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8-3


 二人でそれからの『予定』を決めるくだりは、極めて事務的に進んだ。

 場所は学校の図書館裏。いわばつばさのホームグラウンドということで最初は千夏も難色を示したが、図書館と木々と土塀に囲まれて人目につかず、夜に守衛も回ってこないこと、そして何よりつばさの『二人目』の時に使用済みという実績を聞いて、結局は千夏も了承した。

 代わりに日取りは千夏が決めることになったが、これは一度現地を見てからにしたいとの意見で、後日つばさに直接伝える運びとなった。


「伝えるの、メールやアプリじゃダメなんですか?」


 携帯につばさの情報を登録し終えたところで、千夏が素朴な疑問を口にした。


「アドレスとアカウント、交換した意味無いっていうか」

「メールやメッセージは通信会社に残るかもしれないでしょ」


 ポケットに戻したスマホの位置を軽く直しながらつばさは言った。


「足がつくようなことは避けた方がいいと思わない? 生き残る方のためにもね」

「ですかねぇ」


 気乗りしない返事とともに、千夏は二つ折りの携帯をパチンと閉じた。はずみで暴れるクマさんストラップを器用に指で引っかけて、携帯ごと制服のポケットに押し込む。


「じゃ、今日はこれでー」


 腰を浮かせかけた千夏は、中途半端にその動きを止めた。目の前でつばさが軽く手を挙げている。


「一つお願いしてもいいかしら」

「何です?」

「もしもあなたたちが勝って、この先も生き残って、いつか私たちをこんな目に合わせた張本人に出会えたら、なんだけど」

「弱気ですねー。遺言ですか?」

「そんなところね」


 挑発含みの質問を頷きひとつで受け流すと、つばさは依頼の内容を千夏に伝えた。


「それが魔女でも悪魔でも神様でも何でもいい。そいつを一発ぶん殴っておいてほしいの」

「一発、ですか」

「訂正。二発にしておいて」


 私の分もお願いできる?


 つばさの耳の奥で、儚げな微笑みが揺れていた。


「いいですよ。別に」

「よかったら、私もあなたの分を頼まれておくけど」

「結構でーす。そんな死亡フラグは要りませーん」


 小さく舌を出すと、今度こそ席を立った千夏は、とうに飲み干していたコーラの缶を手に取った。ゴミ箱を求めて辺りを見渡したところで、思い出したようにつばさの顔に視線を戻す。


「舞子を助けてくれたこと、先輩にお礼してませんよね。あたし」

「お礼なら学校で言ってくれたわ」

「あれじゃ全然足らないですよぉ。舞子はあたしの大切な親友なんですもん。だから──」


 一歩下がった千夏の唇が、何かの言葉を紡いだ。


──おい。


 『彼』の固い声につばさが腰を浮かせかけたその時、


「ちょっとだけ、見せたげますね」


 光が疾った。銀色の──鋼色の光が。

 槍の穂先が真一文字に胸を斬り裂いた。つばさがそう認識できたのは、千夏の身体と重なり陽炎のように揺れる袴姿の影が、幻のようにかき消えた後のことだった。


──ご無礼仕った。


 初めて耳にする渋みがかった声が、つばさの脳裏に響いた。


「以上、あたしからのプレゼントでしたー。ではでは~」


 くるりと(きびす)を返すと、千夏は軽い足取りで階段横のゴミ箱の方に歩いていった。空き缶を捨て、そのまま階段を上って見えなくなるまで、つばさは無言のまま彼女の後ろ姿を見つめていたが、


「見た?」

──見たよ。

「斬られたわ」

──幻、つーか虚像ってやつだ。心配ねえよ。


 つばさは輪切りにされた胸元に手を添えた。痛みや傷が無いのはもちろん、制服と胸のリボンにも何一つ変化は無い。


「しばらくたって血がどばーっ、とか無いわよね?」

──ねーよ。


 触れた手に伝わる鼓動は普段通りのリズムを刻んでいた。それが日頃の鍛錬の賜物ではなく、あまりに現実感の無い、あまりに大きな実力差を見せつけられたためだということが、つばさには悔しかった。


「あなたなら、今のも止められた?」

──あれなら楽勝。朝飯前だよ。


 あら頼もしい、と思ったのも束の間。


──アイツが本番でも左手一本で槍を振るうんなら、な。


 軽くはないその声に、つばさは胸に当てた手を、ぎゅっと握りしめた。



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