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2-1


 予鈴が鳴った直後に廊下から入ってきた溝口千夏(ちなつ)は、普段と明らかに違う教室の雰囲気に、ウェーブのかかった髪をいじって小首を傾げた。

 今の千夏には退屈にも見える大人しい生徒ばかりのこの1-Cにおいて、予鈴が鳴ってもクラスの半数以上が席を立ったままおしゃべりに興じているのは、かなり珍しい光景と言えた。


「あっ、千夏おはよー」

「おはよー舞子。ね、どしたのこれ?」


 自分の机にバッグを置いた千夏は、斜め前の席から振り返って小さく手を振ったショートカットの親友に近づいて、今感じたばかりの疑問をぶつけてみた。


「朝のホームルームが中止になったの。臨時の職員会議やるんだって」

「あーそれで……にしたって、なんかニギヤカ過ぎない? みんな妙に盛り上がってるっていうかさあ」


 舞子の説明に一旦は納得しかけたものの、再び首を傾げた千夏に、


「ま、ちょうどいいネタが入ってきちゃったからね~」


 と、したり顔でポニーテールを揺らしたのは、千夏が来るまで舞子と話しこんでいたらしい佳奈だった。中学から一緒の舞子と違って一学期は挨拶すらしたことのなかった彼女とも、夏休みが明けてからの千夏は気軽に話せる仲になっている。


「いいネタ? どんなの?」

「ゴシップだけどね~。ていうか千夏もやってなかったっけ。拡散来なかった?」


 佳奈は手にしたスマホの画面を二、三回タップしてから千夏に向けた。そこに表示されたアプリは学内でほぼ『標準』扱いされている定番のSNSで、千夏も当然のように使ってはいたが、


「言ったでしょー。あたしのケータイにはリアルタイムで通知来ないんだってば」

「ああ、千夏のはガラケーだっけ」

「そ」


 千夏はポケットからつまみ出した二つ折りの携帯電話を軽く振って見せた。小ぶりな本体に不釣り合いなほど大きいクマのストラップがブラブラと揺れる。


「スマホもおねだりしてるけどさあ、ウチの親もケンジくんもカズアキも、さすがに買ってくれないんだよねー」

「……ケンジ、くん? カズアキ?」


 親以外のおねだり先が出てきたことにびっくりしたらしい舞子のオウム返しにはウインクを返して、千夏は佳奈の方に身を乗り出した。


「で? 何が『いいネタ』なのかなー?」

「はい、これ」


 改めてこちらに向けられたスマホを目を輝かせて覗き込んだ千夏は、


「『見ちゃった』。『女王』、『貴公子』? 『修羅場』で『破局』? ……何これ。どこがいいネタなのよ」


 斜め読みした書き込みに首を捻った結果、


「えーーーーっ!?」


 と、佳奈の大声でクラス中の注目を集める羽目になった。


「ちょ、佳奈っ。大きすぎ……」

「あ、ごめん舞子。でもでも千夏ってば……」


 舞子ともども小声になった佳奈は、舞子の机にかぶさるように両肘をついて、まじまじと千夏を見つめた。


「我が校のベストどころか近隣諸校でもナンバーワン間違いなしのカップル、あの先輩二人の破局という一大スキャンダルを、どこがいいネタなのかとあっさりバッサリしちゃったんですよ、この子はっ」

「他人のコイバナにあんま興味無いもん」


 自分を指差す佳奈の人差し指を手のひらでやんわりブロックしつつ、千夏は唇を尖らせた。


「大体、その女王とか貴公子とか恥ずかしいあだ名の人たち何なの? そんなに有名? 芸能人かなんか?」

「……夏休み前だったかな。ウチの先輩二人がひったくり犯を取り押さえた話は知らない? 学校中が騒いで校長が表彰もしたし、お手柄高校生カップルって新聞にも載ったじゃん」

「新聞読まないし、その頃は噂話にもキョーミなかったしー」

「……五月頃、有名な空手部の先輩にA組の子が玉砕覚悟で告った件は? 振られたけどその先輩のフォローがイケメン神対応すぎて感動した、ってトコまで噂になったじゃん。その先輩の話だよ?」

「だから、その頃は噂にもコイバナにもイケメンにも興味無かったんだってばー」

「……去年の学祭は? ロミジュリベースの劇で主役やったその二人がもの凄くって、立ち見どころか体育館が溢れちゃったやつ。あれが二人の伝説の始まりだよ?」

「伝説って……だから何その大げさ感。そもそも去年ってあたしたちまだ入学前だよね。佳奈はどうして知ってるわけ?」

「舞子、しばらくタッチ!」

「え? うん。え?」


 埒が明かない千夏に業を煮やしたのか、佳奈は何やら一心不乱にスマホをいじり出した。一方的に後を託された舞子は、少し困ったような笑顔を千夏に向ける。


「えーと、その……あ。千夏、髪ちょっと変えたの?」

「えへへ、正解っ。前だけブリーチ変えてみたんだー」

「いい感じだね。でも、風紀の指導とか大丈夫?」

「多分ね。けっこーギリギリライン狙ってますんで」


 どこか誇らしげに胸を張った千夏は、服装の方も校則ギリギリを狙っているのか胸元のリボンの色やスカートの丈が周りとは違っている。夏休み前とはそんな所も大きく変わった自分を見つめる舞子の視線に何を感じたのか、


「ダメ……かなぁ?」

「えっ!?」


 千夏のいきなりの弱気発言に、舞子は慌てた。


「何で!? 全然ダメじゃないよっ? 似合ってるし校則的にもアウトじゃないんでしょ!?」

「でも、それにしては反応がぁ。校則が良くても舞子的にはアウトなのかなーって」

「気のせい! それ、千夏の勝手な気のせいだからっ」


 ひとしきりワタワタしたところで、ようやく舞子は気が付いた。千夏は思いっきり笑いをこらえている。


「千夏、ひどいよぉ」

「ごめんごめん。舞子ちゃんてば可愛い反応してくれるから、ついねー」


 むくれる舞子に、千夏は笑顔で謝った。

 夏休みを境にいろいろと変わった千夏だが、舞子が特別で大切な存在だという点だけは変わっていない。今は佳奈を始め仲の良い友達も急増中だが、それでも親友とまで呼べるのは幼馴染みの舞子を置いて他にはいないし、それは舞子にとっても同じだろう。

 そんな二人の仲に嫉妬したわけではないだろうが、


「はい、千夏はこれを見る!」


 佳奈は手にしたスマホを二人の間に割り込ませてきた。


区切りが悪くてすみません。続きは3/8夜に投稿します



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