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夏(その1)

「松下侑子様

拝啓

初夏の候、松下様におかれましては益々ご清栄のこととお喜び申し上げます。

このたびは私どもの息子に大きなお写真を持たせて頂き、誠に有り難うございました。

久しぶりに帰郷いたしました息子は、格好こそずいぶんと派手になりまして正直戸惑いもございましたが、東京での音楽活動の話をするその口調から、ずいぶんと落ち着いた雰囲気を感じました。

夫も久しぶりに息子と酒を酌み交わしまして、相変わらず喧嘩腰でのやり取りもありましたが、お互いに少し理解を深めたようでございます。

息子が持参したCDは、正直に言いまして私どもにはあまり理解することができませんでした。

しかし、頂きました松下様撮影の写真を拝見いたしまして、そこに写る息子の生き生きとした表情から、東京で頑張っている様子がよく分かりました。

正直、今でも息子には地元に戻ってきてほしい思いがありますが、彼の決めた道ですから納得するまで続ければ良いと思います。写真を拝見して、応援したい気持ちも湧いてまいりました。

これも松下様のおかげです。本当に有り難うございます。これからも息子をよろしくお願いします。

地元の名産と、我が家で取れた野菜をお送りいたしました。心ばかりではございますが、どうぞお納めいただけたらと思います。

季節の変わり目です。どうぞご自愛の上、ご活躍のほどお祈り申し上げます。

敬具


追伸

「東京にもお袋がいるから心配ないよ。」と、息子が申しておりました。

松下様は、音楽仲間みんなのお母さんなんだそうです。

お体に気をつけて、これからも撮影を頑張って下さいませ。」


【日本新聞・文化欄17面 今日の特集】

「パンク命」

先日、都内で開催された「西野真一郎・芸術写真展」に、ひときわ異彩を放つ一枚の写真が展示された。

「ハードコア」と題名されたその写真は、高円寺のライヴハウスにてパンクの女性が髪の毛を振り乱しながら絶叫する瞬間を大写しにしたものだった。

写真だけでも目を引くのに、なんと撮影者は60歳の主婦だという。

都内在住の松下侑子さんは、まだカメラを始めて数か月足らず。結婚前にカメラ技術を教わり、その後結婚・出産・離婚と再婚を経て、子育てがひと段落した昨年から撮影を再開した。

当初は写真サークルにてお寺や花を撮っていたが、もっと「高円寺らしい」写真を撮りたかった。

成人式の日、真っ赤な髪の毛を逆立てた着物姿の女性に目を奪われ、「撮らせて」と頼み込んだ。

女性はバンド活動をしていた。誘われて足を運んだライヴハウスには、金髪、モヒカン、タトゥー…たちまち夢中になり、足繁く通うようになった。高円寺をはじめ、都内近郊のバンドマンからは「松下のおばちゃん」と呼ばれ、親しまれている。

この写真は、成人式に出会った女性のバンド「ズギューン!」のライヴにて撮影した。荒れ狂うライヴハウスで、アクシデントにより肋骨を骨折しながら執念で撮った一枚は、同写真展にて奨励賞を受賞した。

人物写真家・西野真一郎氏(64歳)は語る。

「粗削りだけど、生命の躍動を確実に捉えている。撮影の状況を聞きましたが、僕にはとても撮れません。今後ますます期待してよいカメラマンです。」

松下さんは「バンドを一生懸命やっている、その姿がとてもキラキラしていて、たまらなく魅力的」と語り、「69(ロック)歳までは続けたい」と笑った。

普段は普通の主婦。夜になると、バンドTシャツにカメラを担いでライヴハウスに向かう。僕のお袋も、こんな格好良かったらいいのにな。

(文・渋谷イズミ)


紙面の大部分は、松下のおばちゃんが撮影したアイヴィーの写真「ハードコア」だった。隅に革ジャンを着た松下のおばちゃんの写真もある。

源造は「肋骨を骨折しながら~」のくだりを二回読み直した。

目の前を、洗濯かごを抱えた松下のおばちゃんが通り過ぎる。

「おい。お前、肋骨って…。」

「ああ、大丈夫。もう治ったから。」

そう言って松下のおばちゃんは奥へ消えた。階段を上るトントンというリズミカルな音が聞こえてくる。

源造はその後ろ姿を見つめていたが、やがてかぶりを振って、仕事の支度を始めた。


「松下さん。」

高円寺へ出かけようとした松下のおばちゃんを呼び止めたのは、近所の主婦たちだった。

「ちょっと、新聞見たわよ。」

「すごいわねえ、有名人じゃないの。」

「あんな写真、よく撮れたわね。」

口々に熱っぽく語りかけてくる。その口はつい数か月前に松下のおばちゃんの陰口を叩いていたのと同じ口だった。

松下のおばちゃんは黙って聞いていたが、やがてニッと笑って言った。

「褒めるんなら、アタシじゃなくてアタシの息子や娘を褒めてくださいな。あの子たちのおかげなんだから。」

「松下さん、娘さんなんていたかしら?」

「いるわよ、沢山。今から会いに行くけど、ご一緒にどう?」


高円寺まで、おばさん達でサイクリング。

商店街を歩くと、松下のおばちゃんには実にたくさんの声がかかった。

明らかなバンド関係者だけでなく、新聞を見たらしい同世代の主婦や近所の商店の人までも「松下さん」「おばちゃん」と寄ってくる。

「すごいわね松下さん、みんな新聞を見たのかしら?」

「そうかもしれないけど、でも普段からこの辺で仲良くさせて貰ってますから。高円寺、あったかいわよ。」

鮮魚店の前まで来た。

「シュウちゃん。今日はお刺身でお薦め、ある?」

「そしたらスズキが入ってるよ。源造さん、好きだったろ?」

タオルを頭に巻いた長袖シャツの若い店員が、威勢よく答える。

「あら、粋なお兄さんじゃない。松下さん常連なの?」

「そう、この子も私の息子よ。」

店員はニヤリと笑うと、長袖のたもとをまくった。二の腕から目玉のタトゥーがぎょろりと覗いた。

「頭のタオル、その下もすごいわよ。」

主婦たちは、目玉のタトゥーに釘づけだった。


「おばちゃーん。」

梅雨時の高円寺。屋根のあるPAL商店街は少し蒸し暑かった。

ここひと月ほど会う機会が少なかったこともあり、聞き慣れたアイヴィーの声も今日は特に気持ちよく耳に響く。

「アイヴィーちゃん、お帰りなさい。」

「うん、ただいま。おばちゃん肋骨、大丈夫?」

「もう大笑いしなければ平気よ。ショージにそう言っておいて。」

「あはは、問題ないよ、あいつが狙って何か言ってもウケた試しがないもん。」

アイヴィーは元気そうだった。今日は白いバンドTシャツに、短いデニムのスカートだけだ。足元は青いクリーパーズ(大きめの靴、いわゆるラバーソウル)を履いている。

髪の毛は立てていなかった。あの日以来、アイヴィーは髪を立てるのを止めた。

「ツアー、どうだった?」

「うん、各地のバンドが頑張ってくれて盛り上がったし、アルバムもそれなりに売れたよ。」

「けっこう行ってたもんねえ。」

「まあ、週末ごとだからライヴの回数は大したことないけど。地方だと平日はあんまりライヴ組めないんだよね。」

「行きっぱなしだったらバイトもクビになっちゃうしねえ。」

「それは別にかまわないけど、どっちにしてもお金が続かなくて立ち往生だよ。」

二人は顔を見合わせて笑った。

「仙台のシャドウが、おばちゃんによろしくだって。」

「あの子たち、とっても好き。ヴォーカルのあの子、名前なんて言ったかしら?」

お喋りを続けながら、二人が向かうのはいつものギヤだ。

「地方でいろんな人が『新聞見た』って言ってくれたよ。おばちゃん、すごいね。」

「モデルがいいからよ。」

「えーっ、どこがだよ。あんなすごい顔して、鼻の穴まで見えててさ。自分で観て『うわ、ヤバい顔してるな~この女』って思ったもん。」

「『出展していい』ってアイヴィーちゃんに許可を貰ったけど、やめておけば良かったかしら?」

「ううん、あんなすごい写真、二度と撮って貰えないと思うもん。光栄だよ。それに新聞にバンド名も出たしね。ラッキーラッキー。」

「ねえ。写真展の時は、観る人みんな妙~な顔で観てるから『こりゃ失敗したかな』って思ったけど。あんな評価までして貰って、新聞でも取り上げて貰って、ありがたいわねえ。」

「おばちゃんの実力だよ。世間は放っておかないって。」

「ズギューン!」不在中もよく写真を撮りに来ていたが、今日はツアーファイナル。同じギヤでも何だか新鮮な気分だ。

「おーおばちゃん、久しぶり。」

ゴンちゃんが後ろから駆け寄ってきた。

「ゴンちゃん。会いたかったわあ。」

「帰って来たぜ。」

アイヴィーはタダシに用があると言って、どこかへ走って行った。その姿が消えた向こうでジャッキーとショージが手を振っている。ジャッキーの髪の色は、今日はオレンジだった。

「お母さんからお手紙と、段ボールにすごい量のお野菜を頂いたわよ。悪いわねえ。お礼状を出したけど、ゴンちゃんからもお伝えしてちょうだい。」

「ああ、聞いたよ。お袋、すごく喜んでたぜ。おばちゃんみたいな人がいて良かったって。」

「お母さんのお漬け物の味、どうだった?」

ゴンちゃんはポリポリと顔をかいた。

「どうかな。おばちゃんの漬け物と同じくらいかな。お袋の方が少し美味いかな。でも、おばちゃんの味に慣れちゃったな。」

照れくさそうに話すゴンちゃんを、松下のおばちゃんは嬉しそうに見つめていた。

「今日はお漬け物とコロッケ、持ってきたからね。」

「嬉しいねえ、レコ発のツアーファイナルだからな。久々の東京、久々の高円寺だし、もうぶっ飛ばしていくから。ギヤ、ぶっ壊してやるよ。」

「あらあら、大変。」

松下のおばちゃんは笑っていたが、思い出したように言った。

「そうそう、ゴンちゃん。アタシの名前で前売り一枚頼める?」

「おお、前売りなんてそんな。おばちゃんの知り合いならゲスト出すよ。誰か来るの?」

「うん、すごい人が来るわよ。」

「誰?」

「うちの、おとっつぁんよ。今日おとっあん誕生日なのに、アタシがライヴだって言ったら『じゃあ、俺も行く』だって。ライヴ始まったら死んじゃうんじゃないの?」


実際、最初から源造に耳栓をさせたのは大正解だった。

ギヤのフロアに入るなり源造はその場で立ち止まってしまったが、まだライヴは始まってもいなかった。

結局バンドの物販ブースに座らせて貰ったが、それでも表情は硬く身体は動かないままだ。

完全に場の空気に飲まれてしまったらしい。

「ズギューン!」のライヴが始まり、松下のおばちゃんは源造を残して最前列に向かった。

途中で帰ってしまうかもしれない。まあ、それならそれで、別に構わないが。

時々後ろをふり返ると、客の間から物販ブースにいる源造の禿げ頭が覗いていた。

源造はどう感じているのだろうか。

感じている余裕など無いのかもしれない。

そんなことを時々考えながらいつものように撮影をして、「ズギューン!」のライヴは終わった。

と、最後にアイヴィーがマイクを握った。

「松下のおじちゃん、誕生日おめでとう!」

思いがけない言葉にフロアの拍手はまばらだったが、アイヴィーはかまわず続けた。

「今日、おじちゃんが初めてライヴに来てくれて。しかも誕生日だって聞いて。急だからプレゼントも何も用意してないけど、おじちゃんが好きな歌、一曲歌います。みんな笑うなよ!」

そう言ってアカペラでアイヴィーが歌い出したのは、あの「花笠音頭」だった。

松下家で歌った時よりも恥ずかしいのかやけっぱち気味で声も大きいが、堂々とした歌いっぷりだ。

周りのパンクスたちはあっけにとられて立ちつくしていたが、いつの間にかステージから降りてきた「ズギューン!」のメンバーがやんやの喝さいを始めて、つられるように次第にフロアは大騒ぎになっていった。

と、フロアの中央が割れるように左右に開いた。

みんながよけた間から、源造が手を振りながら満面の笑みで最前列に向かって進んできた。まるでモーゼの「十戒」だ。

これはすごい光景だ!

松下のおばちゃんは素早くフロアの後ろに回り、その姿を続けざまに撮影した。

源造が墓に入る時、この写真を一緒に埋葬してやらなくちゃ。


「アイヴィーちゃん!良かった、良かったよぉ~。すごく良かった!」

熱っぽく繰り返しながら、源造はアイヴィーの手を両手で握りしめた。確か、初めて会った時も最後はこんな風だったっけ。

「良かった」も何も、明らかに源造に理解できたのは最後の「花笠音頭」だけだった筈だが、もうそんなことはどうだっていい。

「また観に来るから」と興奮する源造を適当にあしらいながら、松下のおばちゃんは夫をタクシーに押し込んだ。

パンクバンドが毎回「花笠音頭」を歌うわけがないだろうが。


「ホント、うちのおとっつぁんにも参ったわねえ。」

ギヤに戻ってきた松下のおばちゃんは、一緒に源造をお見送りしてくれた「ズギューン!」のメンバーにぼやいた。

「おじちゃん、喜んでくれてたじゃん。最高だったぜ。」

「アイヴィーの意外な一面も見られたしな。」

「ショージ、あんた引っ叩くよ。」

憎まれ口を叩きながら、アイヴィーは開き直った態度をとった。どうせ、みんな今後何かにつけ話題にするんだろ。

「アイヴィーちゃん、オジサンのために本当にありがとう。あんなに喜んで、連れてきた甲斐があったわ。」

「他の人のためだったら絶対やらないよ。他でもないおじちゃんだから。今日だけだよ。」

「嬉しいわあ。ありがとう。」

ちょっと口をとがらせながらも、アイヴィーはかすかに笑みを浮かべていた。


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