初恋姉妹は僕が気がかり 1-3
〜登場人物〜
・陽乃 優真 華日蘭高校1年。高校に入って早々、初めてのことばかりで困惑している。中学の時の自分から卒業するため奔走する。
・雛野 すみれ 華日蘭高校1年。学校一と噂の美少女。天然なところがあり、時々誰かを振り回す。
・??? 華日蘭高校1年。雛野さんのようだか...?
「お、お邪魔しました...」
落とした鞄もそのままで、なんとも気まずそうに苦笑いしながら半開きのドアを閉めた。ドタドタと階段を駆け上がる音が聞こえる。その間、目の前にいる雛野さんと俺は無言で固まったままだった。流石に彼女もこれはまずいと思ったのだろうか。俺にワイシャツを押し付け、細くした目をこちらに向ける。
「服着て待ってて...」
「う、うん...」
そしてすぐさま後を追いかけて階段を登って行った。未だに動揺し続けている俺は、半ば強引に脱がされた服をもう一度着て、この後が悪い方向に進まないようにと祈ることしかできなかった。
「...それで家に来てたんだ」
「うん、色々あってね...」
なんとか弁明が通じたようで、数分と待たずに2人共下に降りてきた。2人が淹れてくれた紅茶を飲みながら、今はこうしてリビングのテーブルを囲んでいる。
「わ、わたし、えっちなことしてるのかと思って...」
「?!ま、まさか!そんなことしないって!」
「そうだよお姉ちゃん!」
どうやら、というより当然か、とんでもない勘違いをされていたようだ。とりあえずこれで俺の社会的地位が危ぶまれるようなことは無さそうなので一安心だ。
「それにしても、志乃のことまで助けようとしてくれたんだね。わたし、本当に嬉しい」
「あはは、なんもできなかったけどね...」
「...そうだよ、わたし助けられた覚えないもん」
俺の言葉にムッとした表情で言い返す。
「志乃!そういうこと言わないの〜!」
「ま、まぁでも手当てしてくれたり、色々と感謝してるよ」
「タクシー代奢ったり、うちに連れてきて手当てしたのは...わたしの大切なお姉ちゃんを助けてくれたお礼だから」
「優真くん。わたしたち2人ともあなたに感謝してるよ」
「あぁいや、こちらこそ2度も助けてもらっちゃって...ありがとう」
話を聞くと、この子たちは双子の姉妹らしい。昨日と今朝会ったのは姉のすみれさん、今日の放課後会ったのは妹の志乃さん。入学式と昨日は学校を休んでいたらしく、今日が初の登校だったらしい。といっても、今日期限の書類を提出するために、放課後学校へ行っただけとの事だ。そして俺はこんな簡単なことに全く気づいていなかったようだ。
「まさか双子だとは思わなかったな...」
「聞いてお姉ちゃん。この人ずっとわたしのことお姉ちゃんだって勘違いしてたんだよ」
これは馬鹿にされている。だが正直な所、双子だなんて考えは完全に無かった。というかこんな美少女の双子なんてアリかよ...
「本当そっくりだよね、というか俺には見分けがつかない...」
その発言に妹のほうが猛反発する。
「わたしとお姉ちゃんは全然違う!ほら、よく見てお姉ちゃんはわたしよりずっとかわいいもん」
「もう、志乃も同じ顔でしょ〜?」
「な、なんか志乃さん性格変わりすぎじゃない...?」
さっきまでの無表情もクールな言動も、崩れ去っている。「シスコン」...にしても度を越している気はするが...
見てはいけないものを見てしまったような気がして、さっきから複雑な気持ちになっている。こうして見ていると...さっきからずっと姉にべったりだな。すみれさんの方はといえば、少しばかり困った表情をしているが...
なんとなく話を変えたほうがいい気がして、別の話題を振る。
「あ、そうそう、気になってることがあるんだけど...」
「なんでも聞いて〜」
「質問の内容によっては却下」
「2人ともさ、どうしてあんなに強いのかな〜って...」
「それはね〜、わたしたち2人とも、中学3年生まで極真空手を習ってたの。お父さんが強い子に育って欲しいって...今までずっと女子校だったから」
「...最初は単なる習い事としか思ってなかったけど、わたしもお姉ちゃんものめり込んで、かなり強いところまでいった」
「そ、そうなんだ。そりゃ強いわけだ」
名前だけでも迫力のある武道だ。確か普通の空手よりも実践的なやつだったか...?これまた華奢で華麗な容姿に似合わないこと。しかしその実力が確かなのは、身に染みて実感している...
2人の強さの秘密を教えてもらったところで、部屋の掛時計に目をやる。
「もうこんな時間か...」
「あっほんとだ」
午後7時..話し込んでいたせいで忘れていたが、そろそろ帰らないといけない時間だ。夕食もまだだし雛野さんたちに迷惑をかけてしまうだろう。控えめにあくびをして「じゃあ」と切り出そうとしたところで、すみれさんが先に声をかけた。
「ね、優真くん」
「うん?」
「髪の毛汚れてるみたいだし、怪我してるみたいだし...帰る前にシャワー浴びていったらどう?」
「なっ...?!えっ、えーっと...」
女子の家でシャワーだと...これはなんと答えるのが正しいのだろうか。遠慮するべきなのか、素直に受け止めていいのか...
ここで志乃さんが更に切り出す。
「...まだ手当て終わってないし、そのほうがいいかも」
「志乃さんまで...」
「うん、そうした方がいいよ〜。...あっそうだ!ついでにご飯も食べていく?」
「えぇ?!そんな、悪いって...!」
「遠慮しないで!わたしからのお礼ってことにさせてよ」
「で、でも...」
「お姉ちゃんがそう言ってくれてるんだから...素直に頷けばいい...」
そう言って、ハイライトの消えた目で俺を睨む。否定したら...なんて考えるのはやめてこう。
「...じ、じゃあお言葉に甘えて...」
志乃さんの圧に耐えられず、俺はもうしばらく居させてもらうことになった...
シャワーの水が体に染みる。決して疲れた体に染みるというわけではなく、傷口に、だが。
(俺ん家の風呂より断然広いな...)
いかにも男子禁制であろう女子の風呂に、俺なんかが入っていいのだろうか。なんとなく周りを見て気が付いたが、何故か男物が無い。「お父さんが〜」って話もしていたし住んでいるのだろうけど...まさか、別居中だったり...?!他の部屋も女子の園って感じだったし...
要らぬことを考えながら体を洗っていると、外から声が聞こえてきた。
「タオル、ここのカゴに置いておくね!あと...これ.....濯...ゃうね!」
返事と感謝の言葉を伝える。シャワーの音で少し声が聞こえなかったが、バスタオルの用意までしてくれたようだ。振り返ってみると、雛野さんのシルエットがせっせと手を動かしている。この半透明なドアの向こうに家族でもない女子がいると思うと、少しドキドキしてしまう。昨日からずっと慣れないことばかりで脈が上がりっぱなしだったのもあって、これでも慣れてきた方ではあるのだが...
初めは心臓が破裂しそうなくらいだったが、今は自分の鼓動が聞こえる程度だ。傷が痛むし、何よりさすがに気が引けるので、湯船には浸からず浴室を後にする。稼働中の洗濯機の横のカゴに、綺麗に畳んで用意してくれていたバスタオルがあった。俺はかなり躊躇いながらもそれで体を拭く。そして、着るものを探すのだが...
「ん?あれ、ここに置いてあった服は...?」
ここで重大なことに気づいてしまった。脱いで置いたワイシャツ、そして下着と靴下が無くなっている。慌てて辺りを探ってみるも見当たらない。
「ま、まさか...」
音を立てて絶賛すすぎ中の洗濯機を覗き込む。見える、あった。俺のパンツと靴下...!もしかして雛野さん、さっき洗濯しちゃうねって言ってたか...?えっ、てことは俺、パンツ見られたの...?というか持ったりさせてしまったのか...?!
俺がちゃんと話を聞いてなかったばかりに...誠に遺憾である。そして本当に俺は何を着ればいいのだろうか。ワイシャツは完全に行方不明だし。
いや、待てよ...雛野さんのことだ...もしかしたら何か用意があるのかもしれない。...それにしても、まだ会って1日、2日の俺に大して躊躇というか抵抗は無いのだろうか。2人ともこういうことに関してはかなり鈍感だな...心配になってしまうくらい。
「あっ出たかな」
脱衣所の外から声が聞こえる。とりあえず今の状況を言わなければ...
「あの...雛野さん...?」
「すみれだよ、どうしたの?」
「俺、何着よう...」
「...あっ」
「えっまさか...」
...これはまずい。どうやらすみれさんもノープランだったようだ。持ち前の天然が発動したみたいだな...
「ど、どうしよう...わたしつい癖で...」
「な、なんとかするから大丈夫だよ...」
といっても、どう考えても行く末は半裸ノーパン制服ズボンだ。
「“わたしの ”じゃダメだもんね...志乃に聞いてくる!」
「なんて?!」
...今とんでもないこと言わなかったか...?これは聞かなかったことにしよう。
不安な気持ちとバスタオルに包まれ、数分が経過した頃、コンコン、と脱衣所のドアをノックする音が聞こえてきた。
「雛野さん?」
「...志乃。ねぇ、お父さんの服とか残ってたからそれ着て。未使用のもあったし」
「助かった...」
これで俺は雛野父にも借りを作ってしまった。いつしか会う機会があれば、その時はお礼とお詫びをしなければ。
「...はい、これ」
ドアが開いて、畳まれた一式の衣服を持った手だけが伸びてくる。それを受け取って体が冷えないうちに、と急いで着替える。
「雛野さんのお父さん...お借りします...」
どうやらサイズも問題無さそうで一安心だ。
無事危機を乗り越え、廊下に出てリビングに戻る途中。何やら香ばしい、いい匂いが漂ってきた。晩ご飯の用意までしてくれているみたいだ。
「...おかえり」
「優真くん!さっきはごめんなさい、わたしうっかりしてて...」
料理をしながらこちらに顔を向ける。
「あれは俺が悪かったよ...適当な返事しちゃったから...」
「...うん。お姉ちゃんは悪くない。それとキミ、今着たばっかだと思うけど、もう1回上脱いで」
「さ、さっきの続き?まだやってくれるんだ」
「当たり前でしょ、わたしの気が済んでない」
今度は自分で上を脱ぐ。さっきからずっと恥ずかしい気持ちのままだ。2人は気にならないようなので俺も心を鬼にして羞恥心を噛み潰す。
「うわ、痛そー」
心配してくれている気配の無い、他人事のようなリアクション。
「うん、心無しか精神的にも...」
それに絡めてちょっと自虐したジョークを言ったつもりだったのだが、彼女は気にも留めず湿布を手に持ち、俺の肩甲骨辺りに貼った。
「...ここはこんなもんでしょ」
「ありがとう。早速効いてきた気がするよ、あはは」
その他、 数箇所の手当をしてもらい、応急、と呼ぶには丁寧な処置が終わった。治癒されていく傷とは裏腹に、俺の心臓の寿命は縮まった気がするが。袖に手を通しているとき、キッチンから声が届いた。
「ご飯できたから食べよ!」
「こっちも終わったよお姉ちゃん」
「それじゃあ、お言葉に甘えて...」
「いただきます」と、3つの声が重なる。誰かの家でこうして夕食を共にするなんて...いつ以来だろうか。波音とも、ご飯に出かけることはあるが、向こうの家で、なんて小さい頃くらいしかした覚えが無い。気持ちだけで言えば、高級レストランに来た時くらいの感覚だが。目の前に女子2人を相手にしながら、常にそんな状態が続く。
この場所はなぜか凄くリラックスできるのだが、当然、一緒にいるのは家族ではない。自分の立ち振る舞いや食べ方に気を遣ってしまう。まさに他人行儀である。一方2人の行儀の良さには取り繕った感じもなく、普段通りなんだなというのが見ているだけでわかる。日頃から完璧な立ち振る舞いを見せているだけあって、これもいつも通りなのだろう。感心してしまう。そして料理の味すらこのクオリティなのだから驚きだ。
「どう?上手にできてるかな」
「めちゃくちゃ美味しい...すみれさん、料理まで得意だなんて」
「えへへ、これでも毎日作ってるからね〜」
「志乃さんは...料理しないの?」
「...わたしだって作ることはあるけど...お姉ちゃんの手料理が食べたいんだもん」
志乃さんらしい論理だ。しかしこれには納得である。こんな子が美味しい作ってくれるなんて、この上ない幸せだからな...
「そういえばキミ、帰りの交通費とかあるの」
「あぁそれなら...って、財布落としたんだっけな...」
「定期とかは」
「それは制服のポケットに入れてたんだけど...殴られた時にどっか行ったみたい...」
「...そう」
「あっでも実はスマホと電子マネー連携してあってね...そっちに残高がって...あれ、充電切れたかも...」
「それならうちにある充電器貸すけど...機種同じかな?」
「キミ、それAn○roidだよね」
「うん」
「じゃあ無理だ。わたしたち家族皆iPh○neだから、コード合わない」
「マジか...」
「どうしてあの時よく探さなかったの、ばか」
「...ごもっともです」
君の「早くしろ」オーラが凄かったから、とは言えなかった。
「えっと、電車賃くらいなら貸すよ...?」
「それは流石に...志乃さんにタクシー代も出してもらっちゃってるし、申し訳ないな...あ、そうだ!電話借りてもいいかな...?」
「その手があったか〜。どうぞ、使って〜」
「ありがとうすみれさん」
俺は雛野さんに借りた固定電話で、自宅の電話番号を打ち込む。幸い今日は両親ともに在宅中だ。どちらかは空いているだろう。
「あっもしもし、母さん...?」
「あら?優真じゃない〜!知らない番号だから誰かと思ったわ。もうこんな時間だけど、連絡もしないでどこにいるのよ〜」
「あぁその、ちょっと訳あって今...と、友達の家にいるんだけど」
「あ、もしかして女の子?」
「え...」
たった1往復の会話で判断したというのか...!?メンタリスト並の洞察力だな...これは帰っても質問の嵐だぞ。
「図星ね〜?」
「そ、それは別にいいじゃんか...!」
「え!おにぃ、彼女?!彼女できた!?」
突然、向こうの受話器を乗っ取った大声。...厄介な子に会話を聞かれてしまったようだ。
「ち、違う違う!話をややこしくしないで!ゆゆちゃん?いい子だから...お母さんに受話器返そうか...!」
「え〜!じゃあ帰ったら彼女の話聞かせてね!嫌とは言わせないからね!」
「だから違うって...!そんなんじゃないから...!」
「っと、ごめんねぇ〜ゆゆったら早とちりよね〜」
「もう、母さん?変なこと言わないでくれよ?面倒なことになるから」
「はいはい。それで?電話してきたってことは何か用事でしょ」
「うん、実は...今日財布失くしちゃってさ、スマホもバッテリー切れで電子マネーも使えないし、ここから帰れそうにないんだ。だから学校の最寄り駅まで迎えに来て欲しいな〜って...」
「う〜ん、無理かな〜」
...まさかの即答であった。
「なっ...じゃ、父さんは...?」
「パパもわたしも乾杯中で〜す♪これからハイボール2杯目よ〜!」
「...くっ...飲んじゃったか」
「夕方くらいに連絡してくれれば全然行けたんだけどな〜。悪いけど今日は歩いて帰って来て!それじゃあね〜」
「そんな無茶な...!ち、ちょっと母さん?!...切られた」
こうして俺は僅かな希望も潰えてしまった。...いよいよ最終手段「徒歩」を使わざるを得ないか。
「賑やかだったね、ふふ」
「それで?...って聞くまでもなさそうな顔してる」
「うん、歩いて帰ります...」
「えぇっ、おうち近いの...?」
「いや、電車で1時間弱ってところかな...」
「...うん、それなら夜明け前までには帰れるよ」
「まぁ幸い明日は土曜日だし...ちょっと過度な運動だと思えばいけるよ...あ、ご飯ご馳走様でした。片付け俺も手伝うね。そしたらおいとまします」
さぁ今宵は長旅になるぞ、と腹を括ったそのときだった。
「...じゃあさ、優真くん」
「うん?」
「...今日はうちに泊まっていかない?」
「えっ...え?!いやいやいや!そんな、泊まるだなんて!?」
思わず二度聞き返す。これには俺だけじゃなく志乃さんも驚きの声を上げて立ち上がった。
「お、お姉ちゃん...!そんな...わたしたちの愛の巣に他人を迎え入れようというの...?!」
「あ、愛の巣...?もう、変なこと言わないの。優真くんかなりお疲れみたいだし...そんなに歩かせたら死んじゃうよ...」
志乃さんがあからさまにショックを受けた様子で崩れ落ち、膝をつく。
「うぅ...でも...お姉ちゃんが言うなら仕方ない...」
そう言ったかと思うと、今度は俺を睨みつけた。
「お姉ちゃんを助けてくれた恩があるとはいえ、絶対キミには譲らないからね...!」
「そ、そんなことしないよ...」
結局俺は、ノーとは言えない流れだったし、何より双子姉妹ともう少し一緒にいられるってのは満更でもないので、2人のご厚意にあやかり、宿泊することになった。
「それじゃ、わたし先にお風呂いってくるね」
「わたしも一緒に入る」
「もう、そうしたら優真くん1人取り残すことになっちゃうじゃない。一緒に居てあげて!」
「え〜」
夕飯の片付けが終わり、すみれさんは妹の反対を押し切ってお風呂へと向かった。俺と志乃さんはリビングに残された。
「...」
「...なんかお話でもしようか」
「やだ、つまんない」
「そ、そうだよね...」
うーん...気まずい。どうやらご機嫌ななめのようだ。なにか話題はないかと頭に色々思い浮かべるが、どれも「静かにしろ」と言われそうなことばかりだ。困ったな...
「じゃ、わたしゲームするから」
「...ゲーム?」
そう言うと徐ろに立ち上がり、2階の方へ歩いて行ってしまった。
「...さて、どうしたものか」
先程まで賑やかだったリビングが、随分と静かになってしまった。すみれさん...早く戻ってきてくれないかな。
軽く落ち込みながらしばらくぼーっとしていると、再びリビングのドアが開いた。
「志乃さん...戻って来てくれたんだ。俺てっきり見放されたかと...」
「勘違いしないで。お姉ちゃんにキミのお守り頼まれてるから仕方無くだよ」
志乃さんの手には、馴染み深いゲーム機が握られていた。それをテレビの横にあるドックへセットし、すぐ傍の収納からコントローラーを取り出した。
「志乃さん、Swi○ch持ってるんだ...」
「...うん、当たり前」
志乃さんもゲームとかするんだな...何のゲームやってるんだろう。やっぱり女子人気の高いどう○つの森とかかな。
自分の名前のユーザーを選択し、ホーム画面が映し出される。
「あっこれは...Swi○ch版のバ○オ6!俺もプラットフォーム違うけど持ってるよ!」
「...へぇ、てことはもちろん操作方法とか分かるよね」
「えっまさか...」
「...NPCより使えるといいんだけど」
そう言って志乃さんは取り出したコントローラーをひとつ俺に渡してくれた。協力プレイか...これは腕が鳴るな。
「わたしジェ○ク使うからキミはシ○リーね」
気付けば俺たちはかなり熱中してプレイしていた。なんだかんだ言って、志乃さんも少し楽しそうだ。彼女の使っているキャラは、格闘で次々とゾンビをなぎ倒していく。...隣にいる女の子が、ついさっき同じようなことをやってのけたなんて...今思うととんでもないな。
「...うわ、また出た。このしつこいやつ」
「ジェ○ク編ってひたすらコイツに追いかけ回されるよね...あっ!志乃さん、QTE来るよ!」
「○✕...R2...あっ」
「あぁ惜しい...!」
ゲームオーバー。このゲームの特徴ともいえる唐突なQTE...ミスると即死も有り得るのでムービーシーンも油断出来ない。
「志乃、お風呂空いたよ〜。あれっ、一緒にゲームしてたの?」
「お姉ちゃん!おかえり」
戻ったすみれさんは、パジャマ姿になっていた。控えめに言って、パジャマ姿も最高に似合っている。
「...?どうしたの優真くん、わたしのこと見つめて」
「...あぁごめん!なんでもないよ!いや〜楽しかったね志乃さん!」
「うん、楽しかっ...まぁまぁって感じ」
「あれ、今楽しかったって」
「言ってない」
俺の方を睨んでそう言うと、スタスタとリビングから出ていってしまった。
「もう、素直に楽しかったーって言えばいいのに」
「...志乃さんってちょっと照れ屋さんだったり?」
「ふふっ、そうなの」
「やっぱり」
「わたしはさ、ゲームとかあんまり得意じゃないし、その手の話も全然わからないから...一緒にやってても直ぐ足引っ張っちゃうしダメダメなんだ...それにうち、両親とも仕事で忙しいから他に相手もいないし...」
「...そうなんだ」
「うん、お母さんは地方で仕事してて中々帰って来れないし、お父さんは今外国で仕事してるし...だから半年に1回も会えないくらいで...」
この時間になっても、両親共家にいないのは何故だろうと気になってはいたが...そんな事情があったのか。どうりで家の中の生活感が少なかったり男物がほぼ無いわけだ。
「だからさ、優真くんさえ良ければこれからもあの子と仲良くして欲しいんだ。優真くんなら志乃の好きな話とか分かってあげられるだろうし...喜ぶはずなの」
「...うん、もちろんだよ」
「...良かった。ありがとう優真くん!」
志乃さん...あんな風に本心を見せないというか、強がってる感じだけど、ほんとは寂しいのかな...
それなら俺は、すみれさんの期待に応えたいし、少しでも力になれたらな、と思う。志乃さんさえ良ければだが...
やがて時間は過ぎていき、時計の針も11時を回った今、俺たちはトランプで遊んでいた。
「お姉ちゃんがJOKER持ってるんでしょ...!」
姉の手札を見て、声をあげる。ゲームも終盤、もう間もなく勝者が決まる。すみれさんが意外とポーカーフェイスで、さっきからニコニコしたまま表情を崩さない。性格上顔に出そうだなという俺の予想に反して、勝利への道を着実に歩んでいる。今JOKERが手持ちにあるのは俺なのだが...果たしてどうなるのか。
「...なんか、こうしてると普通のお泊まり会みたいだね」
「そうだね、明日は土曜日だし、尚更そんな感じがするよ」
「...むぅ、わたしはお姉ちゃんと2人きりがいいのに」
「ん...こっちかな。お、やった、わたしの勝ち〜」
「くっ...すみれさん強いな」
そんな話をしながらしばらく遊んで過ごし、夜も深まってきた。
「いい時間だし、そろそろ寝よっか〜」
「うん。お姉ちゃん、わたし歯磨いてくる。...じゃあね、ビリの人」
俺がトランプを片付けているのを嘲笑いながら、志乃さんは洗面所へ向かった。そんな俺に、すみれさんも立ち上がって話しかける。
「最下位の罰ゲームってことで、よろしくね...!さてと、わたしも歯磨いてこようかな...あ、そうだ!寝る場所なんだけど、あなたはどこで寝たい?」
「え?!どこでって...俺なんか床でいいけど...いや、それすらおこがましいくらいだよ」
希望があれば言ってもいいのだろうか...当然床で寝させてもらうつもりだったので驚いた。
「それはダメだよ〜。怪我してるんだから床なんかで寝たら悪化しちゃう!そうだな〜...じゃあリビングのソファでいいかな?」
「おぉ、それはありがたい...」
あの座り心地からして、ひょっとしたら俺の部屋のベッドよりも寝心地がいいかもしれない。お言葉に甘えて贅沢させてもらおう。
「それとも...わたし志乃の部屋で寝るから、わたしのベッドで寝る?」
悪戯な表情をして、人1人にしか聞こえないくらいのボリュームで問う。
「え!?そそそんな!おお恐れ多いよ...!」
明らかに挙動不審になる俺を見て、彼女は小さく笑った。
「...うん、志乃の言った通りだ」
「それはどういう...」
「反応が面白いって。ふふ、ごめんね」
おやすみ、と言って部屋に戻っていく。色々なことが起こりすぎた今日の中でも、最後のこの一言がいちばん驚いた。といっても、さっきからいちばん驚いたの繰り返しなのは言うまでもない。
「2次元とは比べものにならないな...」
もちろんリアルのほうが格段に上、ということである。俺の心臓はドキドキのレベルを通り越してバクバクしている。月明かりが差し込む程度の暗いリビングで、1人ため息をつく。ここまで誰かに対して「かわいい」という感情を抱いたことはない。この気持ちはカフェインにも似たもので、目が冴えて眠れそうにない。と思ったのも束の間、積もりに積もった疲労と、体を包む至高の感触には抗うことなどできず、秒針の音を数回聞いているうちに、夢の中へと誘われた。こうして俺は、長い1日に幕を閉じたのであった。
今回も読んでいただきありがとうございます!次回もそんなに遅くならないうちに投稿します(^^)