女性
逃げるようにして町を出た俺は今、絶賛逃げていた。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あああああああっっっ」
そう、今は夜。
魔物が活発になる時間なのだ。俺は早速雑魚の群れに襲われ、逃げていた。
レベルと云う概念は魔力保有量の数値化。つまりレベルが高い=攻撃力が高い訳ではない。...当たり前なのだが。
その為、スライム一匹倒すのに俺レベルの他の冒険者は魔法で一撃で倒せる所か纏めて数匹倒せるが俺は一匹ごとに数発かかる。
昼間に魔物と戦う練習をしたって夜に魔物が群れるこの時間帯に出て来ては昼間と違うに決まっているじゃないか。馬鹿か馬鹿なのか。
...まさか町から出てすぐ数十匹のスライムに遭遇するなんて誰が思うだろうか。
それどころか逃げている内に騒ぎを聴きつけた他の雑魚達が集り今や五十匹はいるだろうスライムが俺を追いかけている。
ぽちょぽちょぽちょぽちょ、
素っ頓狂な音に追い掛けられながらもうかれこれ三十分は走っている俺は一か八か、賭けに出た。
追われるがまま適当に走った為此処が何処なのか判らないが偶然にも森へ来た。
草むらは魔物が潜んでいる率が高くレベル上げ目的以外で入る奴なんか滅多に見ないがここは掛けてみよう。
「とりゃっ」
ガササッ
もしもスライムより強い魔物が潜んでいたらもう俺は終わりだ。しかし全速力で、凡人が三十分以上走ったらお分かりだろうか。
そう、もう疲れました。
いくら勇者とは云え本来適正役職きっと医者か薬師の俺は体力なんて子供の頃につけてません。
七つの時から数年間、確かに体力はつけました。しかし残りの半分体力無視で勉学に励んでしまった俺はその時につけた体力を落としてしまいました。くそっ、馬鹿か、馬鹿なのか。
幸いにも草むらに魔物は居なかった。...魔物はな。
「あ"あ"あ"ああああああっっ」
その代わりに穴がありました。
落ちました、落ちましたとも。
「あいだっ」
「あぅっ、」
ぽちょぽちょぽちょぽちょ...、
上からはスライムの足音が遠のいている。
「た...助かった...?」
ふぅ、と肩で息をする。あの穴は洞窟かなにかに繋がっていたようで真上から月明かりが漏れて岩肌の空間に短い草むらが空間全体の地面に生えているのが見えた。
手をつくとぽにゅん、と柔らかい感触がした。
...ぽにゅん?
そういえば俺が落ちた時そんなに衝撃が無かったような...?
「あの...そろそろ退いてくれないか?」
声がした方向を見下ろすとそこには長い金髪を後ろに束ねた碧眼の美女が俺の下敷きになっていた。
俺の手には、美女の胸。
ビキニアーマーから除く素肌をがっちりと俺は掴んでいた。
「わわっ、すいません!今退きます!」
初めて触った女性の胸は柔らかくって吸い付くような...ではなく急いで俺はその場から退いた。
手に残った温かい感触が名残惜しい。
すると女性はその場から動こうとせず、ただただ時折軽く呻き声を上げていた。
「その...大丈夫ですか?」
思わず俺は聞いてしまう。
「あぁ...、あまり大丈夫ではないな...。
さっき魔物に襲われて仲間に逃げられた...。なんとか私一人で戦っていたんだが魔力切れでな...、
...魔物は何処かへ行ってしまったよ、もしかしたらまたこっちへ来るかもしれない。ケイブグリズリーって知ってるか?」
「...本で見たことあります。中級の洞窟モンスターじゃないですか。一人で戦うなんて無謀ですよ。」
ケイブグリズリーとは大型の熊型モンスターだ。レベル20前後の三人のパーティー、もしくはきついかも知れないがレベル10後半の四人以上のパーティーで挑むレベルの魔物だ。
「四人のパーティーで来てたんだが全員魔力切れの時に遭遇してしまってな...、出口が塞がれる形で遭遇したからもしかしたら近くに逃げた仲間も居るかも知れない。...無事かは判らないが。
よければ君、何か傷薬かなにか持っていないか?」
「あ、俺回復魔法使えます。MPは...あ、ここの草、煎じたら魔力回復薬になりますよ、待っててください。」
俺は女性の体力を回復させるとその辺の薬草を毟り取り、地面に火の魔法陣を書き荷物入れから空き瓶を取り出すと煮出し始めた。
何故こんなに準備がいいのかと云うと俺のスキルの魔法薬学で薬を作った方が材料費だけで済み、買うよりも安く良い薬を作れるからだ。
時間がある時に作ろうと道具だけ持ってきたのが幸をそうした。
「ふむ、君は魔法陣を使うんだな、ということは学者かなにかか?」
「いえ...、うーん...医者...みたいな、薬師みたいなものです」
「医者?非戦闘役職じゃないか、どうやってここまで来たんだ?仲間が居ないとこの洞窟はきついぞ」
「あー...、えーと...」
何故こんなことを聞くのか、魔法陣は非戦闘役職がよく使う物だからだ。特に魔法陣を書ける役職は学者やそういった系統が殆どで普段は紙や木札等に書かれた魔法陣を買う人々の方が多い。...紙は高いがな。
後は自分で軽い魔法を覚えて火起こしとか家庭で使う者も多いな。...安上がりだし。
とにかく、魔法陣は自分の属性外の魔法を覚える為に役立つ魔符だ。
しかし威力は使用者の魔力量によるし何より書くのに時間が掛かるためどちらかと云うと罠向きで戦闘で使う者は殆ど居ない。
つまり、戦闘向き役職で魔法陣を使う者は殆どと云って居ないのだ。
しまった、怪しまれたか?
...まぁ、正直に云うか。
「魔物の群れに追いかけられて、その...走ってたら上の穴から落ちました。」
ドゴォッ
俺が話し終えた瞬間、後ろにあった岩壁が壊れた。
「ちっ、来たか...!」
先程女性が云っていたケイブグリズリーだ。手には何かを掴んでいる。
よく見るとそれは人間の生首だった。
そしてケイブグリズリーはそれを投げつけて来た。
ザクッ、
女性が素早く剣でそれを突き刺す。
「ひっ、」
「!!っ、アックス...まさかお前が殺られるとは...」
感傷に浸る間もなく、ケイブグリズリーがこちらへ突進してきた。
女性の剣には男性の生首が突き刺さっている為ケイブグリズリーの攻撃をいなせない。
ガキィンッ、
「くっ、」
鈍い音が辺りに響き、女性が端まで吹っ飛ばされた。
「ぐるる...」
ケイブグリズリーは気が立っているのかこちらを睨みつけている。
あ、これ俺死んだ。
ドッ、
先程女性が吹っ飛ばされた方向から何かが飛んできてケイブグリズリーに当たった。
先程、アックスと呼ばれた生首だ。 生首はケイブグリズリーに当たってからポーンと真上に飛び上がり、ぽすん、と俺の手の中に落ちた。
「~~~~~~~~~っっっ!!!!?」
俺は声にならない悲鳴を上げる。
だって仕方ないじゃないか、
生首は胴体から無理やり引きちぎられたのか、歪な傷口をしていて、苦悶の表情をした男の顔をしていた。
そして顔の一部が剣で風穴を開けられ切り裂かれていて一言で現すとただただグロテスクだった。
...間近でこんなもの見るんじゃない。
「お前の相手は私だ、こっちへ来い!!」
「グルルルッッ、ガァアアッッッ!!」
先程の生首アタックが逆鱗に触れたのか、ケイブグリズリーは俺を無視して女性に向かった。
「君!援護してくれ!私は前線に立つ!」
「えっ!?いや、あの...俺攻撃魔法が全く使えません!」
「なに?本当に非戦闘員なのか!?」
普通、非戦闘役職でもある学者でも少しの攻撃魔法は覚えているものだ。普通誰でも弱い攻撃魔法が使える...筈なのだがごく稀に全く攻撃系魔法を使えない者も居るのだ。...そう、俺みたいに。
すいません、ごめんなさい、本当に無理なんですごめんなさい。
ガキンッ、ザッ、ドゴッ、シャッ、
俺は心の中で必死に謝りながら女性はケイブグリズリーの攻撃を華麗に躱していく。
「ぐっ、」
ふと、女性がこちらの方へ吹き飛ばされてきた。
凡そ数メートル先に居る女性に俺は騒ぎの中出来ていた魔力回復薬の入った瓶を投げ渡す。
「あっ、これ受け取ってください!!魔力が全快する筈です!」
「...今は君を信頼するしかないな、」
きゅぽんっ、とコルクの開く音がしたと同時に女性が居た場所に茶色い巨大な毛玉が吹っ飛んできて女性が見えなくなった。
「っ!!」
俺は息を呑む。
今この場に居る攻撃役は女性剣士のみ、もしあの女性が殺られたら逃げる体力が無い俺は死ぬ他ない。
俺は彼女が無事なことを祈るしかなかった。