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9・気になる彼女

「ふーん。まあまあ、イケてんじゃない?」

 そのひとは言った。くるっくるの巻き髪に、ばっさばっさのつけま。グロスでてかてか光るくちびる。みやびさん、っていうらしい。ちえみ姉ちゃんの天敵だ。

 ちえみ姉ちゃんの教室。クレープ屋さんになっていて、カフェのようになった教室内で食べることができる。あたし(いまはオレ)とちえみ姉ちゃんは、みやびさんとその彼氏と四人、ひとつのテーブルについている。

 うう、緊張する。イケメンらしくふるまわなきゃ。プレッシャーだよ。

 ちえみ姉ちゃんのクラスのみんなは、もう事情を知っているらしい。かわいいメイドさんのかっこうをした高校生たちが、にやにや笑いながらこっちを見ている。みさきたちも、となりのテーブルでクレープを食べながら、ちらちら見てくる。落ち着かない。

「どうよ。あたしにだって彼氏くらいいるんだから。あやまってよね」

 ちえみ姉ちゃんは強く出た。みやびさんはつまんなさそうに、スマホをいじりだした。みやびさんの彼氏はみやびさんの巻き髪をずーっとさわっている。

「なんとか言いなさいよっ」

「べっつに。ていうかもう帰っていい?」

「ダメよ。デザイン科のファッションショーまで見ていってよね。あたしウエディングドレス縫ったの。ステージで、カレにエスコートしてもらうんだから!」

 エスコート? ファッションショーの? ええええっ?

「ちょ、ちょっとちえみ姉……もごっ」

 口をふさがれた。

「卒業制作のドレスを自分で着てステージに立つのよ。彼氏にエスコートしてもらうのがデザイン科女子のあこがれなの。みやびにもぜひ見てほしい」

 ふんっ、と鼻息あらく、ちえみ姉ちゃんはいきまいた。

「ま、いーけど」

 あくまで興味なさそうなみやびさん。若干、ちえみ姉ちゃんがひとりで空回りしてるだけってかんじ。

 みやびさんたちと別れてから、あたしはちえみ姉ちゃんを問い詰めた。

「聞いてないんですけど聞いてないんですけど、どーいうことっ」

「みやびに言ったとおりよ。ステージであたしをエスコートしてもらうの。デザイン科の三年女子たちがうまくやってくれるから心配いらないよ」

「そういう問題じゃなくってえ……。あたしここの生徒じゃないでしょ? 先生たちもいるんでしょ? ばれるよ、おこられちゃうよっ」

「だいじょぶだいじょぶ。ここ生徒数多いからわかんないって。せんせーも受け持ちのコース以外の生徒まで把握してないっしょ」

 そんな……。テキトーすぎない? それに、ファッションショー、きっと玲斗さんも見るんだよね。

「見たいなあ、つむぎのステージ」

 みさきがあたしの腕をつっつく。きらっきらの、期待に満ちた目。

「そうね……。ほかの女のエスコートっていうのは気に入らないけど……野田くんのタキシード姿は見てみたいわね……」

「あいりちゃんまで! そうだ心平! 心平は反対だよねっ! そもそも、あたしの男装、バカみたいだって言ってたじゃん」

「あ? ああ……。ま、べつにいんじゃね?」

 めっちゃ気のない返事。なんかぼーっとして心ここにあらずって感じ。

 もう、どいつもこいつもひとごとだと思って!


 午後一時になったらここに来てね、とちえみ姉ちゃんはパンフレットの地図に赤い丸をつけた。被服実習室。ショーに出る女子の、衣装準備・兼・更衣室なんだって。あたしは男子のかっこうをしてるけどほんとは女子だから、更衣室はもちろん女子のほう。ちえみ姉ちゃんのクラスメイトたちが、ばっちりヘアメイクをしてくれる、って。

「んじゃ、ヨロシクねっ! あたし、交代の時間だからお店にもどるね」

 ちえみ姉ちゃんはあたしたちをおきざりにして行ってしまった。

 うそでしょ……。

 ノーテンキなみさきたちは、わいわいきゃあきゃあ、つぎはあれが見たい、ここに行きたいなんてさわいでいる。ちえみ姉ちゃんの天敵に会ったら、もうミッション完了だと思っていたあたしは、それどころじゃない。

 ごてごてにかざりつけられた校舎のなかを、ぼうっと歩く。階段をおりて、さらにとぼとぼ歩いてたら、とん、と肩が人にぶつかった。

「ごめんなさいっ」

 ぶつかった高校生は、ちょんと頭をさげて去っていった。

 と、そこで気づいた。

 みさきたちがいない。あたし、ひとりだ。……はぐれちゃった。

 どうしよう。ちえみ姉ちゃんの教室に戻ろうか。でも……。

 なんか、疲れちゃった。


 結局あたしはそのまま校舎の外に出て、ぶらぶらと歩いた。中庭に大きないちょうの木があって、金色の葉っぱを、はらはらと落としている。もうすぐ、はだかになっちゃうね。せっかくきれいな衣装を着てたのに。

 ウエディングドレス、かあ。ちえみ姉ちゃん、きれいだろうなあ。みさきやあいりちゃんも、大人になれば、きっときれいなお嫁さんになれるよね。だけどあたしにはむり。お姫様のドレスは似合わない。あたしは、たぶん……、王子様のほう。

 一時にはまだ早いけど、ひとりでうろうろするのにも飽きたし、あたしは被服実習室に行ってみることにした。B棟の、一階。体育館の真横にある校舎だ。

 おまつりさわぎの学校内にあって、その教室のまわりだけは、いやに静まり返っている。まだだれもいないのかな。

 ドアに手をかける。と、するすると開いた。かぎはかかってないみたい。

「しつれいします……」

 おそるおそる、一歩前へ進み出た。広い教室には、大きなテーブルが六つほどあって、ミシンが何台も置かれている。窓側にずらりとたくさんトルソーが立っていて、そのどれもが、きれいなドレスを着ている。

「わあ……。これ、ぜんぶ手づくりなんだ」

 すごい。ちえみ姉ちゃんのも、あるのかな。

「……だれ?」

 いきなり自分以外のひとの声がひびいてきた。人がいる? どこに? 「だれ?」って、あたしに聞いてるんだよね?

 きょろきょろしていると、窓側、一番前のテーブルのはじっこにある白い布の山が、がさっと動いたのが見えた。ごそごそと布山は盛り上がって……、中から、ぬっと、人間があらわれた。

「……!」

 よ、妖怪……?

 ぼさぼさの長い黒髪の、色の白い女の人。一瞬、テレビの怪談でみた雪女を思い出したんだ。

 女の人は、三秒くらい、ぼうっとこっちを見つめて、それからおもむろに大きなあくびをした。

「ふわあああ……。寝てた。今何時?」

 あたしはきょろきょろとあたりを見回して時計をさがした。あった。

「十二時四十分、です」

「四十分! もう? やばいやばいやばいっ!」

 女の人は立ち上がり、「メガネどこ? メガネ!」と、コントみたいに手元をさぐりはじめた。その拍子に、道具箱のようなものが倒れて、がしゃんと床にちらばった。

「わああっ! やっちゃった!」

「あの……。メガネなら、その、おでこに乗ってますよ……」

 遠慮がちに告げると、女の人はきまり悪そうに、はは、と笑った。

 ふちなしのまるいメガネをかけた彼女は、目も口も小粒で、ちょっと地味な雰囲気。よく見ると目の下にくまができてる。

 彼女はあらためてあたしを見て、おや? と首をかしげた。

「男子? デザイン科の? 見ないカオだけど……」

「あの、あたし、野田つむぎといいます。牧原ちえみさんの……」

 ちえみさんの、何だろう。ニセ彼氏? って言えばいい?

 ああ、と彼女はうなずいた。

「野田さんね。聞いてる。ほんと、ごめんね。うちの牧原が……。何年生なんだっけ」

「五年生です」

「ご、ごねん? 小学生? うっそ。ちえみ、中学生って言ってたよ」

 ち、ちえみ姉ちゃんめ。

 彼女が床にちらばった道具を拾いはじめたので、あたしも駆け寄って、手伝った。

 裁縫道具。大きい裁ちばさみとか、チャコペンとか、糸きりはさみとか、針山とか、あたしが知ってる道具はそれくらい。あとは何に使うんだかよくわからないものばかり。

「五年生か。ちえみの妹の友達なんだよね。よもぎ第二小? ってことは、ひょっとして、商店街のイケメンコンテストに出てたとか? まさかね」

「……出てました。友達にどうしてもって頼まれて」

 このひとも、秋祭りに来てたのかな。

「ああ、やっぱりそうなんだ。ちょっと……、知り合いが、第二小の五年の子で、すごいカッコいい男の子が出てたよ、って言ってたから。ふうん、そっか、女の子だったんだね」

 ……知り合い? 何かひっかかるものを感じて、思わず、彼女をじっと見つめた。

「ああ、ごめんごめん。まだわたし、自己紹介してなかったね」

 彼女はメガネの奥のちいさな目をほそめて、にっこりと笑った。

「瀬尾しおりといいます。服飾デザイン科三年、ちえみの友人です。よろしくね」


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