旅立
この世界にはレベルというものが存在する。レベルと云うのは個々の魔素の保有量を数値化したものだ。レベルの上げ方は主に二種類。
一つは魔物と呼ばれる魔素を含んだ動物を倒す、つまり殺すこと。これで相手の持っている魔素が空気中に放出され、それを起こした元凶、つまり倒した本人とその仲間に魔素が振り分けられ個々の魔素保有量が増えることになりレベルが上がる。魔素保有量が保有者の規定値を超えることによりレベルが上がるわけだがこの辺は割愛しよう。
もう一つは個々に合った魔素を放出する攻撃をすること。この世界に居る生き物は生まれながらに属性を持っている。
例えば“火”を属性に持つ者ならば“火”の魔法、技を使う事によってレベルが上がるのだ。自分の属性の魔素を体外に放出すると、放出された魔素を補う為に空気中から放出された以上の魔素を、僅かにだが体内に取り込む、その為に上記にも記した通り魔素が規定値を超えた時にレベルが上がる。
だが後述の方法では魔物を倒した時よりも断然、得られる魔素が少ない。
だから殆どの人は先述の“魔物を倒して魔素を得る”と云う方法を選ぶ。
そしてこの世界には生まれながらにして決められたものがもう一つある。
それは“役職”だ。
騎士、剣士、格闘家と云った戦闘向きの役職から学者、医者、バトラー、経営者、農民と云った非戦闘向きの役職まで様々な役職が各々に一つだけ授けられていて、年齢が七つになる前日に受ける神託によって以降分かる仕組みになっている。
そしてもう一つだけ知っていて欲しいことがある。
この世界では凡そ百年に一度、世界のどこかで“魔王”が誕生する事だ。魔王は成長すると世界を破滅に導くとされている。
だが、ほぼ同時期に“勇者”も世界のどこかで産まれる。
勇者は唯一、魔王を倒せる存在として誰もが憧れる役職としてされているのだ。
それを踏まえた上で俺のステータスを見てみよう。
ステータス
名前 アーサー
性別 男
種族 人族
Lv. 46
役職 勇者
称号 なし
属性 回復特化
スキル 回復魔法、魔法薬学
耐性 なし
...そう、俺は誰もが憧れる唯一無二の役職、“勇者”を持っている。
だがしかし、よく見てほしい。
“属性 回復特化”、“スキル 回復魔法、魔法薬学”。
これだ。
そう、俺の属性は“回復魔法”。
そして攻撃特化型の技はーーー何一つ覚えていない。
いや、覚えられないと云った方が正しいか。
そうして俺は、回復役としてだけ重宝されレベルだけは無駄に上がっていった。
ーーーそして明日は俺の16歳の誕生日、成人を迎える日だ。
俺は明日、この町を出て旅に出る。...魔王を倒す旅に。
...そう、明日なんだ。
ーーー、
「父さん、母さん、もう行くね」
返事はない。
明日、俺は魔王を倒す為旅立つ...ことになっている。
俺は眠っている両親に向かって声をかけた。
そして誰も起こさぬよう、静かに扉を閉めた。
夜の町は静まり返っていて時折魔物の遠吠えが聴こえてくる。
大丈夫、昼間あんなに練習したじゃないか。
レベルだけは無駄に上げた。この世界では魔法を使う事は必須条件だ。
レベルが上がればもしかしたらと考えて必死になって上げ続けた。
ただただ回復魔法を覚えていくだけだった。
ならばと勉学に励み父の書斎の本を漁った。するとスキルに“魔法薬学”が追加された。
なんでだ、そうだった、父はそこそこ有名な町医者だ、当たり前か当たり前だな。
だが少なからず魔法攻撃の本も読んだ筈だ。だが増えたスキルはそれだけだった。
魔物は普通、打撃耐性や魔力耐性を持っている。殆どの魔物が持っている耐性は“打撃耐性”、つまり普通攻撃は魔法攻撃より威力が魔物に通りにくい。
分かるだろうか、つまり俺は魔力攻撃が出来ず普通の打撃技しか使えない。
どれだけレベルを上げようが魔力量が増えようが俺が出来る攻撃は打撃技だけ。そう、俺は攻撃役の仲間が居なければただの役立たずなのだ。
夜の町で俺は覚悟を決めて町の入口に立つ。
すると俺の名前を呼ぶ声が聴こえた。
「アーサー?こんな時間にどうしたの?
明日は貴方の旅立ちの日じゃない。...皆貴方の旅立ちを祝って準備をしてるわ。...行っちゃうの?」
俺の幼馴染みのレオナだ。
...幼馴染だと隠し事は出来ないのだろうか。
レオナは適性役職治癒師の聖職者だ。
こんな時間に教会から抜け出して大丈夫なのだろうか?
そんな俺の心配を余所にレオナは俺の背中にしがみついてきた。
「アーサー」
俺はそんなレオナを振り解けず、レオナのぽつりと呟くような言葉を聞いた。
「貴方が自分の役職に悩んでいたのは分かってるわ。そして自分の持つスキルも。
でもだからこそ貴方についてきてくれる仲間が集まってくれたじゃない。それなのにそんな人達を置いて行くの?」
「だからだよ!」
俺は声を荒げる。
魔王討伐、読んで時の如く魔王を倒す事。
そう、
それは親しい人々を危険に晒す事と何ら変わらない。
この町の人達は子供の頃から俺によくしてくれた。
俺は戦えない=仲間に戦ってもらう必要があること。
歴代の勇者は自らを危険に晒して前線で戦ってきた。しかし俺は、攻撃が出来ない俺は仲間に護ってもらいながら戦う必要がある。
それは俺は一番安全な所に居る上、護られるポジションになるということだ。
「俺の為に...仲間が俺よりも死ぬかもしれない危険に晒せるわけないだろ、」
俺は、俺の為に親しい人が死ぬのを見たくない。
「ごめん、...ごめんレオナ...」
判ってる、これは自分のエゴだ。
自分勝手で身勝手な、ただの我が儘なのだ。
そして俺はやっとレオナを振りほどいた。
「アーサー...っ、」
レオナの悲痛な声から、俺は逃げるようにしてこの町を出た。