぎでは……」
「うるさい……! 小さいころから一緒だったのだ、いつか必ず自分のものになるつもりだった! ガイラルの奴が身を引きさえすればこんなことにはならなかったのだ!」
「……!」
カイルを殴ろうとして慌てて冒険者はツェザールを止めた。すると不機嫌そうな顔で言う。
「……危ない危ない。こいつはまだ利用価値がある。行くぞ」
「ハッ」
嫌な男だが権力はある。
ここで斬り捨てることは難しくないが、先のことを考えるとそれはできない上にそしてそれをしない者を選んで連れて来ているのである意味、ツェザールの計画はほぼ完璧であった。
後はガイラルを消すのみ。それがもう少しで完了する。
地上へ転送させる魔法陣とコールドスリープ装置がある部屋へ行くと、モルゲンの部下へと話しかけた。
「待たせたな」
「いえ……その子を地上へ?」
「ああ。これも実験の一つだ」
「わかりました。赤子でも問題なく作動することを証明して見せますよ! モルゲン様にミスはありません」
「そうだな……任せる。これでもう一つの計画も完了、か」
モルゲンには告げずにここまでお膳立てをした。後は送り込むだけ。これで上手く全てが纏まるとほくそ笑み、その時を待つ。
「……どのくらいかかる?」
「ガイラル様達を先に送るので、その後ですね。一緒にするなら先発の誰かと一緒に入れてもいいかもしれませんが」
「……いや、いい。続けてくれ」
下手にガイラル達のところに姿を現すのはまずいと、ツェザールは仕方なく待つことにした。
「まだかかるか。私はクレーチェを探しに行く、後は任せるぞ」
「かしこまりました!」
研究員が笑顔で敬礼をするのを見て、ツェザール達はその場を後にした。
◆ ◇ ◆
「どういうことだ……!」
「わからないの……」
「冒険者達がカイルを? なんでそんなことを……ってそれどころじゃないわね、そう遠くへ行ってはいないはず」
ミエリーナはなんとかモルゲンと合流し、最後の別れを済ませたクレーチェとも出会えていた。
しかしミエリーナが語ったことはカイルが連れ去られたという恐るべき事実だった。
三人は施設内を走り、冒険者達を探す。
「まさかツェザールの……」
「だけど、攫う理由がないわ。今じゃ兄さんの子として育てているし」
「確かにそうだが、あいつはなにをするかわからない。僕達の思いもよらないことを考えている可能性は十分にある」
「カイル……」
「もう! 不安にさせないでよ! 大丈夫だから、ね?」
青ざめたミエリーナの肩に手を置いて気遣うクレーチェの言葉は聞こえているのか小さく頷いて移動を続ける。
施設内の部屋を探してもおらず、冒険者もツェザールも見つからない。
「どこだ……! カイルになにかあったらタダじゃすまないぞ!」
「兄さん、ここは?」
「そこは予備の装置がある部屋だ。ガイラル達はすでに転送準備が終わっている。今は使っていない――」
そこでモルゲンは扉の鍵が開いていることに気づく。
「どういうことだ……?」
扉を開けると、そこで三人は驚愕の光景を目にすることになった。
「……!?」
「カイル!」
「あれ? モルゲン様?」
「おい! どういうことだ!」
「ひええ!? ど、どういうこと!? どういうことなんです?!」
装置に入ったカイルに駆け寄るミエリーナ。そしてすぐに部下へ駆け寄り、どういうことかとモルゲンが詰める。
「ツェザール様が実験で赤ちゃんを送ると言っていました! モルゲン様の許可は得ていると――」
「馬鹿な! そんな言葉を信じたのか! 僕に確認もせず!」
「うぐぐ……ツェザール様が自分から言っておくと……聞いていないんですか……?」
「くっ……」
モルゲンは部下から手を放して装置へと向かう。しかし時すでに遅く、転移が始まっていた。
「ああ……!?」
「これは……こうなってはもう手が出せない……いや、せめてこれを――」
モルゲンはポケットから取り出した手帳を装置の上に乗せる。そしてその瞬間、カイルの入った装置は姿を消した。
「あ、ああ……そ、そんな……う、うう……」
「くそ……」
泣き崩れるミエリーナと壁を殴りつけるモルゲン。そこでクレーチェが口を開く。
「……兄さん、装置はまだあるみたいだけど、あれは使えるの?」
「なに? ……クレーチェ、なにを考えている?」
「私が行くわ。カイルをこのままにしておけないでしょ! ミエリーナが行くべきかもだけど、兄さんと一緒の方がいいでしょ?」
「し、しかし、お前を送るわけには――」
「うるさい! 過保護なのは嬉しいけど、私は私! もういい大人なんだから好きにさせてもらうわ! どう、ミエリーナ!」
「ク、クレーチェ……そ、そうね……でも、母親の私が行くべき――」
ミエリーナが涙を拭いて立ち上がると、モルゲンは視線を一瞬泳がせたあと、無言でクレーチェに近づき腕を取って彼女を装置の前に連れて行き……中へ押し込んだ。
「兄さん……!」
「……そこまで言うならお前が行け! 僕を裏切った、もう、肉親でも容赦はしない! 《《ガイラルと共に》》地上世界で野垂れ死にするといい……!!」
「……うん、今までありがとう」
「モルゲン!? ダメよ、私が――」
「君は、駄目だ……僕の傍に、居てくれ……」
「そんな……!? 装置を止めて! クレーチェ!」
「元気でねミエリーナ! カイルは必ず無事にあなたの下へ帰れるように頑張るから! また、ね……」
「う、ああ……みんな、どうして……」
モルゲンは無言で装置を操作し、クレーチェは睡眠に入った。
ミエリーナが泣く中、やがて転移の準備が整う。本来の予定者であるガイラル達は行ってしまったので順番待ちは、すでに、無い。
「くそ……クレーチェはどこに……な!? お、お前達!」
「ツェザールか……」
「ど、どういうことだモルゲン! なぜクレーチェが装置に入っている!?」
「妹は……クレーチェは僕を裏切った。両親が死んでから大切にしていたのに、こいつはガイラルガイラルと……! だから見放した」
「馬鹿な……!? ガイラルを追放して、私のものになるはずだったのに……モルゲン、貴様は私を裏切るのか!」
「裏切ったのはお前が先だろうツェザール? ひ、ヒヒ……そうだ、僕が悪いんじゃあない……! はははははは!」
「モ、モルゲン……ごめん……ごめん、なさい……」
「あ、ああ、クレーチェ――」
その瞬間、クレーチェを入れた装置はスッと消えた。
場には狂気の笑い声を響かせる壊れたモルゲンと泣き崩れるミエリーナ。そして膝から崩れ落ちたツェザールだけが、残された――