4・これって、恋……?
コンテストの、つぎの日。
朝、教室に着いて自分の席にランドセルを置くと、男子どもがわらわらむらがってきた。
「よー、準グランプリ」
「前からあやしいと思ってたけど、お前、やっぱ男だったんだな」
「あっれー? おかしいなあー? なんで女子の制服着てんのー?」
ひゃはは、と笑う。あたしは、みょうに冷めた頭で、クラスメイトの男子どもを見下ろした。
「……石ころ」
は? と、男子たちがぽかんと口をあけた。
石ころみたいだ、こいつら。玲斗さんがダイヤモンドだとしたら、こいつらは、石ころ。投げつけられると痛いけど、しょせんはただの石。
騒げ騒げ。言いたいこと、どんどん言えばいいじゃないの。もう、ちっとも気にならない。だってあたし、玲斗さんに、「きみってほんとにカッコいいね」なんて言われちゃったんだもん。
ほおがゆるむ。あたしが無反応だからおもしろくないのか、飽きたのか、男子どもはすぐに去っていった。
「つむぎー。あんた、オトナになったねー」
一部始終を見ていたみさきがあたしの肩をたたいた。
「オトナっていうか……なんか、へんだよね……」
どきっ。するどい。
そうなんだ。あたし、あれから、玲斗さんのことで頭がいっぱい。ゆうべも胸がいっぱいで眠れなかったし、きょうの朝はんものどを通らなかった。
「つーか、心平も、なんかへんだし……」
みさきがつぶやく。そうだ。心平、まっさきにからかってくるかと思ったけど、何も言わない。登校中も、あたしたちにはいっさい話しかけず、ずっと後ろのほうを歩いてきてた。
昨日のコンテストを見てたから何か言ってくると思ってたのに、拍子抜け。
今も……。男子たちの輪のなかに入らず、自分の席で、むすっとだまりこんだまま、窓のむこうをにらみつけてる。
「ねえねえっ。つむぎちゃんっ」
こんどは、女子たちがわあっとあたしの席をとりかこんだ。
「昨日、すごかったねー。超カッコよかったー」
「あたしドキドキしちゃったー」
「アイドル事務所とか入れるんじゃない?」
「入れる! ってか、絶対いける!」
「あたし、まよわずつむぎちゃんに投票したんだよ! あー、つむぎちゃんがマジで男子だったらいいのに……。超、理想のタイプ!」
みんな、うっとりと夢見ごこちで、ほっぺをばら色に染めている。
「まあまあ。気持ちはわかるけど、つむぎとの接触はマネージャーであるわたしを通すように」
みさきが女子たちをなだめた。
「どうしてもというなら、一回五百円で一緒にデートさせてやってもいいよ。もちろん男装で」
「ちょ、ちょっと、何勝手に商売しようとしてんの!」
「あははっ。冗談だよ」
みさきも、すこぶる機嫌がいい。グランプリは逃したものの、玲斗さんが、「俺、これいらないからやるわ」って、ポテ吉くんグッズをゆずってくれたんだよね。それで、ほくほくなの。
「五百円だったら、あたし、まじでお願いするかも」
「理想のカレとのデートだもんねー」
ちょっとみんな、何、本気で検討してんの!
あたし、いきなりモテモテで、ちょっと困惑……。
「ちょっと、うるさいっ! しずかにしてよ!」
キンキン声が飛んできた。あいりちゃんだ。あいりちゃんが仁王立ちして、腕組みして、あたしたちをキッとにらみつけている。
「野田さん、あんまり調子にのらないでよね」
教室が一気に冷えた。
「こわあ……」
と、誰かがつぶやいた。みさきが、両手をあげて肩をすくめてみせる。
「自分以外の女子が目立ってんのがイヤなんでしょ。女王様だからあー」
いやみっぽく笑うみさき。
「ま、ムシムシ」
と、そこで始業のチャイムがなった。みんな、あわてて自分の席にもどる。
はあ……。また、目、つけられちゃった。ずーん、って胃が重い。
めんどくさいことにならなきゃいいけど……。
あたしのそんな心配もむなしく、あいりちゃんは、ことあるごとにあたしをきつくにらんだ。休み時間も、給食のときも、ずっとあいりちゃんの視線がささって痛い。
そして、放課後。いつものように、みさきと一緒に教室を出ようしたところで、あいりちゃんに声をかけられた。
「野田さん。ちょっと、いい?」
「ちょっと、って……?」
「ふたりだけで話がしたいの。牧原さん、悪いけど、外してくれる?」
どうすんの? って言いたげな目で、みさきがあたしを見上げてる。あたしは、だまって、うなずいた。
こわいけど、このまま、わけもわからず、あいりちゃんに嫌われてるよりずっといい。
あいりちゃんはあたしを、屋上につづく階段の下までつれてきた。屋上は立ち入り禁止だから、ここまでくるひとはだれもいない。
だいじょうぶだよね。あたし、いきなりなぐられたりとか、しないよね……。
びくびくしていると、あいりちゃんは、きびすをかえしてあたしのほうに向きなおった。そして、かべにもたれかかって……うつむいた。うつむいて、手を後ろにくんで、もぞもぞとつまさきで床をけっている。
あいりちゃんは何もいわない。運動場でホイッスルがなるのが聞こえる。金管バンドの練習する音も。
「あの……。話、って?」
しびれをきらして、あたしから切り出した。このままじゃ、らちがあかない。
あいりちゃんは、ちらっと上目使いであたしの目を見て、すぐにななめ下にそらした。
「あのさあ野田さん。ちょっと、お願いがあるんだ……」
お願い? あたしに?
「この壁に……、どん、って、手をついてくれない?」
壁に? 手を? わけわかんないけど、あたしは、言われたように、あいりちゃんのもたれかかっている壁を、どんとたたいた。
「ああっ、ちがうちがう。そうじゃなくって……あたしの顔の真横をかすめるかんじで、どんって」
「こう?」
「もっと勢いよく」
「でも、それじゃ、まるであたしがあいりちゃんを追いつめてるみたいだよ?」
「いいの! 追いつめてる感じがいいの! それと、『あたし』じゃなくて『オレ』って言ってくれない?」
なにがなんだかわからないけど、必死なあいりちゃん。
「それじゃ、思い切っていくよ?」
どんっ。
壁についてのばしたあたしの腕の下に、あいりちゃんの顔がある。こうして近くでみると、髪の毛、さらっさら。顔も、まるでお人形みたいにかわいい。色つきリップぬってるのかな。マスカラもつけてる? 校則違反なのに……。そんなことを考えながら見つめていると、あいりちゃんの顔がみるみる真っ赤にそまってった。
いったい何なんだろう、この状況。
「野田、さん。このままの姿勢で、『オレじゃダメか』って、言ってみてくれる?」
「は?」
「いいからっ! お願いっ!」
「……オレじゃ……ダメか?」
「……だめ……じゃないよ……」
あいりちゃんは、大きな瞳をうるうるさせて、あたしに抱きついてきた。そして、われにかえったように、はっと身をはがした。
「ご、ごごごごめんなさいっ! ああああたしったら!」
かん高い声でさけぶと、そのまま、風のようなスピードで、去っていった。
いったい……何だったんだろう……?
「ぶははははは。ひゃははははは。それじゃあんた、奥園あいりに、壁ドンしちゃったんだ!」
みさきの部屋。あたしの話を聞いて、みさきはおなかをかかえて笑い転げている。
「そんなにおかしい? ってか、壁ドンってなに?」
あー、それはねー、と、みさきは自分の本棚から、まんがを取り出してあたしに見せた。
「こういうの。少女マンガとかでよくあるよねー。あこがれシチュエーションってやつよ」
開かれたページには、さっきのあたしとあいりちゃんがやったのと似たようなやりとりが描かれている。男の子が、壁ぎわに女の子を追いつめて、ドン、って手を壁について。このまんがでは、「ぜったい、あいつには渡さねえ」なんて言ってるけど。
「で、なんであいりちゃんは、あたしにこんなことさせたの……?」
「ん。もーう、にぶいなあ、つむぎは。これは面白いことになってきた……」
むふふ、とうす気味悪い笑みをうかべるみさき。ぜったい、ろくなこと考えてない。
それから、毎日のようにあたしはこっそりあいりちゃんに呼び出されて、いろんなせりふを言わされた。
そのうちあいりちゃんは台本みたいなものまで用意してきて、ちょっとしたコントの練習風景みたいになってきた。だけど、みんなのいる教室では、あいかわらず冷たい。
「あいりちゃん。たまには、一緒に帰らない?」
あいりちゃんの用意した甘いせりふを吐いたあと、思い切って言ってみた。
「どうして?」
「なんか……。もっと普通の話がしたいっていうか。あ、ごめん、イヤ、だよね。前、あたしみたいなの、イライラするって言ってたし……」
「いや、それは……。ごめんなさい、あの時は。言いすぎたわ」
しおらしくあやまられてしまった。みょうに素直だ。
「野田さんって……。好きなひととか、いる?」
「す、好きなひとっ?」
「あ。その反応。いるんだ……。もしかして、牧原さん?」
「えっ? みさき? な、ななな、なんで? みさきとは幼なじみで親友だけど、そういうイミでは好きだけどっ」
全力で否定しまくると、あいりちゃんは、ぱあっと顔をかがやかせた。
「そうなんだっ! じゃあ、今度、一緒に帰ってやってもいいわ。今日はむりだけど。バレエのレッスンがあるからママがむかえにくるの」
「……あ。じゃ、じゃあ、今度」
「ん。今度、ね。一緒にどこか遊びに行ってみる?」
「えっ」
「この前のコンテストのときみたいに、男のコのかっこして来てよね!」
いくらにぶいあたしでも、ここまでくると、なんとなくわかってしまった。
あたし……惚れられてる、よね。あいりちゃんに。
あああああ……、どうしよう。あたし、あたし……。
さっき、「好きなひと、いる?」って聞かれて。まっさきに思い浮かべちゃったの。
沢口玲斗さん、の、顔。
気づいちゃった。気づいちゃったよ! あたし。女の子に、恋されちゃった。
そして、あたしも。恋、してるんだ……。玲斗さんに。