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Bitter Chocolat Love  作者: 聖 雪奈
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Bitter Chocolate Love

 これは、小さな国の御話です。


 あるお菓子屋さんにチョコレート色の長い髪の可憐な少女がいました。


 少女の作るチョコレートのお菓子はとても美味しくて、食べた人たちを幸せにしてくれます。


 その少女は自分が作ったチョコレートを食べて笑顔になる人たちを見るのが大好きでした。

 

 そしてそんな少女を支える青年がいます。


 金髪で中性的な整った顔立ちの華奢な好青年です。


 少女と青年は兄妹のように両親と共に仲良く暮らしていました。


 これは、少女と青年のビターチョコのようにほろ苦くも甘い幸せな御話です。



 

 色とりどりの煉瓦造(れんがづく)り家々が建ち並ぶ夕暮れ時の田舎町。


 噴水広場の目の前に赤い煉瓦で造られた一軒のお店があります。


 このお店の名前は、ノエル・ルージュ。


 ノエル・ルージュは百年以上続くお菓子屋さんです。


 永く人々に愛されるこのお店ですが、どうやら最近はとても忙しいようです。


 何故なら、あと一週間もすればヴァレンタインです。


 お世話になっている人への日頃の感謝や、想い人に想いを伝える大切な日に美味しいチョコレートを贈りたい、と思い多くの人々がこの国で一番評判のお菓子屋さんにはひっきりなしに訪れます。


 ですが、お客さんの目的は美味しいチョコレートだけれはありません。


「いらっしゃいませ!」


 おや、清らかな声で挨拶をする少女がいます。彼女の名前は――


「きゃー! ショコラちゃん! こっち向いてぇぇぇ!」「ショコラ、ちゃん……彼女こそ、この地上に顕現した天使だ!」「ショコラちゃんから手渡しでチョコレートを貰える……それだけで俺は幸せなんだ!」


 ……若い女性客や若い男性客が何やら叫んでますね。まぁ、その少女が叫ばずにはいられない可愛さなのでしょう。


 気を取り直して……彼女の名前は、ショコラ。


 腰まである艶やかなチョコレート色の髪、幼くも愛らしい顔立ち、くるりとした瑠璃色の瞳、ほっそりとして小柄な赤いドレスに白いフリルのエプロンを纏ったとてもとっても可憐な少女です。


 ショコラは店内で叫ぶ少し迷惑なお客さんたちにも笑顔でウィンクします。


 彼女のウィンクの射線上にいるお客さんは、うっ、と呻きながら膝をつきます……何やってんの、この人たち?


「お客さま、大丈夫ですか?」


 おっと、今度は爽やかな声の見目麗しい男性の登場です。


「大丈夫です……ハッ! レイシさん!」「可憐な天使・ショコラ、ちゃんを守る麗しき守護天使・レイシ、さんまで顕現するとは……いよいよ約束されたセイントヴァレンタインデーは近い!」「おい、やめろレイシさん! 男の俺に優しくするな……す、好きになっちゃうじゃねぇーか!」


 勝手に膝をついたお客さん一人一人優しく手を取り立ち上がらせる男性。


 彼の名前は、レイシ。


 短い金髪、紅の瞳に切れ長な眼差し、中性的で端整な顔立ち、長身で華奢な体に白いコックコートを着て黒いエプロンを腰に巻いた美形好青年です。

 

「……ショコラ、あんまりお客さまにダメージを与えるないで差し上げてよ」


「レイシさん、私はサービスのつもりなんだけど……?」


「……そのサービスで鼻血を出して倒れたお客さまが何人いることか」


「うぅ……それは本当に申し訳ないけど、お客さまに笑顔になってほしい私はどうすればいいの?」


 頭を抱えて悩むショコラ。そんなショコラの様子にレイシは肩をすくめます。


 何と言ってもこのお店には可憐な看板娘と美形な看板息子がいます。それもこの店の人気の要因でもあるのですが。


 なんと、看板娘であるショコラの作るチョコレートはとても美味しいだけではなく、食べた人が幸せになるんです!


『妻と喧嘩しちゃったんだけど……一緒にショコラちゃんの作ったチョコレートを食べたら、美味しすぎて妻と笑い合ってて、いつの間にか仲直り出来たんだ!』


『好きな女の子にフラれたの……でもショコラちゃんの笑顔を見て、美味しいチョコレートを食べたら何だか元気が出てきちゃった! これで私は新しい恋に挑める!』


『地上に舞い降りた天使・ショコラ、ちゃん……彼女は我に福音を(もたら)した。――そう、欲しかったフェス限定キャラが当たったんだ! イッ、ヤッ、タァァァァァァァ!』


 という口コミが届いているのです。(ちなみに、この厨二病少年は少ないお小遣いで課金してます)


 このように、ショコラが想いを込めて作ったチョコレートを食べた人には小さな幸せが訪れるのです。


 それがこの店が人気である最大の理由です。


 さぁ、気がつけばショコラの作ったチョコレートは完売です。


 ということで本日は閉店ガラガラ!


 レイシの父である壮年のダンディな金髪の男性クレイが労いの言葉をかけます。


「いやぁ~今日もお疲れさん、ショコラちゃん、レイシ」


「ちょっとクレイ、あたしには労いの言葉はないのかい?」


 おっと、怖いですね。同じく壮年の金髪の美人な奥さん、店主のミレイです。


「あぁ、ミレイもお疲れさん」


「まったく、まだ売り上げの精算が残ってるじゃないか」


「そ、そうだった……いっ、けねーこいつはうっかりだぁ~!」


「うっかりじゃないよ、アンタも手伝いなさい! ショコラちゃんは先に寛いでていいよ、レイシは晩ご飯用意しておいてね」


「えっ、何で僕が……」


「レイシはパティシエの息子なのにお菓子が全然作れないだろ。でも料理は凄く美味しいからね、任せたよ」 


「はぁ……わかったよ、任されました」


 やれやれと思いながらもレイシはお店の奥にある台所へ向かいます。


「レイシさん、私も手伝うよ!」


「ありがとう……でもショコラはチョコレートを使わない料理が壊滅的なんだよね、この前なんか触手が生えた紫の物体が……」


「しょ、食材を切ったりとかなら出来るから、味付けはレイシさんに任せるから!」


「そっか、じゃあ、手伝ってもらおうかな?」


「うん、任せて!」

 

 おやおや、二人は仲良しの兄妹なのにまるで新婚さんのようですね。


 お菓子が作れないけどそれ以外の料理が得意なレイシ。お菓子作りは得意だけど他の料理が壊滅的なショコラ。なんだかおかしな組み合わせです。 

 


 夕食後、店の厨房の灯りが点います。


 レイシはマグカップに温かいコーヒーを入れて厨房に向かいます。


「う~ん、もうちょっと可愛くした方がいいかな?」


 そこではショコラがヴァレンタイン当日に限定販売するチョコレートの試作品を作ってました。


「熱心だね、ショコラ」


「あっ、レイシさん今ね、ヴァレンタイン当日に売るガトーショコラの試作品を考えてて」


「へぇ、ショコラがショコラを作ってるんだね」


「そうなの、ショコラがショコラを作って……って、それは置いといて! もう少し見た目を可愛くできないかなぁ? って思ってね」


「まぁ、あんまり根を詰めても仕方ないし、ちょっと休憩しない? コーヒー淹れてきたよ」


「ありがとうレイシさん、このガトーショコラも一緒に食べよう! あっ、私がガトーショコラ食べても共食いじゃないからね!」


「はいはい、わかってるよ」


 レイシはショコラにコーヒーの入ったマグカップを渡して椅子に座ります、どっこいしょういちさん!


 ショコラはガトーショコラをフォークで差してパクリ、モグモグ、それからコーヒーをごくごく。


「うん、やっぱり甘いお菓子にはブラックコーヒーが合うよね!」


「ショコラは甘党なのにブラックコーヒーなんてよく飲めるね」


「甘党だからこそよ! ビターチョコがあるじゃない、苦味の中にほんのりとした甘さがある、それってなんだか人生みたいじゃない? だから甘党でもブラックコーヒーもビターチョコも好きなの」


 苦くて辛い思いばかりを経験する人生の中に僅かな甘さという幸せがある、とショコラは言っております。


「なるほど、コーヒーだけに深いね、ショコラは」


「えへへ、そうでしょ」


 とても得意げなショコラをレイシは穏やかに見つめる。


「そうだ、果物をガトーショコラに乗せたらどうかな? 色合いも良くなるし、一緒に食べれば味の変化を楽しめるし」


「ナイスアイディア、レイシさん! それ頂き」


 ショコラは両手の人差し指をレイシに向けます。


 手慣れた様子で苺を包丁で切りガトーショコラに盛り付けていきます。


 レイシはショコラの揺れるチョコレート色髪を見つめます。


「ショコラの髪、艶やかなチョコレートみたいで本当に綺麗だよね……触ってもいいかい?」


「なぁに急にレイシさん、別に訊かなくて触っていいよ」


 作業中の手を止めて、ショコラはくるりと振り返ってにっこりと微笑んで答えます。


 その仕草を見てレイシはドキリとします。


 レイシにはずっと妹のように可愛がってきた女の子が近頃とても魅力的な女性に見えるのです。


「だって髪は女性の命じゃないか……気軽に触れていい物じゃないよ」


「ふふっ、レイシさんのそういう優しいところ、好きだよ。はい、どうぞ」


 後ろで手を組んで瞼を閉じるショコラ、相手を信頼してる証拠です。


 レイシは頬が熱くなるのを感じながら、ほのかに甘い香りがするショコラの髪に触れます。


 指の中でするりと解ける滑らかなチョコレート色の髪。


 レイシのショコラへの好きと、ショコラのレイシへの好きは、ちょっこっと違うのかもしれません。

 

 自分の気持ちに気づかない振りをしてるレイシ、どこまでも素直なショコラ。


 今の二人には幸せな時間が流れてます。


 けれど、


 これから二人には苦しくて辛くて堪らない時間がやってきます。



 夜中にふと、目が覚めたショコラ。


 自室から出て、瞼を擦りながら話声のする居間へ向かいます。


「あれから……もう五年も経つんだな」


「そうね……ショコラちゃんのお母さんとお姉さんが事故で亡くなってから」


 クレイとミレイの声が聞こえます。


「父さん、母さん……いつになったら、ショコラに話すんだ! あれは事故なんかじゃなくて、騎士団が屋敷に火を放って、ショコラのお母さんとお姉さんは――」


「――どういうことなの……?」


 レイシが振り返ると、目を見開いて愕然としているショコラがいます。


「ショコラ……聞いてたのか」


「ねぇ、どういうことなの、レイシさん……サクラお母さんとティアお姉ちゃんが騎士団に殺された、って」


 黙り込むレイシ、クレイとミレイも目を伏せます。


「嘘だよね、だってサクラお母さんとティアお姉ちゃんは……遠い国で旅をしてる、って、いつも、言ってたじゃない!」


 叫び散らすショコラ、それでもレイシは黙り込んだままです。


「ねぇ、何か言ってよ! 嘘だって言ってよ!」


「嘘なんだ……」


「……良かった、嘘だったんだ」


「……ショコラのお母さんとお姉さんが旅に出てるというのは嘘なんだ……本当は五年前に騎士団に殺されたんだ、そのショックでショコラはその時の記憶を失って、僕たちの家でショコラの面倒を見ることにしたんだでも、当時十歳のショコラに家族が亡くなったことを言えなかった……だから今まで嘘をついていたんだ……本当にすまない」


 レイシはショコラに真実を語りました。


 それを聞いたショコラはとても取り乱します。


「嘘っ……そんなの、嫌っ! イヤァァァァァァァ!」


 悲痛な叫び声を上げてそのまま意識を失い崩れ落ちます、咄嗟にレイシはショコラを受け止めます。


 ショコラは思い出しました、五年前の記憶を――大切な家族を失った記憶を。


 


 昔、町の外れの高台に大きな屋敷がありました。


 その屋敷には一人の魔女と二人の娘が住んでいました。


 魔女の名前は、サクラ。長女のフリティラリアと次女のショコラ。


 特別な力を持つ魔女は女性同士でも子どもを産むことが出来ます。


 もう一人母親である魔女のカエデがいましたが、カエデはショコラが流産しそうになったので自分の命と引き換えにショコラを出産して亡くなりました。


 だから、カエデはショコラに「うちの分まで幸せに生きておくれ」と最期に言い残しました。


 それからサクラは大切にフリティラリアとショコラを大切に育ててきました。 


 しかし、この国の自警団である騎士団の総帥イズムの不正を暴こうとして、騎士団にサクラは殺されました。


 姉のフリティラリアもショコラを逃がす為に殺され、その光景を目の当たりにしたショコラはその日の記憶を全て忘れてしまいました。


 それは五年前のヴァレンタインデーに遡ります。




「今日はヴァレンタインデーね、ショコラの作ってくれたチョコレートケーキを食べるのが楽しみだわ」


 桜色の長い髪、瑠璃色の瞳、おっとりとした雰囲気の白いドレスを着た外見が二十代前半の女性、サクラは嬉しそうに言います。


「チョコレートケーキとは別にワタシにチョコレートをくれるのよねショコラ。その時は、お姉ちゃん大好き! って言って渡してよね」


 漆黒の髪、桜色の瞳、高飛車だけど妹に溺愛してる黒いドレスを着た十三歳の少女フリティラリアは言い張ります。


 十歳の赤いドレスを着たショコラは不満そうです。


「えぇ~、なんでティアお姉ちゃんは私からチョコレートはねだるのに、私にはくれないの?」


「お菓子が作れないからよ! いつもお菓子を作ると爆発するの!」


「なんだか、お菓子を作っていて爆発する、って可笑しな話よね」

 

「サクラお母さん、変なダジャレ言わないで!」


 サクラ、フリティラリア、ショコラの三人で談笑に花を咲かして、笑い合う。


 きっとその時、この家庭には幸せな時間が流れていたのでしょう。


 ですが、


 その幸せは唐突に終わりを告げます。


 突如、けたたましく鎧が擦れる音が響きます。


「魔女サクラ出て来い! 幼児二人を殺害した罪で貴様を捕らえる! 屋敷から出ないなら火を放つぞ!」


 三十人の白い鎧を着た男女の前に出た、黒い鎧を着た緑色の髪でオレンジ色の瞳の青年が怒りを滲ませて警告します。


 窓から様子を見るサクラ。


 サクラは不安そうにする、フリティラリアとショコラを抱しめます。


「フリティラリア、ショコラ。裏口から屋敷を出て町の噴水広場の前のお菓子屋さんにへ行って、わたしの友だちの家だからきっと匿ってくれるわ」


「サクラお母さんはどうするの……?」


 ショコラはおずおずとサクラに訊ねます。


「わたしは外にいる人たちと話してくるわ、後で合流するから」


 何かを決意したサクラの瞳、それを読み取ったフリティラリアはショコラの手を握り駆け出します。


「サクラお母さん、絶対に帰って来てね! 絶対だから!」


 フリティラリアは強い口調で言い放ちます。


「うん、お母さん頑張るよ!」


 ぐっ、と両拳を握りしめるサクラ。


 ゆったりとした足取りで玄関から屋敷の外へ出ていきます。


「やっと来たな……魔女サクラ。なぜ子どもたちを……俺たちの子ども、ミリオとオリカを殺したんだ! 答えろ!」


 黒い鎧の騎士団長のダリウス。彼とその妻の子どもである四歳の男児ミリオ、三歳の女児オリカが夕方に下水道で体をバラバラにされた状態で発見されました。


 近くに捨ててあった禍々しい血だらけの斧が魔女サクラの物だと解った騎士団は今、魔女を捕らえるために屋敷に集結しています。


 ダリウスに詰問されてもどこ吹く風の態度をとるサクラ。


 鬼の形相でギロリと睨むダリウスに呆れたようにサクラは質問します。


「……その遺体は本当に貴方の子どもだったの?」


「何を言っている……俺は、はっきりとこの目で見たんだ! 触れたんだ! 俺たちの息子と娘が無残に殺された遺体に!」


 逆上して鞘から剣を抜き放つダリウス。


「魔女めぇぇ! 殺してやる! ミリオとオリカの仇だぁぁぁぁ!」


 雄叫びを上げ剣を振り上げサクラへ斬りかかるダリウス。


 その目の前に二人の小さな子どもが現れます。


「やめてパパ、サクラお姉さんに酷い事しないで!」


「サクラお姉さんは悪い人じゃないの、アタシたちを助けてくれたの!」


 緑色の髪にオレンジ色の瞳の男の子とオレンジ色髪に緑色の瞳の女の子。


 それは死んだはずのミリオとオリカでした。


「ミリオ、オリカ……お前たち死んだはずじゃ……」


 まるで幽霊でも見たかのようにダリウスは振り上げていた剣を下ろします。


「ボクたちはしんでないもん!」


「サクラお姉さんは、イズムのおじさんがアタシたちを襲ってきたのを助けてくれたんだよ!」


 必死にダリウスに訴えるミリオとオリカ。


 しかし、それは魔女が見せる幻影だと思い込んだダリウスは再び剣を振り上げて自分の子どもを斬り捨てようとします。


「嘘をつくなぁ! 俺の子どもたちは死んだんだ、消えろ魔女の幻影がぁぁぁ!」


 あまりの恐怖に身動きが取れないミリオとオリカ。


 そして、飛び散る鮮血。


 ミリオとオリカを庇ったサクラが袈裟懸(けさが)けに切り裂かれます。


 その光景を目の当たりにしたダリウスは目を見開きます。


「おい……それはお前の作り出した幻影だろ、何故庇うんだ……そいつらは偽物だろ! 偽物だと言え!」


 何度も何度も剣で切り裂かれるサクラ。


 ミリオとオリカは震えながらその光景を見ている事しかできません。


 気がつけば、周りは血の海と化して、立っているのが不思議なぐらい血だらけのサクラが真っ直ぐにダリウスを見つめてます。


 息を切らしながら剣を振りかぶろうとするダリウス。


「アナタ、もうやめて!」


 そこに一人の女性が現れます、オレンジ色の髪に青い瞳の女性ダリウスの妻である、ダリアナです。


「ダリアナ……! なんでお前がここにいるんだ!」


 ダリアナはダリウスの質問に答えず、ダリウスとサクラを通り過ぎてミリオとオリカに強く抱きしめます。


「ミリオ、オリカ、生きてたんだ良かった……本当に、良かった!」


「……ママ」


「ただいま……ママ」


 泣き出すダリアナ、それにつられるようにミリオとオリカも大声を上げてわんわんと泣き出します。


「本当に……本当にミリオとオリカなんだな」


 ダリウスが剣を落としてミリオとオリカに手を伸ばす、すると二人はまた震え出します。


 子どもたちに拒絶されたダリウスは悲痛な表情で下唇を噛み締めます。


「良かった、わね……家族の、感動の再会、ね」


 そう言ってサクラは傷口を抑えながら血みどろの姿で微笑みます。


「サクラさん……直ぐに手当てを!」


 ダリアナはサクラの姿を見て血の気を失います。


「はは、は……もう手後れみたい、魔女殺しの剣で、何度も切られちゃった、から……」


 渇いた笑い声を上げてよろりと倒れ込むサクラ、ダリアナが血だらけのサクラを受け止めます、ミリオとオリカも泣きながらサクラを見つめます。


「ごめんなさい……ごめんなさい、本当にごめんなさい、サクラさん!」


 泣きながら謝るダリアナ。


「バカねダリアナ……子どもを助けてくれて、ありがとう、でしょ……」


 それを聞いて涙を拭いてダリアナは微笑みます。


「ありがとう、サクラさん……ミリオとオリカを助けてくれて、ありがとう!」 


 安心したように穏やかな微笑みを浮かべるサクラ。


「ミリオくん、オリカちゃん……できれば、フリティラリアとショコラと仲良くしてね」


「うん……約束するよ!」


「ティアお姉ちゃんとショコラお姉ちゃんを……サクラお姉ちゃんの分まで見守るよ!」

 

「ふふっ、本当に頼もしいわね……これなら安心して逝けるわ……ごめんね約束守れなくて、フリティラリア、ショコラ……カエデ、今からそっちへ行くね」


 その言葉を最後にサクラは何枚もの輝く桜の花びらとなって消えて逝きます。


 魔女は精霊に近い存在なので死んだら自然に還ります。


 桜の花びらは、どこからか飛んできた輝く楓たちと共に風に乗って遠くへ消えていきます。


 残されたのは血の海と燃え盛る魔女の屋敷、ダリウスとダイアナ、ミリオとオリカ、三十人の騎士団員でした。


「おい、誰だ! 屋敷に火を放ったのは!」


「あぁ、我輩だよダリウスくん」


 そこに小太りの薄笑いを浮かべた中年の男が現れた、彼は騎士団の総帥イズム。


「魔女の討伐ご苦労だった。おぉ……ご子息とご息女も無事だったか! あの遺体は魔女が作った偽物だったんだな、いやぁ、本当に良かったよ!」


 薄笑いを浮かべたまま小汚い口を開くイズム。


「魔女の家には危険な物が多いだろうからね焼き払う事にしたんだよ……って、おいおい、ダリウスくん何を気に病んでるだい、君は英雄だよ! あのまま魔女がこの町にいたらどれ程の犠牲が出たことか!」 


 ダリウスの肩をポンと叩くイズム。


 ダリウスは悔しげに下唇を噛み締める、その唇には血が滲んでます。


「さぁ、我輩はこの事件の事後処理をしないといけないからね、騎士団本部に戻るよ。君たちは帰っていいよ折角のヴァレンタインデーだからね! いやぁ、本当にご苦労だった!」


 事後処理と口で言ってもその仕事は部下に任せて、イズムは女遊びをするのでしょう。


 イズムが見えなくなるとダリウスは、はっと気がついたように我に返る。


「そうだフリティラリアとショコラは屋敷の中か!」


「ダリウスさん! 屋敷の裏口から逃げだした少女二人を十名の団員が追っております!」


 部下の男性が報告をします。


 それを聞いてダリウスは血相を変えて怒鳴ります。


「早く止めさせろ! 魔女にもその子どもたちにもなんの罪もないんだ!」


「し、しかし、元帥の命令で魔女の子どもを殺しておけと……」


 チッ、と舌打ちをしてダリウスは剣を拾い駆け出します。


 せめて、自分が命を奪ってしまったサクラの子どもたちだけは守る為に。



 夜の町を掛けるフリティラリアとショコラ。


 肩で息をしながら路地裏に逃げ込みます。


「はぁ、はぁ……まだ追ってきてるしつこい連中ね。もう少しでお菓子屋さんに着くのに」


「でもティアお姉ちゃん……お菓子屋さんの人たち巻き込まれないかなぁ?」


 不安げなショコラの頭を撫でるフリティラリア。


「大丈夫よ、ヴァレンタインデーの日は人が多いから直ぐにワタシたちを見失うわ。それに騎士団の連中はワタシたちの特徴まで憶えてないか、ら――ショコラ危ない!」


「えっ……?」


 鮮やかな血が飛び散りショコラを紅く染めます。


 騎士団の男がショコラに斬りかかり、ショコラの身代わりなったフリティラリアが左腕を軽く切られました。


「いたぞ! 魔女の娘たちだ!」


 男が応援を呼ぶと九人の騎士団員が駆け付けます。


「おい、本当に殺すのか……?」「相手は、まだ子どもじゃない!」「見逃しましょう、そうしましょう!」


 騎士団員たち困惑の色が広がっていきます。


「ショコラ……今のうちに逃げて!」


「で、でもティアお姉ちゃん……私の所為で怪我を……」


「いいから! 早く逃げて!」


 ショコラはフリティラリアに強く促されて路地裏から抜け出します。


「逃すな! 子どもと言えど魔女だ、いずれは人を殺すだろう! ダリウスさんの亡くなった子どもたちをお前たちも見ただろ!」

 

 騎士団の男の一人が仲間を奮い立てる、敬愛している騎士団長の子どもが殺されたので黙っていられる団員たちではありませんでした。


 しかし、


「あの子を追いたかったら、ワタシを殺していきなさい……ワタシは、カエデお母さんとサクラお母さんより強い魔女らしいから、アナタたちには殺せないでしょうけどね」

 

 自分の影から漆黒の大鎌を取り出すフリティラリア。


 自分の身の丈以上の大鎌を軽々と振り回します。


 路地裏の壁も石畳もバターのように簡単に斬ってしまいます。


 けれど、歴戦の騎士団員はその光景を見ても臆することはありません。


 剣を構えて一斉に不敵な笑みを浮かべるフリティラリアへ向かっていきます。


「やめろ! お前たち!」


 唐突に聞こえたダリウスの声に騎士団員は硬直します。


 団員だちが振り返ると、そこには全身を返り血に染めたダリウスがいました。


「ダリウスさん! よくご無事で! 今、魔女の娘を仕留めま……」


「それをやめろと言っているだ!」


 激しい剣幕のダリウスに団員は言葉を失います。


「魔女サクラには何の罪もなかった、それどころか俺の子どもを助けてくれていた……けれど、俺は魔女を殺してしまった」


 まっ直ぐにダリウスはフリティラリアを見つめる。


「フリティラリア。君の母親を殺したのは俺だ、恨んでくれても構わない、俺を殺しに来ても構わない……けれど、今は生きろ、俺から言えるのはそれだけだ」


 フリティラリアは瞳を潤ませて、大鎌を消して、背中に一対の漆黒の翼を広げます。


 そのまま何も言わずに夜空へと飛び去って行きました。



「はぁ……今日も疲れたなぁ」


 当時十五歳のレイシはクレイとミレイ任された店の後片付けをしていました。


 しばらく片付けをしていると、とんとん、と店の扉を叩く音が聞こえます。


「ん、誰だろ? 店は閉店してるんだけどなぁ……」


 レイシが扉を開けると目の前に血塗れのショコラの姿がありました。


「どうしてそんな血塗れなんだ……ショコラ!」


 レイシはこの店の常連さんであるショコラのことをよく知っていました。いつも元気で明るい女の子のショコラ。


 しかし今のショコラはいつもの姿とはかけ離れており、虚ろな眼差しで虚空を見つめています。


「サクラお母さん……ティアお姉ちゃん……」

   

 呟いて光のない瞳から涙が零れます。


 レイシは黙ってショコラを抱しめます。


 この日、ショコラは愛する母と姉を亡くしたショックからこの日の記憶を全て忘れてしまいます。


 翌日、ミリオとオリカからショコラの母親のサクラが殺されて、姉のフリティラリアが姿を消したことを聞きます。


 三日間寝込んでいたショコラは目を覚ますとレイシに訊ねます。


「レイシさん、サクラお母さんとティアお姉ちゃんはどこ?」


 レイシは笑顔で答えます。


「サクラさんとフリティラリアさんは遠い国へ旅に出たよ」


 これは、レイシがショコラを傷つけまいと思ってついた、優しい嘘でした。




 昨夜、ショコラが気を失ってから、レイシはショコラの部屋のベットに寝かしつけて、朝がやって来ました。


「おはよう……レイシさん」


「おはよう……ショコラ」


 既に厨房にはショコラがいました。


 隈が出来ていて、瞳は虚ろで光はなく、薄っすらと微笑んでいいるショコラ。


 そして、ショコラのチョコレート色の瞳の髪とまつ毛と眉毛が、真っ白になっていました。


 本人はまったくそれに気付かずにいつも通り作業を続けています。


「お、おはよう……レイシ」


「おはよう、レイシ……」


「父さん、母さん……おはよう」


 クレイとミレイも既にお菓子作りの作業を始めてました。


 気まずい空気が流れてます、けれど、外見は変わっているけどショコラの様子はいつも通りなのが余計に三人の心配を増長させます。


 程なくして、ショコラはブラウニーを作り上げます。


「ブラウニーが出来たよ……レイシさん、クレイさんもミレイさんも食べてみて」


 レイシは出来たての小さく切られたブラウニーを口に運ぶ、クレイもミレイもそれに続きます。


 しかし、いくら噛んでも何も味がしません。


 見た目は美味しそうなブラウニーなのにまったく味がないのです。


「ショコラ……このブラウニー食べた?」


「まだ、だけど……何かおかしかった?」


 怪訝そうに首を傾げながらショコラはブラウニーを食べます。


 しばらく咀嚼しているとショコラは笑いながら涙を流し始めます。


「あれぇ……可笑しいなぁ、なんで何も味がしないんだろう? 本当に可笑しいなぁ」


「ショコラ……」


 レイシはそっと手鏡をショコラに渡します。


 ショコラが鏡を覗くと、虚ろな眼差しの白い髪の少女が涙を流して笑ってました。


 ガシャン、と床に落ちた手鏡が割れます。


「ははははは……そっか、もう私は誰も幸せに出来ないんだ、私自身が幸せじゃないから!」


 ショコラは自分の部屋へと走り出して行きました。


「待って……ショコラ!」


「レイシ!」


 ショコラを追いかけようとしたレイシはクレイに呼び止められます。


「今は……そっとしておいてあげなさい。それとしばらくお店は休業するよ」


「なんでヴァレンタインデー前のこの時期に休業するんだよ……そっか、ショコラのチョコレートじゃないとダメなんだね! 父さんや母さんのチョコレートじゃ、ただの美味しいチョコレートだもんね!」


 レイシが言い終わると同時に、ぱちん、と渇いた音が厨房に響きます。


 唖然とするクレイ、レイシは頬がじぃんと痛んでミレイにビンタされた事に気づきます。


「何でビンタするんだよ母さん……そっか、悔しいんだよね、ショコラみたいに特別なチョコレートが作れないのが! 母さんや父さんが特別なチョコレートを作れるなら、もっと店の売り上げが――」


「――いい加減にしなよ、レイシ! 店の売り上げなんてどうでもいいんだよ! 確かにこのお店は先々代、先代が遺した大切なお店さ。でもね、今のこのノエル・ルージュにはねぇ……あの子の、ショコラちゃんの笑顔が必要なんだよ、ショコラちゃんの笑顔があってこそのノエル・ルージュなんだ! でも、今のあの子は笑顔になることすら出来ない……あたしやクレイの気持ちなんかより、ショコラちゃんの気持ちを考えてやりな、このバカ息子!」


 レイシは初めて母親であるミレイに本気で怒られました。


 クレイは溜め息をついてレイシの方を見ます。


「レイシ……少し頭を冷やして来なさい」


「父さんまで、そんなことを言うんだね……」


「あぁ、そうさ、オレやミレイはショコラちゃんの為に何が出来るか考えてるんだ。お前も喚く暇があるならショコラちゃんの為に何が出来るか考えてき――」

 

 クレイが言い終わる前にレイシは勢いよく家を出ていきます。


 レイシは、結局自分はショコラのことをちゃんと考えてなかったのだと悔しい気持ちでいっぱいになります。


 しばらく走って人通りの少ない運河の前のベンチに座ります。


 ショコラの為に何が出来るか、考えても何もいい考えが思いつきません。


 自分自身が幸せじゃないと人を幸せに出来ない、ショコラの言葉が頭を過ぎります。


「僕がショコラを幸せに出来たら……なんて無理か」


 何気なく呟いた言葉。


「――どうして無理だと決めつけるの?」


 レイシの呟きに反応したように艶やかな少女の声が返ってきます。


「……だ、誰?」


「誰、ねぇ……悪魔が貴方に語りかけている、って言ったらどうするの?」


 少女の声はとても意地悪です。


「それでもいいよ……ショコラを救えるなら、神様だろうが悪魔だろうが何でも頼るし、なんでもする」


「ん? 今なんでもする、って言ったわね」


 変なところに反応する少女、そんなところに反応しちゃダメだろ!


 レイシの影が少女の影になって、影の中から黒いコウモリ傘を差した黒いゴシックドレスを着た少女が現れた。


「あ、貴女は……」


「どうも! 愛しのまいすうぃーとしすたー・ショコラの姉のフリティラリアです!」


 きゃぴっ、と決めポーズをするフリティラリア。


 明るかった景色が一変して夕闇に包まれ薄暗くなります。


 騎士団に殺されたと思い込んでいたショコラの実の姉が生きていた。


 レイシは五年前にショコラとサクラと一緒にお店に来ていたフリティラリアのことを知っていました。


 レイシはベンチから立ち上がりフリティラリアに頭を下げる。


「フリティラリアさん、今ショコラは大変な状況なんだ……助けてくれ」


「ショコラが大変なのは知ってるわよ……愛しのショコラのことだもの、何でも知ってるわよ。あぁ……ワタシのショコラ、ふふっ、ふふふふっ」


 フリティラリアは傘をベンチに置いて、両頬を抑えてくねくねとします。


 レイシは軽く引きました。


 おほっん、と咳払いをするフリティラリア、きりっとした真剣な表情になります。


「話を戻すわね、レイシさん……貴方はショコラのことをどう思っているの?」


「どうって……大切な妹であり、大切な家族だと思って……」


「それならショコラをワタシに返しなさい、今すぐに! 返して! ワタシのショコラァァァァ!!」


 レイシの胸倉を掴みながら発狂するフリティラリア……正直ヤバいです。


 はっ、フリティラリアは我に返ります。


「と、兎に角、レイシさん。貴方がショコラをただの家族としか見ていないなら、貴方は絶対にショコラを幸せに出来ない。少しは自分の想いに正直になりなさい、そう、ワタシぐらい!」


「嫌です」


「何でよ!」


「絶対に嫌です」


 レイシは、ショコラの名前を叫びながら発狂するような人にはなりたくない、と心から思いました。


「レイシさんの言う通り、ワタシが生きていたと知ればショコラは元気になる……けど、それだとレイシさんはショコラと一緒にいる資格はないわ、貴方自身の力でショコラを助けないと意味がないの」


「で、でも僕なんかにショコラを幸せに出来るわけ……いって!」


 レイシは俯いているとフリティラリアに軽くデコピンされました。


「その、僕なんて、って言ってる時点で無理ね。ちゃんと自信を持って、五年間ショコラを支えてきた事に」


「フリティラリアさん……」


「まぁ、貴方が無理だったら、いつでもワタシがショコラを助けるから心配しないで!」


 いいこと言ったのに、最後の言葉で台無しです。


「それと最後にこれを貴方からショコラに渡しなさい」


 フリティラリアが手を掲げると空中に黒い小さなケースが出現します。


 黒いケースが開くと、シンプルだけど精巧に作られたラピスラズリの指輪とルビーの指輪が入っています。


「まさか、僕がショコラと結婚しろ、って言うのかい!」

 

「それ以外に何があると言うの?」


 途端に赤面するレイシ、耳まで真っ赤です。


「この指輪の代金は気にしなくていいわ、ショコラを幸せにするという出世払いよ! ルビーの指輪がショコラので、ラピスラズリの指輪がレイシさんのね」


 取り敢えず受け取るレイシ、まじまじと指輪を見つめます。ルビーは自分の瞳の色で、ラピスラズリはショコラの瞳の色、そんな意味が込められてる気がします。


「それと、ショコラを幸せに出来ないなら。結婚式に猟銃を持って現れるわよ!」


「魔女が猟銃を使うのかい?」


「じゃあね、レイシちゃん……ショコラのことを頼んだわよ」


「あ、ありがとうございます、フリティラリアさん!」


 フリティラリアはレイシに小さく微笑んでコウモリ傘を開いてくるりと回してパチンと閉じます。


 気がつけば、フリティラリアの姿はなく、辺りも朝の明るさを取り戻していた。


 度が過ぎるシスターコンプレックスの姉だけど、その分ちゃんと妹のことを考えてるのだと感心しました。


 レイシの手元には指輪の入った黒いケースがあります。


 試しにラピスラズリの指輪を左薬指に嵌めようとすると指輪が小さくて嵌りませんでした。


 レイシは今度会ったらフリティラリアに文句を言おうと決めました。


 

 レイシはベンチでどうやって指輪を渡そうかシミュレーションを繰り返して、夕方過ぎに家に戻りました。


「ただいま……母さん、父さん。朝はごめ……」


「レイシ、あたしたちに謝る必要はないよ」


「そうだぞ、レイシ。ショコラちゃんの所に行ってやりな」


 ミレイもクレイもレイシの変化に気付いているようです、流石は親子です。


「わかった、行ってくるよ。父さん母さんありがとう!」


 レイシはショコラの部屋へ向かいます。


 薄暗い二階の廊下に、ちょきんちょきん、と鋭い音が響いてます。


 ショコラの部屋のドアが少し開いてます。


「ショコラ……部屋に入るよ」


 そこでレイシは、夕陽を浴びながらベットに座って鋏で白い髪を切っているショコラがいました。


 すっかり肩にかかるぐらい短くなったショコラの髪。


「ショコラ……な、何をやってるんだ!」


「何って……髪を切ってるのよ、レイシさん」


 言いながら鋏で、ちょきんちょきん、と髪を切り続けるショコラ。


「やめるんだ、ショコラ!」


 レイシはショコラの右腕を掴んで髪を切るのを止めます。


「どうして止めるの……レイシさん? 貴方が綺麗だと言ってくれたチョコレート色の髪じゃないのよ、どうなってもいいじゃない」


「そんな事をして君は幸せになれるのか!」


「無理よ、もう幸せじゃない私は誰も幸せに出来ない……サクラお母さん、カエデお母さん、ティアお姉ちゃんの分も生きて皆を幸せにしないといけないのに!」


「誰かを幸せに出来なくてもいいじゃないか! サクラさんもカエデさんも、きっとフリティラリアさんも君が幸せになる事を望んでいる!」


 レイシの言葉にショコラは狂気に満ちた笑みを浮かべます。


「ふふっ、ははははは……レイシさん、貴方に私の何が分かるというの! 大切な家族を失った私と……何も失わないで家族と幸せに暮らしてきた貴方に!」


 レイシはショコラに腕を掴まれてベットに押し倒されます、とても小柄な少女の力とは思えません。


 ショコラはレイシに馬乗りになり握りしめた鋏を振り上げます。


「貴方に!」


「ぐっ!」


 レイシの胸に刺さる鋏。


「分からないでしょ!」


「うぐっ!」


 ショコラは再び振り上げて、レイシの腹部に挟みを刺す。


「私の痛みが!」


「ぐぅ!」


 何度も何度も鋏を振り上げてはレイシの体に突き刺すショコラ。


 レイシはショコラを引き剥がそうとしても強い力で押さえつけられていて身動きが取れません。


 レイシの白いシャツはどんどん血に染まっていきます。


 焼けるような激痛に耐えながら、レイシはポケットから指輪の入ったケースを取り出します。


 レイシは、これがショコラの本当の気持ちで、自分のことを憎んでいるなら仕方ない事だと思います。


 けれどこれはショコラが本当に望んでやっている事ではないと気づきます。


 彼女の虚ろな瞳の奥に、レイシを錯乱して傷つけてしまって悲しくて泣いているショコラがいる、そんな風に感じます。


 だから、レイシは自分の気持ちに正直にショコラに伝えます。


「ショコラ……僕は君が来てから、毎日が楽しかった、幸せだった……僕じゃあ、君から貰った以上の幸せを、返すことは出来ない、かもしれない……」


 ショコラは手を止めてレイシの言葉を聞き入ります。


「それでも……こんな僕でよかったら、結婚して、くれ……うっ」


 最後まで言い切る前にレイシは呻き声を上げて動かなくなります。

 

「レイシさん! レイシさん! 私は……何て事を……」


 取り乱すショコラ、その瞳には輝きが戻ります。


 ショコラはその手に持っている血だらけの鋏を握りしめます。


「レイシさん……私も貴方の後を追うわ」


 自分の首に鋏を突き立てるショコラ。


「愛してるわ……レイシ」


 それがショコラの本当の気持ちでした。


 ショコラは涙を流します。


 自分の愛するレイシを傷つけて、殺してしまった事。


 そんな事をしてしまった激しい後悔と悲しみに暮れながら。


 だから自分も死ぬ、愛する人を殺めてしまった後悔と悲しみを抱えたまま生きることは出来ないから。


 しかし、


 唐突に風が吹き荒れて窓が開きます。


 桜の花びらと楓の葉を乗せた風が止むと半透明の女性が二人立っていました。


 桜色の髪、瑠璃色の瞳の紅いドレスを着た女性。楓色の髪、黒い瞳の桜色のドレスを着た女性。


 ショコラの二人の母親である、サクラと幼い頃に写真で見た姿のカエデでした。


『逢いに来たわよ、ショコラ』


『やっぱりうちらの娘だけあって美人だね、ショコラ』


「サクラお母さん、カエデお母さん……! どうしてここに!」


 歓喜の声を上げるショコラ。しかし半透明なその姿を見て、やはり二人は亡くなっているのだと解ります。


 サクラはショコラの質問には答えず、おっとりしていた表情が真剣になります。


『ショコラ、レイシちゃんはまだ生きてるわ……でも、その命も、もうすぐ尽きる』


「まだ生きてる……! サクラお母さん、カエデお母さん、どうすればレイシは助かるの!」


『ショコラの血を与えてるんだ、魔女の血を、そうすればレイシは魔女に成って生き延びる事が出来る』


 腕を組んだカエデが答えます。


『魔女が愛する者が魔女の血を飲んだ場合、魔女に成って長寿になるの……でも魔女が愛してない者が血を飲んだ場合、異形の魔物に――』


「――わかった。お母さんたちありがとう! 私やってみる」


 サクラが言い終える前に右手を鋏で切り裂き、レイシの口を開き血を流し込みます。


「お願い、レイシ……私と生きて!」


 ショコラは祈るように願うように零れ落ちる血に想いを込めます。


 レイシは薄れる意識の中、自分の中に熱いものが入ってくるのを感じます。


 とても苦いのに、どこか甘く感じる幸せな味。


 まるでビターチョコのように体に溶けて交わる愛。


 その心地良さを感じていると、意識がはっきりとしてきます。


 泣き声が聞こえます、大好きな女の子の泣き声が。


「レイシ、レイシ……酷い事して、痛い思いさせて、ごめんなさい、本当にごめんなさい」


「……ショ、コラ」


 レイシが瞼を開くとショコラが抱き着いていました。


 腹部を見ると、白いシャツは血だらけで穴だらけだけど、傷が塞がっており痛みも感じません。


 細く筋肉質だった体は柔らかくなってるし、身長も縮んだ気がするし、声も少し高くなってる……気がします。


 開いた窓の近くに半透明の女性が二人手を振っていました。


「えっ!」


 その二人の女性は穏やかな風になって消えていきました。


 何が起こったのか全然理解出来ないレイシ。


 けれど、ショコラが生きていて、自分も生きている、今はそれだけでいいのです。


 ショコラの温かい抱擁を受けながら幸せを感じて、そのまま眠りにつきました。 




 レイシは夢を見ます。


 それは、とてもとても懐かしい思い出です。


 当時十二歳だったレイシは店のお手伝いをしていました。


 そこにあるお客さんたちがやって来ます。


「こんにちは、レイシくん。お店の手伝いをしてるのね、偉いね!」


「どもぉ」


 サクラと十歳のフリティラリアです。


「いらっしゃいませ。まぁ、手伝わないと母さんがうるさいから……」


「聞こえてるよ、レイシ! 今度、町の女装コンテストに強制参加させるよ!」


「ごめんなさい、母さん……それだけはお許しを」


「許してやれよ、ミレイ。レイシはこの前だって店に来た男の子に女の子と間違えられて告白されたんだから」 


 そんなミレイ、クレイ、レイシのやり取りを楽しそうに見ているサクラとフリティラリア。その後ろからひょっこりと小さな女の子が現れます。


「ん、サクラ。その可愛い女の子もあんたの子どもかい?」


「そうよ、ほら自己紹介してショコラ」


「ショコラです。チョコレートみたいに甘いものと、ブラックコーヒーみたいに苦いものが好きです」 


 レイシは当時七歳だったショコラと初めて会いました。


「へぇ~、レイシ聞いたかい? こんな小っちゃくて可愛い子もブラックコーヒーが飲めるんだよ、淹れてあげなよ」


「コーヒーは砂糖入れて飲むものなんだよ……そのまま飲む人は正気じゃないよ」


 ミレイに言われて悔しそうに呟くレイシ。


 その顔を覗き込むショコラ。


「レイシさん、コーヒー淹れて、お願い」


 無邪気に上目遣いをされてたじろぐレイシ、これは完全に落ちましたね。


「ワタシが淹れるわ! ショコラの為に愛情を込めて!」


「ちょっと、フリティラリア。邪魔しないの」


「はっ、なっ、せっ!」


 暴れるフリティラリアはサクラに取り押さえられております。


「わかった、淹れてくるよ」


「うん、ありがとう!」


 満面の笑みで微笑むショコラ。


 レイシは顔が熱くなるのを感じながら厨房に行ってコーヒーを淹れて戻ってきます。


「はい、どうぞ」


「ありがとう、レイシさん!」 

 

 レイシから受け取ったコーヒーをショコラは、ふぅ~ふぅ~、してごくごくと飲みます。


「苦くて美味しい!」


 ショコラは、苦いと言いながらとても嬉しそうにしています。


「はっはっはっ、そりゃあ良かったなレイシ。ショコラちゃん、レイシと結婚したらコーヒー飲めるし、チョコレートだって食べ放題だよ!」


「私が……レイシさんと結婚?」


 クレイの提案にきょとんとするショコラ。


「おい、父さん……何を言ってるんだよ!」


 慌てるレイシ、顔どころか耳まで真っ赤です。


「うん、結婚する! レイシさん、私のお嫁さんにしてあげる!」


 ショコラは、ばんざーい、と両腕を上げて高らかにレイシをお嫁さんにする宣言をします。


「ぶっ、あっははははは!」


「ふっ……はははははっ!」


「あら素敵、レイシちゃんとショコラが結婚するのね」


「ワタシは認めないわ! こんな馬の骨にワタシのショコラを渡すものかぁぁ!」


 ミレイとクレイは腹を抱えて爆笑して、サクラは微笑ましそうにして、フリティラリアはいつも通りです。


 レイシは恥ずかしい気持ちでいっぱいになりながらも、ちらりとショコラを見ます。


 視線が合います。


 ショコラもこちらを見ていたようです、レイシを見てにっこりと微笑みます。


 レイシは幼い頃から中性的な顔立ちで女の子と勘違いされているのがコンプレックスでした。


 けれど、こんな可愛いくて笑顔が素敵な女の子のお嫁さんになれるなら、それもいいかなと思うレイシでした。




「おはよう、レイシ」


 レイシは目を覚ますとショコラと同じベットに寝ていたみたいです。 

 

「ショ、ショショッショ、ショコラ! 何で一緒のベットに」


 慌ててベットから飛び上がるレイシ、そして自分は下着姿だと気づきました。


「何この恰好! しかもなんで女の体になってるの!?」


 黒いランジェリーに黒いショーツという格好です、大胆です。


 胸は膨らんでいるし、体も柔らかくなって、声も高くなって、髪も肩にかかるくらいに伸びています。


 二十年間男として生きてきたレイシ、朝起きたら女になっていました、あら大変!


「あっ、そういえば、私の血をレイシに飲ませたから魔女になってるのかも? ついでに私がレイシを着替えさせといたよ」


「魔女になってるかも? ってどういうことなの!?」


「だって……私がレイシに血を飲ませなかったら、レイシは死んでいたの……私の所為でレイシが死ぬのは嫌だったの……」


 ベットから起き上がって俯くショコラ、瞳を潤ませて涙が流れそうです。


 レイシは泣き出しそうなショコラを見ていたら怒る気も失せました。


「わかったよ……助けてくれて有難う。これからは女として生きていくよ」


「よかった! レイシならそう言ってくれると思ってたの!」


 ぱぁ、と笑顔になり勢いよく抱き着くショコラ、抱き着かれたレイシはあたふたしています。


 誤魔化すように口を開くレイシ。


「そっ、それにしてもこの体は損失感が凄く……」


「損失感? 確かに身長は縮んだし、筋肉量も減っただろうけど……他に何かなくなったの?」


「えっ?」


「えっ」

 

 そう言えばショコラは男性と付き合ったことがない。(女性ともないけど)


 昔はよくショコラに一緒にお風呂入ろう、一緒に寝ようと誘われたけどレイシは全部、赤面しながら断ってました。


「いや、別に……ナニモ、ナクナッテ、ナイデス」


「そっか、なら良かった。それにしても、胸が大きくなって羨ましいなぁ、髪も伸びたし、元から可愛かったのに更に可愛くなったね、レイシ!」


「か、かぁ、かぁ、かかっか、可愛い!? もしかしてショコラ、ボクのことずっと……」


「うん、ずっと可愛いと思ってたよ!」


 ショコラは屈託のない笑顔で答えます。


 レイシはショコラに格好いいと思われていなかったことにショックを受けます。けれど、ショコラに可愛いと思われていたなら嬉しいと思いました。


「それと……ずっと好きだったよ、レイシ」


 ショコラに耳元で囁かれてレイシは悶えながらぺたりと座り込みました。


  

 

 ここは町の中心にある騎士団の教会です。


 装飾があまりない質素な部屋が多いのですが、一部屋だけ豪奢な部屋があります。


 高そうな骨董品が飾らており、椅子や机に至るまで高級なものを使用している、総帥であるイズムの部屋です。


 イズムは偉そうに椅子に鎮座してます、その目の前にはダリウスが立っています。


「ダリウスくん、魔女の娘が生きていたみたいだねぇ」


「そうですね」


「早速だが始末してきてもらおうか」


「お断りします」


 腰にかけてある鞘から剣を抜き放ちイズムに向けるダリウス。


「なっ、何の真似だ、ダリウス! 我輩に逆らう気か!」


 ダリウスは答えません。


 代わりに部屋のドアが勢いよく開かれます。


「騎士団総帥イズム。四十七件の強盗、二十四人の女性への強姦、十二人の殺人未遂、三十二人の殺人の罪で貴方を捕らえます」


「年貢の納め時よ、エゴ、イズムのおじさん」


 両目を閉じた紫色の髪の簡素な白いドレスを着た少女と黒い髪のゴシックドレスを着た少女が現れます。


「貴様は魔女の娘……フリティラリアか」


「そうよ、アンタの顔なんて見たくないし、殺したいぐらいだけど……寛大な王女さまが終身刑で許してくれるって、感謝する事ね」


「王女様……?」


「自己紹介がまだでしたね。わたくしは、フリチラリア・アルク・アン・シエル。この国の王女です」


 ドレスをつまんで優雅にカーテシーで挨拶するフリチラリア。


「王女様が何故、そんな町娘と変わらない身なりでこんなところにいると言うのだ! 普段城から出てこない癖に!」


「王族だからと裕福な暮らしをしては民との貧富の格差は縮まりません。そして、城から出て力を暴走させない為に魔女である彼女から色々と教えていただいていたのです、わたくしも魔女ですから……まぁ、わたくしの場合は遠い先祖返りですが」


 怒鳴るイズムに対して、堂々と王女の威厳を見せつけるフリチラリア。


 フリチラリアは瞼を開けます、すると虹色の瞳が輝きます。


 視線が合ったイズムは頭を抱えて悶えます。


 フリチラリアは瞳を閉じて口を開きます。


「貴方の過去を見ました。騎士団を立ち上げて町の人々の為に働いて、感謝されていました……しかし、自分より才能のある若いダリウスが現れて、貴方は町の人々から見向きもされなくなった。それから貴方は堕落して私利私欲の為に生きるようになった……ということですね」


「こんな思い出したくもない記憶を掘り起こしやがって……! 女王も魔女もダリウスも我輩が殺して――」


 剣を抜いたイズム、しかし、一瞬で剣をダリウスに叩き落とされます。


「これ以上、醜態を晒さないでくれ……イズムさん」


「黙れ! 貴様のような天才に我輩のような凡人の気持ちが解るまい!」


「解るさ、俺は貴方に憧れて修練と積んで騎士になったんだ……俺も天才じゃない、ただの凡人だ」


 ダリウスは剣の切っ先をイズムに向けたまま言葉を紡ぎます。


「なっ……嘘だ、嘘をつくな!」


「嘘じゃないさ、けれど……本当に残念だったよ、たった一回俺に負けただけで堕落しいった貴方は、本当に情けなかった」

 

 心底悔しそうに拳を握りしめるイズム。


 扉が開き、五人の騎士団員がイズムを捕らえます。


「最後に、イズム。フリティラリアは終身刑と言っていましたが、更生の余地があるなら刑を軽くすることは出来ます」


「女王様はいいねぇ! 生まれた時から特別な力を持っていて、ベットで魔女の女を相手にしてればいいんだもんな!」


「否定はしません」


「ちょっとぉ、チア! そこは否定しなさいよ!」


「何故です? わたくしはティアのことを愛しているのですが……」


「だってワタシたちキスすらしてないじゃん……ていうかワタシにはショコラが、ごにょごにょ」


 珍しく語気が弱まるフリティラリア、何だかんだでフリチラリアのことが好きみたいです。


 フリチラリアはイズムの方に向き直ります。


「わたくしとティア、ダリウスも幸せを知っています。幸せを知らないのは貴方だけです、イズム」


 フリチラリアの言葉に、更に悔しそうに歯切りするイズムでした。



 騎士団の地下牢にイズムを収容しました。


 地下牢の階段から上がった後にダリウスは重い口を開きます。


「フリティラリア……君は、サクラを殺した俺のことを恨んでるんじゃないか?」


「……恨んでないと思ってるの? ぶん殴りたいぐらいよ!」


「だったら……この剣で俺を斬ってくれ、君にはその資格がある」


 ダリウスは腰にかけてある剣を鞘ごとフリティラリアに差し出します。


 フリティラリアはその剣を受け取らずに目にもとまらぬ速さでダリウスに往復ビンタをします。


 ビンタされたダリウスは呆然としながらフリティラリアを見ています。


「ここでその命を絶つ事がサクラ母さんへの償いになると思わないことね。貴方はこの国を、騎士団を、そして奥さんと子ども二人を背負っているの、だから生きなさい、ダリウス。貴方は自分の背負っているものの重さを自覚するべきね」


 そう言い残してフリティラリアは去って行きます。


 フリチラリアはダリウスの方を向いて優しく微笑みます。


「ダリウス。貴方はこの国の為、騎士団の為、家族の為にその剣を振るってください」


「畏まりました……女王様」


「宜しい、それではごきげんよう……ちょっと、ティア、待ってくださいよぉ~」


 急いでフリティラリアを追いかけるフリチラリアは年相応の少女に見えます。


 ダリウスは自分より年下の二人の少女に諭されて、生きなければいけない、と強く思い剣の鞘を握り締めました。 




 お店の厨房でチョコレートを作るショコラ。


「出来たよ、レイシ。味見して」


 ショコラに促されて出来立てのチョコレートを口に運ぶレイシ。


「うん、いつも通り美味しいよ、ショコラ」


「良かった、これならヴァレンタインデーに間に合いそう……でも、髪の色は戻らないね」


 ショコラ短い白い髪を摘まんで溜め息をつきます。


 きっと直ぐに戻るよ、そう言いたいけど言えません。


 白色も似合っているよ、これを言ったらショコラを傷つけてしまいます。


 ショコラにかける言葉を選んでいると、店の扉が開き一人の男性が入ってきます。


「ショコラ……それにレイシ、ん? 君はレイシか? レイシは男の子だったはず」


「レイシですよ、だってこんなに可愛いじゃないですか!」


「ショコラ、ボクのことをあんまり可愛いと言わないでくれ。それで……何の用ですか? ダリウスさん」


 レイシはショコラの前に立ち塞がりダリウスを睨みます。


「いいよ、レイシ」


「けど!」


「大丈夫だから」


 そう言ってショコラはレイシの前に出ます。


 ダリウスは深々と頭を下げます。


「……今日は君に謝りに来たんだショコラ。俺は君の母を、サクラを殺してしまい心から謝罪する。出来る事なら俺の命で償いたい! だが、俺にはこの国や騎士団、ダリアナ、ミリオ、オリカが――」


「――ダリウスさん、もういいんです、頭を上げてください」


 ショコラの声に頭を上げるダリウス。


「いつも店に来てくれる、ミリオくんとオリカちゃんが私のこと悲しい目で見るんです……自分たちのお父さんがサクラお母さんを目の前で殺めてしまったから……だったんですね」


「……そうだ」


「カエデお母さん、サクラお母さん、ティアお姉ちゃんがいなくて悲しい……でも、今の私は幸せなんです! クレイさん、ミレイさん、町の皆さん、ミリオくん、オリカちゃん……そしてレイシがいてくれるから」


 腕を広げてくるりと回りレイシを見つめるショコラ。


 レイシは照れながら頬を掻きます。


「ダリウスさん、これ食べて下さい」


「これは君が作ったチョコレートか……でも俺には食べる資格がない」


「全ての人は幸せになる資格があるんです、だから食べて下さい」


 ショコラに差し出されたチョコレートを食べるダリウス。


 しばらくすると、ダリウスは涙を流し始めます。


「美味しいよ……本当に美味しいよ」


「……イズムさんにも上げて下さい。それとミリオくんとオリカちゃんとも仲直りしてください」


「わかった、有難う、ショコラ」


 ラッピングされたチョコレートを持って涙を拭うダリウス。


 ショコラはダリウスに手を振って微笑みます。


「ダリウスさん、またお店に来て下さいね」


「あぁ、また来るよ。ダリアナとミリオとオリカと一緒に」


 きっとダリウスは子どもたちと仲直り出来る、そしてお店に家族そろって来てくれる。


 ショコラはそれを楽しみに待つことにしました。



「おい、なんだこの飯は肉はないのか! 酒は! 女は!」


 地下牢でパンと水しか食事がないことに不満を漏らすイズム。


 そこにラッピングされたチョコレートを持ってダリウスが現れます。


「肉も酒も女性もいないが、ショコラが作ってくれたチョコレートならあるぞ」


「ショコラ? あぁ、あの魔女の娘か……どうせ毒入りだろ」


「そうだな。こんなに美味しいチョコレートを食べられないなんて、本当に気の毒だな」


 皮肉交じりに小さく笑うダリウス。


「寄こせ!」


 強引にチョコレートを分捕るイズム。


「まぁ、こんな安物のパンよりはマシだろ。どれどれ……うん、まぁまぁ、だな。いや、凄く美味しい!

 いや、ちょっと美味しい程度だろ。いんや、とっても美味しい! いいや、そんなことは……」


 イズムは気がつけば、五つあったチョコレートを全て食べていました。


「はっ、ははははは……本当に我輩は、幸せ、を知らなかったんだな」


 イズムは涙を流しながら嬉しそうに笑ってます。


 ダリウスは小さく笑って、イズムを見て黙って立ち去ります。



「ただいま、ダリアナ」


「おかえりなさい、アナタ」


 家路に着くダリウス、ダリアナが待っていました。


 ミリオとオリカは、ダリウスが帰ってくると急いで子ども部屋に行こうとします。


「ミリオ、オリカ! ちゃんとパパに挨拶しなさい!」


「だって怖いもん!」


「パパ、怖いもん!」


 ダリアナに怒られるミリオとオリカ。


 ミリオとオリカは扉の向こうから顔を出してダリウスの様子を伺います。


 ダリウスは膝をついて情けない顔で涙を流し始めます。


「ミリオ、オリカ……こんなダメなパパで、ごめんな……本当にごめんな」


 ミリオとオリカはダリウスが泣く姿を始めて見ました。


 ミリオとオリカは戸惑いながらもダリウスに近づいて、そっと小さな体で抱しめます。


「もういいよ……パパ」


「パパがこんな泣き虫だったなんて……アタシたちがパパを守ってあげないと、ね」


 ミリオとオリカも涙を流して微笑みます、五年間心から笑ったことがなかった二人がやっと笑いました。


 それを見守っていたダリアナも涙を流してダリウスの背を摩ります。


 やっとダリウスとダリアナ、ミリオとオリカたちは元の家族に戻れました。



 今日はヴァレンタインデー当日です。


「まさかボクがウェディングドレスを着ることになるとは思っていなかったよ」


「ほんとにね。でも私はレイシが男の子でも女の子でもどっちでもいいよ、レイシのことが好きだから性別なんて些細なこと、レイシもそうでしょう?」


「うん、そうだね」


 黒いウェディングドレスを着たレイシと白いウェディングドレスを着てブーケを握るショコラ。


 今、町中の人に見守られながら腕を組んで教会のヴァージンロードを歩いています。


「レイシが、バカ息子からバカ娘になるなんてね……」


「じゃあ、ショコラちゃんは?」


「ショコラちゃんは今も昔も愛娘だよ」


「違いねぇ、あっはっはっは!」


 ミレイとクレイは笑い合ってます、地味に酷いです。


「レイシお兄ちゃ……レイシお姉ちゃん?」


「ショコラお姉ちゃん、レイシお兄ちゃ……レイシお姉ちゃん、とっても綺麗!」


「うわっ……本当に女の子になってるレイシくん」


「うん……俺も驚いたよ」


 ミリオとオリカ、ダリアナとダリウスも来ています。


「レイシさん、ショコラちゃん……推し同士が結婚! 尊い!」「このセイントヴァレンタインデーに天使ショコラ、ちゃんと守護天使レイシ、さんが結ばれる……超めでてぇ!」「まさかレイシさんがこんな美女になるなんて……うぉぉぉ! ショコラちゃんと幸せになれよ!」


 いつもの三人も来てますね……あはは。




 三日前に突然に店に現れたこの国の女王であるフリチラリアが開口一番、


「ショコラ、レイシ……貴女たちは三日後のヴァレンタインデーに結婚しなさい、これは女王であるわたくしの命令です。ちなみに結婚式の準備はこちらでします」


「え、えっちょ、えっ、女王様? なんでそんな行き成り……」


「分かりました。私、レイシと結婚します!」


 困惑するレイシ、二つ返事のショコラ。


「話が早くて助かります。もしレイシが断るようでしたら鎖で繋いで無理矢理、結婚式を執り行う事になっていましたからね」


「レイシが鎖に繋がれて結婚……それはそれで面白そうですね!」


「ちょっと、ショコラァァァ!」


 そんなことがありました。

 



 そして今に至ります。


 ヴァージンロードを歩ききった二人の前に緊張した神父さんがいます。


「えっと、新婦さんと新婦さんだよね……こんなこと初めてだから、はぁ、ちゃんと出来るかなぁ?」


 その時、教会の扉が勢いよく開け放たれます。


「来たわよショコラ! ワタシが、ね!」


「わたくしも遅れました、ティアが猟銃を用意していたもので」


 黒色のパーティードレスを着たフリティラリアと桜色のパーティードレスを着たフリチラリアです。


 フリティラリアは宣言通り猟銃を持ってます、おいやめろ。


 フリティラリアは銃をレイシに向けます。


「あっ、やっぱり馬の骨が美女になってるのね……じゃあ、猟銃は要らないか」


 猟銃をポイッと捨てるフリティラリア。


「――と見せかけて、どぉーん!」


 フリティラリアは投げ捨てた猟銃をくるりと前転して拾い上げて真上に発砲します。


 閃光が放たれ教会の景色が一変します。


 皆教会の外に出ており席はそのままで、桜と楓、ダリア、黒百合と瓔珞百合(ようらくゆり)、コスモス、そしてチョコレートコスモス、色とりどりの花が咲き乱れて空には虹がかかってます。


 あまりの美しい光景に人々は歓声を上げます。


 フリティラリアはショコラとレイシを見て笑いかけます。


「結婚おめでとう、ショコラ、レイシ」


「ティアお姉ちゃん!」


 ショコラは走ってフリティラリアに抱き着きます。


「良かった、ティアお姉ちゃん……やっぱり生きてたんだ!」


「当たり前でしょ、ショコラを残して死ぬわけないじゃん」


 ショコラとフリティラリアは笑顔で涙を浮かべます。


 感動の姉妹の再会です。


 ですが、


「ちょっと、ショコラ……結婚式に他の女性に抱き着かないでよ」


 レイシはヤキモチを妬いてます、ぺったんぺったん。


「そうですよ、ティア。わたくしで我慢してください、さぁ」


 腕を広げるフリチラリア。


「レイシ、は黙ってて!」

「チア、は黙ってて!


 流石姉妹です、息がピッタリです。


 会場は、どっ、と笑い声に包まれます。



 気を取り直して、結婚式再開です!


 想定外の出来事に神父さんはぷるぷる震えています。


「新婦ショコラ、あなたはここにいるレイシを病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」


「えっと、誓います!」


 ショコラの返答にやや不安を感じる神父さん。


「新婦レイシ、あなたはここにいるショコラを病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」


「はい、誓います」


 レイシの返答にほっとする神父さん。


 介添人(かいぞえにん)にブーケと互いの手袋を預けます。


「で、では指輪の交換を……」


 ショコラはレイシの左薬指にラピスラズリの指輪を嵌めます、ジャストサイズです。


 レイシはショコラの左薬指にルビーの指輪を嵌めます。

 

「で、では、誓いのキスを」


 神父さんはまだ緊張してます。


 レイシはここに来て尻込みします。


 ショコラとキス!? 無理無理と首を横にぶんぶん降ります。


 そう内心で思ってるだけなのに野次が飛んできます。


「レイシ何をしてるんだい早く!」


 ミレイは叫びます。


「カメラの準備はバッチリよ! ショコラ早く!」


 意気揚々としてるフリティラリア、もうショコラが結婚することは認めてるようです。キスの写真を激写するつもりですね……。


「この意気地なしが! レイシ、キミはそれでも男……あっ、どう見ても女だ」


 遂に神父さんまでキレます。


 レイシは両手で熱くなる頬を抑えてショコラを見つめます。


 ショコラはいつも通りの輝く微笑みを返します。


 ――思えば、その笑顔を見たあの日からボクの恋は始まっていたのだろう。


 白いウェディングドレスの意味は、あなたの色に染まります。


 黒いウェディングドレスの意味は、あなただけの色に染まります。


 ショコラを好きになったその日から甘い恋が始まり、苦い思いをして、恋が終わりました。


 そして、これからは愛の始まりです。


 レイシは勇気を出します。


 あの日、レイシを見上げていたショコラと同じ目線で、同じ女として。


 ぷるぷると震えながらショコラに唇を近づけるレイシ。


 対するショコラは、がっ、とレイシの頬を両手で抑えて強引にくちづけをします。


 薄桃色の瑞々しく柔らかな唇と唇が触れ合います。


 頭の中が真っ白になってこのまま溶けてしまいそうです。


 そして、ショコラと目が合います。


 妖艶な眼差しでレイシを見つめています。レイシは自分の心臓の音がショコラに聞こえるのではないか、というぐらい心臓が早鐘を打ちます。


 ショコラの甘い香りを感じながら、レイシの意識は遠のいていきます。


 幸せ過ぎます。


 こんなに幸せでいいのかと思うぐらい。


 そして名残惜しくも二人の唇が離れていきます。


 しかし、


 唇を離す瞬間に、


 ショコラはレイシの唇を、


 ぺろり、と舐めました。


 レイシは舌が唇を撫でる感覚にぞくぞくします。


「なっ……!」


「ご馳走、レイシ」


 ショコラは、まるで美味しいチョコレートを食べたかのように恍惚な表情を浮かべて熱っぽい溜め息をつきます。


 純粋だった女の子がこんなにも妖艶な女性になってしまっていたのです。


 ショコラの白かった髪が輝き以前より煌びやかなチョコレート色になりました。


 くらりと倒れるレイシ。


 すぐさまショコラがレイシを受け止めます。


「大変だ! 新婦が倒れたぞ!」


「バカ野郎! どっちも新婦だろ!」


「神父さんも鼻血を吹いて倒れたわ!」


「……ティア、ティッシュいります?」


「ありがとう、チア。何、あのショコラ……反則でしょ!」


 あらあら、会場は大騒ぎです。


 こしてショコラとレイシの幸せな結婚式が無事閉幕します……無事?



 

 ショコラとレイシ。


 これから先、


 ミルクチョコレートのように甘く幸せな日々もあれば、


 ビターチョコレートのように苦く辛い日々もあるでしょう。


 でも二人なら、きっと大丈夫です。


 二人が掴んだ幸せは、苦いビターチョコレートを甘くしてしまう程の幸せだから。


 


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