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5・男装デート?

「せっかくのデートなのに、なにを浮かない顔してんの?」

 ちえみ姉ちゃんがあたしの髪をセットしながら、にやにや笑ってる。

 男装するときは、ちえみ姉ちゃんの部屋でスタイリングしてもらうのがすっかり定番になっていた。

「デートって……! 女の子とだし! しかも、正直ちょっと苦手なタイプのコだし」

「ふふん。みさきから聞いたよー。その子、クラスの女王様なんでしょ? すごいじゃん。そんな子を本気にさせるなんてさあ」

 本気……、なのかな。もう、ため息しか出ないよ。

 十月の終わり、晴天の日曜日。秋も深まり、このごろ、空気がつめたくなってきた。だけど今日は風もないし、お日様が出てるからあたたかい。外に出かけるには最高の天気。だけど。

「できた! 今日、動物園なんでしょ? だから、動きやすいカジュアルコーデだよっ」

 ベージュのチノパンに、グリーンに黒のブロックチェックのネルシャツ。大きなへちまえりのニットベストを重ねて。チノパンは自分ので、シャツとベストはみさきのお兄ちゃんのもの。コンテスト以降、お兄ちゃんも面白がって洋服貸してくれるんだよね。

 んで、いつものだてメガネを装着。あいりちゃん、メガネがあるほうが断然好みなんだって。

 って、なんであたしがあいりちゃんの好みに合わせなきゃいけないんだろう……。

「あー。また、ため息出てるよー。ちゃんとイケメンモードにならなきゃだよっ」

「ねえ。ちえみ姉ちゃんって、蒼海高校だよね」

「うん。そうだけど?」

「あの……。沢口玲斗さんって、知ってる?」

 思い切って聞いてみた。心臓がバクバクいってる。

「うん。知ってるよ。あたしは服飾デザイン科で、沢口は普通科で、学年も校舎もちがうんだけどね。でも友達の友達だから、結構からむこと多いかなー」

「そうなんだ……。が、学校で、玲斗さん、どんな感じなの? ほら、ココココンテストのあと、あたし、すっごいからかわれたから、玲斗さんは大丈夫だったのかなーみたいな」

 やばい。あたし、すっごい挙動不審。さりげなく聞くつもりだったのに。

「ま、多少はいじられたみたいだけど。天文部にも新入部員入ったらしいし、沢口としては出てよかったんじゃないの?」

「そうなんだ。で、沢口さん、やっぱモテるの? か、彼女は、いるのかな」

「んー? 彼女は……。ま、いちおう、いないっつーことになるんかな。なんで?」

「な、ななななんでって」

 顔があつくほてってくる。落ち着け、あたし。

「ふうーん」

 ちえみ姉ちゃんは腕組みして、あたしの顔をのぞきこんだ。

「そういうことかあ。ん。まあ悪いことは言わない。あいつはやめときな」

「やめときな、って、なんで?」

「いいからいいから。早く行きな。みさきと心平が待ってるぞ」

 背中を押されて、あたしはちえみ姉ちゃんにお礼を言って部屋を出た。そのまま、みさきの部屋のドアをノックする。

「おそーい、つむぎ」

 みさきが両手を腰にあててぷりぷり怒ってる。部屋の奥では、心平が、ぶうたれた顔でポテトチップをかじっている。

「ごめんね、ふたりとも。つきあわせちゃって」

「いいのいいのー。面白いから全然オッケー。ねっ、心平」

「オレはちっとも面白くなんてねえぞ。タクヤんちでゲームする約束してたのに」

 あいりちゃんとのデート、ふたりっきりはどうしても不安だったから、みさきにもついてきてくれるようにお願いしたんだ。あいりちゃんは最初いやがってたけど、「ダブルデート」っていう条件ならいいよ、ってしぶしぶ承知してくれた。ただし、口のかたい人限定で、って。心平が口がかたいかはわかんないけど、ほかに頼める男子なんていないし。しょうがない。


 十時ちょうどに、駅でまちあわせ。それから二駅ほど電車にゆられて、動物園で遊ぶ。それが今日の予定。

 ぴかぴかの秋晴れ。まぶしいくらいに青い空の、高いところに、すうっと白いすじ雲がはしってる。

 駅前の広場の噴水前のベンチに、あいりちゃんはすわっていた。

「遅いじゃない」

「ごめ……、ってか、あいりちゃん……」

 なに? と、あいりちゃんはあたしをにらみあげた。

「かわいいな、って思って」

「……!」

 ぼん、と火がついたみたいに、あいりちゃんは真っ赤になった。しまった。普通にほめただけなんだけど、あたし、今、イケメンに変身中なんだった。

 だけどあいりちゃんはほんとにかわいい。ふわっふわのみずいろのチュールスカートに、ニーハイソックス。白×黒の太めボーダーのゆるカットソーに、きゃしゃなゴールドのリボンモチーフのペンダント。髪は、サイドをあみこみにして、アップにしてる。うっすらメイクもしてるし、ネイルまでばっちり。

「ちょっとはりきりすぎじゃね?」

 みさきが口をはさんだ。みさきは、ショーパンにもこもこブーツにニットのロングカーデ。普段通り。

「うるさいわねっ。ぜんっぜんはりきってなんてないんだからっ。それよりあなたたち、今日のことはクラスのみんなには内緒なんだからねっ」

「はいはい。わかってまーす」

「まじめんどくせー」

 みさきと心平がぶつくさ言って、あいりちゃんは、ふんっ、とそっぽを向いた。

 やれやれ。どうなるんだろ、今日のダブル・デート。……前途、多難。


 日曜日の動物園は人でいっぱいだった。ちいさい子どもを連れたパパとママとか、高校生や中学生のグループとか。

 みんなで、定番の、ゾウとかキリンとかライオンなんかを見て、写真をとりあって。それなりに楽しいんだけど。うっかり自分のこと「あたし」って言っちゃうたびに、あいりちゃんに「オレでしょ?」なんてにらまれて、結構疲れる。

「ねえ、野田くん。手、つないでも……いい?」

 もじもじしながら、あいりちゃんがぼそりとつぶやいた。

「えっ? いいけど……」

 いいけど。野田くん、って。

「あっ、言っとくけど、ちょっとつかれて、背の高いひとにぶらさがりたくなった、って、それだけの意味なんだからねっ」

 ムキになりながらも、あいりちゃんはそっと手をにぎってきた。やわらかくて、あったかい。あいりちゃんは真っ赤な顔でうつむいて、だまりこんでしまった。

 かわいい、かも。

 ぶんぶんと首をふった。やばいやばい。また、へんなスイッチ入りそうになった。

 男装して、自分のこと「オレ」って言って、男の子あつかいされて、かわいい女の子に甘えられて……。なんか、まじで自分が男になったみたいな気がしてくる。

「ひょーっ。ラブラブじゃあ~ん」

 みさきが茶々をいれてきて、あいりちゃんは手をぱっと離した。

「ちがうのっ! これはっ」

「いいじゃんいいじゃん素直になりなよ~」

 ぎゃあぎゃあさわぐふたりに、置いてけぼりのあた、もとい、オレ。

 心平が、

「バッカバッカしー。やってらんねーよ」

 と、うそぶいた。

「おいつむぎ、あそこ行こうぜ」

 心平が指差すほうを見やる。

「は、爬虫類館?」

 やだやだ。ぜっっったい、やだ。ヘビとかトカゲとかいるんだよね? むり!

 あたし、小さいころからほんとうに苦手なの。

「いいから行こうぜっ」

「やだようっ。心平、あたしがヘビ大っ嫌いなの、知ってんじゃん!」

 心平はひゃははと笑いながらむりやりあたしの腕をひっぱった。みさきは、あいりちゃんをからかうのに夢中で、気づかない。

 うすぐらいドームのような建物のなかに、ガラスケースがあって、そこにさまざまな爬虫類が展示されている。あたし、爬虫類なんて、図鑑やテレビで見るのも苦手なのに。ヘビのぬめぬめしたからだとか、まばたきしない目とか、こわくてたまらないのに。

「おー、すっげえ。こいつがニシキヘビかあーっ」

 ひいーっ。こわくて目をあけられない。思いっきり身をかがめて、心平のちっちゃい背中の後ろにかくれる。

「でけえぞ。おっ、昼一時からふれあいイベントやるらしいぞ。ニシキヘビ首に巻けるってよ! おまえ、やれよ。イケメンなんだろ?」

「やだやだ絶対いやーっ!」

 思いっきり目をつぶって、心平のパーカのすそをぎゅっとつかんだ。首にヘビ巻くとか。想像するだけで失神しそう。

「まあ、このくらいでカンベンしてやるか」

 なぜか満足気に、心平が言った。もう、なんなの?

「ちょっと伊崎くん! なに抜けがけしてんの?」

 爬虫類館から出ると、仁王立ちのあいりちゃんが待ちかまえていた。

「あまりにもつむぎがカッコつけてっから、イライラしたんだよ」

「そんな……。ひどい」

 がっくりとうなだれる。大騒ぎして髪はくずれたし、涙目だし、あたし……じゃなかったオレ、ええい、もうどっちだっていい。つかれた。


 動物園の真ん中にある広場のしばふの上にレジャーシートをひろげて、ランチタイム。

 あいりちゃんが作ってきたっていう、お弁当をいただく。おにぎり、たまごやき、からあげ、プチトマト、フライドポテトにサラダまで。ウインナーはお花のかたちにかわいく切ってある。

「まじだせえよ、つむぎって。やだーっ! こわーい!って、絶叫しまくり。がたがたふるえてんの。ちびっこに笑われてたぜー? はずかしー奴」

 心平は得意げにさっきの話をくりかえしてる。だまって聞いていたあいりちゃんは、ぽつんと、

「野田くん、ヘビ苦手なんだ?」

 と言った。うなずくと、

「ふーん。可愛いのに。ヘビ」

 と言って、そのままだまってもくもくとお弁当を食べはじめた。可愛いって、……まじっすか。

 それからあいりちゃんのテンションは下がったまんま。もう、手をつなごうなんて言ってもこないし、なんだかうわの空だし。

「愛想つかされたんじゃねーの」

 みずいろのプールの中を、あしかが悠々と泳いでいる。ぐるぐる回って、もぐって、顔を出して。ぼうっとその様子をながめていたら、心平が勝ち誇ったようにささやいてきた。

「つむぎが単なるへたれ女子だってこと、奥園もやっと思い出したんだよ」

 へたれ女子。見てるとイライラする、へたれ女子。

「おまえ、ちっともイケメンじゃねーよ。カン違いすんなよな。おまえは、単なる、へ・た・れ。なんだよ」

「……んなの」

「え?」

「……なんなの。心平にそんなこと言われたくない。だれだって苦手なものくらいあるじゃんっ。それをむりやり押し付けられて、へたれとか言われて。それならへたれでかまわない。人の嫌がることして、得意げに笑ってるようなやつより、何倍もまし!」

 思いっきり、心平のおなかを、グーでなぐった。

「いでっ!」

「野田くん?」

「つむぎっ?」

 うずくまった心平と、おどろく女子ふたりを置いて、あたしは駆けだした。


 

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