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 差し出されたスマホには、写真をいくつも貼り付けたブログのような画面が表示されていた。


「佳奈? えっと、これは……」

「Web版の校内新聞。ウチの新聞部って結構本気度高いから、ちゃんと過去記事も残ってるんですよーだ」

「あー、そういえば佳奈って」

「ええ。これでも新聞部期待のホープですが何か?」

「あっ。これって去年の学祭だねー。見て見て千夏、先輩たちが載ってるよー」


 舞子の声で千夏も画面を覗き込んだ。舞子が指でスマホをなぞると、画面端で見切れていた写真が『学祭グランプリは1-Bのクラス演劇・ロミオVSジュリエット』という見出しを引き連れて画面を占拠した。その写真を佳奈が指差す。


「ほら千夏、この写真で斬り合いしてるロミオとジュリエットが噂の二人よ」

「……斬り合い?」


 ロミジュリってそんな話だっけ、と言いたげに千夏は顔をしかめたが、佳奈はお構いなしに説明を続けた。


「あの舞台はとにかく主役二人のアクションが映画みたいに凄くてねー。最後の相討ちシーンなんてまさに『全校が泣いた!』の拍手喝采で、それはもう絶賛の嵐だったんだからっ」


 見てきたような熱弁をふるいつつ、佳奈は画面をちょいちょいとスクロールさせていく。


「演技とはいえ、お互いに熱情をぶつけ合い認め合ったロミオとジュリエット。そんな二人が現実の世界でも恋に落ちるのは、これはもう当然の成り行きだったのですよ──と。はい、これがロミオ役の高代晃輝先輩ね。一年前の」


 終演直後のインタビューなのだろう。ロミオの衣装のままタオルで汗を拭いているのは、少年より青年と呼ぶ方が似つかわしい男子だった。痩せ型ではあるものの、半袖の衣装から覗く腕の筋肉や表情の精悍さが野生的な印象を与えている。そして何より、


「イケメンじゃん」


 漏れた千夏の呟きに、佳奈もなぜかしたり顔で頷いた。


「しかも空手部不動のエース、てのは言ったっけ? 去年は一年生ながらいきなり県のベスト4で、今年のインハイは怪我に泣いたけど、今度の国体では活躍間違いなしだってさ。誰が呼んだか、ついたあだ名は『掌底の貴公子』!」

「……ホントに誰が呼んだの、それ」


 センス皆無のネーミングに呆れる千夏はそのままに、佳奈はすぐ下に掲載された古風なドレスを纏う少女の写真を真ん中に持ってきた。


「で、こっちがジュリエット役の柊つばさ先輩、と。いやー、女の私から見てもやっぱ美人だよね~」

「美人、ねえ」


 疑うような言い方をした千夏だったが、内心では佳奈の意見に賛同していた。

 アクション主体の劇だからかすでに落とした後なのか、メイクはしていないようだ。しかし、すっぴんでもそこいらの女優やモデルに引けを取らない整った顔立ちと、小さな写真からでも充分に伝わる凛々しさは、なるほどさっきのロミオにもお似合いと思える相手だった 。


「柊先輩は図書委員やってて、学祭までは『一年に美人の文学少女がいる』程度だったのが、その劇の活躍で一気にブレイクしたんだって。武道の心得もあるとか、他のガッコにまで隠れファンクラブがあるとかの噂もあって、そのクールな立ち振る舞いから『図書館の女王』なんて呼ばれてるのよ!」

「……だから、誰が呼んだのよ、それ」

「とにかく、その誰もが羨む校内きっての大物カップルが、昨日まさかまさかの破局を迎えちゃったわけ。みんなが騒いじゃうのも当たり前だと思わない? 思うでしょ?」

「そして次の校内新聞の一面も決まった、と?」

「そこは残念。ウチは恋愛ネタも生徒のゴシップも厳禁なのよねえ」

「……やっぱりさ、佳奈。この話、何かの間違いじゃないのかなぁ?」


 どこか遠慮がちに疑問を声に乗せたのは、ドレス姿の少女の写真をじっと見つめていた舞子だった。


「私、図書委員の当番で柊先輩と一緒になるから知ってるの。先輩って確かに普段はクールな感じだけど、図書館に高代先輩が来て話す時は、すっごくいい感じの優しい笑顔になるんだよ? ついこないだもそうだったのに、その先輩が高代先輩を一方的に振ったなんて……」


 信じられないよ、と続けられずに舞子は首をただ横に振った。


「でも、証言は集まってるのよねえ」


 と言った佳奈は、あくまでSNSでの話だけど、と前置きした上で、昨日校舎裏で二人の別れ話を偶然聞いちゃった子がいたこと、その子がSNSに書き込むや否や、自分も遠くから見てただの、校舎裏から歩いてきた先輩が何か叫んでただの、声かけても気付かないほど落ち込んでただのといった証言リプがついていき、昨夜のうちに話が信憑性を増しながら広がっていったことを舞子と千夏に語って聞かせた。


「極めつけは、高代先輩のクラスの子がさっき流した最新情報ね。登校した先輩に友達が『こんなデマ流れてるぞ』って話を振ったら、高代先輩は殺すぞってぐらい物凄い顔で睨んで黙らせたんだって。あの温和で優しい貴公子先輩がそうなるんだから、もう間違い無いと思わない? ね、千夏?」

「だから、あたしは知らないんだってば」


 佳奈の訴えを今度もすげなく流すと、千夏は机に置かれたスマホに指を這わせてその貴公子先輩の写真に戻した。改めて見ても確かにイケメンだ。


「ね、もしホントに別れたんならさあ」


 指で画面をつんつんとつつきながら、千夏はいたずらな子猫のように目を細めて言った。


「このロミオな先輩、今はフリーってことだよね?」

「えっ?」


 驚きの声は佳奈と舞子の二人が同時に漏らしたものだったが、その後はぽかんと口を開けてしまった舞子に比べ、佳奈の理解と反応は早かった。


「千夏ってば、まさか我が校の女王と張り合う気?」

「しないしない。だって二人は別れたんでしょ?」

「それはそうだけど……てゆーか、千夏って彼氏作ったばっかじゃなかった? ほら、あのD組の」

「ケンジくんは彼氏なんかじゃないよー。そーゆー重いの無しでお互い楽しく遊ぼうってカンケーだもん」


 千夏が片目をつぶってみせると、佳奈は少しの間思考停止に陥ったらしい。代わりにおずおずと口を開いたのは舞子だった。


「……カズアキ、って人は?」

「んー。問題あるとしたらそっちかなあ」


 千夏は左の人差し指を上あごに当てた。口を尖らせる。


「ケンジくんはこっちからだけど、カズアキはあっちが一方的なんだよねー。気持ちが嬉しいからオコトワリしてないだけで、そこを勘違いしてなきゃいいんだけどなあ」


 最後にため息をついた千夏を見て、舞子は「そうなんだ」と返そうとしたが、口が動いただけで声は出てくれなかった。


「でもまあ、事実としてあたしに彼氏はいないわけでして」


 千夏はポンッと手を叩いた。目の前で固まっている二人に無邪気な笑顔を向けて、


「フリー同士で問題無し、だよね! そのタカシロ先輩に睨まれたり神対応で流されちゃうかもしんないけど、そしたら二人で慰めてくれるよねー?」


 ね? と念を押されて、舞子はぽかんと、佳奈はまじまじと、それぞれ千夏を見つめていたが、


「──千夏ってば、本当に変わったよねえ」


 佳奈が切り出すと、傍らの舞子の顔に緊張の色が走った。しかし、声に揶揄や皮肉の響きが無かったためか、言われた本人が平然としているためか、そのまま黙って千夏と一緒に耳を傾ける。


「前はさ、大人しくて目立たない感じだったじゃん。舞子はともかく私らとはあんま話もしなかったし、飾りっ気もゼロだったし。それが夏休み明けたらいきなり──でしょ? ぶっちゃけ『うわ、二学期デビューしちゃったよ!』なーんて思ったんだけど……」


 佳奈は一旦言葉を切ったが、千夏がむしろ笑顔で話を聴いてくれているのを見て、自分も笑みをこぼした。


「今の千夏って、すごくしっくりきてるよね! デビュー組はさ、痛々しさとか無理してる感がありがちだけど、千夏はハマってるっていうのかな。これがホントの千夏だってぐらい見事に変身したなーって思うんだ、いい意味で」

「……まあねー。変わろうとしたとかじゃなくて、気が付いちゃっただけだからねー」


 千夏は机から持ち上げたスマホを佳奈に差し出した。右上の表示が示す時刻によれば、一時限目の開始まであと一分。


「何に?」


 とスマホを受け取った佳奈に、千夏は自信満々の口調で告げた。


「人生、楽しまなきゃ損ってこと! でしょ?」


 千夏がウインクしたと同時に、時計の数字が切り替わった。一瞬遅れてチャイムが鳴り響き、話に花を咲かせていた生徒全てに即時解散を言い渡す。


 教室中が動く中、佳奈と舞子も慌て気味に席について授業の準備を始めた。だから、千夏が最後に付け足したこの言葉を耳にしたのは、彼女自身しかいなかった。


「あたしたちみんな、いつ死んだっておかしくないんだもんね」


# 次回は3/9夜に投稿できる…と思います(汗


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