8・男子高校生に、なっちゃった!
「ごめん。まじ、ごめん。わが姉ながらバカすぎるわ。このとおり!」
みさきが、土下座せんばかりのいきおいであやまってきた。いーよもう、と力なく答える。
結局。 蒼海高校の文化祭、あたしは、男子の制服を着て潜入することになった。
蒼海は生徒数も多いし、文化祭の日はみんな忙しいから気づかれないだろう、って。制服は、ちえみ姉ちゃんの友達のお兄ちゃんがむかし着てたものを借りた。蒼海の卒業生で、今は県外の大学に通ってるんだって。ちょうど今のあたしと同じくらいの身長みたい、そのひと。
「めっちゃ似合うし……」
みさきが蒼海の制服姿のあたしを見て、しきりにうなずいている。
「今日はメイクなし。髪もかるーく整えただけ。なのに、違和感ゼロ……」
白いカッターシャツに紺色のストライプのタイ。シャツの第一ボタンは外して、タイはゆるめに巻きつける。玲斗さんの真似。それから、グレーのブレザー。たしかに似合ってるけどうれしくないよ。
どうせ着るなら女子の制服がよかった……。女子のは、ふんわりリボンにミニのプリーツスカート。男女ともに、リボンやタイ、シャツは色ちがいが三種類あって、気分で好きなのえらべるんだって! で、カップルで、タイとシャツの組み合わせをおそろいにしたりするんだって。
いいなあ。あこがれちゃう。玲斗さんとおそろいコーデとか……。
「つむぎ。なに、妄想の世界に入ってんの。行くよ!」
みさきに腕をひっぱられて、われにかえった。
蒼海高校はよもぎ市の中心部にある。私立だけあって、校舎はぴかぴかだし、広いし、いろんな学科やコースがあるから施設もたくさん。部活もさかんなんだって。
「すっげー。カフェテラスとかあるぜ!」
「トレーニングジムもあるんだよー」
「ふん、これくらい別に普通じゃない」
……って。
「なんで心平とあいりちゃんまでついて来てんの!」
まあまあ、とみさきがあたしの肩をたたいた。
「ちょっと口がすべっちゃってさ。いいじゃん、にぎやかで」
「みさき、絶対面白がってるでしょ! どうすんの、目立っちゃうじゃん! ぞろぞろ小学生ひき連れた生徒なんて……」
「カノジョの妹とその友達を案内してるんだよ。ぜんっぜん不自然じゃないじゃん」
満面の笑み。ああもう、知らないっ。
三日間ある文化祭の、最終日。日曜日だから、人がたくさん。私服すがたの高校生や中学生、あたしたちみたいな小学生もけっこう、いる。年配のひともたくさん。蒼海の生徒の、友達や家族なんだろうな。
ちえみ姉ちゃんは服飾デザインコースの三年。クラスでクレープ屋をするんだって。午前中はその仕事、午後からはファッションショーに出るらしい。
「ファッションショー?」
文化祭のパンフレットを眺めながら、あいりちゃんが首をかしげた。
「うん。服飾デザイン科の生徒のステージ。自分がモデルになって、自分でつくった衣装を着ておひろめするんだって。あたし、去年も見に来たんだけど結構すごいよ。三年生なんて、ウエディングドレスつくるんだよ! お姉ちゃんもがんばってた」
みさきが目をかがやかせた。みさきもファッション好きだし、ちえみ姉ちゃんみたいに、デザインの勉強をしたいのかな。
とりあえず、校舎と体育館の間にあるおしゃれな建物にはいった。学生食堂と購買、カフェテラスがある。文化祭だから、休憩スペースとして公開してるみたい。カフェもすごく混んでる。なんとかあいてる席を見つけて腰かけた。
「野田く~ん。お・ま・た・せ~」
甘ったるい声が飛んできて、ふり返ると、ちえみ姉ちゃんだった。
「やーんっ。カッコいいー。まじで彼氏にしたいー」
身をよじるちえみ姉ちゃん。
「だめよ。野田くんはあ・た・し・の。今日は特別に貸してあげるんだからねっ」
あいりちゃんは火花バチバチ。ってか、貸すって、ひとをモノみたいに……。
「ちえみ姉ちゃん。よかった、会えて。心細かったよー」
「ちえみ姉ちゃん、じゃないでしょ」
ちえみ姉ちゃんは、ちっちっ、と人差し指を左右にふった。
「今日、野田つむぎは蒼海高校の生徒で、あたしの彼なの。ちえみ、って呼んで。それから、あんまりものめずらしそうにきょろきょろしないでよ。堂々としててね」
にっこり笑うと、ちえみ姉ちゃんはあたしの腕に自分の腕をからませた。
「ちえみ姉ちゃんの友達とかには、どうやって説明すんの?」
「だいじょーぶ、ちゃんと根回ししてるから。沢口にも言ってあるし。あ、そだ。まだ時間あるし、天文部の展示でも見にいく?」
どきっと心臓がはねた。天文部って、玲斗さんの……。いるかな。会えるの、かな。
ここは、たくさん学科やコースのある学校だから、とにかく広くて教室がいっぱいある。ちえみ姉ちゃんがいないと、迷いそう。いまあたしたちが案内されているのはA棟の一階。
ちえみ姉ちゃんは、地学室というプレートのある教室の前で立ち止まった。地学、ってどういうイミだろう。なんの勉強なのかな。
ドアには、「星空への招待」と、画用紙に黒マジックでかきなぐっただけの、そっけないポスターが貼ってある。
「かざりっけないなあ。客呼ぶ気、あるんかいな」
ちえみ姉ちゃんはぶつぶつ言いながら中にはいった。あたしたちも後につづく。
教室いちめんに暗幕がはられていて、真っ暗。そして、真ん中に、大きなかまくらみたいなドームがある。
「なにこれ? 段ボール?」
「ドアみたいなのがついてるよ。入れるのかな?」
くちぐちに言い合っていると、
「プラネタリウムだよ。段ボールを組み立ててつくったんだ。十一時から上映会するよ。見てく?」
後ろから男の人の声。どきんっ! この声は……。
「沢口」
ちえみ姉ちゃんが言った。ふり返る。やっぱり玲斗さん。
「いらっしゃい、牧原センパイ。で、こちら、もしかして野田くん?」
「そーなの。今日だけあたしの彼氏ってコトで」
「こんにちは。この間は、ありがとうございました」
あたしはぺこりと頭をさげた。
「ちは。ひさしぶり。……ってか、すげー。まじでうちの制服似合う。かっけーな」
「どうも……」
かっこいいなんてほめられても、フクザツなだけだよ。あたしは女子なのに!
「ところで野田くん」
……! いきなり玲斗さんが身をかがめて、あたしの耳のそばに口をよせた。ドキドキしすぎて心臓がこわれそう!
「きみの本当の彼女は、どっち?」
玲斗さんはこっそりと、あいりちゃんとみさきを指差した。
「ど、どっちも彼女じゃありませんっ」
「えー。照れなくていーのに。そういうトコはやっぱ小学生だなー。かわいいのう」
うう。また、子どもあつかい。ていうか、「彼女」はどっち、だなんて。カンペキ男じゃん、あたし。
「ばーか」
ちえみ姉ちゃんが玲斗さんをはたいた。
「沢口に人のコト言えるかっつーの。自分だって似たようなもんじゃん」
「なんすかいきなり。痛いっすよ」
ちえみ姉ちゃんは、ふっとシリアスな顔になって、声をひそめた。
「……しおり、たぶん、待ってるよ。今日のショー、あんたが来てくれるの」
聞こえるか聞こえないかぐらいの、ひっそりとしたつぶやきだったのに。あたしの耳は、しっかりそのことばを拾ってしまった。
「あ。もうすぐ十一時だ。ささ、ドームにはいって」
玲斗さんにうながされて、あたしたちは手づくりの段ボール・ドームにはいった。
「わあ、真っ暗」
ドームの内側は真っ黒に塗りつぶされている。すごい、ぜんぶ自分たちで塗ったんだよね。
「お気をつけください。そのまま、好きな場所にお座りくださいね」
玲斗さんの声。マイクを使ってる。暗くて、すがたは見えない。
お客さんは少なくて、あたしたちだけ。
「すごいクオリティ高いじゃん。もっと宣伝したらいいのに……もったいない」
ちえみ姉ちゃんがつぶやく。
と、突然目の前に、ぱあっと、たくさんの光の粒があらわれた。
「わあっ。すごい」
「――ようこそ星の世界へ。ごらんいただいているのは、現在のよもぎ市の上空です。太陽のひかりにさえぎられて、我々からは星の光は見えませんが……。では、少々時計の針をすすめてみましょう」
くるくると星空がまわる。きらきらのビーズをちりばめたみたい。大きいの、小さいの、砂粒みたいな星くずまで。
「二十一時の空です。東の空にオリオン座があらわれました。とても目立つ星たちですね。このオリオン座の三ツ星のひとつ、ペテルギウスが、近いうちに超新星爆発を起こすのでは、と言われています。とはいえ、それが明日なのか、数万年後なのかはわかりません。ただし、その光が地球にとどくのには六四十年もかかるのです。ひょっとしたらもう爆発は起こっていて、ぼくたちが見ているのは、すでに失われた光、なのかもしれませんね」
玲斗さんの、なめらかに流れるような解説。低い落ち着いた声。
「真上を見上げてください。ちょうどそこにあるのが、北極星。その近くにWのかたちをした正座が見えますね。ご存じの方も多いでしょう。カシオペヤ座です」
いつまでも聞いていたいよ。いつか、本物の星空の下で、あたしだけに星の物語を教えてくれたなら……なんて。夢見ちゃう。
上映が終わって外に出ても、まだ、あたしはぽーっとしていた。
ありがとうございました、と頭をさげる玲斗さんに、つい、駆け寄った。
「すごくキレイでした! 感動しちゃいました」
「ありがとう。野田くんも星に興味もってくれたら、うれしいな」
「……はい」
野田くん、か。ちょっとさびしいな。それに、ちえみ姉ちゃんが言ってたことも気になる。
しおりさんって、だれ?
仲間に囲まれて楽しそうに笑う玲斗さんを見つめながら、ほうっと、ため息をついた。
「おい、つむぎ。あのグランプリ野郎がどうかしたのか?」
心平だ。グランプリ野郎って……。あたしはあわてて笑顔をつくった。
「べつにどうもしないよ」
「そっか? ……お前、もしかして……」
「ち、ちちちちがうよっ。べつに気になってなんかないからっ。あああたしなんかどうせ釣り合わないし。男子だと思われてる、し……」
こみあげそうになる涙を、ぐっと、のみこんだ。