二度目の冬(その8)
タダシらギヤの店員たちは、DXホールの出入り口を足早に駆け抜けた。
ホールの外には街灯の灯りが点々と見えるだけで、都心とは思えない静寂が辺りを包んでいる。
松下のおばちゃんたちは、どこにいるのだろう。
「あそこだ。」
ケンジが指をさした。
フラッシュの光が、二回、三回と瞬いた。
少し離れた広場のど真ん中だ。
「行こう。」
近寄っていくと、誰かがぴょんぴょんと飛び跳ねながらこっちにむかって手を振っている。
高々と突き立ったスパイクヘア。ミッチだ。
こっちに向かって、来い来いと呼んでいる。
タダシたちは一気に駆け足になった。
マイクなしで響いてきた歌声に、ギヤのみんなの顔がほころび始めた。
ゴンちゃんのギターがシャカシャカと軽い音を立てて鳴っている。
ジャッキーのベースはブンブンと低い音で、ほとんど聴き取れない。
ショージのドラム…というか手拍子と足踏みに至っては、本人のアクションで辛うじてリズムが分かる程度だ。
しかし、肉声を存分に響き渡らせ、大きく動きながら歌うアイヴィーが四人の演奏に力を与えていた。
松下のおばちゃんには、「ズギューン!」の今までのどのライヴよりも、一番生き生きと、鮮烈で、何より身近に感じることができた。
四人の周りをグルグル回りながら、松下のおばちゃんは夢中でシャッターを切った。
切っても切っても切り足りなかった。
肩に誰かの手が触れた。
見上げると、タダシがニッコリと笑っていた。
松下のおばちゃんも笑顔を返した。ケンジにも、フリちゃんにも、そしてあとから続々と集まってくるパンクスたちにも。
アイヴィーが赤い革ジャンを脱ぎ捨てた。
珍しく下には黒いタンクトップを着ている。
飛び跳ね、回り、伸び上がりながら歌うアイヴィーの右肩を、松下のおばちゃんのカメラが追いかけた。
撮るのが難しいタトゥーの文字も、今夜は「SHOULD I STAY」の一語一句までハッキリと写っている。
せーの、でアイヴィー、ゴンちゃん、ジャッキーが跳ぶのが分かった。
いや、今日はショージまで跳んでいる。
息をするようにやすやすと、松下のおばちゃんは四人のジャンプを写真に収めた。
ひょっとしたら、松下のおばちゃん自身も跳んでいたのかもしれない。そんな気がしていた。
後ろを振り返ると、周りの観客はどんどん増えていた。
パンクスだけじゃない。DXホールから次々に人が吐き出されては、こっちへ走ってくるのが見える。
みんな、笑顔があふれていた。
松下のおばちゃんは嬉しくなってそちらにもカメラを向けた。
これが、正真正銘アイヴィーのデビュー・ライヴなのだ。
DXホールにはもうほとんど誰も残っていなかった。
出遅れた客たちも次々に出入口へと向かって走っていく。
エイトビートはかなり前に止まっていた。バンドたちもバックステージへ引っ込んでしまっている。
スタッフすらも対応に追われているのか、誰も姿を見せない。
撮影ポイントの足場の上で安瀬準一だけが一人、ぽつんととり残されていた。
「何だ、何だ、何なんだこれは。」
彼のわめき声は、もう誰にも聞こえなかった。
かなり遅れて広場にライヴのスタッフたちが到着した。
しかし、アイヴィーのもとへたどり着くことは出来なかった。
アイヴィーの周りにはパンクスたちが踊り暴れまくって大きなモッシュ・ピットを作り、さらにその外側にファンたちによって、巨大なサークル・ピットが作られている。
みんな、思い思いに楽しんでいた。
一番外側はさらに人が増え、円はどんどん大きくなっていくが、そんな場所にいてもアイヴィーの歌声はハッキリと力強く聴こえ続けている。
スーツ姿の責任者、スタッフTシャツを着た何人もが無理やりピットに入り込もうとしたが、すぐに弾き出されてしまった。
アイヴィーのマネージャーは茫然と立ち尽くしている。
どんなにピットが大きくなろうとも、アイヴィーの肉声は一人一人の胸に、心に、確実に突き刺さっていった。
ゴンちゃんもジャッキーもショージも、アンプの音が聴こえているかのように力いっぱいの演奏、アクションを続けている。髪から鼻から汗をしたたらせ鬼気迫るが、その顔は笑顔だ。
アイヴィーの声量が落ちることは全くなかった。
歌うごと、ひと息ごとに力強さを増していく。
左半分の逆立った髪はギラついた表情を照らし出し、右半分の下ろされた髪は優しい笑顔を彩った。
松下のおばちゃんは、そんな「ズギューン!」を、そんなアイヴィーをいつまでも撮り続けた。
360度、どの角度からカメラを向けても、躍動する四人の後ろからこぼれんばかりの笑顔が写る。
何百、何千の笑顔。
ファインダー越しに見える景色は、夜空を埋めつくす笑顔の星だった。
松下のおばちゃんのシャッターが、星空を切り取った。
フラッシュ―。




