初恋姉妹は僕が気がかり1-4
〜登場人物〜
陽乃 優真 華日蘭高校1年。女子と話す機会が増え、内心緊張しっぱなしの内気な高校生。
雛野 すみれ 華日蘭高校1年。同年代の男子と接触する機会が極端に少なかったため、色々と鈍感な双子姉妹の姉。
雛野 志乃 華日蘭高校1年。不登校気味で姉にべったりな双子姉妹の妹。
夏藻 日奈美 華日蘭高校1年。優真のクラスメート。学年内で密かに人気を集めている。
波音 叶芽 華日蘭高校1年。学校で「イケメンがいる」と話題の人物。優真の幼なじみ。
「本当に1日の間ありがとう。いや2日かな」
という言葉と同時に苦笑いをする。雛野さんたちも、そうだね、と同じ表情を見せる。...片方は無表情だが。
「それじゃあ俺は帰るよ。駅まで親が来てるみたいだから」
玄関の外まで見送ってくれている2人に、今度は笑顔で別れを告げ、軽く手を振り歩き出す。
「うん!ばいばい」
すみれさんは手を前で組み、ニコニコしながらそう言った。志乃さんのほうは姉の後ろから少し顔を出して、細かい表情までは分からないが、きっと恥ずかしそうに小さく手を振ってくれた。
「志乃、どうして隠れてるの?」
「...寝癖、気になってただけ」
全く土地勘の無い場所なので、昨日のタクシーから見た景色の記憶を頼りに歩いて行く。不意に後ろを振り返ると、2人はまた手を振ってくれた。見えなくなるまで見送ってくれるなんて優しいんだな、2人とも。正直迷ってしまいそうで不安だったのだが、そんな気持ちもどこかへ消えてしまった。
それから2日後の月曜日。いつも通りの電車、お決まりの時間で最寄り駅を降り、相変わらずここで待ち合わせている波音と共に、学校へ向かう。あの後俺は、家族には素直に事情を話し、事の経緯を伝えた。落とした財布も、現場で警察が発見してくれたらしく、無事戻って来た。ということで、今日から俺は平凡な高校生活に戻るわけだ。ただ一つ、いつもと違うのは、いつにも増して心を躍らせていることであろうか。
「ん、その傷どうしたんだ?」
「あ、あぁ昨日急に立ちくらみがして...倒れてぶつけちゃってさ...ひ、貧血かな〜...」
「学校始まったばっかで疲れてるのかもな。気をつけろよ。あ、そういえばさ」
「なんだ」
「俺のクラスに雛野志乃って子がいるんだけどさ」
「あぁ」
「苗字が同じ別人かと思ったら優真のクラスの雛野さんと双子の妹なんだってよ!まだ俺見たこと無いんだけど、金曜に見かけたってヤツがいて...どうやらホントらしいぞ」
「波音のクラスだったのか」
「ん?知ってたのか?お前。ま、そりゃそうか、雛野さんと話してたもんなぁ...?」
「その通りだよ」
そう言って得意気な顔をして見せると波音は逆に驚いた様子で問いかける。
「お、おいまさか...あれから進展があったのか?!やるじゃんか!」
「...う〜んまぁ一応な、金曜日妹の方にも会ったし」
とはいっても不本意な形で、だが。しつこく質問してくる波音をあしらい、教室の前で別れる。昼に詳しく追及するからな、と言われたが今度は話したりはしない。前回の件で懲りたからな...
「お、おはよう」
教室に入ってすぐ、俺に声をかけてくれたのは夏藻さんだった。これまた今までにない経験で、少し間が空いてしまったが「おはよう」と返す。
「今日、また委員会あるみたいだから教えようと思って...」
「そうなのか、知らなかったな...助かったよ教えてくれて」
「う、うん。よかった」
そう言うと、どこか嬉しそうな顔...というより安心したような表情で自分の席に戻っていった。前に聞いた通り、彼女は人前が得意ではない。それでも異性である俺に話しかけるというのは、彼女なりに相当な勇気を振り絞ってのことだろう。俺も女子に話しかけるなんて、割と勇気が要る。そう思うと、嬉しい限りだ。なんだか夏藻さんは守ってあげたくなるタイプの子なのかもしれない。感心しているとすぐ後ろから上履きの、地面と摩擦する音が聞こえた。
「あ、おはよう優真くん」
俺の2つ後ろの席。聞こえてきたその声に、自然と気分が上がる。
「雛野さん!おはよう」
声の方向へ振り返りながら返事をする。もちろんそこには雛野さんの姿があった。改めて見ても、やはり「かわいい」の一言に尽きる。窓から差し込む陽の光を受けて、ただでさえ透き通った肌をより一層際立たせている感じが、まさに美少女のそれだ。もう1人の姿は無いが、物陰から数人の女子が星のように目を輝かせて、彼女のことを見つめている。...相変わらずものすごい人気だ。男女関係なく虜にしているとは恐ろしい。本人はそんなつもりないのだろうけど。
「あ、その呼び方なんだけどね、雛野さんじゃ私と志乃の区別がつかないし、すみれさんだと距離がある感じがするから、すみれちゃんでいいよ!...ううん、そう呼んで」
「えっそ、そう?じゃあ今度からそう呼ぼうかな...」
とは言ったものの、ちゃん付けで誰かを呼ぶなんて、妹以外もう長いことしていない。恥ずかしいし無理かも...と思ったが、雛野さんがそう呼んで欲しいって言うんだ。努力しよう。...それにしても、そんな風に呼んで欲しいだなんて、向こうは俺のことを距離の近い存在だと思ってくれているのかな...と淡い期待に胸を躍らせる。彼女は俺の返答を聞いて、素敵な笑顔をばらまいた。
「うん!そうして!」
だけど、そう呼べる日はなかなか来なかった。というのもその翌日あたりから、彼女は朝学校へ着いた途端、すごい数のギャラリーに囲まれるようになったのだ。どうやら、超絶美少女だという噂が広まった結果、全学年の生徒(主に女子)の注目の的となったらしい。元々クラスでは常に人だかりができているのもあり、俺の介入する余地など無くなってしまったのである。
そして、彼女の性格上煙たがったり無視したりはしないので、一日中延々と話に付き合っている。これじゃそもそも近づくことすらできない。
うちのクラスはランダムで日直を決めていて、雛野さんが選ばれた日があったのだが、職員室に日誌を取りに行く暇もなさそうなので、代わりに取りに行って渡そうとしたら周りの女子にめちゃくちゃ睨まれた。結果、取り囲んでいる女子にあたかも自分が取ってきましたと言わんばかりに奪い取られ、渡されてしまった。
元女子校ということもあり、ただでさえ男子生徒への視線は厳しいし肩身も狭い。一部を除いて男子の人権は主張しづらいのだ。そんな訳で、互いに「おはよう」の一言も言えないまま、気づくと2週間近く過ぎていた...
「入部届は明後日までだが...まだ出てないやつ何人かいるぞ」
(とはいってもねぇ...)
頬杖をつきながら窓の外を眺める。4月の後半、仮入部の期間も終わりを迎え始め、俺は部活への入部を迫られていた。入学当初は部活をやるぞと意気込んでいたものの、普段の学校生活だけでもわりと疲れるし、まず入りたい部活が見つからない。
運動部は、得意な種目がある訳でもないし、高校になって新しくスポーツを始めるというのも、経験者の多いこういう部活では足でまといにしかならない。しかも苦手なタイプの陽キャが集うため、精神的に厳しいので却下だ。文化部も、吹奏楽はめちゃくちゃ難しそうなイメージがあって気が引けるし、軽音部はノリが苦手。それに楽譜なんか読めないし楽器なんか弾ける気がしない...でも、だからといって部活をやりたくない人の集まり...みたいなところにも入りたくない。自分を変えると誓った以上、ダメだ。決して嫌いなわけではない。むしろこういう部活の方が好みに近いし、そこにいる人たちのほうが、本来の俺に合っている。だけど、矛盾しているようだがここは譲れない。手芸部とか家庭科部とかはそもそも男子が入ったらおかしいだろう。得意でもない限り、「何しに来たの?」と思われそうだ。
「じゃあ入らなければいいじゃん」と思うかもしれないが、うちの学校は、知らなかったと言ったらまずいだろうが部活に力を入れているらしく、必ず部に所属しなければならない。入りたくないから帰宅部、というわけにもいかないのである。
「どうするかなぁ...部活」
白紙の入部届を手に持って見上げる。ホームルームを終え、騒がしい廊下を抜けて、帰る前に考え事でも、と解放されている屋上へやって来た。決してそこまで眺めがいいというわけではない。それもあってか、あまり人が来ない場所なので考え事にはぴったりだ。なんとか自分を押し殺してバスケ部とかに入ってみるか?いや、続かないだろうな。それに部活はそんな気持ちでやったって青春なんて感じられないだろうしつまらないだろう。だからせめて自分の入りたいと思う部活に入りたいと思っているのだが...
「はぁ、わがままだな...俺」
「部活、決まらないの?」
「うわっ!び、びっくりした!!」
突然耳元で聞こえた声に、思わず声を上げる。
「ひ、雛野さん!どうしてここに...」
「すみれちゃん、でしょ?」
「あ、あぁごめん」
「ふふ、なんだか久しぶりに話すね。屋上に行くのが見えたから、なんとなくついてきちゃった」
彼女はわざわざ俺と話しに来てくれたようだ。困惑しつつも喜びを隠せない。...久々だとやはり緊張してしまうな。
「今日はファンの方々はいないんだね...」
「みんな部活に入り始めたし、最近は志乃も学校に来てるからちょっと人数が分散したの」
「そういうことか...さすがに困っちゃうよな、あの人数は」
「嬉しいんだけどね〜」
人気者は大変だな。もう1人の方はああいうの嫌いそうだから、うんざりしていることだろう。
「それでね、実は...なんだけど、わたしもまだ部活決まってないの」
そう言うと、俺の隣に来て柵へ寄りかかる。その仕草で、心拍数が上がった気がした。
「...そ、そうなんだ、毎日仮入部に連れてかれてたしてっきりもう決まってるもんだと思ってたよ」
「みんなうちの部活にうちの部活にって言ってくれるから、なかなか決められなくて...」
「た、確かにそれは難しいな...」
「どうしようかなーってずっと考えてる」
少しの間、沈黙が続いた。なんて返そうか思い浮かばず言葉に詰まる。やっぱりまだ女子との会話は慣れない...必死に会話のネタを探している時に、屋上の扉が開き、隣の少女と同じ姿をした女の子が、右、左と周囲を見渡している。
「あ、お姉ちゃん!...とキミか」
「志乃ちゃん...久しぶり」
「...もう傷はいいの」
「ああ、おかげさまですぐ治ったよ」
ふと何か思い出したように、少し目を見開いて続ける。
「そう。あとキミ、今志乃ちゃんって言った?」
「えっ、う、うん。すみれちゃんが“ちゃん”で呼んでって言ってくれたから、きみも志乃ちゃんでいいかなって...気に障ったならごめん...」
なんだか怒られそうな気がして自然と謝罪の言葉を発する。この呼び方はさすがに馴れ馴れしかったか...
一呼吸置いて彼女は口を開いた。
「...志乃ちゃんでいいよ」
「え!?そ、そう?ありがとう」
「...ちょっと馴れ馴れしいけど」
ここで俺の観察眼が光る。気づいてしまったが、志乃ちゃん、と呼ばれるのに慣れていないのか、少し戸惑っているような...はたまた照れているような顔をしている。その表情に、また鼓動のBPMが上がる気がした。
「あっ!いいこと思いついた!」
突然、すみれちゃんが声を上げ、寄りかかっていた柵から離れ俺たちの前に立つ。
「3人で部活、作ろうよ!」
目をキラキラさせてそう言った。突拍子もない発言に、俺は反射的に聞き返した。
「ぶ、部活を作る...?!ってどんな...」
「それは一緒に考えよう!」
「わたしはお姉ちゃんと一緒なら何でもいい!」
「も、もちろんいいけど、俺たちで作れるのかな...」
「それは先生に聞いてみよう!」
ぱっと出ただけの思いつきに過ぎない提案だったが、これは名案かもしれない。入りたい部活がなければ自分で作る、という発想は無かった。素晴らしい。しかも2人と一緒の部活動ができるなら最高じゃないか。きっと全校生徒が妬むぞ。...それは不本意だけど。
もしかしたらこれで悩みが解決するかもしれない...そう思い、俺たちは早速部活を作れるかどうかの確認と、活動内容を決めることにした。
「じゃあ...簡単に言うと顧問と人数としっかりした活動内容が必要なんだね」
「...人数は何人要るの」
「4人くらいいればいいって言ってたな...」
「ん〜、じゃあそれはわたしに任せて!」
一通り俺が職員室で説明を受け、今は3人でカフェに来ている。ここで作戦会議、といったところだ。自然な流れでこの場所に来ることになったものの、俺にとっては「じゃあ帰りにカフェに寄ってこう」だなんて、今までに経験したことの無い状況なのだが...
不意にテーブルの横に現れた、茶色のエプロンを着た女性が「オリジナルブレンドコーヒーをご注文のお客様」と静かな声で尋ねた。
「あ、はい俺です」
「失礼します、あとこちら紅茶が2杯ですね」
「ありがとうございます」
2つの声が重なった。なにやら見慣れないカートで、ミルクが入っているのであろう銀の器と、飲み物3杯を運んできた女性は「ごゆっくり」と言って立ち去った。
「...ねぇ、もしかして緊張してる?」
「優真くん、こういうところ初めて?」
「あぁ、うん初めて来たしちょっとね...」
そう言って、2人はなんだかニヤニヤしている。片方は馬鹿にする気満々だ。
「...やっぱりキミ、女の子と話したりするの全く慣れてないでしょ」
「ま、まぁ実を言うと...あはは」
その通り過ぎて、「そんなことないよ」などと否定する前に、真っ先に肯定の言葉が出た。
「でもわたしも志乃も、男の子と話したことほとんどないんだけどね〜」
「えっそうなの?」
この言葉には何も返せないのか、志乃ちゃんは「まぁそうだけど」と、ムッとした表情を見せる。
「そっか、2人ともずっと女子校だったんだっけ」
「うん」
「それにしては全く不慣れな感じがしないし、すごいな」
「そうかな〜、えへへ。でもわたし接し方とか、これでいいのかなって悩んでるよ」
「俺は全然平気だと思う!...ただちょっと、鈍いところがあるというか...」
「そうなの...?」
「うん、わたしもお姉ちゃんは鈍感だと思う」
(君もなんだけどな...)
「あ、別に悪いことじゃないよ...あの、ただね?家に泊めてくれたりしたこととか...多分男子は勘違いしちゃう気がする...」
「え、勘違いってー?」
「...傷の手当はダメなの?」
「そ、そういう事じゃないんだけど...む、難しいな」
2人して、どういうことかさっぱりといった感じで首を傾げている。
「ま、まぁそれは置いていて...ほら飲み物冷めちゃうかもしれないから」
困惑させてしまいそうなので話を変えようとする。2人ともそんなに気にしてないようで、話題の転換は容易だった。ちょうど聞きたいこともある。2人はカップを口に運び上品に紅茶を飲んでいる。俺もコーヒーを一口飲み、間を置いてからこう切り出した。
「そういえば、2人ともどうして俺なんかに話しかけたりしてくれるの?ましてや一緒に部活を作ろうだなんて...」
「...わたしは別に。お姉ちゃんの付き添いだから」
「...」
すみれちゃんはティーカップを持ったまま動きが止まっている。回答に困る質問をしてしまったようで申し訳なくなる。ただ...返ってくる答えがすごく気になる。
「なんだろう...あなたのことが気になるのかな」
衝撃の返答であった。気になるとは...?そういう意味なのか??堪らず聞き返す。
「そ、それってどういう...」
「どうしてかはわからないけど、あなたと話したいなって思ったりするの」
「な、なるほど...」
「あっ!あとね、わたしを助けようと前に立ってくれた時...」
「う、うん」
「なんか、ドキッとしたの」
まさか、とも思っていなかった言葉に、「えっ」と言ったまま体が冷凍されたように動きが封じられてしまった。
「...お姉ちゃんと同じこと、わたしも思ったかも」
「え?!そ、そうなの...?」
「うん、キミのシャツ脱がせてるとき」
「?!そ、それは多分違うんじゃないかな...」
どちらも衝撃的な発言だった。これは俺、好かれているということなのだろうか。いや、考えすぎか。第一、後者は明らかに別の意味だろうし。
「ねぇ、優真くんはドキッとしたことある...?」
「そ、そりゃ、ここ最近ずっとしてるけどすみれちゃんが思ってるのと同じかどうかは...」
「そっか...優真くんにもあの時の気持ち感じてほしいなぁ。とってもいい気持ちだったから...」
彼女の言う「ドキッ」とはどういう気持ちを指すのだろうか。もし「ときめき」だとしたら...?それを俺に感じてほしいと...?すみれちゃんはそういうことを平気で口に出してしまう。きっと今までも、本人はそう思ってなくても相手を勘違いさせてしまっているのだろう。今回も、彼女は全然違う気持ちのことを言っていて、舞い上がった俺が勝手に勘違いしてる、なんてパターンかもしれない。大体俺なんかを好きになってくれる人なんて...
「あっ!そうだ!」
突然の声に、俺の卑屈な考えは打ち切られた。すみれちゃんが何かを思いついた様子で、満面の笑みを浮かべている。
「部活の内容...決まった...!今わたしが言ったこと!」
「えーっと、どういうこと...?」
「わたしが感じた気持ちを優真くんにも感じてほしいの!」
「つ、つまり...?」
「わたしたちが優真くんをドキッとさせるから、優真くんもわたしたちをドキッとさせて!...わたしの感じた気持ちの正体を知りたいの!」
「そ、それを部活としてやろうってこと...?」
「うん!」
「ほ、本気で言ってる?冗談じゃないよね...」
「もちろん本気だよ!ダメかなぁ...」
なるほどわからん。一体何を考えているのだろうか。それ自体はとてもいい話かもしれないが、そんな部活あるか...?そもそも認めてもらえないんじゃ...
「...わたしもそれ、いいと思う」
「えぇ...」
志乃ちゃんまで...だがもうこれで決まりといった雰囲気になっている。今俺は、なんとか表向きだけでもまともな部活にすることを考えたほうが良さそうだ。
「...分かった。2人とも...部活の申請通るかわかんないけど、頑張ってみるよ...」
次の日の放課後。担当の東先生に白い目で見られながら、俺は部活について説得していた。
「恋心研究部って...本気で言ってる?」
「ほ、本気で言ってます...」
近くにいる先生方も驚いた顔でこちらを見ている。1人でこんな状況、もう耐えられそうにない...
「で、どんな活動内容なのよ」
いや、2人のために頑張り続けるのが俺の宿命だ...!
「あ、えっとですね...恋とはどんな気持ちなのか考えたりですね...例えば異性のどんな仕草にキュンキュンするのか、生徒にアンケートをとったりとか...」
「へぇ...」
必死のプレゼンは果たして成功するのだろうか。冷や汗をかきながら話を続ける。
「うん、まぁそこまで必死で作りたいならいいよ。ただ、もちろんだけど部活として認められるにはそれなりの人数と1年以上の活動期間と活動記録が必要だから、とりあえず今年は同好会か研究会になるわね」
「あ、ありがとうございます!」
晴れて部活動成立を勝ち取った俺は、安心して職員室の前で待っているすみれちゃんに顔を合わせることができた。
「どうだった...?」
「なんとかOKもらえたよ...」
「やったー!ありがとう!」
この笑顔を見れただけで、地獄を乗り切った甲斐があったというものだ。一気に疲れが飛んだ気がする。
「部活は明日からだね...!じゃあわたし今日家に友達が来る予定だから、先に帰るね!」
「うん」
俺に手を振って小走りで廊下の角を曲がって行った。いよいよ明日から部活が始まる。表向きの内容は先程説明した通りだが、実際は部活動と言っていいのか微妙なところだ...でも、あながち「恋心研究会」というのは間違っていない。すみれちゃんの言う「ドキッ」の正体を暴くのが目的なわけだし。恋心かどうかはわからないが。
「ま、なんにせよ部活決まってよかったな...」
まだ顧問は決まってないが...まぁそこはどうにかなるだろう。部室の確保、もう1人の部員の確保は2人に任せていたが、どうやら問題無さそうだしあまり不安はない。強いて言うならば、その活動内容だろうか。自分でもどんな部活になるのか想像がつかない。とはいっても、不安というよりワクワクしている気持ちの方が妥当なのかもしれない。これから高校生活の次のステップに進むんだと思うと、そんな気持ちになる。
「よっ、今日は駅まで一緒に帰ろうぜ」
「波音...今日はなんもないのか」
「まぁな〜」
突然、すみれちゃんが曲がって行った廊下の角から姿を現した。なんだかニヤニヤしている。
「で、部活作るんだっけ?今雛野さんがすごい嬉しそうな顔で通って行ったぞ」
「あぁ、なんとか申請も通ったし、晴れて明日から活動開始だ!」
「それにしても優真が女の子と仲良くなるなんて、数週間前までは信じられなかったな...」
「それに関しては俺もびっくりだよ...」
「いや〜恋心研究会ねぇ...雛野さんって案外変わった子なのか?」
「まぁ2人ともかなり...」
「意外だな...The・清楚って感じなのに」
「はは...ところで、波音は部活何にしたんだっけ」
「俺は卓球部にしたよ。バイトもするし楽なとこがいいと思ったんだけど、見学に行ったら運動部の割にかなり緩かったから」
「この学校運動部はガチでやってるとこばっかりなのに、そんなところもあったのか...」
「まだ発足して日が浅いらしいし部員も経験者も少ないからな」
「テニス部の経験もちょっとは活きるだろうし、いいんじゃないか?」
そうこう話している間に駅に着き、波音と別れる。帰ったら志乃ちゃんに頼まれたものの準備でもして、早く寝よう。
「ただいまー」
玄関のドアを開け、靴を脱ぎかける。それを待っていたかのようにドタドタと足音が近づいてきた。
「おにぃ!おかえり!今日は彼女と話した?!」
「...いや、話してないよ」
あの一件以来、毎日俺が帰ってくる度この調子で尋ねてくる。まだ小学生の“ゆゆ”は、恋バナがブームのようで、兄の高校生活での交友関係に興味津々である。最近は2人と話すことも無く、訊かれては「話してないよ」と答えていた訳だが...
「...怪しい、おにぃ嘘ついてるでしょ。あーあ、友達にあの話しちゃおっかな〜...」
「...はぁ、まったく。母さんに似て鋭いな...ゆゆちゃんは」
「へへ、じゃあ何話したのか聞かせて!」
母親譲りの観察力に負けた俺は、「長くなるな...」と思いつつ、部活を作ることになった話を始めた。
「凄い...おにぃが女の子と部活だなんて...」
「まぁ流れというかなんというか」
「それで!?何部なの?!」
「...えーっと」
「あらおかえり、優真。部活決まったの?」
「前言ってた双子ちゃんと部活作るんだって!」
「あら〜モテモテねぇ。それで、どんな部活?」
「...困ったな」
「言えないような内容なの?うふふ」
「おにぃどういうこと?!」
「わー!もう!違うから!内容はまだ決まってないというか...雛野さんの思いつきで詳しいことはまだなんだよ」
「なーんだ。じゃ、決まったらまた聞かせてね!ゆゆ宿題やってくるー!」
「偉いわね〜ゆゆ、それじゃあわたしも夕飯の支度に戻ろうかしら」
そう言うと2人は姿を消した。まるで嵐だ。長い長い帰宅を終えた矢先にこれとは...
「...なんか高校始まってからというもの、休む暇も無いな...」
しかし、疲れた体とは裏腹に、楽しみな気持ちは家に風呂に入っている間、晩御飯を食べている間にも、どんどん高まっていく。早く寝ようと思ってもなかなか寝つけない...そんな修学旅行前日にも似た気分で、俺は朝を迎えた。
「起立!気をつけ、礼」
ホームルームが終わる。終始ウトウトしながら終えた1日は、いつにも増して早く感じた。
教室を出て今日の授業で使った教科書を、ロッカーにしまう。戻って鞄を持ったときには、既にすみれちゃんの姿は無かった。代わりに、俺の机には紙が置かれていた。
「準備があるから先に行ってるね!
部室の場所はココ↓」
...とのことだ。手紙の右下には、紫色の小さな花のイラストが描かれていて、何やら英語の筆記体で文字も添えてあった。
「ヴァ...イオレット?かな...なんだろう」
そして、下向きの矢印の先には校内のちょっとした見取り図に、丸で強調された教室。こうして案内されると、冒険しているみたいで楽しくなる。
「部室棟の2階か。なんか人気の無い場所だな...」
手紙に導かれたどり着いた部室は、化学の準備室やら社会科の教材が置いてある教室の近くにあった。
出入口の引き戸には、「恋心研究会」の文字が書かれた、簡易的な看板が吊り下げられている。そしてその看板の右下にも、可愛らしい紫色の花のイラストが小さく描かれている。この花がなんなのかはわからないが、すみれちゃんが描いたのだろうと想像できる。教室の明かりはついていて、話し声も聞こえる。もうみんな先に集まっているようだ。そんなことを考えながら、少しドアの前で立ち止まり、期待に胸を膨らませて、その扉を開けた。
「...来た」
「いらっしゃい優真くん!ようこそ恋心研究会へ!」
ドアを開けてすぐ、すみれちゃんの透き通った声が耳に入った。
「うん。これからよろしくね」
部室の第一印象は質素な教室だな、といった感じで、何よりまず目に飛び込んできたのは、今日初めて会う4人目の部員だった。
「は、陽乃くん、よろしくね」
「あれ、夏藻さん...?!」
思わず目を丸くする。4人目も女子だろうとは思っていたが、夏藻さんだとは...全くの予想外だった。2人って仲良かったっけ、と俺が聞くまでもなく、その理由は説明してくれた。
「昨日ね、わたしすみれちゃんのおうちに遊びに行ったの」
「それで部活に誘われて...いいなと思って」
昨日帰り際にすみれちゃんが話した、友達が来るからってのは夏藻さんのことだったのか。
「...そうなんだ、いやぁびっくりしたな。けど、知らない人じゃなくて良かった...」
女子に対して免疫のない俺には、知り合いであるメリットはかなり大きい。
「わたしも1人は男子って言われた時は、ちょっと迷ったんだけど...」
「...そうだよね。はは...」
「でもね、それが陽乃くんだって聞いて安心したの。だから入ることにしたんだ...」
「えっ?!その...なんか照れるな」
目の前に3人の美少女、古ぼけた教室、真逆の色に染まり始める青空。...趣を感じる。一時はどうなるかと思った高校生活も、不幸を先に使った分、今では順調、順風満帆だ。
「...なにニヤニヤしてるの」
「えっ?!あぁなんでもないよ...それよりほら、言われたもの持ってきたよ!」
「...」
そう言って誤魔化すも、志乃ちゃんはまだ無言で俺を見ている。睨んでいるとかいうわけでは無く、ただ視線をこちらに向けて...どういう気持ちで見ているのだろうか、表情に出ていないほうがかえって不安になる。
苦笑いをしながら肩に提げたトートバッグを教室の端の床に置き、中の物を中央の大きなテーブルに置いた。
「これポットね...で、こっちがノートとか部活に使えそうなもの。これでいいんだっけ?」
「...上出来」
「わ、ありがとう!紅茶とかコーヒーはわたしが用意してあるからね」
教室の隅にあるコンセントにポットから伸びるプラグを挿して棚に置く。そこには木製のお盆と銀のトレーに加え、白いカップも4つ用意されている。ティーパックや、ハンドドリップで作るタイプのコーヒーのパックが入った瓶が2つあり、どちらもコルクで栓をされていて下にはクロスが敷かれている。
「こんなに色々持ってきたんだ...」
「うん!2人でね。飲み物はいつでも言ってくれれば作るよ!」
「わ、わたしもお菓子いっぱい持ってきたから...みんなで食べよ...!」
「な、なんかお茶会みたいじゃない...?」
「いいのいいの!部活始まりの記念ということで、部室の整備が終わったらみんなでお菓子パーティしよ〜」
最初は何も無かった古びた部室も、みんなが持ち寄ったアイテムで、彩られていく。その様はこれからの高校生活を暗示のようにも思える。そうして、初日の部活動は、部室の掃除、そして必要な物(?)の設置、そして4人でお茶会をして、終わりを迎えることとなった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!